063
それから俺たちは、冒険者ギルドで冒険者カードの更新をし、食料を買った。
アルムの都の南門から東南に向かい、先程の騎士団の最後尾を見つけ、歩く速度を緩める。
「見えたぞ。どうする?」
「東から大回りして先に向かえ。我らが先に着かねばならん」
「よし! ヘルメース!」
風魔法で速度を上げた俺たちは、サクセスの言う通りに東から東南を目指した。途中から騎士団が見えなくなると、最高速で真っ直ぐリミットポータルに向かう。
「ふぅ、着いた」
「息を整えろ。皆、油断するなよ」
俺の場合は千里脚の常時スキルがあるから体力は減ってないんだが、周りはそういう訳にはいかない。
「はぁはぁはぁ……ちょっとディルア、速過ぎるわよっ!」
「ちょ、ちょっと休憩……!」
キャロもティミーもいっぱいいっぱいのようだ。
「ふへ~……つかれた」
クーもやはり大変だったようだ。これを見てしまうと、今までサクセスは俺にどれだけのものを仕込んだのかがわかるな。色々大変だった。だが、それは決して無駄ではなかったという事だ。
「なぁサクセス。勇者は……生け捕り、なんだろう?」
「殺せるものなら殺してみろ」
間髪容れずにサクセスが言った。これは、「勇者を殺したら我も死ぬ」という言葉ではなく、ただただ勇者という存在への絶対的な信頼。
「時間はどれくらいかねぇ?」
「ふむ、騎士団の進行速度から考えても一時間がせいぜいだろう」
「つまり、一時間以内に勇者ラルスを制圧できなかったら――」
「――騎士団が到着して、勇者ラルスによる大虐殺の始まりだねぇ」
俺とリエルは肩を竦め、そして見合った後、溜め息を吐いた。
『アレ、使えると思うか?』
『訓練中の超級闇魔法の事か? やめておけ。あれは未完成の魔法だ』
『……だよなぁ』
先日、冒険者カードを更新した俺が得た上級闇魔法の更に上の超級闇魔法。当然、魔王であるサクセスは使えるからそれを聞き習っていたのだが、やはり冒険者カードが超級と示す通り、非常に難しい魔法だった。勿論、魔王が使うような魔法だからって事もあるんだろうけど、まだあれは実用段階にない。
マスターランクが二人、プラチナランクが三人……これでレジェンドランカーである勇者ラルスに敵うのだろうか。サクセスは二人以上ダイヤモンドランクになればと言っていた。ならば、騎士団が連れているファンダムたちに協力を仰げば。いや、俺のパーティの連携をした事もない冒険者と組む時は注意が必要だ。そんな時間はもうない。
――――この五人、いや、六人でやるしかないんだ。
「……うん、もう大丈夫」
「私も」
「クーもだいじょうぶ!」
ティミー、キャロ、クーの回復を待ち、俺たちは意を決してリミットポータル内に侵入した。
入った瞬間、ダンジョンとも思える構造をした中は、血のように紅く発光した。
「ライトアップの魔法は必要ないみたいだね」
火魔法を使えるティミーが静かに言った。
「サクセス、これは?」
「侵入者用の緊急発光の罠だな」
「つまり、アタシたちの存在は……もう敵さんに知られちゃってるって事かい?」
「左様」
その言葉で、皆の顔に緊張以上の恐怖が宿る。
やがて、大きな広間に出た俺たち。正面に見える人影、俺より小さなそんな人影。一本の剣を前に屈み、俺たちが来るのを待っていたかのようだ。
近づく程鮮明になっていく人影の姿。黒髪の青年、いや、まるで少年のようだ。真っ黒な瞳だが、その中に光は見えない。そしてほんの少し痩せているようにも見える。しかし、それでも尚力強い魔力が俺たちを取り巻く。
「あれが、勇者ラルスか」
ヴィクセンに操られていると言っても、どことなく神秘的な容姿の少年だった。
「左様。我はあやつとヴィクセンにしてやられた」
サクセスの同意に、想像以上の現実感と共に恐怖が襲ってくる。怖い……そして確実に、強い!
だが、俺は、身体を、心を振り絞り、皆に言った。
「大丈夫……俺たちはやれる事をやってきた。負けるはずがないっ!」
声こそ震えていたが、俺は言い切った。すると、その声に負けじと返ってくるのだ。
――力強い言葉が。
「……うんっ! そうだね! ディルアのおかげで……私、今凄く楽しいよ!」
過去、パーティリーダーのケンを失ったティミー。最近はよく笑うようになった。感情も前程固くなく、怒ったり困ったりそしてやっぱり笑ったり。パーティ一の頑張り屋さんだ。あの時の約束、今なら大見得切って言えるぞ、ケン。ティミーは今、沢山の世界を見ている。報告、待っててくれよ。
「ふんっ! ギャレッド王の鼻を明かしてやるんだからっ!」
おっと、キャロはギャレッド王の策略に気付いていたか。やはり賢王の血は引いているようだ。いや、それ程までに成長したと言えるかもしれない。最初は冒険者としてダメダメだったキャロだが、今ではパーティ一のムードメーカーと言えるだろう。
「父のお墓、ぜったいいく!」
クーの父親、魔王の右腕勇将ゴディアスの墓。そこに向かい頑張るクー。サクセスの話じゃ魔界にその墓があるそうだが、本当なのだろうか。しかし、クーも頑張った。人間界に不慣れだというのに、積極的に言葉を直し、今ではしっかり話せるようになった。まぁ、少しだけ幼い喋り方になっちゃったけどな。これはおそらく、しっかり相手に伝えようという意識からそうなったのだろう。そんなクーは、今ではパーティ一の癒しキャラと言えよう。魔族ながら同性に好かれるあの無邪気さは、パーティに必要だ。
「楽しいかい、坊や?」
パーティ一の姉御肌、リエル。彼女からは色々と教わってばかりだ。最初は上位ランカーだと思って近寄りがたい印象を持っていたが、話してみると何とも面白い性格だった。
「ここだけの話、アタシゃ、最初から坊やに目を付けてたんだよ」
「うぇ? ってことはシルバーランクの時からっ?」
「ふふふふ、最初は女ばかりでふざけたパーティだと思って目を付けたんだけどね。けど、違った。このパーティの成長速度がそれを物語っている。これだけ真面目に冒険するパーティを、アタシは知らなかった。だから興味を持ったのさ」
そうか、だから最初水晶宮のダンジョンで出会った時、俺の事を知ってたのか。くそ、やっぱり凄いヤツじゃないか……さすがマスターランクカー様だぜ。
「楽しいか、リエル?」
「あっはっはっはっは! 当然さねっ!」
豪快に笑ったリエルに対し、
「はっはっはっは! その意気だっ!」
俺も負けずに笑った。
「馬鹿者共が……」
そう、コイツの小言はもう聞き飽きた。しかし、それ以上に頼りになる存在。それが初代魔王サクセスなのだ。最初は性質の悪い呪いの類かと思っていたが、いつの間にか俺にとって無くてはならない存在となった。そしてそれはパーティにとっても同じ事だ。サクセスが魔王だというのに、嫌ってるヤツがいないのだ。もしかしたら俺たちはサクセスに洗脳されているのかもしれない。しかし、俺たちのこれまでがサクセスの洗脳だとしたら、俺はそれでもいいと思っている。現に俺たちは、ここまで来て、まだ誰も見た事のない、やった事のない冒険を繰り返しているのだ。そう、マスターランカーのリエルがこれだけ喜ぶ程に。いや、皆だって一緒だ。ティミーも、キャロも、クーも、勿論俺も、これだけの冒険ができるなら、冒険者冥利に尽きるというものだ。
「ディルア、行けるか?」
「あぁ、ありがとうな、サクセス!」
「…………何故我が礼を言われなくてはならぬ……」
「伝説の勇者ラルスと戦うなんて冒険……世界で俺たちだけだ!」
「礼を言うのは……我の方かもしれぬな」
「あぁ!? 何か言ったか、オンボロマントッ!」
「ふんっ! 魔王にそれだけの悪態を吐くのだ。その価値、その冒険、しかと我が見届けてくれようっ!」
「おっしゃあ! 戦闘準備っ!!」
「「応っ!!」」
いつしか、俺の、皆の声の震えは――消えていた。




