067
目が覚めると、俺は自室のベッドで寝ていた。何故か、俺の右隣にはティミー、そして左隣にはクー、そしてキャロは俺の脚に自分の脚をどかっと乗せながら、豪快な鼾をかいて寝ていた。
リエルがいないという事は……おそらく勇者の見張りだろう。ヴィクセンの洗脳が解けたといっても、それは俺たちの予測の範疇でしかない。見張りは正解だろうな。
俺は三人を起こさないよう静かに起き上がり、部屋を出た。そして勇者が眠る別室に向かい、その扉にノックをした。近くにあった窓を見ると、外は闇色に染まり、真夜中だという事がわかった。
『誰だい?』
真夜中の訪問者を疑うのも無理はない。俺はそのドア越しの声に答える。
「俺だ、ディルアだ。悪かったな、任せちゃって」
『何だい坊やかい』
すぐにドアは開き、俺は笑顔で迎えるリエルによって部屋に招き入れられた。
「坊や、夜這いなら別の日にした方がいいんじゃないかい?」
「真顔で何言ってんだよ。それに、夜這いするなら部屋が違うだろう」
「ふ~ん、それじゃあアタシの部屋に訪れないって訳じゃなさそうだねぇ」
「ったく、何でそうなるんだ……」
「あははは、まぁいつでもおいでよ、坊、やっ」
背中を軽く叩かれた俺は、その勢いのまま部屋の奥に入り、未だ目が覚めない勇者ラルスの寝顔を見る。
「まだ一度も目を?」
「あぁ、あれから目は覚ましてない。できれば話を聞いておきたかったんだけどねぇ」
「わかった。俺は十分休ませてもらったから休んできてくれ」
「それじゃあお言葉に甘えるとするかね。正直アタシも疲れてたんだ」
「あれだけ神経削る戦闘だったんだ。無理ないさ。あぁ、最後に一つだけ聞いていいか?」
「ん? 何だい?」
「何でアイツら俺の部屋で寝てたんだ?」
しかし、リエルは笑みを浮かべるだけだった。
「お、おいっ」
「あわわわ、おやすみぃ~」
わざとらしく欠伸をして見せ、リエルは部屋を出て行った。
まったく、一体何を考えてるんだかサッパリだな。
……勇者ラルスはこちらの手に、そして魔王サクセスはヴィクセンの手に。本当はこれが正しいんだ。それは俺もわかっている。しかし、俺たちとサクセスの繋がりはそれだけで済ませられるものではない。
「必ず助けてやる!」――俺はサクセスに言った。
勇者を助け、魔王を助けた先に一体何がある? サクセスは、その後俺に何をさせたいんだ?
ヴィクセンを倒した先を、俺は何も考えてなかった。だが多分、サクセスは考えていたんだろうな。
それがわからない今、こんな事を考えても無駄だという事はわかっている。けれど、俺は考えずにはいられなかった。それはきっと、それだけサクセスが近くにいたという証明なのだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
考え事と共に、夜は更けていく。朝になり、風呂にでも入ったのか、サッパリとした様子のキャロとティミ―が部屋にやって来た。当然クーは入れないが、最近外で、クーの土魔法とリエルの水魔法を使い、簡易お風呂を作っているという話を聞いた。その二人が来てないという事は、リエルとクーは都の外で水浴びだろうか。
「様子はどうなのよ?」
「変わらずだ」
そしてキャロも相変わらずだ。
「ふ~ん、それで、勇者が目覚めなかったらどうするつもりなのよ?」
「決まってるだろう。というか、目覚めても目覚めなくてもサクセスを助けに行くさ」
「勇者の戦力なしにヴィクセンとやるつもり? アンタ、勇者相手にギリギリだったじゃない」
「か、勝っただろっ」
「まぁね。でも、助けに行くにしても勇者戦以上になる事はわかりきってるじゃない。助けに行くって事は、つまるところ、魔界に行くって事なんだから」
キャロの指摘は尤もだ。サクセスの話だとヴィクセンの実力は勇者には劣るだろう。しかし、問題は個の実力ではない。魔界の魔王軍の中に飛び込むという事だ。ハーディンに協力してもらって魔王城近くには行けるにしても、その道は困難を極めるだろう。ランクSの魔物くらいならば、何とかなるだろうけど、ランクSSの魔物が出てきた時、俺たちは対処できるのだろうか。
ティミーが心配そうに俺を見つめている。大丈夫。大丈夫だ……勇者がいなくとも、サクセスがいなくとも俺はやるんだ。やるしかないんだ。
「戻ったよ、坊や」
「ただいまーっ」
戻って来たリエルとクーに軽く手をあげて迎える。
すると、俺の不安を拾ったかのように、ベッドで眠る伝説が目を覚ました。
「……ここは?」
「アルムの都、中央区にある宿だ」
「うぅ……君は?」
頭を押さえながらラルスが起き上がる。なるほど、俺たちとの記憶がないのか。という事は、旧魔王軍と戦っていた記憶もないのだろう。つまり、勇者にとっては、ヴィクセンに操られたところから記憶にないのではないか?
「アルムの都の冒険者、ディルアだ」
「ヴィクセンは? ヴィクセンはどこっ!?」
「落ち着けラルス」
「一体……何がっ!?」
それから、ティミーが説明役を代わり、これまでの経緯を話してくれた。最初は信じていなかったラルスだったが、町並みや、勇者の衣服とは明らかに違う俺たちの服装に、徐々に状況を呑み込んでいった。
それだけに、ヴィクセンの裏切り行為はショックだったようだ。奴が魔王軍の智将と呼ばれる存在だった事以上に、パーティメンバーを殺していた事に驚き、消沈していた。
「ブリジッド……カイン……ビンセント……」
項垂れる勇者の言葉。おそらく旅を共にした勇者の仲間の名だろう。
「一人に……してくれないか?」
本来であればそれはしたくないところだが……ティミーが首を横に振っている。これは難しいか。
「わかった。その代わり、部屋の外は見張らせてもらうぞ」
黙って頷いた勇者ラルスの横顔には、俺は同情しかできなかった。
「それじゃあリエルはここを頼む。俺は外だ。三人は買い出しを頼む」
パーティメンバーに指示をだした俺は、リエルを残し一階まで降りていく。
宿の入口で勇者がいる部屋の窓を睨んだ後、俺に声を掛ける冒険者がいた。
「あれ、もしかしてファンダムさん?」
「ディルア殿とお見受けする」
老獪そうな顔と共に見せる安堵の表情。騎士団の一行と一緒にいた時、目は合ったが、実際には初対面である。その背後では、騎士団の中にいたプラチナランクの冒険者が七人程顔を連ねていた。
「この度は、御助力感謝致します」
「うぇ?」
ファンダムを筆頭に、皆が頭を下げる。冒険者が泊まれる手頃な価格の宿と言っても、ここは中央区なのだ。いきなり八人もの有名な冒険者に頭を下げられたら、嫌でも視線が集まってしまう。
「ちょ、ちょっと顔を上げてくださいよっ」
俺は焦った声を出しながら皆の顔を上げさせた。
「気付いてたぜ、俺たち。ありゃディルアたちがやったんだってな」
中年のプラチナランカーが言った。彼は何度か冒険者ギルドですれ違った事がある。
「あの馬鹿デカい穴はどうやったら空くんだよ。はははは」
彼もそうだ。先日ゴールドランクから上がった将来有望なプラチナランカー。
「国をも恐れず、安全のために注意喚起。荒ぶるギャレッド王の無謀な勝負ごとに付き合わされた我らを救ってくれた。その姿勢……正に冒険者の鑑と言えるでしょう」
「い、いや、あれは本当に仕方がなかったから……」
「仕方がないで命を懸けられる人間は、この国――いや、この世界にもそうはいないでしょう。そういった存在を何と言うかご存知ですかな?」
「へ?」
「勇者というのです」
ファンダムがそう言った時、俺の目は点になっていた事だろう。俺が今、逃げ出さないかと見張っている存在が誰なのか教えてあげたいくらいだ。この時代では聞いた事もないような称号にむず痒さを感じ、俺は溜め息を吐いてから首を振った。
「俺は、魔王のままで十分ですよ」
ハーディンとコミュニケーションをとっていた時に、どこかの誰かに見られたのか、付いたこの二つ名。正直なところ、あまり好きではなかった。何故ならその時は俺の双肩にその存在が、文字通り乗っかっていたからだ。しかし、その魔王がいなくなった時、自分で口にしてみると、何と嬉しくしっくりくる事か。
「そう、魔王で十分なんですよ。魔王の方がいいんです」
そんな俺の発言に目を丸くするファンダムたちだったが、俺は不思議と気分が良かった。
それは、そう自分で言い張る事ができたからかもしれない。




