その制服、聖条だろ
「ああ。いいけど、どうしたんだ?」
少年が助けを求めた少女に返答した。
「ありがとうございます。さっき躓いたときに眼鏡を落としてしまって……。一緒に探して貰えませんか? この辺だと思うんですけど……」
存外平凡な要求だ。
身構えていただけに拍子抜けである。
その程度であれば問題はない。
「大丈夫か?」
特にケガしている様子もないが、一応尋ねる。
余計とも言える気を使う余裕すら出来ている。
「あ、はい。転んだ訳ではないので。……ただ、その辺りの隙間に足が引っ掛かったときに、バランスを崩してストン、と」
「なるほど、ストン、ねぇ」
眼鏡を失くすというというのは、使用しない者が思っている以上に深刻なことだ。
不足している視力を補うために使用している矯正器具である。
失くせば当然、ものが見え難くなる。
その上、眼鏡自体もレンズ部分は透明で、フレームは細く出来ている。見え難いことこの上ない。
眼鏡を失くした本人が探すのは、なかなかに骨なのだ。
少年が実際にそこまで思い至っている訳ではないのだが、逆に目は不自由してない少年である。
大した手間ではない。
この辺と言われた通りに周囲を見渡す。が――
「ないな」
「……えぇ」
少女は悲観に暮れているが、ないものはないので仕方がない。
「この辺りなんだよな?」
「はい、その筈です」
「もうちょっとちゃんと探すか……」
そう言って今度は意識を『情報世界』にアクセスする。
上位の魔法師であれば誰でもと言っても過言でない程できる、特に珍しくもない技術である。
「見つけた」
どうやら≪災難≫な事に、眼鏡が排水溝を塞ぐコンクリートパネルの隙間から中に落ちていたのだ。
「……あーあ、こりゃ見つかんねえわ」
手が奥まで入るような隙間ではないし、一旦コンクリートをどかすのも面倒。魔法を行使する。
空間に満ちる魔力を操作して物理干渉する。<念動>という、最も基本となる魔法だ。
目視の必要もなく、あっさり眼鏡に標準を合わせて持ち上げる。
カチャ
「……おい」
「は、はい!」
「どうやって落とした? 取れんぞ」
普通に引き上げようとしても引っ掛かり、どういう訳か抜けないのである。簡易な知恵の輪だ。
「普通に、ストン、と」
「それなら普通に取れるだろうが!」
「ご、ごめんなさい!」
しかしなってしまったものは仕方ないし、彼女とて意図してそんな落とし方はしないだろう。……していない筈である。困っていたのは彼女自身だったのだから。
ああでもない、こうでもない、と頭を悩ませ、どうにか引き上げる。
元より自然に落としたものだ。そう時間もかからず取り出すことは可能だった。とはいえ魔法を使うのなら、コンクリートのパネルはどかした方が早かったかもしれない。
「このままじゃ掛けられないよな?」
「……ですね」
ともあれ一度排水溝に入ったメガネはドロドロだ。
洗えば済む。とはいえ水道もなければそんなことは気軽に行えない。
仕方がないので非効率でも魔法を行使する。
大気を“加圧”“冷却”。大気中の水蒸気を水に変える。
「『錬金術』?」
「正解」
現実の物質をどうこうする。という魔法全般の総称である。
次に『風』を当ててすぐさま乾かす。
「今度は『風』の『属性魔法』。さっきの魔法といい、『風』の魔法が得意なんですね?」
正直に言えば初めから『風』だけで泥を飛ばしても良かったのだが、そこは生理的問題である。水洗いすると多少なりとも安心するものだ。
「まあ、比較的って程度だけどな。……久賀 藍だ。その制服、聖条だろう? 俺もなんだ。一緒に行かないか?」
聖条魔法学園。彼らがこれから通う事になる高校の名前だ。
「はい。弓削 水月です。ぜひ」
しかし、藍はすぐさまこの少女を誘ったことを後悔することになるのである。