MBS短編小説賞 ホラー部門 『毒物語』
『先輩、私はあなたの純水になりたいんです。毒でも薬でもなく、純粋にあなたのことを――』
「ふうん、先輩も大概、女たらしですね」
伊予ちゃんはカルアミルクを含みながらジト目を押し付ける。
「こうやって女の子とデートしている時に他の女の子の話をするなんて、卑怯だと思いますし、幻滅します」
「いや、デートじゃないだろう」
俺は目の前にあるナッツを口に含みながらジントニックで流し込む。爽やかな香りが鼻を抜け心地いい。
「俺は君に相談があって、それを君が了承したからここにいるんだろう」
「そうだとしてもいきなり先輩の元カノの話を聞くとは思っていませんでしたよ」
伊予ちゃんは小さく溜息をつきながら俺を見る。背丈が低い彼女は、カウンターの椅子の上で持て余した足をだらしなくぶら下げている。
「しかもその人、私が紹介した人じゃないですか。今頃難癖をつけてくるとはいい度胸ですねぇ」
「難癖じゃない、相談だよ。ただ君と話がしたかったんだ。元カノのことを話せるのは君しかいないから……」
「嬉しいこといってくれるじゃないですかっ♪」
伊予ちゃんは嬉しそうに微笑み整った歯を見せ付ける。小柄でありながら柔らかそうな大きな胸を寄せてこちらを覗き見る。
「もちろん大歓迎ですよ。私はどんな先輩だとしても好きでいられますからね。一日中、右の乳首を舐めて欲しいというアブノーマルな要求だって喜んで答えますよ」
「そんな要求を出した覚えはない」
俺は真顔で否定した。
「大体会うこと自体が久しぶりなのに、いきなり体を求めるわけないじゃないか。何いってんの」
「そうですね。先輩はお尻の方が好きですもんね」
「おい!」
「失礼しました。久しぶりに会って胸がときめいているんです。お許し下さい」
彼女はウインクして答えるが、俺はそれを無視する。あざとい女は嫌いじゃないが、全て計算だとこっちが尻込みしてしまう。
俺は今、元カノに昔の恋愛相談を持ちかけている。
伊予ちゃんとは10年前、予備校次代に出会い付き合っていたが、遠距離になり別れていた。若い頃は体の関係こそが一番の繋がりだと思っていたからだ。
だが俺が地元に戻り、彼女と偶然再会したことで友達関係として復縁したのだ。
俺はしがない予備校の講師になり、彼女は薬剤師として地元のドラッグストアで働いている。
「先輩、元カノの話に戻る前に、一つ質問していいですか?」
「ああ」
「先輩は薬と毒ならどっちになりたいですか?」
「薬か毒? そりゃ薬だろ、どう考えても。薬は人のために役に立つし、毒になっていいことはないだろう」
「真面目な先輩らしい回答ですねっ♪」
伊予ちゃんは小さく頷き納得する。
「ですが薬とは一体何でしょう? 草冠に楽、要は草を煎じたものを飲んで楽になるという意味です。でも薬って苦くて美味しくないじゃないですか、楽になるために苦いものを飲むって何だか抵抗ありません?」
「薬剤師が何をいう。薬は体にいいものだろう、毒を打ち消してくれるんだから」
「じゃあ先輩、毒とは何でしょう?」
「毒っていうのは……体に悪いものだよ。毒があれば体はきついし、何もできない、下手すれば死ぬ。苦しいだけじゃないか」
「薬を飲んでも苦しい、毒を飲んでも苦しい。この世は苦しいことばかりですね」
伊予ちゃんは甘そうなカルアミルクをぐいっと飲み干す。
「このアルコールにしてもそうです。アルコールがなくても生きていけるのに、皆ありたがって飲む。薬にならない毒なのにです。何でですか?」
「美味しいからだ。微量な毒は人生を楽しめるんだよ。煙草や酒を楽しめないと損した気分になるからね」
「でも先輩は薬になりたいんでしょう?」
「んーそういわれるとそうだな。伊予ちゃんはどっちになりたいの?」
「……私ですか? 私は純水ですね」
伊予ちゃんは冷静に呟く。
「薬にも毒にもなりたくありません。ちょうど中間の何の害にもならない、何の益にもならない、ただの普通の水がいいです」
「屁理屈だね。仮に純水になれるとして、その理由を教えてくれよ」
「それはシンプルですよ」
伊予ちゃんはにやりと笑って答えた。
「この世に水ほど依存する薬物はありませんからねっ♪」
◆◆◆◆◆◆
「先輩、この世には三つの液体が存在するんです」
伊予ちゃんは新しい飲み物を頼んでいった。今度はカシスミルクらしい。
「薬、水、毒の三つです。でもこれらを一纏めにすると全て毒です。薬も使いすぎれば毒、毒は元々毒、水だって大量に飲みすぎれば毒です」
「そりゃそうだね。何でもやりすぎてしまうと、いいことはないってことはわかるよ」
「でしょう? だから私は普段皆が口にしている水になりたいんです。いつかは毒になれることを願って、真水でいたいんです」
「どういうこと?」
俺が尋ねると、伊予ちゃんは再び口角を上げた。
「人に使われなければ、薬も毒も何の意味もありません。人の善意、悪意がなければこれらの液体は使われないんですよ。だから普段から認識されずに使って貰える水になりたいんです」
「ふうん」
伊予ちゃんのいいたいことはなんとなくわかるが、要領を得ない。結局、彼女は何がいいたいのだろう。
「まあその話は置いといて。じゃあ俺の話に戻っていいかな」
「どうぞっ♪」
「この間、居酒屋に行ったんだけどさ、隣のテーブルに元カノに似た女の人がいたんだよ。その人は結婚していて旦那と子供がいた。夫婦で楽しくお酒を飲みながら楽しそうにしていたよ」
「なるほど、それでどうしたんですか? 先輩はその人を妄想して右乳首を触りながらオナニーをしていたんですか?」
「そんな趣味はねえよっ」
素早く突っ込み伊予ちゃんを睨むと、彼女は舌を出して微笑んだ。底意地悪い姿を見せても、愛嬌があり怒る気にもなれない。
「……伊予ちゃんは知ってるだろうけど、俺の元カノは5年前に亡くなったじゃないか。それで彼女と別れていなかったら、俺にもそんな未来があったのかなってふと思ったんだ」
「なるほど。元カノと結婚して乳くり合いたかったというわけですね。母乳プレイがしたかったと」
「乳首は関係ねえよ。大体俺は男だし、乳首は性感帯じゃない」
「あら、男の人の方が乳首は敏感なんですよっ♪」
伊予ちゃんはにやにやと口元を緩めながらいう。
「触れられる機会が少ないですからね。利き乳首、試してみます?」
「試さねえよ、何だよ利き乳首って」
「感度にも右と左があるんです。先輩は左利きだから左かもしれませんね」
「どうでもいいよ、乳首の話は」
俺は彼女の頭にチョップをして話を中断させる。
「何でそういう話になるんだよ。確かに最近ご無沙汰だけど、君にそんなことをお願いするつもりはない」
無言を貫くと、伊予ちゃんは優しく微笑みながら答えた。
「それでこそ先輩です。そういうツンデレな部分が私の嗜虐心を掴むんです。やはり攻略のし甲斐がありますねっ♪」
「何をいってるんだ、一度付き合ってるんだから、攻略されたも同然だろう」
「先輩、付き合ったからといって全てを知ることはできませんよ? もちろん表裏の意味で」
「女の子が使う言葉じゃねえな」
俺が再び突っ込むと、彼女はにんまりと口に手を添えて笑った。
「そうですね。はしたない言葉を使っちゃってすいません」
伊予ちゃんの穏やかな微笑が怖い。確かに他の女の話をする方が悪いが、彼女はそれすらも楽しんでいるように見える。
「先輩、お代わりは?」
「……ん――、どうしようかな」
伊予ちゃんのグラスを見る。本当はミルク系のカクテルを飲みたいのだが、こんな話をした後に、頼んだらまた彼女に小言をいわれそうだ。
「同じもので、お願いします」
◆◆◆◆◆◆
二杯目のジントニックに口をつけると、伊予ちゃんは再び俺に尋ねてきた。
「それで元カノさんはどんな人だったんです? 友人としては知っていますが、恋人としての彼女の話は是非聞いてみたいですねぇ」
「……そうだな。もう全てを話してもいい頃合だな……俺にとっては最高の相手だったよ、勿体ないくらいに」
「そうだったんですねっ♪」
伊予ちゃんは飛び跳ねるように手を合わせる。まるで自分が褒められているかのようにだ。
「君の友達だからといってお世辞じゃない。見た目はいいし、性格もいいし、大人だし、相性もよかった。一言でいえば女神だったよ。でも……悪魔でもあった。喧嘩した時は相性がよ過ぎて、彼女に何をいわれても芯まで通るような気がして自己嫌悪したよ」
「なるほど、相性がよすぎて喧嘩した時にはどん底まで落とされたと認識していいですか」
「まあそうだね。毎日幸せだったから、彼女を失った時の絶望感は計り知れなかったよ……」
今でも思い出すことができる。彼女と別れた日は夏の暑い日で、朝4時に目が覚めてしまったこと、その時の日差しがやけに眩しくてセミの鳴き声に全てを支配されていたことを――。
「どうして別れたのですか?」
「どうしても納得できない部分があった。元カレと会っていいかと頼まれたんだ」
「いいじゃないですか、それくらい」
「俺はそれすら許せなかった。その時は……毎日会うことが当たり前で、必ず仕事終わりに迎えに行っていた。彼女は俺の何でもない話も受け入れてくれて、笑ってくれた。俺の全てを受け入れてくれていたんだ。だから……」
あの時は本当にどうかしていた。元カノの広い心が反対に俺の心を狭めていったのだ。気を許しすぎて、何も見れていなかった。だから、彼女は――。
「アナルもですか?」
「何だよ、唐突に」
「先輩の好きなアナルも攻めて貰っていたのですか?」
「別に好きじゃねえよ! 頼んでないけど、もしかしたら受け入れてくれていたかもな……」
俺は神妙に頷いた。
「って別にその話はどうでもいいだろう。ともかく、俺は彼女のことが好きで束縛していたんだ。彼女も俺のことを締め付けてきた。それが快感だったんだ」
「なるほど、アナル開発はされてないと」
「当たり前だ。そんなアブノーマルな趣味はねえよ」
そういうと伊予ちゃんは嬉しそうに、にんまりと笑った。
「ということは先輩にはまだヴァージンの部分が残っているのですね」
「そこは一生未経験でいたいよ……」
俺は溜息をついて続けた。
「結局、彼女は元カレに会ったんだ。別にやましいことはないっていってたけど、俺は許せなかった。それから連絡を取らなくなったんだけど、ある日、彼女は俺の前に姿を現した。俺の家の前で隠れていたんだ」
「ストーカーですか?」
「ああ。それも毎日だよ」
「最初気づいた時、たまたまかと思ったんだが、それから元カノは毎日俺の自宅を覗きにきていた。話掛けてきたら、俺も対応しようと思ったんだが、結局彼女は何もいわずに去るだけだった。正直びびったよ、そんなことをする人とは思っていなかったからね」
「確かに気味が悪いですね」
「だろう? それからだよ。俺が元カノを認識するようになってから、いたずら電話が掛かってきた。俺は彼女だろうと思って、ずっと黙っていたんだ」
「あ、それ私です」
伊予ちゃんはあっけらかんとして答える。
「先輩に普通に電話しても繋がらないと思ったので、非通知で掛けていたんです」
「怖いよっ!」
俺は大声で叫んだ。
「先にいってよ。なんでこのタイミングで答えるのさ」
「だって先輩、誰かと付き合っている時、連絡しても取れないでしょう? 彼女に心配掛けるからって」
「そうだけど、やり方を考えてよ」
「すいません」
伊予ちゃんは小さく謝りながら体をくねらせていく。
「でもわかって下さい、私は先輩の水になりたいんです。薬でもなく毒でもなく真水がいいんです。だからなるべく負担にならない方法を選んだんですよ」
「毒だよ。確実に」
「それは失礼しました。なるべく無言電話は辞めるようにします」
伊予ちゃんは一つ頭を下げて質問を続けた。
……なるべく、なんだ。
心の中で呟く。伊予ちゃんにあまり言い過ぎるといいことがない。彼女は気が強く、関わり過ぎるとひどい目に合う。遠距離で別れたという話にしているが、彼女の性的欲求に付き合えず別れたのが本音だ。
それでも元カノの話ができるのは彼女だけだから、今日はできるだけ我慢しよう。
「それで元カノさんはどうしたんですか? そのままずっとストーカーを続けていたんですか」
「うん、近づくだけで何もなかったね。彼女は俺のすることは全て受け入れてくれたけど、彼女から何かするのは不得意だったからね。プライドが高かったんだよ。それでもある日、俺と彼女の友人が取り持って食事に行く機会があったんだ。それで再会した。でもそれが返って怖かった」
「どうしてですか?」
「彼女、終始笑顔だったんだよ。付き合っていないのに、今でも付き合っているみたいな感じがして逆に怖かった。きっと俺が何かいうのを待ってたんだろうな。でも彼女は何もいわず、二次会に突入した。そこで彼女は豹変した」
俺は思い出しながら言葉を選んだ。
「彼女は酒に飲まれて俺に対する愚痴を言い続けた。今までそんなことはなかったのに、精神も脆くなっていて、自分は不幸だ、死にたいという口癖をいうようになった。睡眠薬を飲まなければ寝れないということまで俺に暴露してくれた」
「なるほど……それは大変ですね」
「ああ。それで俺もこのままじゃ彼女が駄目になると思って、何度か会うようになった。彼女の話を聞いて、酒を飲まないようにさせて……」
「さすが先輩。伊達に教師をしていませんね」
「俺にだって良心くらいあるよ。でも全然駄目だった。一度落ちたら歯止めがきかないんだ、彼女はいつの間にか煙草を吸うようになって、背中に刺青いれずみまでいれたいと言い出して、俺にとってはもう別の存在のような感じだったよ。まさに天使から悪魔に落ちていったね」
「ふうん、なるほど。薬が毒になるように表裏一体だったんですね」
「ああ、だから俺はもうほっとくという選択を取らざるおえなかった。これ以上は俺の生活にも影響があると思ったからね。そして俺が離れて半年後、彼女は自殺した」
「……重たいですね」
「……うん。今まで黙っていてごめんね。でも話したら楽になった。ありがとう」
俺が頭を下げると、伊予ちゃんは俺の背中を擦りながら呟いた。
「先輩の体には毒が溜まってますね。私が薄めてあげましょうか」
「薄めるってどうやって?」
「純水の私が先輩の体内に入るんです」
伊予ちゃんは何でもないようにいった。
「先輩を……楽にしたいんです。お薬だったら苦いでしょう? 毒だったら苦しいでしょう? 私は先輩の水になって癒してあげたいんです」
「全く薬剤師なのに変なことをいうね」
「薬剤師だからですよ。この世の薬は使い方を間違えれば全て毒です」
伊予ちゃんは短い人差し指を振る。
「でも薬自体なくても生きていけます、体には浄化作用がありますからね。この世で依存しないと生きていけない毒はたった一つしかないんですよ」
彼女はそういって不気味に微笑んだ。
……ん、待てよ。確か、元カノの薬は――。
ある考えが頭に浮かぶ。元カノの睡眠薬を処方したのは彼女ではないだろうか。
「伊予ちゃん、ちょっと質問があるんだけど……」
「はい、何でしょう?」
「元カノの薬を処方したのは君だよね?」
「ええ、そうですよ。ちなみに先輩の元カノの元カレの薬も処方してましたよ」
「そうなの?」
「ええ、地元ですから。頼られることが多いです、私」
伊予ちゃんはアンバランスな胸を張る。
「薬のことは私に任せて貰えばいいんです。先輩、ちょっとこっち見て下さい?」
つぶらな瞳が俺を見つめる。その姿に今までにない違和感を覚える。
……俺のことを観察している?
モルモットを見るように伊予ちゃんは体に視線を這わせる。何か症状が出ていないか、そんなじっとりとした瞳で見られると動悸が早くなっていく。
「先輩、もう一杯飲みますか? それとももう、《《飲めませんか》》?」
彼女の妖艶な舌がちろりと唇から現れる。
「まだ飲め……あれ、おかしいな。これくらいじゃ酔わないのに……」
「私と久しぶりに会って、興奮してるんじゃないですか?」
「え、いや……そんなはずは……」
意識が朦朧とする。たった二杯飲んだだけで酔うはずなんてない。時計を見ると、すでに0時を回っていた。
「そろそろ帰ろうか……もう遅いし……」
「何をいってるんですか、夜はこれからですよ」
再び伊予ちゃんの舌が表れる。
「これから私が先輩を慰めてあげますからね」
「何をいってるんだ。冗談は寄せよ」
「冗談なんかじゃありませんよ?」
伊予ちゃんは俺の首に手を掛け鼓動を確かめる。一体、何をしようというのか?
「今日は……自分じゃ手の届かない所も全部舐めて綺麗にしてあげますからね。元カノさんも届かなかった所も……」
……まてよ。睡眠薬を処方したとなると、元カノが依存していったものは全て伊予ちゃんのせいじゃないか?
そう考えると、全て点が線となり繋がっていく。彼女が酒に溺れ、煙草を吸うようになったことは薬剤師なら当たり前の情報だ。なぜそれをさも今知ったように話したのだろうか。
唐突に頭が痺れていく。俺のグラスを見ると、先ほどまで透明だったものが白く濁っていた。もちろんそんな酒を頼んだ覚えはない。
「すいません、そろそろ私もジンのカクテル、頼んでいいですか? 甘いカクテルって本当は苦手なんですよね」
俺の有無をいわず、彼女はメニューを見て答える。
「このフォールン・エンジェル下さい。名前がいいと思いません? 先輩」
……フォールン・エンジェル《堕天使》?
頭はすでに思考を停止しており何も考えずにはいられない。どうやら意識が遠のいていくようだ。
「先輩、知ってます? ジンは昔、お酒でなく薬として処方されていたんですよ。香りがいいからお酒として常用されるようになったんです。もちろんこの中にお薬が入れば……その効果は二倍にも三倍にも膨れます。ミルクだったら解けないんですけどね」
「な、何を……いってるんだ?」
朦朧とする頭を抑え伊予ちゃんを見る。
「元カノさんのこと、気に病むことはないですよ。私が先輩の体を慰めてあげますからね、もちろんお尻も。きっと病みつきになって離れられなくなりますよ。《《座薬》》は胃を通さないので成分も変わらず楽しめますから」
意識が混濁していく。目の前のグラスにあるように俺の視界も歪んでいく。
「もう辛いことなんてないですからね。先輩の体にある毒を《《薬》》に変えてあげます……私が《《薄めて》》あげますから、お酒のようにほろ酔い気分にしてあげますからね」
……そういうことなのか? 伊予ちゃん。
彼女の瞳が確信させてしまう。伊予ちゃんは俺を元カノという毒に漬け込んで、それを薄めて依存させようとしていたのだ。強すぎるアルコールはそのままでは受け付けないように、水で割りながらゆっくりと……。
「……もしかして……元カノが自殺したのも……」
「さあ? そんな昔のことはわかりませんよ?」
伊予ちゃんは俺に胸を押し当てて俺の心臓を確かめる。その指先は確実に二つの焦点へと向かっていく。
「私が……『純粋』になってあげますから。ね、先輩?」
伊予ちゃんの瞳は蠱惑的でとても純水ではない、と思った。そこに映っていたのは天使でもなく悪魔でもなく、薬物中毒に溺れる俺の姿だった。