065
俺とリエルは無数の剣撃を勇者ラルスに向けた。そのどれもがかわされ、いなされ、弾かれ、受けられる。途中、回復したティミーがクーの回復を始めたようだ。そう、今ここでは、ティミーの魔弾は余り意味をなさないのだ。せめてティミーがダイヤモンドランクであれば。そうサクセスが言っていた理由がわかった気がする。俺とリエルからしたら、勇者ラルスは一つ上のレジェンドランクだ。しかし、ティミーたちプラチナランクからしたら、それは三つも上のランカーとなる。牽制ならともかく、直接的な攻撃ともなれば、相当な力が必要となる。
「りゃっ!」
「はぁっ!」
「……っ!」
よし! 一瞬だが、勇者は身体を崩した。すぐに持ち直したが、これだけの攻撃を前に体力が減らない訳がない。俺も、勿論リエルもそれに気付き、幾度も攻撃を繰り返す。だが――――、
「はぁはぁはぁ……つ、辛いねぇ……!」
それはリエルにも言える事だった。これまでサクセスのスパルタ教育を受けてきた俺でも、かなり厳しいのだ。独力でやってきたリエルの向上心は称賛に値するが、それでも体力に歪を生む。
「ふぅ、ふぅ、や、休んでもいいんだぞ!」
「誰が休んでやるもんかいっ! はぁああああああっ!」
更に気合いを入れ、剣を振るうリエル。
「そう言うと思ったよっ! っしゃあああああああああああああっ!」
負けず俺も剣を振るう。
――――リエルなりのいつもの激励。そう思っていた。だが、リエルの体力は、本当に限界だったのだ。
「っ……く!?」
「リエルッ!?」
勇者ラルスの攻撃は上段から振り降ろされた逆袈裟。リエルはこれをかわそうとした。しかし、限界のリエルに、その足が付いてこなかったのだ。
「くっ!」
勇者の追撃は目に見えていた。だが、リエルが逃げている暇はなかった。
「くそ! 我慢しろよ、リエル!」
「や、優しく……しておくれよ……っ!」
大きな怪我をしたのにもこの胆力は本当に頭が下がる。
俺はリエルに向かって蹴りを放つ。そしてティミーたちの方へ飛ばしたのだ。そのまま身体を捻り、回転斬りで勇者の動きを牽制する。
「あ、あいたたた……ったく、女を足蹴にするとは大したマスターだよ……くっ!?」
「いいから黙っておけ! ティミー、頼む!」
「任せて!」
「……一騎打ちか」
そんなサクセスの言葉を背中に受ける。俺は勇者の動きから目を離せなかった。完全に格上との勝負。かつてのムシュフシュ戦を思い出すが、あの時とは違う。サクセスがいない。つまりこれは、俺の全てと勇者ラルスの全てをぶつけた総力戦。勝ち目は薄い。非常に薄いが……やるしかない。
剣を持つ手に力が入る。汗で持ち手が緩まないか心配だ。それ以上に怖い。パーティが全滅しないか不安だ。それは、今の俺の戦闘に懸かっていると言えるだろう。
「……来い」
勇者ラルスが放ったその一言。何だろう、さっきまでの勇者とどこか違うような? 表情が変わったという事はない。しかし、どこかこう……楽しそうな。そんな感覚にとらわれる。
「行くぞ!」
俺はそう言いながら、すぐにカオスダイブを放った。移動と共にディープルウィンドを使い、近くの闇玉に向かった。すると、勇者も手を前に出した。
「シャインダイブ……」
「嘘だろっ!?」
そして、勇者は消えて行く。俺のカオスダイブとほぼ同じ魔法。無数の聖玉に消え、また現れる。その速度は異常なもので、ディープルウィンドと併用する俺とほぼ同等。くそ、速いヤツは嫌いだよっ!
「おらぁっ!」
スリングショットで聖玉を潰し、出現箇所を限定する。そして残った聖玉に現れる瞬間を狙い、剣を振り被った。
「くっ!」
まともに受けさせたこの攻撃。しかし、膂力という面では勇者の方が圧倒的に上。
俺はそのまま弾き返され、天井に足を着ける。しかし、それでも俺は諦めなかった。
幾度もディープルウィンドと、カオスダイブを使い、時には上級風魔法のウィンドファイバーラッシュを使って手数を埋めた。これまで魔力容量を向上させてくれていたサクセスに感謝だな。一向になくなる気配がない。
「いいぞディルア! 魔力容量ではお主に分がある! そしてその速度は勇者に迫る程だ!」
「他は!?」
「ない! 圧倒的に負けている!」
「くそっ! 人の励まし方を知らないヤツだな、まったく!」
だが、足りない部分は初めからわかっていた事だ。負けてる要素なんていくらでもある。勝てる要素で戦うしかないんだ。俺は、これまでずっとそうやってきたんだ!
「っ!」
……これまで?
「はぁあああああああああっ!」
「強いな……!」
俺は、これまでサクセスに何を習った? 魔法だけじゃない。極意だけじゃない。スキルでもない。これまで得たものは、形として見えるものだけじゃなかったはずだ。
【どうした。疲れているのではないのか?】
【いや、不思議と全然眠くないぞ。どこかの誰かさんが、全然俺にアドバイスしてくれなかったからな】
【ぬかせ。お主には我がこれまで与えてきた全てがある。これ以上言う事などないわ】
【あり? そんな理由だったのか?】
【無論、他にも理由はある。これまでティミーたちに与えた助言。それは全てお主にも言える事だ。まぁ、既に過去言ったものが多かったが、復習としてはいい機会だったろう】
……っ! そうだ、俺はまだサクセスに教わった全てを出し切っていない。
「…………何だそれは?」
「あれは……!」
勇者の疑問とサクセスの驚きは正に対極にあるように感じた。
「まずは、重心が高いからもっと這うような動きを心掛けるんだったな……!」
そう、あの時サクセスはリエルに言った。それは俺も過去に言われた事のある言葉。
「ふっ!」
「何かが変わる訳でもない――っ!?」
よし、重心の低さから攻撃力が向上している。勇者も驚きを隠せない様子だ。
「馬鹿な、この土壇場で復習だとっ!?」
「うるせぇ、黙って観てろ。オンボロマント……!! さて次は、内に眠る力をもっと開放するんだったな」
「それはクーに言ったのだ。お前にそんな事……っ! なっ!?」
サクセスが驚いたのも無理はない。実際やった俺だって驚いている程だ。
そう、俺は解放したんだ。内に眠るサクセスが作り上げた膨大な魔力を。
「いくら魔力があるからといって常時解放すればすぐに枯渇するぞ! 大体、それが何の役に立つっ!? いや、これはまさかっ!?」
「はぁあああっ!」
「くっ!?」
思った通り、勇者の反応が遅れる。そう、これだけの魔力に包まれれば、いくら勇者といえども感知速度が鈍る。それでいて、俺の魔力の中にあるから、勇者の攻撃は読みやすくなる。
「っ!!」
「掠った! 今掠ったわよ! ほら、血が!」
勇者の頬を掠めた攻撃を見て、キャロは大きく喜びながら言った。
「さぁ、次だ。歩く駆けるは誰でもできる。違う、そうじゃない。舞う。動きに合わせ、心を躍らせ、剣を躍らせる……!」
リズムだ。どんな達人にも攻撃のリズムがある。リズムを崩そうが、攻撃の動作の中にあるリズムは決して変わる事はない。俺はそこの動きに合わせればいいんだ。
「よくもっ! はぁ!」
激情したのか、勇者の攻撃の動きが鮮明にわかる分、合わせやすい。無数の剣撃の中にある逃げ道は当然ない。しかし、この一つの軌道を止めれば、視界は一気に開く!
「なっ!?」
「また掠ったよっ!」
回復が完了したのか、リエルの口調が明るい。だが、その容体を見るために振り返っている時間はない。
「俯瞰で己の姿を見るように、敵の位置を把握……! カオスダイブ!」
「ちっ、シャインダイブ!」
再び放つカオスブレイク。ディープルウィンドで身体を引きながら、自分を俯瞰で見るんだ。大丈夫。これまでの経験が、より鋭敏になっている。……見える!
「そこだっ!」
「馬鹿なっ!?」
「おらぁっ!」
「ぐぅっ!?」
勇者は先程のクーの時のように受けの力が間に合わず、俺の魔弾によって吹き飛ばされる。
「……見事だ」
珍しく、我がパーティの口煩いヤツが――俺を褒めた。




