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レストラン《イバラキ》の牛肉は最高だった。くど過ぎない脂身と、唇でも噛み切れそうな赤身のバランスが最高だった。あのレベルになると肉は食べるんじゃなく飲むと表現した方がいいかもしれない。
事実、クーは飲むように牛肉を頬張っていた。
途中、別の冒険者が店に入って来て、メニューに載っている金額に驚いたのか、ひたすらニンニクばかり頼んでいた。
「俺たち底辺だな……」
とか言ってた男三人、女一人の駆け出し冒険者たちの未来を、俺は応援してあげたい。
あれは多分ブロンズランクになって間もない冒険者たちだろう。最終的に店のニンニクを食べつくし、ニンニクの芽を食べていた。
その冒険者たちの隣の席に座っていた淑女は、ニンニクが駄目なのか、頭を抱えていた。何とも不憫な構図だった。
そんな面白い夜を最高の仲間たちと過ごし、俺たちは宿に戻った。
真夜中、俺は横になりながらサクセスと話していた。
『それで? 時間こそ稼げたけどこれからどうするんだ? マスターランクより強くなれって言うなら頑張るけどさ』
『ふっ、その気概があれば十分よ。明日は東南周辺の魔物を狩るといい。勇者と戦ういざという時、他の魔物に邪魔されぬようにな』
『うぇ? それだけなのか? 他にやる事があったり、アーティファクトを探したりとかないのかよ?』
『そんな都合のいい話があるものならもっと早くやっている。我が勇者と戦うためにどれだけ準備したと思っている』
至極真っ当な言葉に俺は返す言葉もなかった。
だが、これだけサクセスが言うのだ。勇者の実力は侮れない。それだけに聞いておきたい。サクセスはその後、ヴィクセンを倒したらどうするのだろう。
『なぁ、気になってる事、聞いていいか?』
『どうせくだらぬ事だろう』
『そんなくだらないかなぁ……?』
『…………話してみろ』
『お前、本当に人間界を滅ぼすつもりなのか?』
『ふん、どうだろうな』
『俺さ、お前から「人間界を滅ぼす」って言葉、聞いた事ないんだよ』
『……お主を抱き込み篭絡するためだ。言葉は選んでいるつもりだ』
「はははは、それを言っちゃ駄目だろう」
思わず零れてしまった肉声。するとサクセスも俺に合わせてきた。
「何が言いたい?」
「あの夜の事覚えてるか?」
「……初めてディルアが我を魔王だと認めた夜の事か」
「俺言っただろう? 『だけど、皮肉なもんだよな。人類を滅ぼすための軍が仲間割れしてるなんてな』って。それにお前は何て答えた?」
「……覚えておらぬな」
「そうかい。俺は憶えてるぞ。『だが、それも綻び始めている』って言ったんだ。お前は俺の言葉に同意はした。けど同意したのは仲間割れの件だけだった。人間を滅ぼす事については同意してないんだよな」
すると、サクセスは黙ってしまった。間違っているのだろうか。いや、間違っているのだとしたらあのサクセスがここで黙る訳がない。それくらいはわかる。伊達に一年一緒にやってきた訳じゃないんだ。
「それってもしかして勇者の死が関係してるんじゃないか?」
やはり、サクセスから答えは返ってこなかった。だから俺は追撃するように続けた。
「魔王が死ねば勇者は死ぬ。お前はあの夜そう言った。なら何故勇者は魔王を狙う? 魔王を倒せば自分が死ぬと知らないからじゃないか? だけどお前は知っていた。何故だ? じゃあ、魔王が勇者を倒したらどうなる? お前はあの時こうも言った。勇者の事を『魔王と対を成す存在』と。ということはつまり、『魔王を倒せば勇者は死ぬ』これは、魔王にも当てはまるんじゃないか? 長くお前が精強な軍を、魔王軍を育て、手を費やしていたのは……ひょっとして自衛のためなんじゃないかっ? お前は……お前はもしかして――」
「――ディルア」
長く口を噤んでいたサクセスが、ようやく口を開いた。
「……何だよ」
「お主が何を言いたいのかはわからぬでもない。だが、それ以上は何も言うな」
「そんなの……納得できるかよ」
「……神は、人間に期待しているのだ…………」
「え……? そ、それってどういう事だよっ!?」
「もう寝ろ」
「お、おいっ! おい、サクセスッ!!」
俺がそう言うも、サクセスはそれきり返事をしてくれなかった。
くそ、まだまだ聞きたい事はあったのに。何故この会話に「神」が出てくる? いや、もし俺の推測が正しければ、関係してくるのかもしれない。
推測とは即ち、サクセスは……魔王サクセスは――元々勇者なんじゃないか?




