075
深夜、目が覚めてしまったのは、何故だろう。
理由はわからなかった。しかし、不思議とヤツが呼んでいるような気がしたんだ。
皆を起こさないよう、静かに部屋を出た俺は、しんと静まるエントランスまで歩いていった。
途中、魔族と会うとも思ったが、作業に追われているようで、誰とも会わなかった。
夕方見た天窓からは月明りが覗いている。周囲の燭台よりも明るい光に、俺は顔を綻ばせた。
「何をニヤニヤしている」
「元々こういう顔なんだよ」
「ふん、月の光は我が力を活性化させる」
「太陽の光には弱いけどな」
「聖なる力に弱いだけだ」
「元々勇者だったのに?」
「…………いつ気付いた?」
「さぁ、忘れちまったよ」
「そうか」
するとサクセスは俺に背を向け、先程の俺と同じように天窓の月光を見上げた。
「……最初勇者は一人だった。倒す魔王もいなかった。しかしある時世界に無数の魔物が現れた。人間たちを食い殺し、蹂躙する圧倒的な力。だから勇者は立ち上がり、魔物を倒した。倒して倒して倒して倒して……そして勇者は力尽きた」
そして話してくれたのだ。不思議なおとぎ話を。
「天に向かった勇者の魂は知った。魔物とは即ち、前世に悪行を働いた人間たちの転生体だったと。それが神界での魂の浄化法だったからだ。しかし……転生体とはいえ人間の魂を殺していたと知った勇者は、嘆き、それを教えた神に逆らった。人間の尊厳を何だと思っていると。しかし、勇者は所詮魂のまま。肉体がなければ神に敵うはずもない。勇者に天使の座をと、考えていた神はその反抗に怒り、ある宿命を与えた」
「神はその魂を魔王とした。そして魔王に従う魔族を作った」
サクセスは何も答えなかった。ただ俺に背中を向け、話を続けた。
「勇者から魔王となった者は神に聞く。現界した勇者と魔王の魂は対になっていると」
「そういう事……だったのか」
「勇者は魔王を倒すため、魔王は勇者に倒されないため……」
「何故神はそんな事を?」
「魂の時に語った勇者の言葉――」
「――人間の尊厳……つまり、神は魔王を試したのか。人間と対峙し、和解できるかどうかを」
「神の息がかかった者たちだ。そう簡単に異種族を受け入れるはずがない。だから魔王はまず自衛に重きを置いた。時間を稼げばそれだけチャンスを得られると思ったからだ。そして魔王は、腹心二人にその事実を語った……」
神が、人間と元勇者の魔王を試すために起こした、傲慢とも思えるもの。
人間とは愚かなもの。勇者とはいえ人間だった。創造主に逆らう人間に、創造主が怒っても仕方ないとは思うが、神もまた子供のように思える。
そうか、だからサクセスは神を毛嫌いしていたのか。
まぁ、俺やサクセスが神にムカついても何もできないのは、創造主たる特権か。
なるほど、それでサクセスのあの言葉か。
【……神は、人間に期待しているのだ…………】
期待しなければ試しもしない。勇者に言われ、神も信じてみようとしたんだ。人間の尊厳を。
そして、だからサクセスはあの時何も言えなかったんだ。魔物が人間の転生体だと言えなかったから。
神が悪人の魂をこらしめるために魔物にしていた事実も、易々と人間に教えられる事ではない。だからサクセスは俺にきたす心的ダメージを考慮して教えなかった。
確かに、こりゃ誰にも言えないなぁ。墓まで持っていくような秘密だ。
すると、サクセスはようやく俺に向き直った。
じっと俺を見た後、真顔になる。
「話がある」




