057
ストロボの町近くでハーディンに下ろされた俺たち。そこからは徒歩でストロボの町に向かう。
時刻は既に真夜中。ここから朝になるまでに、アルムの都に戻れるのかが重要だ。そもそも、真夜中にストロボの国王が起きてくれるかが問題なのだが、キャロは「問題ないわ」の一点張りだ。
いくら、一年以上いなかった王女が戻ったからと言って、真夜中に国王が面会するとは思えない俺たち。
しかし、それは杞憂だった。その時俺は、キャロが何故こう育ってしまったのか――その理由を知った。
「キャ、キャロ王女殿下っ!? ご、ご無事であらせられましたかっ!」
涙を浮かべそう言ったのは、ストロボの町の中央区にあるストロボ城、そこの門番の言葉だった。
門番は涙を流しながら、すかさず門近くにあった鐘を鳴らす。何度も説明するが、今は真夜中だ。
すぐだった。すぐという言葉以外出てこないんじゃないかというくらいすぐだった。城内城外問わず、篝火という篝火が勢いを増し、ストロボ城を昼間のように照らしたのだ。
「お~……」
クーの感動以外、俺たちはポカンと口を開ける事しかできなかった。
「さぁ王女! 陛下がお待ちです! お供の方々も是非……!」
四回目だが言おう。真夜中だが、国王は起きて娘を迎え入れるそうだ。
なるほど、これほどの認知度であれば、キャロがストロボに来たがらない理由もわかる。
『おい、洗濯はまだかっ』
『同感だが、もう少し我慢しろ』
リエルが水魔法で水を掛けてくれたが、まだ気持ち悪いらしい。普段はあれ程嫌がる洗濯を心待ちにしているサクセス……というのも珍しい。まぁ、気持ち悪いのは俺も一緒だ。
『くっ、覚えていろ……キャロめっ』
魔王サクセスの本体は、今頃泣いているのかもしれない。そう思いながら、俺たちは城内に歩を進めた。
幸いな事に、アルム城程、城内が煌びやかでなかった事が救いだ。贅を凝らしてこその王族ではあるが、あそこまでされると民の血税を無駄に使われている気がする。
しかし、ストロボ国は違った。それだけで好感が持てた。
キャロ以外の俺たちは、謁見の間に通される。キャロはずかずかと城内奥へと消えていったのだ。
きっと今頃、国王と熱い抱擁でもかわしているところだろう。
「そこのお方」
謁見の間にいる一人の老人が俺に声を掛けてきた。
「何でしょうか?」
「キャロ王女殿下は今までどちらにおられたのですかな?」
「最初に会ったのはジョシュー地方にある深海林ですね。その後は身分を隠して俺たちと冒険者をしていました。今はアルムの都を拠点にしています」
キャロを乏しめるつもりはないが、しかし、こうでも言わないと、俺たちが誘拐したのではないかと疑われてしまう。まぁ、この柔和そうな老人の表情から察するに、それはないと思うけど。
「ほう、それはそれは……そうでしたか。キャロ王女殿下に代わり、御礼申し上げる」
目を伏せる程度だったが、老人は俺に対して真摯に礼を述べた。珍しい。貴族にもこういった人間がいるんだな。昼間のアルム城とは大違いだ。そういえば、どことなく兵たちの雰囲気も違う。あれはきっとお国柄なのかもしれない。
「とんでもない。キャロには――おっと、キャ、キャロ王女殿下には何度も助けられました」
助けた回数の方が圧倒的に多いのだが、助けられた事も勿論ある。いつの間にかキャロは、俺たちのパーティにいなくてはならない存在となっていたのだ。自分で口にして、ようやくわかる事もあるんだな。
「キャロ王女殿下は良いパーティに恵まれたようですな」
「あ、私はディルア。失礼ですがお名前を――」
と言いかけたところで兵の大きな声がそれを止めた。
「国王陛下の、おなぁ~~りぃ!」
俺たちはすぐに跪き、玉座に向かうストロボ国王の着席、そして開口を待った。
「面をあげよ」
眼前にいたのは、人のよさそうな顔をしたどこにでもいそうなオジサンだった。
そしてその隣には――、
「くっ、ぶぅっ!?」
やっちまった。まさか国王陛下を前に噴き出してしまうとは。しかし、誰が俺を責められようか。
キャロが……白緑のドレスを纏っていたのだから。いや、勿論キャロの顔立ちと悪くないスタイルだ。とても可愛いのだ。しかし、世の中にはギャップという言葉も存在するのだ。これまでのキャロと明らかに違い過ぎて、噴き出してしまうのも納得というものだろう。
「わ、笑うなぁぁああっ!」
そんな俺を助けてくれたのは、やはりそのご本人様だった。いや、彼女自身は助けたつもりなどないのだろう。この場で唯一……というのも変だが、いつも通りだったのは、俺とキャロだけだったのかもしれない。
しかし、俺とキャロの反応を受けてか、リエル、ティミーも、そしてなんとクーまでもがクスクスと声を出したのだ。次第に真っ赤になっていくキャロ。露出した首筋まで赤くなって何て残念なのだろう。
「はっはっはっは。娘は良き仲間を持ったようだ」
どうしようもない沈黙を破ったのは、ストロボ国の国王。そう、キャロの父親だった。
その笑顔は優しく、なんとも懐の深そうな事か。アルムの国王ギャレッドとここまで違うとは。
再び黙する仲間たち。
「これは失礼を、陛下。アルムの都で冒険者をしているディルア、リエル、ティミー、クーです。夜分に突然の訪問をお許しください」
「よい。第五十九代ストロボ国、国王のジェイコブ・ハミルトンだ。妻のレティシアと、娘のキャロだ。キャロが幾度もディルア殿に救われたと聞く。キャロの事を守ってくれて、本当にありがとう」
『……聞いたか、ディルア?』
『あぁ、聞いたぜ……』
『やはりキャロだけ特殊な変異体だったようだ。とてもキャロと血が繋がっているとは思えぬ。常識以上の礼節があり、平民にもそれを重んじる賢者の如き雄……!』
『魔王のお前が常識がどうとか言うと何か変に感じるが、言いたい事はわかるぜっ!』
俺とサクセスは最近多い同意見を語り合う。すると、キャロがじとっとした目を向けてきた。アイツはきっと今俺とサクセスが何か話してると察してるのではなかろうか。
「さて、今回ディルア殿たちがここに来た理由、そしてキャロが戻ってきた理由はキャロに聞いた。まさか音に聞くマスターランクのリエル殿、ダイヤモンドランクのディルア殿のパーティに、キャロが在籍しているとは思わなった」
『あれ、俺ってそんなに有名だったのか?』
『アルムの都に五人といないダイヤモンドランクの冒険者だぞ? 即ち世界に五人といないダイヤモンドランクの冒険者と同義。マスターランクのリエルを含めたとしてもお主は世界有数の冒険者なのだ。まさか自覚がなかったとはな……』
やれやれという調子で、サクセスは俺を嘆いた。
確かにアルムの都に冒険者は集まるんだ。ともなれば有名にもなるか。
「しかもキャロもプラチナランクになっていたとは……いやはや、驚いたものだ」
「陛下」
隣のレティシアが、何かを催促するようにジェイコブに伝える。
「おぉ、話が反れてしまったな。ギャレッド王とは先王からの付き合いだ。また、国家間の付き合いは五十代以上に渡る。この親書を渡せば、軽はずみな行動には出られないだろう」
差し出された親書を受け取った俺は、深く頭を下げた。
「ご配慮感謝致します」
と、そこで俺は気付いた。この後、キャロはどうなるのだろう――と。これまで一年以上一緒に冒険をしてきたパーティメンバーだ。まさかここで離れる事になるのだろうか。それはパーティメンバー全員が納得のいかないところだろう。
しかし、ここは謁見の間。キャロの父親の前なのだ。何と言えばいいのだろうか。口すら開いてはいけないのだろうか。「じゃあ、行くぞキャロ」なんて言えるのか。……無理だ。
「その……キャロ王女殿下は、これからどうするのでしょうか?」
俺は控えめにこう聞く事しかできなかった。
すると、一瞬目を丸くしたジェイコブは奥方であるレティシアを見た後、困った顔を浮かべた。
この二人はキャロの両親。一年ぶりに再会したキャロを放っておくなんてできないはずだ。
「キャロが世話になったディルア殿には申し訳ないが……――」
やはりそうなのか――そう思ったところで、ジェイコブ王の発言を止めた者がいた。
「――よいではないか、ジェイコブ」
一国の王を呼び捨てにした男は、先程俺と話していた老人だったのだ。




