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「レナちゃん。後のことはあたしに任せて!」

「……ナギさん、後のことというのは?」


 私はテンションがやけに高いナギさんに向かって、これ以上ないくらい低いテンションで尋ねた。

 そして、すぐに尋ねるべきではなかったと思う。

 

 嫌な予感しかしない。

 どうせ、ナギさんはろくなことを言わない。

 私は目の前の巨大スライム三匹を睨みつつ、今日このとき、今この瞬間を後悔していた。

 何故、私の相棒はナギさんなのか。

 薄暗くて湿気でじめっとした穴の中、私には絶望しかなかった。


 魔法使いの私は、でっかい銃を扱うガンナーであるナギさんと共にギルド――簡単に言えば冒険者に仕事を紹介する組合のような組織からの依頼で、液体の塊のようなスライムを倒すために洞窟に来ている。

 そう、来ている。ここがすでに間違いだった。

 この後悔が正しいことを知らせるように、斜め後ろから声が飛んでくる。


「スライムのぬるぬるにやられても、あたしがちゃんとレナちゃんの体の隅から隅まで洗ってあげるから。だから、安心して戦って」

「それ、安心できないんですけど。それに、ナギさんに洗われるなんて死んでも嫌です」

「大丈夫、大丈夫だよ。変なことしないから」

「変態は、大体そういうこと言うんですよ」


 ナギさんの声に、もともと低い私のテンションが地の底を這いだし、手にした杖をスライムに投げつけて頭を抱えたい気分になる。

 敵であるスライムは突然変異種だけど、そう強くない。手が生えていて、捕まると体についているぬるぬるの液体でベタベタになるくらいで死にはしない。酷くても、切り傷、擦り傷を作るくらいだ。


 攻撃魔法か、強力な銃で撃てば彼ら、いや彼女ら、どちらの性別かわからないけれど、スライムを倒すことができる。こんな簡単な仕事に手こずっているのは、主にナギさんのせいだ。


「あたし、変態じゃないから。ただ、この位置からだとレナちゃんの可愛いお尻がよく見えて嬉しいなーって思ってるだけの善良な人間だから。できれば、もっと色々なところが見えたらもっと嬉しいけど、善良だからなるべく考えないようにしてる」


 “るんるん”という擬音が見えそうなくらい明るい声が洞窟に響き、私はため息を一つついた。


「善良な人間はそんなこと考えません」

「ええー。ちょっとラッキースケベみたいなことがあったらいいなって、そんなささやかな幸せを願うことくらい許して欲しい」

「願うのは自由ですけど、ナギさんからにします」

「え? それってラッキースケベが許される流れ?」

「いいえ。ナギさんから倒す流れです」

「ええ!?」


 私より二つ年上のナギさんは、銃の腕は怪しかったけれど、会ったばかりのときは比較的まともな人だった。少なくとも、初めて洞窟探索のためのパーティーを組んだときはまともだと思った。二回目の冒険から雲行きが怪しくなって、五回目の今日、私はナギさんをぶちのめしたくなっている。

 そこまで強い敵ではないとは言え、倒すべきスライムを前に、まずナギさんをぶっ飛ばしたと考えている私はおかしいのだろうか。


 否、おかしくない。

 ここに来るまでの間、洞窟の中で少なくとも三回はお尻を触られた。セクハラは敵だし、もうナギさんもスライムと同じく敵に分類して良いんじゃないかと私は思う。

 倒さなきゃならないスライムは十五匹で、もう十二匹倒している。


 残っているのは目の前の三匹だから、ナギさんを倒している間にスライムに捕まるかもしれないけれどかまわない。ちょっとベタベタにされて、切り傷、擦り傷を我慢すればいいだけだ。


「ナギさんもスライムも同じです。私の敵です!」


 ナギさんを囮にスライムを倒すという方法もあったけれど、囮なんて生易しいことではいけない。

 徹底的にやった方がいい。

 十七歳の柔肌、スライムに捧げようじゃないか。


 だって、ナギさんは戦闘が始まってからずっとこんな感じで、さらに言えばここ数回こんな調子だ。それに加えて、酷いノーコンガンナーで狙った場所に弾が当たらない。


 そのノーコンぶりは、なぜガンナーなんて職を選んだのか問いただしたいほどで、私はかなりの確率でナギさんに撃たれている。魔法で防いではいるけれど、そろそろ死んでもおかしくないような状態だ。

 私は振り向き、太さも長さも腕の二倍以上ある銃身に、大きなレバーがついた武器を構えているナギさんに杖を向けた。けれど、呪文は唱えられなかった。


「ムキュウッ!」


 何かの鳴き声が洞窟に響く。


「レナちゃん、危ないっ!」


 珍しく真剣な声と同時に、ナギさんが銃のレバーを引く。ドガンとかたい音が鳴り、私はさっきの鳴き声がスライムものだと知る。そして、ガラガラと何かが崩れる音がして、魔法使いには似つかわしくない皮鎧を装備した私に小石どころか、結構な大きさの石がいくつか飛んでくる。


 振り返れば、そこは土煙。

 やっぱり、弾がスライムではないものに命中したらしい。

 湿り気を帯び、淀んだ空気に茶色っぽい粉みたいなものが舞う中、目をこらせば三匹のスライムは消えていた。多分、ナギさんが撃った弾が洞窟の天井に当たり、スライムは瓦礫の下敷きになったんだろう。


 ナギさんと一緒にいると、魔法使い然としたローブは役立たない。こういうときのために、鎧を選んでいる自分を褒め称えたい気分だ。


「スライム、倒したんじゃない?」


 後ろからナギさんの能天気な声が聞こえてきて、私は瓦礫の山をじっと見る。薄暗い空間をさらに闇の中に叩き込むような塵の向こう側、もとは洞窟の天井だった岩の塊が動く気配はなかった。


「そうみたいで――」

「ムッギュウウウウウ!!!」


 辺りに舞う埃を吹き飛ばすようにスライムの鳴き声が響き、私の言葉をかき消す。山になっていた瓦礫がガラガラと崩れ、また土や砂が辺りを覆う。

 魔法使いらしく手にした杖を掲げ、埃を払う風を呼ぼうとした瞬間、私の目の前にスライムが一匹現れる。


「障壁!」


 詠唱とは言えないような短い言葉を口にした途端、目の前に透明な壁が現れる。スライムが体の横から生やした腕を伸ばしたけれど、手はびたんと障壁にぶつかり、鈍い音を響かせた。その音は二度、三度と続き、私は目の前に作った壁でスライムの手を弾き続ける。


 ただ、私は同時に二つの魔法は操れない。だから、トドメはナギさんにお願いするしかなかった。

 私は防御を壁に任せ、スライムの斜め前辺りに移動する。


「ナギさん、私を撃ってください」

「駄目だよ、レナちゃんを撃つなんてできない」

「私を撃ったらご褒美です! 弾は魔法で防げますから」

「じゃあ、撃つ!」


 さっき、撃てないと言ったナギさんがあっさりと主張を翻す。

 振り返れば、銃口がこちらを向いていた。

 ナギさんが小さく息を吸って、止める。

 ちょっとした間があってから、レバーが引かれる。

 私が障壁を解除して、レナさんの弾から自分を守るべく障壁を張り直すと、狙ったところには当たらない弾がスライムに命中した。


「レナちゃん、大丈夫?」

「ナギさんがノーコンのおかげで大丈夫です」

「ノーコンというところは否定したいけど、とにかく良かった。スライムの方は、今度こそ倒したよね?」


 ナギさんが大きな銃を下ろし、不安そうに私を見た。


「宝石になったので、大丈夫です。倒せました」


 大きさにして、手のひらの六分の一ほど。撃たれたスライムは、獲物の強さに見合った小さな緑色の宝石になって転がっていた。

 この世界では、倒したモンスターはすべて宝石に変わる。冒険者の仕事は、それを手に入れることだ。


 私は、スライムだった宝石を拾う。

 手に入れた宝石はこれを入れて十三個。

 瓦礫の下敷きになった分を回収して十五個持って帰れば依頼は完了し、三日は生活出来るはずだ。


「ナギさん、帰りましょう」

「そうだね」


 大きな銃を担ぎ、ナギさんが笑う。

 革の胸当てにショートパンツ。ナギさんは、いかついブーツを履いているから露出は抑えられている。崩れた天井が降らせた小石や埃のせいで薄茶色の髪は汚れ、顔は泥だらけだった。けれど、優しげな目やすっとした鼻がバランス良く配置されていて、無駄に可愛い。彼女のこの顔だけは、褒めるに値すると思う。


 そこだけしか褒めるところがないのもどうかと思うけれど、長所はないよりはあった方が良い。

 私は皮鎧の腰に付けた袋に宝石をしまい、ナギさんと共に来た道を戻っていく。


「レナちゃん。あたし、毎回思うんだけど魔法って、土の精霊よ、我が声を聞きその姿を現し、なんとかかんとかして壁になれ! みたいな呪文を唱えてから土の壁ババーンみたいな感じじゃないの?」

「まず、なんとかかんとかしてって言うのが意味わからないですし、そんな長い呪文を唱えてたら、敵にやられちゃうんですけど。ナギさん、もしかして私のこと殺したいんですか?」

「そんなことないよ! むしろ、殺されたいほど好きだもん」

「そんなことを堂々と宣言されても嬉しくないです」


 感情のこもらない声で答えると、ナギさんが大げさに叫んだ。


「ええー、ひどい!」

「そもそも、ナギさんといることによって私の寿命が確実に縮んでますし。何度か弾が当たっているので、私の方がナギさんに殺されそうなんですけど」


 障壁で身を守っていたとは言え、ナギさんが撃った弾は私に何度も命中している。まあ、ノーコンと言っても、弾の八割は狙った場所の隣に命中するから対策が簡単ではあるのだけれど。

 ただ、ナギさん本人は自分がノーコンではないと信じていた。それでも、私の言葉が事実だから肩を落として謝ってくる。


「……ごめんなさい」

「いいですよ。今日は助かりました。もうしばらく一緒にいてもいいかなという程度に」

「じゃあ、ご褒美だね」


 落とした肩はすぐに上がり、ナギさんが満面の笑みで私に飛びつこうとする。

 そうなれば、私のやることは一つ。


「障壁」


 杖を片手にぼそりと呟き、体の右横に壁を張る。

 結果は言うまでもなく。

 さっきのスライムよりも勢いよく私に向かってきていたナギさんは、盛大にそれにぶつかっていた。


「ひどいっ! なんでいつもこれ張るの?」


 ナギさんが障壁にぶつけた額を撫でながら、私に聞き慣れた文句をぶつけてくる。そして、私もいつも通りの答えを返す。


「ナギさんを防ぎたいからですかね」

「ひーどーいー!」

「ご褒美は、これですよ」


 私は、腰に付けていた宝石入りの袋をナギさんに渡した。

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