055
長く続くアルム国の第五十三代目国王ギャレッド・アルム・ウェズリー。自己紹介だけで三回は息継ぎが必要なんじゃないかってくらい面倒な相手が、今、俺たちの眼前にいる。
「今回お前たちを呼んだのは他でもない。ミスリル鉱山の件だ」
そんな事は百も承知。だが、俺たちが口を挟む事があってはならない。それが、平民と貴族の壁。
いくら冒険者で、高位ランカーあっても、それは叶わないのだ。
だが、こんな見てくれても、ギャレッドも国王だ。実は有能な王なのかもしれない。
「これを、お前たちはゴブリンの群れが襲ったと報告したそうだな」
「「はっ!」」
「誠であろうな?」
細い目で鋭く睨んでくる国王。これに俺は答える。
「神に誓って」
そもそも、冒険者ギルドが発行する依頼だ。完了報告の詐称はできない。何故なら、冒険者カードの更新と同じく、神聖陣を通して確認されるからだ。
これを疑っている方がどうかいうところだが、やはりこれも言う訳にはいかない。これだけの大事だ。疑いたくなる気持ちもわかるし、確認したくなるのもわかる。
「巷では高位ランクの冒険者が相次いで命を落としていると聞く。国としては民の安全のため、早急な対応が必要である。冒険者ギルドからは原因はわかっていると聞いている」
やっぱり、ここまで大っぴらになれば気付いてしまうよな。今回のミスリル鉱山の襲撃。滅んだリンダ村。そのどちらもしでかしたのはゴブリンの群れ。ならば、リンダ村近くにある東南のダンジョンが怪しい。そこで高位ランクパーティが二つも全滅しているのだから。
「わかるか、お前たち?」
嫌な顔だ。浮かぶ笑みには早計さと浅ましさが見てとれる。
「……申し訳ございません、陛下。無知なもので」
そう言ったのはリエルだった。これは、リエルなりのささやかな反抗なのだろう。
すると、ギャレッド王は不満を表すかのように鼻息を強く吐く。
「ふんっ。聞けば、お前たちはアルム一の冒険者パーティと聞く。そこで命令だ」
『嫌な予感しかしない』
『殺すか?』
『できるか馬鹿たれ!』
サクセスも俺の気持ちがわかってるようで、馬鹿と言われた事に対して怒ってはいない。
その負の感情は今、全てこのギャレッドに向いているのだから。
「すぐに原因と思われるダンジョンに向かうのだ。出発は明日!」
「「っ!?」」
「我が国の優秀な騎士団に加わり、これに当たれ!」
「お――っ!」
ギャレッド王の命令を止めようとしたのはリエルだった。しかし、俺はリエルの腕を掴んでそれを止めた。リエルが言おうとしたのは国王への再考提案。しかし、それを行えばリエルは反逆罪に問われるだろう。だから止めた。俺は、考えに考えを巡らせ、目を伏せながら言った。
「陛下、質問をよろしいでしょうか」
「……申せ」
「今回の調査で私共のパーティメンバーは極度に疲労しております。何卒、回復のお時間を頂けないでしょうか」
「俺たちだけで行く」と言えば、ギャレッド王ご自慢の騎士団の戦力を蔑ろにする事になる。かといってリエルが言おうとした再考提案だと、反逆罪にされかねない。ならば今回の功績に対する休み。即ち延期の提案ではどうだろうか。そう思い、俺は言ったのだ。
「明日だ」
『やはり殺すか』
このサクセスの言葉。今回ばかりは止めない方向にしたいと思った事を、俺は口に出せなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なっ、言った通りだったろ、坊やっ」
アルム城から出ると、リエルは俺の背中はパシンと叩いて言った。
「有無を言わさぬ感じがあったよな……はぁ」
「んま、何にせよ助かったよ。ちょっと頭に血がのぼっちまってね。あの時坊やが止めてくれなかったらまずかったよ。アッハッハッハ」
リエルはニカリと笑うが、俺は笑う事はできなかった。あぁいう場所は本当に苦手だし、何より――、
「しっかし、どうするんだよ。このままじゃ明日、全滅は必至だぞ?」
「なるようになる! ってね! あっはっはっはっは!」
と言うリエルだが、この胆力は正にマスターランカーだよな。まぁ、この楽観さは見習わなくちゃいけないかもしれないな。緊張や不安ばかり抱えるのも身体によくない。
まぁ、だからといって、事が好転するとは限らない。俺たちは宿に戻って作戦会議を行う事にした。
「あ、戻ってきた」
自室へ戻ろうとしたら、部屋の扉の前でキャロ、クー、ティミーが立っていた。
「何してるんだよ、こんなところで?」
「ディルアが鍵持ってるから入れないんでしょうがっ!」
ずいと前に出てキャロが言った。俺が聞きたいのはそういう事じゃないんだけどな。
「起きたら部屋のベッドだから驚いたよー。運んでくれてありがとね。三人でギルドに行ったらいなくて、ラットさんに『二人はお城に行った』って聞いたの。だからお部屋の前で待ってればいいかなーと思って三人で待ってたのよ」
そうそう、これが聞きたかったんだ。いやぁ、ティミーの説明は相変わらずわかりやすい。
俺はリエル含む四人を自室に入れ、各々を座らせた。
ところで、キャロ。そこはベッドなんだ。匂いを付けるならシーツの外側でなく、是非枕にお願いしたい。そうそう、そうだ。ナイス枕ハグだぞ。今日は荷物みたいに担いで悪かったと思ってる。
「何よその目?」
「可愛いパーティメンバーを見る目、してないか?」
「冗談でしょ。明らかにヤバい目してたわよっ」
枕を投げられてしまった。俺が持ってても変な臭いしかつかないのだが……そうだ、クーに渡しておこう。俺は枕を渡すと、クーはキョトンとしながらもそれを抱きかかえた。ナイスだクー。
「なんか変な目なのよねぇ……」
そんなキャロを俺は横目に見る。
しかし、これ以上ふざけてはいられない。俺は冒険者ギルドで聞いたプラチナランクパーティの全滅、その理由、そして先程アルム城で起こった事、国王から強制的な命令を受けた事全てを皆に伝えた。
すると、ティミーは拳を強く握った。
「考え無し過ぎるよっ」
珍しくティミーが怒りを露わにする。これは自分の怒りではなくパーティメンバーを想っての事。
ティミーの性格がよくわかる。本当に優しい子だ。
「あした、らるすとたたかうってこと?」
話を咀嚼したクーが確認のために聞いてくる。俺がそれに頷くと、その顔に緊張が走る。
「うぅ……かてるのかな」
「少なくとも、今日のゴブリンの群れ以上の激戦は必至だねぇ」
先程、「なるようになる!」と言ったリエルだったが、顔にはクー以上の緊張が見える。リエル程の人間だ。強者への挑戦は長らくなかっただろう。それを思うと、俺も緊張してきた。
……はて? いつも緊張以外の行動をとっているキャロさんはどうしたのだろうか。
「相変わらずね、ここの国王は……」
独り言のように呟いたキャロの一言。
他の誰もが聞き逃しただろうが、近くにいた俺は聞き逃さなかった。まぁ、俺が聞こえたって事はサクセスも聞こえていただろうけどな。
まるで面識があるかのような言い方だ。いや、待て。確かに冒険者同士の不文律で、冒険者の過去を聞くものではないというのがあるが、これまでキャロの行動は不審な点があった。
『サクセス君、何かあるかい?』
『確か、キャロはストロボ地方の首都、ストロボの町に行く事を嫌がっていたな』
やはり、サクセスは聞いていたか。そう、以前ストロボの町に行って大転移装置を使い、アルム地方に入ろうと話があがった時、キャロはそれに猛反対をした。結局ストロボの町の大転移装置がヴィクセンの監視下にある事を確認した俺たちは、ハーディンに乗ってアルム地方に入った訳だが、おそらくキャロのルーツはストロボの町にあるのだろう。その時はそう思っていたが、この反応……――そう考えていると、キャロはスッと立ち上がり俺を睨んだ。
「睨むなよ」
「……顔、貸しなさい」
返してくれるのか、それが心配なおじさんである。




