074
「っ! ここはっ!?」
目が覚めた時、俺は魔王城のエントランスにいた。
そして視界に映ったのは、ボロボロながらに笑顔を咲かせた我がパーティメンバーたち。
「「ディルア!」」
嬉しそうに俺に抱きつくティミーとクー。そして何故か泣いているキャロ。
「あ、あれ? ティミー? クー? キャロ?」
「目が覚めたかい、坊や?」
「リエルも……? いや、皆無事で良かった――っ! 外は!? 魔物たちはどうなった!?」
俺の心配に、リエルも涙を人差し指で拭った。
「あぁ、サクセスが外に出てね。物凄い魔力で追っ払っちゃったよ」
「で、そのサクセスは……?」
「外でハーディンの様子を見てるよ。頑張ってくれたからねぇ」
リエルの言葉からは暗さは感じられない。おそらくハーディンも無事なのだろう。
「……そっか。良かった」
俺はそう零し、三人に抱きつかれたまま、身体をまた倒した。
見上げる天井にあるいくつかの天窓からは、既に夕焼けが顔を覗かせている。
どうやら一時間程気を失っていたようだ。
「そういやヴィクセンは?」
「さぁ? 外に出てきたサクセスはそのまま外にいたし、ここに入ったら坊やしかいなかったよ」
ふむ、もしかして放って置いてきたのか? いや、サクセスがそんな抜けた事する訳ないか。まぁ、本当にたまにだが間抜けだけどな。
「くっ……! うぅ」
「ディルア、まだ立っちゃ駄目だよっ」
「やすんでるー!」
「そうよ! 普段動きっぱなしなんだからこういう時くらい休んでなさいっ!」
おかしい。何だキャロは? いつの間にか心が清らかにでもなったのだろうか?
「いい。サクセスと話がある……っ!」
俺が歩こうとすると、リエルが俺の前から身体を支えてくれた。
「ったく、仕方ないねぇ」
「クーもてつだうー!」
女性二人に支えられるというのも不思議なものだ。
「軟弱者っ」
何だ、やっぱりキャロじゃないか。
「大丈夫? 一応回復魔法は掛けたんだよ?」
ティミーの優しさがあれば回復魔法なんていらないだろう。
俺たちはエントランスから魔王城の大扉を開け、外に出た。
すると、無数の魔物の死体が、ティミーたちの戦闘の壮絶さを物語っていた。
中にはヴィクセンが俺に見せたランクSSの魔物の死骸もあった。凄いな、皆で倒したのか。
信じてはいたが、ここまで頑張ったのは皆の力だ。
「皆、頑張ったな。お疲れ様」
素直に労ってやりたい。
「クーたちがんばったー! ディルアもがんばったー! ねー!」
「ねー! 私たちの活躍をディルアにも見せたかったなぁ~」
とぼけたようにティミーが言う。
しかし、キャロはずいと顔を肉薄させて言った。
「アンタに言われたくないわよっ! 何だかんだで一人でヴィクセン倒しちゃったんでしょっ?」
はて、あれは一人で倒したと言えるのだろうか。
「まぁ、あいつが出てきた時は焦ったけどねぇ。でも、何とかなった。皆のおかげさっ」
ニカリと笑みを見せるリエル。
そんなリエルの先にある魔王城の壁際で、ハーディンが倒れていた。
そして、その巨体の下にはサクセスがいた。俺たちはそっちに向かって歩を進める。
「目が覚めたか」
俺たちの接近に気付いていたかのようにサクセスが言った。まぁ、大扉を開ける音で気付けちゃうか。
どうもまだ血が足りないようであまり頭が回らない。
「悪いな、待たせたか?」
「我が何を待つというのだ?」
「救助かな?」
「我がいつ助けを求めた?」
「最初からじゃなかったか?」
「我が何度お主を助けたと思っている?」
「俺が何度お前に苦しめられたと思ってるんだ?」
「「……口の減らない」」
幾度となく言い合った仲だ。こういう時もある。しかし、こんな時じゃなくてもいいだろう。
まさか言いたい事が揃ってしまうとは思わなった。
「ふふ……ふふふふ……」
最初に笑ったのは、この中で一番意外な人物……いや、魔王だった。だから俺も、
「はは、はははは……」
ティミーも、
「ふふふふっ」
キャロも、
「ちょ、ちょっと、笑わせないでよっ。あはははっ」
クーも、
「あははは、魔王様がわらったっ!」
リエルも、
「あっはっはっはっはっはっ!」
笑ってしまったのだ。
そんな皆の笑い声が気付けとなったのか、ハーディンが目を覚ました。
「コ、コレハ……? マ、魔王様ッ……!」
「ふふふふ、よい。我は機嫌がいい。楽にしろ」
「ハ、ハァ……?」
そしてサクセスは振り返る。
「皆の者……世話を掛けた」
そんな威厳ある言葉に、似合わぬ笑顔。
今この場にいるサクセスを見て、はたしてどれだけの人間が魔王だと言うのだろうか。
「……我らの、勝利だ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
皆が勝利の余韻に浸り、ハーディンの身体に背を預けて座っていると、唯一立っていたサクセスが目を細めた。どうやら、奥に見える丘陵地帯を見ているようだ。
「何か来るな」
言葉通りに受け取った俺たちは立ち上がろうとする。
「よい、害意は感じぬ」
しかし、サクセスに止められる。これは、サクセスなりの労いなのだろう。
やがて見えて来た無数の人影。そして聞こえる雄叫びの数々。
足を踏み鳴らし、大地を揺らす。それは、アルム国の騎士団のように整った足音だった。
それが、魔族の一団だとわかったのは、俺たちが知っている種族が多く見えたからだ。
正面から見える、背中からちらつく毛の塊。先は細長く、そしてうねうねと動いている。
それを見た時、俺は彼女を見た、。
そう、俺たちのパーティには、同じ魔族がいたからだ。人狼という魔族が。
クーは動きを止め、そして戦団たちもサクセスの前で動きを止める。そして先頭にいた魔族が跪くと同時に、後方にいた面々も跪く。
「まだこれだけ残っていたか」
と言ったのはサクセス。サクセスに対して跪いているという事は、これは旧魔王軍の生き残り。
「指揮官は誰だ?」
サクセスの問いに先頭の魔族が立ち上がる。彼も尻尾が見える。人狼のようだ。
「魔王陛下、ご無事で何よりです」
聞こえた声は女のものだった。彼ではなく、彼女……。
「何と……!」
兜を脱いだ女の顔を見て、俺たちも驚く。そう、クーだけを除いて。
どうやら彼女は俺たちの方をちらちらと見ている、「何故こんなところに人間がいるんだ」と言わんばかりだ。意識しても仕方ないだろう。しかし似ている……クーに。
「サクセス、この人は……?」
俺の口調に対して彼女が過敏に反応するが、サクセスが手をあげるとすぐに目を伏せた。
「勇将ゴディアス、その妻クインだ」
「そ、それじゃあやっぱり!」
「嘘ぉ!? クーのお母さんっ!?」
キャロの言葉、あがった名前にクインが反応を見せる。
「この人間たちは……いえ、魔王陛下。何故この者たちがクーの事を……?」
サクセス、そして俺たちの視線がクーに集まる。今だ状況に追い付けていないクーだったが、身体はしっかりとクインを覚えていた。
クーは、何も言わずとも目に溜まった涙をただただ流していた。涙を拭わず、ただ一歩、そして一歩、肩を震わせながらクインに近付いて行く。
クーは頭巾を取り、その耳を露わにする。そしてクインが気付く。幼き頃に別れていてもクーはクインの娘なのだ。忘れる訳がないだろう。前触れもなく溢れ出る涙はクーと同じ光を宿し、そして大地に降り注ぐ。やがて触れ合う指と指、手と手、腕と腕、胸と胸……ただ二人は膝を崩しながら抱き、そして泣き合った。
俺の頬に伝う熱いもの。
それは他の皆も同じだった。これまで頑張ってきたからこそ、クーも報われたのだ。
「よかった……本当によかった……!」
俺たちは皆抱き合い、ただただクーとクインの再会を喜んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうでしたか。クーをあなたたちが……。何とお礼を申し上げればいいかわかりません。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるクイン。そしてそんなクインに、未だクーは抱きついている。それだけ嬉しいのだろう。そしてそれだけ頑張ったのだ。
たとえ魔王の前といえども、サクセスなら許してくれるだろう。
「残った者はこれだけか?」
「はっ。我らの力及ばず、誠に申し訳ございません!」
「よい、元は我が不甲斐無かったせいだ。そして、ヴィクセンは我が闇の魔法により監獄に捕えた。これ以上魔界が荒れる事はないだろう」
そんなサクセスの言葉に、クインが目を丸くさせる。
「何だ?」
クインが口籠っている。……ふむ、あぁなるほど、そういう事か。なら俺が代弁してやろう。
「『キャラ変えた?』って、そう言いたいんだよ、クインさんは」
「そ、そんな! 滅相もありませんっ!」
跪くクイン。これには皆、苦笑するばかりだ。
「くっ! 我は元々こうだっ」
「威厳は消えたのかもな」
「親しみやすい魔王って事だね」
「あはははは! サクセス面白~いっ!」
「こんな魔王だったら、アタシゃ大歓迎だよ!」
「クーも! 魔王様だいすきー!」
「こ、これクー! 魔王陛下に何て事をっ!」
口々にからかわれるサクセス。クインの言葉が無ければ俺たちはいつも通りだっただろう。
しかし、これからは違う。既にサクセスはマントではなく、本当の魔王なのだ。
「ふん……ここからが大変だな」
サクセスの言葉に、俺たちは固く口を結び、西の空を見る。
「そうよ、アルム国の魔物を何とかしなくちゃ!」
「案ずるな、キャロ。既に決着はついている。勇者の戦闘力を甘くみるでない」
「そんな事もわかるの? 凄いわね……」
珍しくキャロが感嘆の声を息と共に漏らした。
まぁ、ジョシューまで思念を飛ばせたのだ。それより圧倒的に近いアルム国を襲う魔物の動向なんて、今のサクセスならば余裕なのだろう。
その後、サクセスは部下たちに指示を出し、俺たちを魔王城にある客室に案内させた。
必要以上に抱え込んでいた疲労は、俺たちが部屋に着くなり襲い掛かってきた。
泥のように眠った俺たち。皆、本当に頑張ってくれたなあ。




