053
「ガァアッ!?」
「中有に蔓延る死者の慟哭……」
上下左右、至る場所から現れる俺の身体に、亜種ジェネラルが困惑する。
「ギィイイッ!」
それはやがて恐怖となり、身体、そして四肢に緊張を与える。
「その恐怖、その後悔、その怒り、我が前に顕現せよ……」
「ガ……ギィッ!」
得体の知れない魔法に混乱し、その影響は身体機能にまで及ぶ。そしてそれは人間だけではなく、魔物にも同等の効果が表れる。
「負の力と魔が合わさりし時、解き放たれるは地獄の嘆き!」
「ガァアアアアアアアアアアアアアッ!」
恐怖を振り切った時にはもう遅い。俺の準備は既に終わっているのだから。
「負魔の鉄槌っ!!」
瞬間、闇の魔力の渦から現れた闇色の円柱が、亜種ジェネラルを襲う。音もなく現れた蹄のようなソレは、亜種ジェネラルの盾ごと、その身体を踏み潰した。
「ガッ!? っ……――」
俺は最後に転移した場所から降下しながら、亜種ジェネラルの頭部に剣を突き刺した。
それが止めとなり、亜種ジェネラルのは一瞬身体をビクつかせ、そして沈黙した。
『放っておけば死んだものを。優しい事だな』
「ちげぇよ、まだ動くと思ったんだよ!」
『ほぉ、それは殊勝な事だな』
「はん、だからヴィクセンに寝首かかれるんだよ!」
『貴様! 言っていい事と悪い事があるであろうっ!』
「その通りだ! 今のは、言っていい事だな! はんっ!」
土壇場で課題を出した性格の悪いサクセスに、俺は当然の悪態を吐く。その後、サクセスが何度か騒いでいたが、今はそんな事より皆の救援が先だった。
その足で駆け、仲間たちが奮戦する場に戻ると、ちょうどリエルが亜種ロードを倒したところだった。
「なんだいなんだい? アタシの方が遅かったのかい?」
顎先に伝った汗を手の甲で拭うリエル。自分より早い俺の帰還にどうやら驚いているようだ。
「皆はっ!?」
「安心しな。アタシのジャミングビートで上手い事やってるよ」
リエルが指差すした親指の先に、皆を援護するティミーと、前衛で踏ん張るクー、そして飛んでるのか跳んでるのかわからないキャロが互いを助け合いながら動いていた。
「こらー! 見てないで手伝いなさいよっ!」
どうやら高所で戦っていたキャロは、俺たちの勝利に気付いていたようで、文句を言いながら戦っている。俺とリエルは見合い、くすりと笑いながらパーティに戻っていった。
「お疲れ! ティミー、クー!」
「私はぁっ!?」
「ディルア! クーの魔力がもう少ないわ! キャロもそろそろキツイみたい!」
さすが後衛の要ティミー。皆をよく見ている。
「よし、クー、前衛を完全にリエルに任せ、キャロと一緒に中衛に移れ! 遊撃は俺がやる! リエル! ジャミングビート、あと何回使える!?」
「三回ってとこだね」
「ティミー! 魔力は使うな! 回復用にとっておけ! こっからは俺がやる!」
「えぇっ? ディルアの魔力大丈夫なのっ!?」
サクセスが昨晩言っていた魔力量。その底を見るにはいい機会だ。それをよく知っているサクセスが俺を止めないって事は、そういう事だろっ!
「はぁっ! マルチショット!」
「きっついわね! どんだけいるのよ!」
「もうキングと雑魚ばかりだ! メイジもいないしそんな気にするな! ただ、注意は怠るな!」
「う、うで……つかれたっ」
「頑張れクー! 帰ったら、ギルドのメニュー、端から端まで食っていいからな!」
「むおっ! がんばるーっ!」
「あっはっはっはっは! そりゃ元気が出るねぇ! ジャミングビート!」
「んもうっ、女の子を物で釣るなんて駄目だよ、ディルア! はぁっ!」
「問題ない! キャロの奢りだ!」
「いつ決まったのよ、それ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ギ、ギィッ!」
リエルの剣先がゴブリンキングの喉元に当てられる。ランクS相当の実力だった亜種の二匹が、何故ランクAのゴブリンキングに従っていたのか。おそらく、キングに従うという本能までは、ヴィクセンもいじる事ができなかった、というところか。
「カッ! ……っ」
ゴブリンキングの首が飛び、ようやく沈静化したミスリル鉱山の麓。
俺は残る魔力を、未だ燃え続けている炎の鎮火に使った。本当はリエルの水魔法があれば一番いいのだが、風魔法でも消せない事はない。勿論、闇魔法も使える俺だが、ここは風魔法だ。飛んでくる炎は闇魔法で消せるが、建物に燃え移っている炎相手では相性が悪い。
火災が鎮火し、黒煙が目立たなくなってきた麓を見渡すも、生き残っている人間はいないようだ。
悲しそうな顔をするティミーの肩に、俺は手を乗せる。
「もう少し早かったら……ね」
「これが俺たちの最速だった。そう思うしかない」
「うん……」
「今は帰って、この事をギルドに報告しよう。冒険者ギルドやアルム国が、この事態をどう見るか、だな」
ティミーは黙って頷く。
地面にどかっと座りながら、疲れた表情で空を見上げるクー。クーもそうだが、皆、昨日の疲れもあったのかもしれない。
「昨日以上に疲れたかもな」
「当然だ。標的の数、戦力がわかっている冒険者ギルドの依頼とは違う。これは戦争に近い戦闘だった。慣れない者には辛かろう。調査というギルドの依頼だが、お前たちはそれ以上の功績を残した。ギルドに戻ったら冒険者カードの更新をするといいだろう」
ふむ、サクセスの言う通りだ。
これが戦争か。この魔物の数、戦力を知れば、アルム国が行動を起こすかもしれない。しかし、それでも戦力は足らないと言わざるを得ない。
「クー、頼むよ」
「うん、よぶね! アォオオオオオオオオオオオンッ!」
魔力を帯びた、クーの遠吠え。それを聞き、キャロが仰向けに倒れる。
「やったー! 久しぶりに楽ができるわねっ!」
「おい、あんまり頼り過ぎるなよ! 何事も鍛錬なんだからな!」
「ちょっと、それサクセスの言葉でしょ!」
キツイ視線を送ってくるキャロ。まるで俺がサクセスの言葉を盗んでいるかのような物言いだ。断じて違うぞ。そう、これは引用しているのだ。
「坊や、今のは?」
「あぁ、リエルは初めてだったな。今ちょっと呼んでるから、来ればわかるよ」
「ぁん? 何を呼んでるってんだ――ぃ?」
「おぉ来た来た」
俺たちの足下に広がる巨大な動く陰。振り下ろされる翼の豪風に、俺は目を細める。
「悪いなハーディン!」
「我ガ主ノ友、ディルア様……オ待タセヲ」
降下してきたエンシェントドラゴンのハーディンを見て、リエルが目を丸くさせる。
まぁ、初めて見たらそうなるよな。リエルが今まで倒してきたであろう魔物、それが喋るのだから。
「こいつはリエル。新しい仲間だ。リエル、サクセスのペットのハーディンだ」
「え、あぁ、よろしく……」
「ディルア様ハ好色家デスナ」
何故そうなった。いや、まぁパーティには、サクセスを除けば俺しか男がいないからそうとられるのもわからないでもないが、納得はいかない。とても。
ハーディンに乗った後、リエルは初めての空の風に、気持ちよさそうな顔を浮かべる。
「しっかし、坊やと一緒だと、退屈しないねぇ。この数日が、数年間みたいに凝縮している感じがするよ。あっはっはっはっは!」
豪快に笑うのはリエルだけ。ティミーもキャロもクーも、皆疲れて寝てしまっている。俺はそんな皆が落ちないように支えているのだ。飛んでいるエンシェントドラゴンの背で寝られる胆力より、寝てしまう程、それだけ疲れる程頑張った三人を褒めたい。勿論、それはリエルにも言える事だ。
ミスリル鉱山に向かう時、ハーディンに乗るという案も俺の中であったが、やはり調査ともなると、道中も含まれる。ティミーが悲しんでいたが、ハーディンを使ったとしても、今回の惨劇は防げなかっただろう。
「っと、アルムの都が見えたな。おい、そろそろ――――」
言いかけた時、リエルの手が、静かに俺の肩を叩いた。
「寝かせておいてやんなよ」
優しい笑顔で言ったリエルはパチンとウィンクした。俺はそれにくすりと笑い、頷く。
「ハーディン、できるだけ静かに降りてくれるか」
そう言って、リエルはクーを、俺はティミーを片手で抱きかかえ、そしてキャロは担いだ。
この差は、普段の俺への態度が原因だと思ってくれて結構だ。




