履歴書には書けない~非行歴から学んだリスペクト~
正直ここまで赤裸々に表現したのは自分史上初めてじゃないかなぁという気がします。
人というのは”自分がここまでしたんだから受け取ってもらえなかったら損だ”と感じるように精神構造上できているそうなんですが、その事を知った上で今の心境は”別にすべての人に理解してもらえなくてもいいしそれが当たり前”とどっちでもいいという心持ちです。
逆にそれが楽しみというか、GOODかBAD以外の”どちらでもない”ポジションに居続けるというリスクについて考えてもらえたら僕にとってはしめたものかなという気がします。
~僕の職歴は非合法から出発しました~
こういわれてなんのこっちゃと思う方が多いと思います。
パチスロのゴトってわかりますか?
当時はたばこのケースに機械を仕込んで不正に大当たりを当てるっていうことをやってたんです。
やってたと言っても実際にはある人のところでゴトの練習をしていまして実際に店に行ってゴトをやろうとしたところでびびって結局は未遂で終わったんですけどね。
もう15年くらい前の話でちなみにそのあと少年院にも入って反省しました。。。
で、今回はその時のことをネタに1話完結の話を書いていこうと思いますのでお付き合いください。
当時知り合った人がMさんって人でおそらく30過ぎくらいの方なんですが、この人が結構コネクションを持ってる人だったんです。
S会だとかチャイニーズマフィアとかと繋がりがあって、僕はその時はいろいろヤンチャしたい年頃だったんですよ。
高校は中退してたしその頃はヒップホップが好きでクラブでラップの真似事なんかをやってたんです。
当時16とかですね。
んで、周囲の人たちは悪さをすることに特に抵抗がない人たちの集まりなんですね。
そんな状況もあって僕も金は稼ぎたいし時間はあるしってことでゴトがうまくいかなかった後もMさんとたびたび会うことが増えてったんです。
んで、当時16ですかその頃カード詐欺っていうのが流行ってたんですよ。
今はね、形を変えて振り込め詐欺ですかそういうのが流行ってますけど当時は地元とか地方の電気屋さんとか貴金属店で18金のネックレスとかビデオカメラを買いまして。
それを車で一日買って回ってダンボールに入れてあるところに送りつけるってことをやってたんです。
いわゆる買い子と言われるやつですね。
それをMさんとか中国人とか組の人と同じ車に乗って地方を中心に回ってたんです。
これ、中心地ではできなかったんですよ。
なんでかっていうと、難しい話で僕も人伝に聞いた話なんですけどね、東京とか県庁所在地だともう既に他のグループがやり過ぎてて、カードのセキュリティが厳しくなってるんですって。
なので今もそうだと思いますけど東京は避けてましたね、田舎の地方都市でゲーム機や換金率のいいものを選んでいました。
あと限度額は10万円くらいまでと指示されていました。
偽造カードっていうのは要は世界中のホテルや飲食店で使った外国人のデータをパソコンの中に管理しておいてカード自体は使い回しなんで10数枚用意用意しておくだけなんです。
で中のデータをカードをスキャニングする機械を通してデータを写して、実際に服屋とかの店舗で安めの商品で試し切りしてから高額商品に使用するというわけなんですね。
例えば18金のネックレスって金だから変動相場制じゃないですか。
だから50グラムのを1つか2つ買える時とか100グラムのを1つ買える時っていうのがありました。
ああいうのはデザイン性が無いものの方が溶かしたときのグラム数が多いから高く売れるとかいう知識は中国人に教えられましたね。
限度額は10万円っていうのはカード払いで10万超えるとカード会社から電話で審査が入るんですよ。
カードの名前は適当な名前で当然偽名です。
なので中のデータ情報と名前を照合されると困るわけです。
だからカード会社から確認の電話がなったら”すぐに逃げて車に帰ってきて”と言われてましたね。
実際に何度もありましたよ。
そういうときは「すいません、別のカード持ってくるんで返してもらっていいですか?」というわけです。
なんでかっていうと没収されて証拠として指紋とか手口とかを警察に知られるのがまずいわけで。
大きい百貨店やデパートなんかではレジではなくて裏にカードを読み取る機械があるところがあるのでそういうところは避けるように指示されていました。
まぁそんなことを16~19歳になるまでちょくちょく電話で呼び出されてはやっていたわけですよ。
ある時は数ヵ月間全国を車で回ったりしました。
もちろんこのほかにもバイトはしてました。
ただこの仕事だと購入額の1割ほどを報酬として貰っていたので全然うまくカードが通らなくて1日やったのに0円の時もありましたけど3万くらい貰えるときもありました。
慣れてくると「カード通らなかった」と中国人も騙して購入した18金のネックレスを懐に忍ばせていたりしましたね。
カードが使えなかったら次のデータをカードに再入力してるっていうのは見ててわかったので。
んで、それを自分で質屋に持ち込んで換金するということをしていました。
なんでこんなことをしてたかっていうと当時はラッパーになりたかったんですね。
ラッパーというのは自分で詞を書いて韻を踏んでリズムに合わせて言葉を発音するという文章にすればそういうことなんですがイメージしてみてください……
本場の黒人のラッパーって人殺しとか薬とか犯罪が当たり前にある世界で生きてる人たちなんですよ。
そして僕が憧れていたのはそういう人たちの言葉であり服装であり音楽でありそれを目指してたんですよ。
野球選手になりたいといったら誰を思い浮かべますか?
イチローであり大谷でありマー君でありダルビッシュかもしれません。
じゃあサッカー選手は?
中田ヒデであり本田であり、ロナウドでありロナウジーニョ…たくさんいるでしょう。
じゃあラッパーは?
っていうと2pacでありNasでありJay-zでありエミネムなんですよ。
彼らに共通することは技術もありますが皆ワルなんです。
当時、僕は法律の順守を軽視していました。
面白いものでね、「箔をつけようとしている間はみんな尖っている説」
僕はこう考えていて実績がない人、言い換えれば自分に自信がないうちは箔をつけるために自分を尖らせて頑張っていると思うんですよ。
若いうちは特にそうな気がします。
”箔”っていうのはキャバ嬢にとっての”ブランド物”であり、受験生にとっての”学歴”であり、なろう民にとっての”書籍化”であり、店長にとっての”売り上げ”であり、そしてラッパーにとっては”非行歴”だったんです。
今でこそyoutubeやニコニコ動画なんかみてますとね、全然悪くなさそうな人が歴史で韻踏んでラップしていたりするのをたまに見かけます。
そういうのを見ていいね!こんなやり方もあるね、でもちょっとガチガチのガチのステージでこれはやれないだろうなぁと思います。
実際経験してみると現場のラップバトルっていうのはお互いの持論への批判の積み重ねだけではなくてむしろ揚げ足とりや人身攻撃が多いんですよ。
人身攻撃とは、特定の問題に対する知識についてではなく、個人的な思想や行動に立ち入って、権威者を攻撃することで例えばあいつはゲイだから、レズビアンだから、社長だから、ホームレスだから、健康だから、病気だから、ということでですね。
ネットがあることで、現代は知識層の”住みわけ”ができてきたと思うんですよね。
動画でやるぶんにはワルである必要は全く無くてディスはネット民のコメントという風にやってますよね。
残念ながら相手はどんな人なのか、相手に”リスペクトの気持ちがあるか”どうかというところは見れません。
その点はやはりお互いに切磋琢磨できるしラッパーを目指す人たちが集まる現場の方に分があるかなと思います。
ただ多種多様な職業や人種の視点から批判の目を向けられるっていう”機会の多さ”はネットに軍配が上がると思います。
~閑話休題~
んで、非行歴というのは当然ながら履歴書には書けません。
書けないことに今までずっともやもやしてきました。
社会が許してくれないからです。
全力で潰しに来ますでしょう?知っているから書きませんよね。
当然、僕は自分の人生に全力をかけて生きてきました。
手を抜いたことなんて……何回かあったかな。
それでも夢を見てそのようになるために努力をして実績を積んで生きてきました。
それが法律を軽視していたとしても全力で一生懸命でした。
バイトをして、犯罪をして、バイトをやめては新たにバイトをして…と。
でも履歴書に書けるのは全てではないんです。
なぜ書けないのか?僕は社会が犯罪歴がある人は雇いたくないということを知っているからです。
僕が法律を順守した既存の日本社会を拒否し、社会も僕を拒否していました。
僕は19の時に詐欺で捕まって警察で取り調べを受けて鑑別所から裁判を受けて少年院送致の後、1年をかけて国の更正プログラムを受けました。
改心し、いくつかの資格を取得してから出所してその後は一切犯罪には手を染めていません。
旧友との関係もほぼ断ち(一部の心から慕える友人は残して)真人間になってラッパーではなく別の目標を持って生きてきました。
その後とある職業訓練校に入学することができまして、授業の一環で自己アピールの練習をする機会を得ました。
当時は”非行歴を省いた履歴書”にもやもやしていた僕はそこで「よし!ここは国立の職業訓練校だしいい機会だし練習してみよう!」と僕は試しに誰にも言えなかった非行歴を言ってみたんです。
そしたらつるっーーーーーーーーーーーと滑って誰もなんも反応しない、いや一部の友達にはこのことを話してて理解してくれたと思っていた友人にすら話終わって自分の席についてからこう言われました「なに、ワルさ自慢したかったの?」
いやいやちゃうがな!ありのままの俺のことを一部言ったんやーーーー!
んで、実際に人に話すとあぁこんな反応するんだなぁーってことがわかって、それからはもう絶対に非行歴のことは履歴書には書けないなと思ったんです……。
でもちょっと待ってください、履歴書に嘘書いちゃだめですよね?だから”本当のこと書く”→”引く”ってこれおかしくないですか?
僕はこう思いました。非行歴のある人に対する社会のリスペクト度合いが異常に低いと。下手したら同じ人間として見てないし社会的に殺しにかかってるような雰囲気すらありますよ。
黙殺、シカト、無視、無言、コミュニケーションの拒否など表現方法は色々ありますが僕が言いたいのは総じて”冷たい雰囲気”の事です。
例えば覚醒剤の使用で逮捕、仮出所を経て釈放となった某芸能人に対しては社会的に潰しにかかるような猛烈な報道の後、世に関心をもたれず放置……
一躍、時の人として社会に物凄い影響を与えた人でも逮捕されればその後の社会の彼らを見る目は手のひらを返したようでとても冷ややかな印象を受けます。
あるいはAV落ちした女優さんだとか、暴力事件や薬物問題で捕まったジャニーズのアイドルさん、子供が不祥事を起こして謝る親。
その誰もが二度と芸能界の第一線には復帰できないような扱いを受けていると思うんです。
これっでもかというくらい叩きますよね隣国の如く。
やってることは似た者同士なんですね今気づいたけど。
それをみて僕はこう思ったんです。
一度でも犯罪を犯したら二度とまともな社会人に戻れない、社会がそれを許さないと。
そりゃそうですよね、誰だって非行歴のある人は危ないから近づかないほうが身のためって思うだろうし問題を起こす確率の高い人と低い人とだったら高い人とは関わりたくないですよ。
僕自身そういった悪友との関係を切ってきた過去があるのでよくわかります。
まぁ少年院の更正プログラムにそういうことが書いてあるのでこの方法はある意味国のお墨付きの方法なんですが。
でも、人に対するリスペクトまで失ってはいけないと思うんです。
それを失ってしまったら今度は自分が人からのリスペクトを失うっていうのが僕の持論で、それはどういうことかというとまず、僕が犯罪者でもあるラッパーに憧れた理由は相手に対するリスペクトがあったからです。
語弊があるかもしれませんが”リスペクトがなかったから失敗した”ということをメッセージとして世に伝えているラッパーについてはリスペクトしています。
これは先に少し取り上げたんですが”人身攻撃”をしないという部分に共通してきます。
実はこれってすごく大事な知識で”お笑い”は終始一貫そうです。
彼らの業界では笑いのネタにされた人が笑えなかったら”お笑い”じゃないんですよね。
”いじり”と”いじめ”の違いが人身攻撃かどうかの違いです。
話が逸れたので元に戻しますが、数多くの曲を聴いてきましたがオラオラ系のいわゆるギャングスタラップは実はもうあまり聴かなくなりました。
”16小節の俺スゲー”は聞く価値があんまりありません。
もちろん技術的にうまい人はいるんですよ、韻の踏みかたや発音がきれいだなとか滑らかだなとか。
技術的な部分として学ぶべきところはありますが、相手が誰であろうと人に対した時はリスペクトをもって接するべきだと考えます。
それは障害者であろうとホームレスであろうと被災者であろうと犯罪者であろうと同じことです。
この芯の部分は履歴書には書けない非行歴の中で僕の中に残った軽視すべきではない学びだと思っています。
リスペクトとは尊敬、敬意、またはそれを表すこと。
対してディスリスペクトは無礼、軽蔑、軽視という意味で今は一般的に”ディスる”や”ディスった”とかって使われてますよね。
僕が16や19の頃は今ほど一般的にこの言葉は浸透していなかったと記憶してるんですが”ディスりあい”……つまりクラブのステージの上で即興ラップでバトルするっていう事をよくやってました。
そういう場面ではことごとく相手をけなすことを言うわけですよ。
自分の持ちうるボキャブラリーの中から16小節を蝶のように舞い蜂のように韻を刺し、言葉に棘をもたせてエッジのきいた比喩を用いて煽るわけです。
そんなことをやってたら当事者同士の事を当然仲が悪いと思うかもしれません。
でも僕の知る限りそれで喧嘩になったとか殺傷沙汰になったとかは聞いたことがありませんね。それは相手に対するリスペクトの念があったからだと思います。
ではリスペクトの念とはなにかというとうまい比喩を言う相手に対して”うまいな”と即興なのにきちんと韻を踏んでいたり違う畑から用いた比喩を組み込んでくるとうまいと思うわけです。
なぜかというとやってみるとわかるのですがリズムに合わせて4回首を振ってみて1小節、16小節で1バースというのですが4小節関連する韻を集めるだけでもボキャブラリーが豊富にないと続かないんですよ。
それを例えば…”ブラフ”と”クラブ”といった名詞を”ずらす”や相手を”食らう”といった動詞で繋ぐっていうことをその場その場で語を繋ぎ合わせて小節をつくるんですが頭の回転が早くないとできないですよね。
少なくとも目の前の相手は馬鹿じゃないとリスペクトの気持ちを持つわけです。
言い間違えたり言葉に詰まれば自分が言い返せないということになるし観客もいるわけですからプレッシャーだってあります。
けどその場には失敗を許せる雰囲気があります。
もちろん負けたら悔しい気持ちを次への糧として復習しますよ。
いずれきたるステージの上での復讐のために。
実際ライブの映像を撮ってビデオにして後日反省会ということはしてました。
明石家さんまさんが自分の出たテレビ番組を見直すのと同じことです。
んで、話は戻りますけど本当にディスったままでいいのかってことです。
僕はディスられてもいいんですよ、言われても気にしなければいいだけですからね相手にリスペクトが足りないことなんて慣れっこなのでどうでもいいんです。
結局相手を軽視して相手が成功すれば割りを食うのは自分ですからね。ダーウィンが名言を残していたそうですがググったら実は言ってなかったことがわかりました。
変化するものが生き残るって類いの話です。
考えてみたら当たり前ですよね現代ではパソコンやスマホがありますが100年前はありませんでした。
変化することは当たり前のことです。じゃあ変化を生み出しているのは何か?それは人を含む地球であり地球を含む宇宙なんです。
僕がなぜ人をリスペクトすることが大事かっていうのは要は人に”人身攻撃をする人”と認識されたままでいると”自分が変化に置いていかれるから”です。
人と人は信頼関係で成り立っていますよね。
例えば”仏教徒のAさんが1+1=0だと言ったとしてこの場合1+1=0ということについて批判するべきであって”仏教徒は頭おかしい”とはならないはずですよね?
例え地動説を信じる僕が天動説を信じる人を軽視し続けたとしてもその人はいつまでも僕を眼中に置いてはくれないしその人も世論も変化するんです。
僕を動かしているのは情熱で間違いないです。
過去にしてきた仕事でも趣味でもなく情熱こそ僕の原動力であると断言できます。
じゃあ履歴書でその情熱がすべて伝えられるかというと難しくあえて言えば志望動機欄ですか。
この短い5行くらいに僕の情熱を伝える言葉を集約しなければなりません。
ですがきっと伝えきれないと思います。
なぜなら履歴書には書けない非行歴の中で軽視した法律へのディスリスペクトの経験や人へのリスペクトの経験が今の僕の芯にあたる部分だからです。
今後は、この根っこの部分を忘れないようにしつつ、表現の場をネットにシフトしていこうと思っています。
えー色々やってみたいことはあるんですがそれは枝葉の部分になるのでこの作品はここまでで、それは次の作品からということになると思います。
ラッパーを目指す主人公のサクセスストーリーを今書いているところで”リリック”に特に力を入れた作品になっています。発表はまだ先になると思うんですが是非楽しみにしていてもらえるといいなと思います!
ここまで読んでいただきありがとうございました!!
数年前にネトゲで知り合った僕の大事な友達えぽなんに伝えるように書いてみました。
まだまだ推敲推敲推敲とできることはたくさんあるんですがとりあえずここまでやってみたので投稿することにしました。
つたない文ではありますが、リスペクトの精神に理解し共感してくれる同士がいたらご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。
その際には文頭にいいね!と添えてもらえればお互いに気持ちよくなれると思います。Big up!!