071
魔王城に入って驚いた。どこもアルム国のように装飾が凝らされ、美しいとさえ思ってしまう。城の外観とは明らかに違った年代に作られたものばかり。という事は、これはサクセスじゃなくヴィクセンの仕業。
なるほど、美しい女吸血鬼の魔法士……ね。美しい物を好んで集めているようだな。魔物が城内にいないのも頷ける。
「よっと!」
「ぐぁっ!?」
鎧を纏った魔族らしき兵はいるが、どれも良いのは顔だけで腕の立つ者を見つける方が苦だ。
正直、水晶宮に潜っている方が大変だと思える。ヴィクセンはこんな状態で人間界に進出しようとしていたのか? 仮にもサクセスに智将と言わしめた人間だぞ? いや、だからこそなのか?
勇者という最高戦力が手元にあり、あの亜種ゴブリンたちさえいれば、人間界の征服も簡単だ。そう思ってしまうのも仕方ない。何故なら、強者が集うアルムの都――その戦力を大転移装置に設置した情報感知の罠によってある程度の戦力を把握できるから。
だが、ヴィクセンにとって誤算が起きた。それがサクセスの手によって叩かれた俺たちだ。
俺たちの存在を知らなかったからこそ、ヴィクセンの心に余裕が生まれ、今この魔王城に反映された。俺たちのこれまでは何も間違っちゃいなかった。そう思い俺は魔王城の広間、東塔、西塔を走り回った。
「……いない? いや、そんなはずはない。だが、魔王がいそうな場所は――――あ」
そうだ、魔王がいそうな場所じゃなく、魔王がいる場所を探せばいいんだ。魔王は魔王でも、初代魔王の居場所だけどな。サクセスが封じられていると言ってたのは宝物庫。
「なら怪しいのは……地下、か」
地下が作れるような場所は限られてくる。なら、大きな広間? もしくはその近辺だな。いずれにせよ、一階に焦点を絞れるのはありがたい。
広間まで戻った俺は、各方位に向かい風魔法を放つ。威力を極限まで弱める事で、風の行先から細かな情報もわかる。まぁ、釣りのようなものだ。
「っ! 北側に反応?」
そっちは厨房しかなかったはずだが、まさかそこに?
「っと、これか……ふっ! あった。まさかこんなところにあるとはな」
食料が大量に入っている木箱の下にソレはあった。どうやら闇魔法でカモフラージュしているようだが、同じ闇魔法の使い手ならばわかる。簡単な蓋のような重石があるみたいだな。
魔王城の厨房の下に宝物庫? 何てシュールなんだ、サクセス。
重石を上げ、階段を下りていくと、南側に大きな広間が見えた。そうか、ここは広間の真下。厨房から迂回させて作ったのか。等間隔にある燭台の光に助けられ、徐々に前に進む。
周囲に見える煌びやかな反射光。その光が、燭台の火に照らされた金銀財宝のものだとすぐにわかった。何故なら、俺の視界に映る全てがソレに該当したからだ。ただ、中央の巨大な水晶だけは違った。
ティミーの空色の髪よりも薄く、しかしほんのりと染まる蒼が少しだけ発光し、辺りを照らしている。。そんな水晶が地下広間の中央にあった。
近づこうとすると、その奥から物音が聞こえた。地面に散らばるいつの時代のものかもわからない金貨でも踏んだような音だった。
「……いるんだろう、ヴィクセン」
俺の声に反応し、物音を気にしなくなったのだろう。ジャリジャリという足音を立てて水晶の後ろから出てきた女は、面倒臭そうな顔を浮かべていた。しかし、そんな自分に気付いたのか、女は笑みを見せた。
「私の魔王城へようこそ」
ただ、体裁のような言葉。そして艶があり、耳に残るような声だった。
なるほど、女吸血鬼か。暗いこの部屋でもわかる程色白な肌と、血のルージュでもひいたかのような唇。胸元がはだけたような黒いローブを纏い、大胆にも際どい位置まで太腿が見えている。緋色のような髪は腰元まで生え、その美しさはどんな男でも振り向いてしまう。そんな女だった。
ここが魔王城じゃなければ、俺でも声をかけてしまいそうだ。多少変装したとしても、勇者が篭絡されてしまった理由も何となくわかってしまう。
「お前がヴィクセンか」
「ご明察……!」
「サクセスを返してもらいに来た」
「あら無粋ね。少しくらいお話ししてくれてもいいじゃない?」
言葉の節々に色が見える喋り方だ。隙あらば女を使い、男を落とす――そんな口調。
「その中にいるのがサクセスだな」
ここまで寄って初めてわかる。水晶内にある黒き身体。俺よりも二回り程大きな筋肉質の身体。
顔こそ陰が入ってよく見えないが、顎から首にかけてのラインはシャープで、黒銀の髪が印象的だった。
「まぁ、ここまで来られてしまっては誤魔化す事はできないわね。それで、貴方のお名前は?」
「ディルアだ」
「ディルア……素敵なお名前ねっ♪」
「惑わそうとしても無駄だ。俺はサクセスにお前の狡猾さを聞いている。大人しくサクセスの封印を解くか、戦闘の準備をしろ。女は斬りたくないが、お前はそれだけの事をしてきた」
「フェミニストなのね。女に甘いのは男の器。私もそう思うわ」
「お前の考えに同意した覚えはない!」
俺はスリングショットの砲台を引き絞り、ヴィクセンに合わせる。
「あら、本当に撃っていいの? 上では貴方のお仲間……そう、女の子たちが頑張っているのよ?」
「だからこそだ!」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
するとヴィクセンは闇魔法を使った。俺の《ボックス》と酷似していた。だから何か取り出している事がわかった。細腕が取り出したのは、エメラルド色をした三角錐の結晶体。
ヴィクセンはそれに魔力を込めたのか、三角錐の結晶体が発光し二人の眼前に真逆の三角錐を現した。
砂時計のようになった二つの三角錐の上部はヴィクセンが持つ下部より大きく、何かが動く姿を映した。
「これは……ティミー!? キャロ! クー! リエル!」
そう、三角錐の結晶体。その上部の透けるような逆三角錐が映したのは、今も尚外で戦っている俺のパーティメンバーだった。既にハーディンは力尽きているのか、その巨体が大地に伏している。
「あらあら、皆傷だらけねぇ? ハーディンはともかく、今でこそ均衡を保っているけど、もし、これまで戦った事がないような強い魔物が現れたら……どうなっちゃうかしらね?」
耳に障る声で、耳に障るような内容だった。
「ランクSSの魔物……お前は操れるっていうのか」
「それは私にも無理だった。だから私はランクSの魔物をいじったの」
不敵な笑みを浮かべ、ヴィクセンは言った。
そうか、この前のゴブリンの群れの中にいた亜種のゴブリン二匹……あれはそのために。
「私の指先一つであの子たちが死んじゃうわよ? どう? ここは引いてくれないかしら?」
「引けだとっ?」
「今回の事で私も学んだわ。勇者もとられちゃったし、もっと気長にやるわ。ランクSS相当の魔物でここら辺を囲めば勇者も攻めきれないでしょうしね。貴方が死ぬまでは、人間界に手を出さないであげる。どう? 悪い話じゃないでしょう?」
ヴィクセンの提案。確かに悪くない話に聞こえる。しかし、それを許容してしまった時点で、サクセスとは二度と会えなくなってしまう。
「魔王にしては随分譲歩するじゃないか」
「切れるカードが少ないなら、大きなカードから切るのよ。私は」
……少ない?
「舌戦をしにきた訳じゃない。勿論、話し合いでサクセスが解放されるなら乗ったけどな。だが、俺はそんな甘い事を、その水晶の中にいる馬鹿から習ってないんだよ」
ティミーならこう言う。
「ディルア! 思い切りやっちゃえ! 私たち、待ってるから!」
キャロならこう言う。
「ちょっと! その手柄、私に譲りなさいよね! 馬鹿ディルア!」
クーならこう言う。
「父のお墓……いっしょに行こうね! ディルア!」
リエルならこう言う。
「あっはっはっは! そんな事、まずぶっ飛ばしてから考えればいいのさ! 坊や!」
そしてサクセスならこう言う。
「「我が積年の恨み辛み! その身体を以て清算させてやる!」」
「っ! 一瞬、そこの生意気な元魔王と重なっちゃったじゃない……!」
「そりゃどうも! ランクSSの魔物如きで怖がってたら、俺のパーティは務まらねぇよ!」
「……なら、もう一つのカードを切らせてもらうわ。ふっ!」
瞬間、逆三角錐が映していた皆の中に、一匹の巨大な影が映った。しかし、その衝撃故皆は映らなくなってしまった。結晶体の発光も消え、更に宝物庫内の燭台の火は全て消えてしまった。
きた……! 少ないと言った時点で警戒はしていたが、一体何を!?
「ノイズダウン……!」
「っ!? 『何だこれっ!?」』
俺は声を発したつもりだった。しかし、自身の耳には、俺の声は届かなかった。
『ふふふふ、こちらには貴方がどこにいて、どんな顔しているのかバッチリわかるわっ』
くっ! サクセスと同じで脳内にヴィクセンの声が? て事は、視覚と聴覚を封じたのか! なるほど、吸血鬼ならば夜目が利くか。自分の特性を活かした戦法だ。
瞬間、俺の近くを風が舞った。……な、何か、来る!
肩に違和感を覚えた何か? それが何だったのか、視覚情報のない俺にはまったくわからなかった。しかし、これだけはわかる。痛覚は残っているのだから。
「ぐぁああっ!?」
……痛い。痛い痛い痛い痛い痛い……。何かが俺の肩を貫通した。大きさからして指程の大きさ。
『あら、勘がいいのね。頭に風穴を空けてあげようとしたのに♪』
軽く艶のある口調で恐ろしい事を言ってくる。さすが現魔王。そして性格も悪い。
なるほど、真っ向勝負の実力では勇者に劣るも、その戦闘法は予想していなかった。……手強い。
『次は外さないわよ。ふふふふ』
落ち着け。相手は俺の姿が完全に見えている。つまり、俺の動きも見えるはずだ。
「ふっ!」
感覚でわかる。身体能力向上スキルが確実に発動した。
そう、俺の取り柄は、こんな時にこそ役に立つのだ。
「くっ!」
『あら? 動いちゃ駄目じゃないっ!』
俺は走った。走って、何度も身体を掠める攻撃に怯え、そして走った。
『まるで鼠ね』
「くっ! このっ! いてっ! くそっ!」
時には転び、時には滑り、時には攻撃を受け、時には壁にぶつかった。
『っ! ちょこまかと!』
ヴィクセンが焦れてきている。だが、この視界不良はどうにかならないものか。おそらく、これは単純に光がないだけだ。風魔法を応用して相手の大体の位置を探ろうと思えば可能だが、そうすると、俺の速度が落ちてしまう。となると攻撃をかわすのが難しくなってしまう。結果として命を縮める事になる。
……なら、どうする? 光。光。光……どこにある?
『殺したら剥製にしてこの地下宝物庫に飾ってあげるわ!』
地下……宝物庫? そうか、ここは地下か! なら、上だ!
「くぉ!」
耳元を掠めるヴィクセンの攻撃を転がりながらかわし、スリングショットを天井に向ける。
短時間で込められる限りの魔力を砲台に。
『ちっ!』
「いっけぇえええええええええええっ!」
ヴィクセンも狙いに気付いたようだが、俺の方が速かった。天井を貫いた魔弾は遠くに消え、俺に光という名の視覚情報を与えた。局所的な光だったが、ないよりかはマシ。これで攻撃がかわしやすくなる。
俺は肩から流れる血など構いもせず、再びヴィクセンの攻撃をかわし始めた。何度かかわしていたら、その攻撃の特性に気付いた。
「これは……! 氷弾か!」
自分の声も拾えないのは本当に違和感がある。俺は耳を触りながら苦悶の表情を浮かべ、ヴィクセンの攻撃を待った。
『バレちゃしょうがないわね。別の手にしましょう』
これ以上やっても無駄という判断か。頭の回転も早い。本当に厄介な相手だ。
『これなんかどうかしら?』
「なっ!? 火魔法っ!? くそっ!」
放たれた炎球を避け、俺は跳び上がって上階の広間に移動した。財宝に飛び込んだ炎は逃げ場所を求めるように俺が通った穴から火柱として噴き出てきた。やがてその炎が止む。
その穴からは、溶けだした金や銀が踊るように床と融合しているのが見えた。
すると、一階の広間にもう一つの穴が空く。
「いいのかよ――おっ聴覚がもどったな」
「あら、黙ってればよかったのに」
「お前が自分の魔法の効果時間を知らないはずないだろう?」
「……やりにくい相手ねぇ」
薄く見るヴィクセンの瞳は、やはり魔王と呼べる程恐ろしいものだった。




