054
冒険者ギルドに戻り、調査報告と共にゴブリン討伐を終えた俺は、しんとするギルド内で座るリエルの隣に腰を下ろし、傷の具合を見ていた。ティミーとキャロ、そしてクーは先に部屋に連れていった。ギルドの報告を先に行ったのは、それだけ事が急を要していたからだ。
ギルドにボロボロの俺たちが戻った時は当然騒がれた。しかし、俺たちの報告を知った冒険者たちは非常に暗い表情になっていた。ダイヤモンドランクパーティの俺たちがこれだけ手こずった依頼と聞くだけで他の冒険者は戦慄する。
「ヒーリング……」
「ん、もう大丈夫だよ。ありがとう、坊や」
すっかり忘れていた回復魔法をリエルに施し終えると、俺はリエルの正面に座り直す。
マスターランクのリエルがこれだけ傷付いた姿を見て、周りの冒険者たちは固唾を呑む。
「やだよぉ、すっかり注目の的じゃないか」
「あれだけの事があったんだ、当然だよ。ていうか、リエルは前から注目の的だよ」
「あれぇ、そうかい?」
けたけたと笑うリエル。これ、絶対知ってて言ってるよな。
「それより、大変じゃないか。今度はリッドのパーティだそうだ」
「あぁ、ついにプラチナランクパーティのリーダー、超越魔法のリッドがやられたらしいな」
超越魔法のリッド――アルムの都にいる数少ない、俺と同じダイヤモンドランカー。そのパーティはプラチナランク認定がされている。どうやらリミットポータルの調査に行ったようだ。
シュミッドのゴールドランクパーティが全滅した事で、一時、その依頼のランク再選定に時間を要していた冒険者ギルドの対応。これに従わず、依頼を受けずに向かったようだ。依頼がなければ見に行かないとも思っていたが、そうではなかった。
「聞いた話じゃ、最初に全滅したパーティのシュミッドは、リッドと同郷かつ冒険者ギルドの同期だったみたいだねぇ。戦友が死んだ理由を探るため……だったら動いて仕方ないよ」
「もっと注意喚起していたら変わっていたかもしれない」
「アタシがギルドに言っても伝わらなかったんだよ? ……でも、これで流れが変わるんじゃないかい?」
リエルが言ったのは、ミスリル鉱山の件。冒険者、果ては国の兵にも使われるミスリル鋼。その原石であるミスリル鉱が魔物に狙われたと知っちゃ……ゴブリンとはいえ、その魔物の規模を知っちゃ……国も冒険者ギルドも何かしら手を打つだろう。
そう思い、俺はリエルと共に冒険者ギルドでその対応を待っている訳だが、どうなる事やら。
『くだらんな。二人で討伐に出た方が効率的じゃないのか?』
『そうはいかねぇよ。他の冒険者の命がかかってるんだから』
『これだけ怯えれば、もう誰も近づくまい。それより貴族共が出しゃばる事を危惧した方がよかろう』
『んえ? それどういう意味だよ?』
俺がそう聞くも、サクセスの返答はギルド員の一言によって遮られた。
「ディルアさん。リエルさん、お時間よろしいでしょうか?」
いつも昼の時間に受付に座っている女性のギルド員だった。彼女は申し訳なさそうに俺に言ってきた。
「なんでしょう?」
「……陛下がお呼びです」
『対応とやらが目に見えているな』
そんなサクセスの悪態だったが。何故かその悪態には、俺も同意見だったのだ。
俺とリエルは溜め息を吐きながら互いに見合う。どうやら赴かないといけないようだ。
――――アルム城へ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アルム城はアルムの都の西区に存在する。理由は魔界が東にあるから。普通の国だったら中央区に建つんだが、魔王軍と対立するためならば、この立地は納得だ。
俺とリエルは、冒険者のギルド員に言われるがまま、アルム城の前までやってきた。
高く聳える中央の尖塔を睨みながら、俺はリエルに聞く。
「リエル、国王に会った事は?」
「マスターランクに上がった時と、一昨年の国王生誕祭の演武の時だねぇ。マスターランクに上がった時は跪いてるだけで一方的に褒めちぎられて終わり。生誕祭の時は遠目からの挨拶だけ」
「つまり」
「ん、喋った事はない」
「印象は?」
「平和ボケした貴族って感じだね」
尖塔から目を切った俺は、ようやくリエルを見る。
「凄い顔だね、坊や」
「今のリエルに言われたくないよ」
きっと俺とリエルは同じ顔をしていた事だろう。
普段あまり使わない顔の至るところが、ヒクついていたのだ。
「「会いたくないなぁ」」
『凡愚の王など、いざとなれば城ごと吹き飛ばしてやればよかろう』
とかサクセスが言ってたが、それができれば苦労はしない。そんな反論すら苦に感じた俺は、リエルと共にアルム城へと入って行った。
城に入って驚いたのは、どこにこんなに金があるのかと思わせるような城内の造りだった。金銀の装飾も多く、至る所に兵が配備されている。前を歩いて俺たちを案内している兵も、自尊心が強そうでなんだか鼻につく。
よく町で聞く噂の中に、こんな話がある。冒険者と国の兵の違いについてだ。
冒険者は平民であれば誰にでもなれる。無論、それは兵も同じなのだが、なるためには一般的な教養も必要になってくる。それも大事だとは思う。しかし、教養がない受かる事ができないという事は、それだけ家庭にお金があったという事。だから兵になる人間の親は、商人だったり、裕福な家庭で育っていたりする。生まれながらに持つお金という才能は、やがて平民の中に溝を作る。
教養のある者はない者を蔑み、兵は冒険者を下に見始める。
そう、今俺とリエルが浴びている視線がそれだ。
リエルは頭を掻きながら城内を進む。根本的に場所が合わないのだろう。
先程のサクセスの悪態と同じく、やはりそれにも同感だ。
「ディルア殿! リエル殿! ご到ちゃ~~~くっ!」
開いていた謁見の間の前で、前の兵がこれみよがしに言った。まるで「この凛々しい姿を見ろ」と言っているような態度だ。うぅむ、早く帰りたい。
「さ、前へ」
役目が終わり満足そうな兵の言葉に押され、俺とリエルはヒクつかせた顔で見合い、溜め息を吐いてから歩を進めた。
真っ赤な絨毯が玉座に続く。その両端には、何人かの兵と身なりのいい貴族が立っている。もう夕方近いというのにご苦労な事だが、何とも不服そうな顔だ。おそらく今回の報告を疑問視しているのだろう。あと、どこかの魔王に対して。だが、冒険者ギルドの報酬は少なからず貴族が出資している。機嫌を損ねるような事は避けないといけないな。
『嫌な視線だ』
『主に俺のこのマントが原因だ』
『何だとっ?』
『真っ黒なマントでみすぼらしいって思われてるんだよ。洗ったとはいえオンボロに見えるからな』
『不愉快な……!』
俺とリエルは玉座の前に跪く。そして目を伏せたまま口上を述べる。
「冒険者リエル」
「ディルア」
「「陛下の招集に応じ参上致しました」」
二人の揃った声が謁見の間に響く。反響する声が聞こえなくなる頃、正面から声が届く。
「……面をあげい」
高く、しかし籠った声だった。俺とリエルはその声に従い顔を上げる。
そこには、ふくよかに太り、だるんだるんの顎をたるませたオッサンが座っていた。
真っ白な服はパツンパツンで、今にもシャツのボタンがはじけ飛びそうだ。玉座に座るも、投げ出された足は無造作に置かれ、とても王の威厳は感じられなかった。絨毯と同じ真っ赤なマントと、頭に被る豪華な王冠がなければ王だとわからなかっただろう。
「余が第五十三代、アルム国、国王のギャレッド・アルム・ウェズリーである!」
まるで、これ以上偉い存在などこの世にいないと確信している、そんな偉そうな笑みを浮かべている。
『……帰りたい』
『同感だな』
今日は何故か魔王と気が合う日だ。




