≪災厄≫
個人的な使い分け
適当:適切に当たる
テキトー:雑な手抜き
午後の授業は主に実戦が行われる。
入学当日のこの日とて例外ではない。
屋外訓練場にて各クラスごとに集まり説明を受けている。
屋外訓練場の前には「第三」と付くのだが、ともかく1年Cクラスも例に漏れない。
「じゃ、適当にやっとけー」
「いや、テキトー過ぎんだろ!」
と言う藍の声は無視される。聞こえなかったのではなく、明確に無視だ。
なぜなら藍は横側とはいえ最前列に立っているから、……なんだかんだ真面目である。
ともかくいくつかのグループに集まって魔法の練習が始まる。
各々が互いの魔法を見せ合ったり、ひたすら魔法を的に打ち込んだりと様々なことを始めた。
藍はもちろん水月と茉莉とグループを組んだ。
Aクラスの3人は先ほどの説明に行っているのか見当たらない。
「で、何をするかだが、……どうする?」
「あのー」
と恐る恐るといった体で声を掛けるのは茉莉だった。
「なんだ?」
「模擬戦とか、お願いしちゃってもいいのかな?」
何しろ『軍』の最高戦力の一角、その倅である。
気にならない筈がない。ただし――
「ほほう?」
「ひっ」
獰猛な笑みを浮かべた藍に悲鳴を上げる。間違えなく、間違えた。
「さすがに大人げないかと思っていたが、そうかそうか。そちらから申し出るなら話は別だ。……いいだろう、少し揉んでやろう」
何様か、などとは問わない。既に茉莉の魔法師としての勘が告げている「無理だ」あるいは「逃げろ」と。故にもう避けることのできない戦闘はともかくとして、茉莉の選択はこうである。
「お、お手柔らかに、お願いします」
始まる前から、勝負がついてしまいそうなので、さすがに藍も一言添える。
「……安心しろ、さすがに加減する」
懐から短剣を取り出した藍に、茉莉は槍の切先を向ける。
そして鎧となる<身体強化>の魔力を纏い藍を見る。
が、藍が魔力を纏う気配が一向にない。
「あれ? <身体強化>は?」
「必要ない」
「さ、さすがにそれは私をバカにし過ぎじゃないかな?」
それもそうかと納得する。己は我妻直のような超人の類ではないのだ。全く使えないとは言わないが、それでも超常の力を行使する魔法師を相手取るには厳しいものがある。
しかし加減するのも苦手なのだ。明確にルールで制限を付けたいのである。
――故に。
「1分だ」
「は?」
「1分間、先ほど言ったように魔法は使わない」
だからその間に倒して見せろ。ということらしい。
「……それ、ケガしても知らないからね?」
と言うか何をどう考えても無事では済まない。
「安心しろ、怪我には慣れている。今さら死ぬような重症でなければ、怪我のうちには入らんよ」
「いや、普通に致命傷になるから!」
未熟を自覚する茉莉とて、<身体強化>を使えば秒速数十メートルの速度は出せる。時速に換算すれば200キロメートル近い。人間の質量を加味すれば、生身の人間が受けていい衝撃ではないだろう。
「…………」
何を言っても無駄らしい。
「もう、どうなっても知らないんだからね!」
「初めからそれでいいと言っている。今からだ。カウントを始める。60、59、58、――」
とはいえそれで本当に殺しにかかるほど茉莉は非情ではない。むしろ感性は正常である。
とりあえず小手調べに軽く突きに行く。
常人からすれば充分高速。避けられる筈がないのだが――
次の瞬間、視界が回転した。
「は?」
背中に伝わる衝撃で、投げられたのだと自覚する。
「……何のためにわざわざルールで制限を掛けていると思っている? これ以上の加減はせんぞ。45、44、43――」
足元に刺さった剣を拾いながら告げられる。
幸い、茉莉の方は<身体強化>で纏った魔力が鎧として働いている。
それなりの衝撃はあったが、それでもダメージには至らない。
すぐさま一旦距離を取った。
―――もしかして、ホントに魔法がなくても私より強い?
こめかみを一滴の雫が伝う。
少なくとも本当に油断は出来ないらしい。
ならば――
<身体強化>“加速”
今度こそ油断はしない。本気で倒しに行く。
少なくとも、この少年が魔法を使ったのならば、一瞬で片が付くだろうことは容易く想像がついた。
「38、37、――」
藍はそれをいなすようにして躱していく。
しかし、さすがに先ほどのように反撃に出る余裕はないらしく、茉莉も先程のような大きな隙を晒すことはない。せいぜい牽制程度の剣閃をやり過ごすに止まっている。
カウントもいつの間にか止んでいた。
それももはや関係ない。
茉莉はとうとう藍の体制を崩すに至っていた。あと一突きで勝敗が決まることだろう。
―――これで!
終わり。そう思った。
「惜しかったな。だがここまでだ」
1分の経過。並の魔法師であれば意味などなさぬタイミング。術式の構築は間に合わず、結局は成す術なく敗北を迎えることになる。
しかし、久賀藍は並などという範疇には収まらない。
その槍が完全に動きを止める前にその身に受けたのは、ある種避けられたという証明なのだろう。
茉莉の首筋に、背後から刃が添えられていた。
「し、<身体操作移動魔法>?」
「ご名答」
<身体操作移動魔法>。簡単に言えば茉莉の使った<身体強化>に“加速”の付加魔法を重ねたものの完全上位互換に当たる魔法である。
『強化』と『操作』。そして“加速”と“移動”。一見大差はないし、生み出す破壊力も似たようなもの。それぞれの難易度で言えばそれこそ大差のない魔法であるが、それらを組み合わせるとなるとまるで話が変わってくるのだ。使い勝手についても同様である。
<身体強化>とは俗称。正式名称<身体能力補助魔法>という名の通り、身体能力の延長戦でしかない。よって体制を崩したような状態から地を蹴って移動するなどということはできないのだが、<身体操作>は地を蹴ることなく移動することができる。
一体何がそれほど難しいのかという話はこの場では置いておくが、とにかく、難しく使いこなせる者の少ない魔法なのである。
「……大人げない」
「だから、すぐには使わず1分やっただろう?」
「むむむ!」
それを言われると返す言葉もない。わざわざ言うこともないだろうが、魔法を使わないというのはそれだけのハンデなのである。
「……とりあえず俺の勝ちでいいな?」
頬を流れる血を拭いながら問う。
「その傷で勝ち誇ったりはしないよ……」
「分かってるならいい、という訳で次は水月か?」
「へ?」
「まあ、普段は動かぬ的にしか撃っていないだろうから、練習としては丁度いいだろう」
あまりに唐突な話に戸惑う水月をよそに、藍は話を進めていく。
「え、あ、いや、あの――」
「特に遠慮は必要ない、これまでがどうかはともかく、俺ならばよっぽど平気だ」
「……そうかもしれませんね」
もはや訂正するのも面倒に思い、承諾してしまう。少なくとも水月自身が危険ということはないだろう。
そうして向かい合う。
「それでは行きますからね! 【ウォーターボール】」
水月の宣言と同時に水球が放たれ、模擬戦が開始される。
先ほどカウントしながら、というのはきつかったのか、今回は初めからなしだ。気分屋である。
「ふむ、『水』の『属性魔法』か」
眼鏡の水洗いは任せてもよかったかもしれないなどと考えながら、藍は危なげなくその水球を回避する。
系統しては魔力を打ち出す<魔弾>であるが、 “加速”の術式を使用すれば容易に音速を超えるの魔法戦闘、それをこなす藍からすれば止まって見える。
仮に当たったとしても刃への“硬化”もないただの『水』であることを考えれば、それほど危険もないだろう。
「――しかしでかいな」
これまで戦闘経験が全くないにも関わらず聖条魔法学園に入学してることからある程度予想していたが、水月の魔法はとにかく規模が大きい。
その上、
「ふむ、『複写』はできるみたいだな」
「ふくしゃ……?」
「無意識にやってるのか……。『複写多数展開』術式の一部を転写することで、複数の魔法の同時に高速で展開する技術のことだ」
それも4つ、人間の認識能力の限界といわれる数である。同時に魔法発動の上限でもある。裏技のような技巧で増やすことも可能であるのだが、それも本を正せばその4つをうまく使っているだけなのだ。
確かに才能だけ見れば一級品である。
大した速度でないため見切るに不便はないが、その大きさ故避けるのに苦労する。放たれた水球を避けるのに全力疾走だ。
幸い手元から放つことしかできないようで、距離を置けば大したことはないのだが、逆を言えば近づけないということでもある。
どうしたものかと考えるも、そんなことをしていれば時間など容易に過ぎる。
「藍君、もうとっくに1分たったよー! 魔法は使わないの?」
水月が放つ水球を、藍が危なげなく避ける。そんな光景を繰り返し見ている茉莉に、一つの疑問が沸く。
「はぁ……」
それに対する藍の回答は盛大な溜息だった。
「水月はともかく、茉莉、お前は一体何年魔法師をしている?」
「へ?」
その言い回しはまるで既に魔法を使っているとでも言いたげである。そう思い知覚領域を『情報世界』に伸ばせば、なるほど、確かに微弱ながら魔法の痕跡が見れる。
しかし、本当に微弱で、それが何かをなすとはとても思えない。
その程度の小さな改変。
「丁度いい、準備ももういいだろうからな。だがその前に多少説明はしてやろう」
水月には攻撃を止める必要はないと告げて説明に入る。距離をとっているので避けるのに苦はない。
「属性魔法と一言に言っても、その分類は複数ある。一から六に分類される属性が一般的だが、今回は『操作系統』と『発現系統』の違いだ」
ちなみに水月の『水』の魔法は、属性区分では第三属性に当たる。
「読んで字の如く、操作系統はその場にあるものを操り、発現系統は物、あるいは現象を生み出す。第三属性はどちらにも秀でている場合が多いが、少なくともこの場には水がなく、今水月が扱っているのは発現系統だ」
当然、生み出すという余計な工程を含む分、威力や規模といったものは操作系統の方が上になりやすい。もっとも、発現系統は自身が生み出しているが故、親和性が高く、緻密な操作などに優れているため、一概にどちらが優れているとはいいがたいのであるが。
「さて、既知の話だろうことを延々と続けるのも悪いが、もう少しだ。発現系統の魔法は物質を生み出せる。が、本当に生み出せてるかと言えば否である。……例外的に本当に生み出すこともできたりするが、少なくとも今回は水月の魔法の話だから、その例外は置いておこう。あくまで一時的に魔力を変質させたもの、つまり」
そう言って近くの水たまりの水を右手ですくい、それをもう一度宙に落とす。
「時間が経てば魔力に返り、その物質はなくなる訳だ」
水は地面にたどり着く前に消えてなくなった。
ここまでは茉莉はもちろん水月も知ってる話である。
「前置きが長くなったがここからが本題だ。では発現系統により生み出された物体は。『世界』になんの影響も及ぼさないのか? 回答から言えば否である。一時的とはいえ、今この瞬間、この場には水があふれている。水が増えれば大気中に含まれる水蒸気量は増える訳だ」
ここで一旦区切り水月を見やる。
「あ……」
何事か気づいたらしい水月に藍はニヤリと笑って返す。
「水蒸気は気体だ」
つまり
「第四属性……」
『風』の魔法の領分となる。
「で、でもそんな微量の水で!」
「って、思うだろ? だがそうでもないんだ、使い様だよ、使い様」
水は、水素と酸素の化合物である。
藍が使った魔法はその分解を行う『錬金術』そしてそれらを保持する、気体制御だ。
「って、訳で気をつけろよ?」
制御していた気体――その一部を反応させる。……さすがに無防備な相手をいきなり爆発させたりしない。
「きゃあ!」
藍が生成した水素は容易に人を破壊しつくせるが、今回使用したのは大き目の試験管数本分。
小学生が理科の実験で行う程度、より少し規模が大きい程度だが、それでも慣れていない者を動揺させるには十分だ。
これで全て反応させていれば勝った。などと主張してもいいのだが、そんな曖昧な勝利は藍自身が許さない。第一に水月の『発現量』でまともな<身体強化>を行われれば、全て反応させたところで有効打にはならないのだ。
故に終わりにするかと<身体操作移動魔法>を発動し、背後に回ろうと擦れ違うその刹那。
視線が合った。
つまり、
―――反応している?
ふと思い出すのは今朝の会話。
『凄かったですよね、あの魔法!』
つまり、見ていたのだ。
その莫大な情報量故、復元はもちろんのこと、解析どころか観測すらも困難な直の魔法を。
警鐘が鳴った。それは魔法師としての勘。『占星術』によって未来を見通す魔法師が、さらに予測と経験によって導き出す答え。[槍]を構え、【槍】を生み出す。
自身を庇う様に伸ばされた手が、藍へ突き付けられた。
―――間に合うか?
「≪Disaster≫」
それはきっと、無意識な力の発露。自身の危機に対する、反射的な対応。
水月の言の葉と共に『世界』に莫大な改変が行われた。
生み出されるは≪水害≫。大河の氾濫。『神の力』。
個人が抗うには大き過ぎる猛威が、藍を襲う。
「しまった!」
それに最も慌てたのは、監督役の教師である丈である。
離れた後方にいる他の生徒達はともかく、目の前にいる藍にだけは間に合わない。
少なくとも丈が知る限り、藍にはこの――暴走、とも言える魔法を防ぐことは出来ない。
その魔法力がないから、試験も錬金術を用いたのだ。
この一瞬、目の前に発現した激流を防ぐ手立てはどこにもない。
丈は止むを得ず後方で<障壁>を貼るが――
同時に、莫大な魔力を感じ取る。
その僅かなタイムラグに、周囲の生徒たちは同一の魔法と紛うことだろう。
しかし違う。その性質も成り立ちもまるで別物。
水月が本当に魔法を暴発させた自然災害のようなものなら、藍のそれは意図的に起こされた人為的なもの。
無詠唱による、最高難度と言われる『四重工程付加魔法』。
“収縮”された魔力を“爆裂”させて、“指向制御”して“貫通”させる、久賀の秘術。
つい大規模になりがちな魔法師の戦闘においては異例の、一点突破。故に――
激流を穿つ。
その【槍】は水月の視界のすぐ脇を掠めて通り過ぎ、さらに先にある外壁を貫いて、破壊の限りを尽くすしたのだが、それはまた別の話。
「あ、ああ……」
呆然とする水月に突き付けられたのは[槍]。あるいは、[槍]を突きつけられているから、身動きできないのかもしれない。
先端部は先ほどの剣であるから、あの一瞬で柄を組み付けられたのだろう。
「おい、こら。俺じゃなかったら死んでるぞ、今の」
しかし、水月も混乱しているのだと思い直す。
舌打ち一つして[槍]を引く。
「二人ともー! 大丈夫ー!?」
クルリと回して[槍]を下げたところに、茉莉がやってきた。
「なんとかな」
再び[槍]がクルリと回る。
「おい! 大丈夫か!」
「あんたに心配されるまでもない」
「その減らず口が利けるならお前は心配いらないな」
丈は気が気でなかったようだが、藍にとっては些事である。相変わらず[槍]をクルリ、クルリと弄びながら返事する。
「弓削の方は?」
「はい、私も平気です。驚いてしまっただけですし、久賀君も私にケガさせるつもりはなかったようなので」
「そうか、それならよかった」
そこでようやく丈も一息つく。
「とりあえず、弓削はしばらくこのクラスでは久賀以外の奴と模擬戦禁止な。とてもじゃないが危なくてやらせられん」
「……はい」
「おい」
当然の判断と言えば当然の判断だが、一人危険を押し付けられた藍が抗議する。
もちろん無視された。
補足1
そう言って近くの水たまりの水を右手ですくい、それをもう一度宙に落とす。
水は地面にたどり着く前に消えてなくなった。
1.(水月が制御する魔力でできた)水を手で掬う
2.(藍が手にすることで『魔力を掌握する』というイメージが働き、制御権が移る)
3.水が地面にたどり着く前に消えてなくなる(水が藍のものになることで魔力に返っていく)
という、ややこしい現象が、実は起きてる。
だから藍が取った水はすぐに消えたのにも関わらず、水たまりは残っている。
補足2
それに最も慌てたのは、監督役の教師である丈である。
離れた後方にいる他の生徒達はともかく、目の前にいる藍にだけは間に合わない。
基本的に魔力はそこにあるもの。人の中に対して多いとか少ないっていうのはない。
だから丈くらいになれば1km先でも一瞬で『障壁』を張れるのが本来。
ではなぜ『障壁』を張れなかったのかと言えば、あの瞬間、魔力が存在しなかったから。正確には水月が全部奪っていったから。
だから『障壁』を使うには藍の前まで魔力を運ばないといけなかったため、間に合わなかった。
なら何で藍が使えたのか? っていうのはまだ秘密。……察しはつくだろうけど。