普通の友達なんて、久しぶりだよ
そして休憩時間がやってきた。
「ハハハハハ! お前、Cクラスって、Cクラスって! 何? ひょっとして、大して才能もない『風魔法』で受けたの?」
金髪金目という珍しい風貌の少年が、藍を嘲笑う。
水月達が授業の片付けをしているタイミングのことである。
「……悪かったな」
「そりゃCクラスにもなるわ! むしろよく受かったな!」
正確には『風魔法』を利用した『錬金術』であるのだが、そう遠くないので否定はしない。
ちなみに結果よりも過程による点数が足りなかったのだが、そこは藍の知るところではない。
「うるせー! 体術だけでもそこそこ点数取れる予定だったんだよ!」
この辺りの事情には藍のやや特殊な事情が絡むため、一般的には藍の見込みも間違えだったとは言い切れない。
「どっちもうるさいよ」
ともかく二人にそう指摘をしたのは、金髪の少年についてきた伍堂 衛という少年だ。こちらは藍の幼なじみ、あるいは腐れ縁である。
「ま、衛……」
「やあ、藍。いないと思ったらこんなとこにいたとはねー」
「サラッと皮肉を混ぜるんじゃねえ」
「ははは、でも驚いたのは本当だよ」
否定はない。
「ね、ねえ藍君、何このイケメン」
そこに割り込んできたのは茉莉である。
どちらを指しているのかは判断できないが、わざわざ聞き返すまでもなくどちらもだろう。
始めからこうなるだろうことは分かっていたので、大人しく答える。
「どっちを言ってるのか分からんが、どっちも知り合いだな。目の前の金髪がレイス・ドラクノヴァ。野生動物だ」
「食い殺してやろうか?」
金の瞳が藍を射抜く。
藍は無視する。
「で、後ろの爽やかそうなのは幼馴染みの伍堂衛。腐れ縁、腹黒だから気をつけろよ」
「あはは、ひどいなー」
ちなみに否定はない。嘘は極力付かない主義である。
「クラスメイトの弓削水月と花岡茉莉だ」
二人の紹介も簡単に済ませた。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしく……」
「知り合ったのが二人とも女の子とは……、直が知ったらなんて言うだろうね?」
「変なこと言うんじゃねえよ!」
恐ろしいことこの上ない。偶然でそんなことになっては堪らない。二人には話しかけられたのであって、藍から話しかけた訳ではないのだ。
それはともかくとして。
「昼飯行こうぜ!」
と、一行を促すのはレイスである。それに藍は疑問を持つ。
「ああ、いいけど、今からで平気か?」
一人一人ならともかく、人数が人数である。今から行っても席を確保するのは難しいだろう。
「それなら、席は直が取ってるよ」
衛の答えを聞いて感じるのは、またしても不安である。
「あれを一人にして平気か?」
「そりゃあ平気だろう」
「野生動物は黙れ」
人間の社会はそこまで単純ではないのだ。取り合うだけ無駄である。
「……平気じゃないかも?」
と、藍に同意を示したのは衛である。
「だよな?」
「急ごう」
「お、おう!」
勢いよく立ち上がった藍に、慌てて付いて行くレイス。そして。
「あ、君達も来てくれる? 多分直も喜ぶだろうし」
そう尋ねた衛に、二人は黙って頷いてしまう。
案の定と言うべきか、食堂は死屍累々としていた。
「……間に合わなかった、のか」
「ふざけてないで速く手を動かしてよ」
呆然とする、――かのように振る舞う藍に、衛が行動を促す。
しかし要求する相手を限定しなかったのがまずかった。
「おう! 任せろ!」
「レイスはケガさせるだけだから何もしなくていいよ」
またしても痛恨のミス。「しなくてもいい」とはつまり「してもいい」ということで。
「任せろ!」
「ゴメン、僕の言い方が悪かった。レイスは何もしないでくれるかな!?」
落ち着いている(ふざけている)男子3人に対して、女子2人は呆然としている。
一般的な反応として、駆け付けた食堂に気絶している人が多数いれば戸惑うだろう。
そして、その中心には呆然と佇む少女が――
「見るな」
藍の言葉と共に、広げた右腕で二人の視界が塞がれる。
「ら、藍君?」
「な、何があったんですか?」
「……何も」
「何もって、そんな――」
これだけの事態に対してそんな馬鹿な話ある訳がない。
「強いて言うなら、直が『魔導具』を……取り出した」
「取り出した?」
あえて選ぶにしては不適切としか思えない単語に疑問を呈する。
「そう、取り出しただけなんだ」
「直、いい加減それしまって!」
衛が叫んだ。
「え、あ、うん」
そして、問題を起こしたであろう、中心に立つ少女は、手にした銃を放り捨てて言うのだ。
「……いや、まさか本当に出しただけでこんなことになるなんて、思わないじゃん?」
「つまり、直ちゃんの魔導具は強力過ぎて、普通の人が目にすると倒れちゃうってこと……、ですか?」
一段落(詳細は一旦省く)して、起こったことの説明を茉莉がまとめた。ちなみに敬語なのはAクラスの面々の雰囲気に飲まれているのだろう。直はもちろん、衛やレイスもなかなかだ。
「普通の人なら平気だぞ。『情報世界』にアクセスできない一般人からすれば本当にただの――、一応一般的な銃器だからな」
「つまり、それなりの魔法師が集まるこの学園では劇薬になる訳だけど」
「何その超兵器……」
「何なんだろうな……」
「何って、ただの拳銃だよ」
「それはないから」
実弾も撃てるのに、等と呟いているが、自覚ない本人の主張は断固として認めない。
ちなみに会話の順としては、藍、衛、茉莉、そして再び藍、直が入って、衛である。
事の成り行きとしてはまあ、良くある話である(どこにあるのかはともかく)。
そもそも我妻直という人物についての情報が少ないのだ。それが『軍』内部に入り込んでいるのだから、誰だって気にすると言うもの。そのため常に接触の機会は伺われていたのだが、彼女の周りにはそれこそ常にレイスと衛がいる。接触の機会などなかった。
それが昼休み、彼女は一人でいるではないか?
千載一遇のチャンス、として接触を図ろうと考えたのは、一人や二人ではなかった。そしてあまりに数が多かったのが災いした。多勢に無勢、魔法での実力行使を考えた者が居たのだ。実際に魔法使う程短慮な者こそ居なかったが、そこまで無理に迫る輩が現れれば、直とて意思表示位はしない訳にはいかない。
仕方なく応戦の意思を示すために自身の魔導具――[魔導銃]を取り出したところで、先ほどの悲劇が起こった。という訳である。
対応としては藍、衛、直が<念動>で倒れた生徒を持ち上げて医務室へと運んで行った。ちなみにレイスも手伝おうとしたのだが、先ほど同様衛に止められた。
さすがに人数が人数なだけに驚かれたが、逆に「忙しくなるから事情は後で聞く」と追い返された。
そのため今のうちにと食事を取ることになったのだが、
「そういえばらん君、左手は……」
指摘したのは茉莉だった。
初対面でどうかと思ってなのか、語尾はやや濁している。
まだ初日。これまでも違和感は持っていたが、確信はなかった。しかし食事で完全に右手しか使わないとなれば、左手に何かあるのは明らかだ。今尚手袋が嵌められているのだから、なおさらである。
しかし、それに顔を顰めたのは、藍本人ではなく直と衛だった。
「ああ、これな……」
その時点で茉莉は察した。特別頭は良くないが、かと言って悪い訳でもない。
本人以上に周りが気にする、そういった何らかの事情があるんだろう。
そしてその疑問に答えたのは、唯一藍の知り合いで反応を示さなかったレイスだった。
「その左手は、藍の意思じゃ動かせねーよ」
彼にとっては何でもないことなのだろう、さらりと告げる。
ちなみに藍の将来性の点数が下げられた一番の理由がこれである。ケガと言うのはどこでも重く見られるのだ。
「……ごめんなさい」
「何故謝る。気にすんな、気にすんな」
むしろ謝罪されたことに顔を顰めている藍に、茉莉はほっと胸を撫で下ろす。
「藍はもう少し気にしようね」
「……そりゃあ、俺も悪かったよ」
そんな話をすれば雰囲気も暗くなるというもの。
沈黙を破ったのは直だった。
「そういえば私だけ紹介がまだだったね、我妻直です。弓削水月ちゃんと花岡茉莉ちゃんだったよね。二人とも、友達になって貰っていいかな?」
「「は、はい」」
「ありがとう! 普通の友達なんて、久しぶりだよ!」
「「…………」」
「どうかした?」
「「いいえ!」」
直さんはまだ、猫被ってるだけだから……