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JDと筋肉 〜出会い編〜

 

 (何してんだろう、あの人)

 私がバイトしているファミレスは駅の直向かいの建物の2階にあるので、駅前の広場の様子が窓からよく見えることが売りの一つである。そんな窓の外に見える景色の中に、彼はいた。

 恐らく外国人であろう彼の彫りの深い顔立ちが、ここが広場の目の前にあることに加えて私の視力が2.0であることから分かった。そして、その顔にふさわしいシャツが膨らむぐらいの筋肉質な身体は、私で無くともここから見えるであろう。というか、他のバイトの子が言っていたから私も気付いたのだ。

 とは言え昨今のグローバル化は日本にも大きな影響を与えており、最近は駅前に外人さんがいる事はそんなに珍しいことでは無い。ではなぜ私が彼のことを気にかけているのか。その理由は単純明快だ。


 彼が小雨とはいえ雨の中、私の知っている限り1時間ほど、傘も持たずに噴水の淵に座っているからである。


 ☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★


「お先に失礼します。お疲れ様でしたー」

「お疲れ様〜」

「また明日ね〜」

 同僚の子達と挨拶して傘を開きながらファミレスを出たのは夜の9時。明日は土曜日で、しかも3連休の始まりということでいつもよりも遅くまでシフトを入れていた私は、早く帰らなきゃいけないという気持ちを胸に抱きながら駅に向かうために噴水がある広場を横切ろうとした。横切ろうとしたが、どうしても気になったので、例の強面マッチョの外国人のもとにおそるおそる近づいて行った。

 例の彼は、数時間前に見た体勢とは少し異なり、まるであしたのジョーのあの燃え尽きたシーンの様に項垂れていた。彼の服はビショビショで、その逞しい身体が衆目に晒されている状態であった。

 とりあえず私は、害意がないことを示すために、左手で自販機で買ってきた温かいココアを差し出し、右手で持っていた傘を彼の身体を覆うように差し出しながら声をかけた。

「は、はろぉ?大丈夫?」

 すると彼はピクリと動いた後、ゆっくりとこっちの顔を見て、じっくりと私の全身を見た後、ようやく口を開いた。

「■□ ■□ ■□ ■□」

「わぁ〜待って待って!スロウリィ、スロウリィプリーズ!」

 自慢じゃ無いが、私は英語という科目は得意でも苦手でも無いが、英会話は大の苦手だ。まずネイティブの人は何言っているか聞き取りづらいし、聞き取れても何を言えば良いか咄嗟に出てこないので、昔こうこうせいのときはいつも外国人の教師と話すときは憂鬱だった。

 それでも英語系の資格は持っているし、ゆっくり話してくれてなおかつ私の言葉を待ってくれるならそれなりの会話はできる。

「と、とりあえずファミレス行こう!手遅れかもしれないけど、このままだと風邪ひくよ。レッツゴー!」

 とは言え、咄嗟にこんな言葉を英語にできるわけでは無く、とにかく彼の手を引き、彼の困惑している気配を意図的に無視して、私は仕事終了後10分で職場に帰ることにした。


 ☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★


 帰宅したと思ったら10分でゴツい外国人を連れて戻ってきたということで、同僚の遠目からの痛い視線を無視して彼の事情を聞くと、どうやら彼は日本にいる友人の家にホームステイしに行く途中であったらしく、荷物は事前にその友人宅に送っており、身一つで日本にやってきたらしいが、友人は大学の講義のために空港には迎えに来れず、それでも携帯の路線検索を頼りになんとかここまでやってきたが、どうやらどこかで携帯を落としたらしく、交番に行くも運悪く誰もおらず、どうすれば良いか途方にくれていたところらしい。

 幸いなことに、その友人の携帯の番号は分かっている様なので、私の携帯を貸してその友人と連絡を取ったところ無事に繋がり、その人の車で迎えにきてもらえることになったようだ。

 そこで、自然と迎えが来るまでの数十分間、私と彼は話すことになった。

 どうやら彼は相当優秀らしく、ここらへんではかなりレベルの高いZ大に通う予定らしい。そこで日本語と日本の文学について1年間学ぶのが今回の留学の目的だそうだ。

 彼がかなりの日本オタクなことも分かった。どうやら、特に日本のライトノベルやアニメ、漫画が、特に青春系が好きらしい。このファミレスに入った時にもソワソワとドリンクバーの方を見ていたので、取り敢えず奢ってあげた。

 彼はとても驚き自分で払うと言い出したが、どうやら残金はほんの僅からしく、後日改めて返してくれたらそれで良いと言ったら、すまなさそうな笑顔で私の目を見ながら、「アリガト、ゴザイマス」と言った。

 連絡先も交換した。その際に彼の名前も分かった。カルロスというらしい。名前の由来を聞いてすごく納得してウンウンと頷いていると、これを聞いた友人はみんなそういう反応をするんだ、と笑いかけてきた。ちなみに英語で、である。

 そうこうしていると、あっという間に迎えが来た。


 ☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★


 『カルロスっ!無事だったのか!』

 彼を迎えにきたのは、大体身長175センチぐらいの英語ペラペラなイケメンだった。彼の話の中で私と同い年だという事は聞いていたので、大学では飲みサーでブイブイ言わせているんだろうなぁ、なんて失礼なことを考えていると、そのイケメンが彼との話し合い(というか一方的なお説教?)を終えてこちらの方に向いた。

「あの、本当にありがとうございました。ここら辺は治安が悪いとは聞かないし、コイツを見て何かしようとする輩はいないだろうけど、それでもコイツは不安だっただろうし……。貴女みたいな優しい人が助けてくれて、本当に助かりました」

 (失礼だが)予想に反し礼儀正しく同い年の私に対して敬語を使ってくれるイケメン。私は彼の印象を、飲みサーのチャラ男から大学のアイドルまで上方修正した。

「いえ、バイトの時から気になっていたので……。無事に会えて良かったです」

 私は、異国の地で1人、雨の中自分が分からない言語で喋る人たちに遠巻きにされるなんてどれほど辛かっただろうか、そう考えると自然と身体が動いただけである。それに、あのまま家に帰ったとしても気になって夜も眠れないだろう。私は結構感受性が高いのだ。別に何かを求めたわけでは無い。強いて言えば、私の心の安寧を求めたのだ。

 『カルロス、またね。今度は、人混みには、気をつけてね』

 ファミレスの入口の階段を降りた先で、慣れない英語でなんとか彼にそう伝えると、彼は何かを少し考えた様子をした後、私の目を見ながら口を開いた。

「■□ ■□ believe ■□ ■□ ■□ ■□ sight.」

「え、え?なんて?」

 今まで私に合わせてゆっくりと話してくれた彼だったが、この時だけは早すぎて聞き取れなかった。

 私が困惑していると、彼は笑いながら「アリガトウ」と言って、イケメンの車の元へ向かって行った。

 辛うじて聞こえた単語は、[信じる]と……[見る]?

 よく分からなかったが、連絡先も知ったことだし、今度会った時に聞けばいいかな。

 そんなことを考えながら、私はようやく帰路についた。


 帰った時間は予定を大幅にオーバーしている10時半、当然のように親に怒られた。人助けをしていたというのに、解せぬ。

 私がこの世の理不尽を呪いながら眠る前にベッドに入りながら携帯を触っていると、早速カルロスからのメッセージが来ていた。内容は、今日のお礼に明日からの3連休のどこかに出かけないかというものだ。ちなみに日本語だった。追加であのイケメンが代打ちしているというメッセージも来ていた。

 幸いにも私はこの3連休に用事はない。友達はみんな彼氏と旅行に行ったり、合コンに行ったりするらしいからだ。ちなみに私は合コンは嫌いだ。1度だけ友達に誘われて行ったことがあるが、話が合う人がおらず終始愛想笑いをするだけで終わって全然楽しくなかった思い出があり、それ以降参加を断っている。私の友達もそのことを知っているから誘わないでくれるのだ。そんな訳で私はこの3連休は基本暇なのである。断じてボッチな訳ではない。

 なので喜んで参加する旨のメッセージを英語で送信したら、そのあと1分も経たずに待ち合わせ場所と時間、行き先が書かれた返信が返ってきた。ちなみに日本語だった。あのイケメンがただの翻訳機として利用されていると思うと何処か笑えてしまう。

 その後、苦戦しながらも何とか英文メッセージで他のことを話していると、気がついたら0時を回っていた。慌ててもう寝ることを伝えると、一言だけメッセージで「Good Night 」と返ってきた。

 こちらも真似して「Good Night 」と送ると、既読がついた後返信が止まった。

 こんな時間まであのイケメンに翻訳させてしまったことに少し申し訳なさを感じるも、それ以上に明後日、いや、もう日付が回っているので明日が楽しみな気持ちで胸がいっぱいになった。

 早く日曜日にならないかな。そんな子供じみたことを考えながら、私の意識は闇に溶けていった。


 ☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★


 『じゃ、おやすみ。明日からはビシバシ教えるからな』

 『ああ。こんな遅くまで悪かったな。おやすみ』

 さっきまで俺の言葉の翻訳に付き合わせていたアイツを見送り、ホームステイ先のベッドの上でスマホの電源を落としながら、さっきまで連絡を取っていた今日出会った恩人の日本人の彼女のことを考える。

 憧れではあったが全く知らない土地で誰かに頼ることもできず、交番へ行っても誰もおらず、途方に暮れていた俺を救ったのは、傘と温かい缶を両手に持った小さな女性だった。

 彼女が何か話しかけてきたがなんと言っていたか分からなかったので聞き返すと、妙に慌てた様子で俺の手を引いて目の前の建物に連れ込もうとした。

 例え小さい女とはいえ、全く知らない奴の手なんてその気になれば振り切ることも出来た。だというのにその小さくて暖かい手を離せなかったのは、俺のことを本気で心配していることがわかる必死な姿から目が離せなかったからだ。言葉が通じなくても、雰囲気で分かった。

 彼女はゆっくりなら英語が分かるようで、俺の友人に彼女の携帯で連絡させてもらった後にアイツが迎えに来るまで色々話した。その際に俺が日本に来てやってみたかったドリンクバーを奢ってくれたり(申し訳なかったが、後日礼をすることでチャラにしてくるらしい)、彼女の友人の話を聞いたり、逆に俺の向こうの話をしたり、彼女と連絡先を交換したりした。

 この間は、これまでの不幸が全てどこかに流れたように凄く気分が良かった。だからこそ、アイツが来たときには思わず舌打ちをしかけた。だがコイツとおばさんおじさんを心配させたのは事実であり、それは俺が全面的に悪いので素直に謝罪した。

 この後無事にコイツの家に到着し、おばさんとおじさんに心配をかけたことを謝罪して、夜食として軽いご飯を頂き、風呂に入った後母さんに今日のハプニングの内容をメールで送り、そしてアイツを翻訳役として巻き込んでメッセージのやりとりをして、明日、というか今日から俺の日本語の勉強に付き合ってもらう約束をして今に至る。

 俺の中で彼女の存在はすでにとても大きい。もし彼女が俺の知らない男と仲良く喋っているところを見ることを想像するだけで冷静さを失いかけるほどだ。今も少し手が震えて止められない。もしも仲良く喋っているのがアイツだとしても、冷静さを保つ自信はない。出来ることなら彼女を地下に監禁して一生他の男と会わせずに一緒に過ごしていたい。

 俺はこんなに異常な思考を持つ人物だということに気付いてからは少し驚いたが、これが愛ゆえの行動であり、このことが俺の彼女への愛の大きさを示していると考えたら寧ろ良いことのように思えてくるのだから不思議だ。やはり愛は偉大なものなのであろう。

 そんなことを考えていると、思考にモヤがかかり始める。そろそろ俺は眠るのだろう。そう考えた俺は眠気に身を委ね、彼女からもらった缶のココアを枕元に置いて、意識を闇に落とした。


 彼女が自分のモノになるその日を夢見て。



 《Do you believe in love at first sight?》


  キミは、一目惚れを信じるかい?





《彼女》

栗色の地毛を持つ現役JD。彼女が通っている大学では本人は気付いていないが結構人気で、裏ミスコン(非公式)2位の実績を持つ。(なお本人は知らない模様)

実家暮らしをしている2年生。自分のカフェを開くのが夢で、ただいま夢に向かって必死に努力中。

世話焼きな性格かと聞かれると本人は否定するが、雨の中子猫を見つけると家に連れて帰っていくほどのお人好し。ちなみにその猫の名前はまぶぞー。福笑いの要領で決めた。

身長の低さをコンプレックスとしている。(現在145cm)

《カルロス》

ブラジルから日本に留学に来たものの、携帯を落として彼女のいる街まで彷徨ってきた不幸ボーイ。

見た目はゴリマッチョに強面。完全に作者の趣味である。

小さくて可愛いくて健気な彼女によって彼の危険な扉は開かれた。なおこれも完全に作(ry

日本語を猛勉強中。彼女の前では紳士とワイルドを足して2で割ったような態度をとっているが、実際はワイルド1本な性格である。

身長は190cmを超えており、身体中が筋肉で覆われている。その肉体美はノーマルな人を筋肉フェチにするほどの魅力がある。

《友人》

大学での授業に参加していたことでカルロスを迎えに行けず、予定の時間になっても来ないし連絡もよこさない彼を本気で心配していた。見た目はイケメン、中身もイケメンな完璧人間。弱点はピーマンと毛虫系の虫。

《同僚》

帰宅したと思ったら10分でガチガチなマッチョの外国人を連れて帰ってきた彼女を見てドン引きしたものの、彼女がお節介を焼いていると雰囲気で分かった途端に「ああ、いつものことか」と日常に戻った人々。

全員[情けは人の為ならず]の意味を正確に答えることができる。だってソースが自分だもんね、

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