052
「魔王の策略で武具を枯渇させようってかい。ソイツ、性格が悪いねぇ~」
「同感だな」
北西にあるミスリル鉱山調査の依頼を受けた俺たち。リエルのぼやきにサクセスが同意を示す。
「色っぽい吸血鬼だっけ? どんな奴なの?」
確かに、大まかな説明しか受けていないからな。キャロの疑問も頷ける。
「我の戦力として考えていただけに、まず強い。今のこちらの戦力では心もとないのは否めぬな」
「でも、何とかなりそうな言い方ではあるね?」
俺もリエルと同意見だ。心もとないと言いつつも、サクセスの戦力分析からすれば、何とかなりそうな言い方だった。
「実力だけならば、マスターランカーが三人もいれば何とかなるだろう」
いや、それでも高い壁だった。
「あはははは、三人は大変だね!」
「考えても見ろ。ヴィクセンは勇者ラルスのパーティメンバーを一人ずつ倒したのだ。つまり、まとめて相手取る事はできなかったという事だ。当時のパーティメンバーは、勇者以外の三人は全員マスターランクだった。ヴィクセンは、静かに、一人ずつ殺したのだ」
「おい、勇者のパーティ情報までは、さすがに皆知らないぞ」
「む、そうだったか。人間の寿命とは不便なものだな」
寿命が長ければ、伝えられる伝承ももっと詳細になっていたと言いたいのか。
「だから人間は精一杯生きるんだよ。それにしてもサクセス? ヴィクセンに封印されたってのに、陰で動くヴィクセンの行動、よく知ってたな?」
「ふん、我を封じた時、高らかに語ってくれたわ」
なるほど、性格が悪いな。
「だが、ヴィクセンには実力以上の知恵がある。智将と称されるだけはある……と、我が言うのだ。ここまで動きが後手に回ってしまうのは仕方ないだろう」
サクセスが認める程の知恵者。まぁ、そうじゃないと勇者も篭絡されないし、サクセスも封じられないか。
「勇者を操る魔王。強敵だね……!」
ティミーが強い瞳で呟く。それを拾うようにサクセスが反応する。
「左様。当面の目標は勇者の制圧だ。ヴィクセン以上の大物だぞ。それを努々忘れるな」
「しっかし、レジェンドランクって聞いてもイマイチ実感がわかないのよねっ」
キャロが目を細め、遠くを見る。まるで不透明な実力を持つ勇者を見据えようとしているようだ。
「リエルよりつよい?」
クーもリエルの強さは理解しているだろう。一日とはいえ、あの濃いデスマーチを一緒に過ごし、同じ前衛としてすぐ隣でその実力を感じていただろうから。
「レジェンドランクねぇ。今まで会った事がないからわからないよ」
リエルも肩を竦める。この中であれば、リエルが一番その実力に近いだろう。しかし、リエルはアルム一の強者。それ以上の存在ともなると、やはりわかるのは魔王くらいか。
「この目で見るまでわからないが、ただのレジェンドランクであれば、リエル、そしてディルアがマスターランクになれば、このパーティでも勝てる。しかし、相手はただのレジェンドランクではない。勇者ラルスなのだ。神の寵愛がどれほどの力なのかが、我には想像がつかぬ」
意外な事に、サクセスの言葉も曖昧だった。だが、一番気になったのはそこじゃない。
言ってやりたい。「今、お前に目はないぞ」と。
そう言ったら怒られるだろう。真面目な話してるしな。ティミーとかも怒りそうだ。
そんな事を考えながら、俺たちはそのまま歩を進めた。
やがて、遠方にミスリル鉱山を捉えたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「見えたな」
「長年アルム地方にいるけど、アタシも初めて来た――――あれは煙かい?」
リエルが目を細め、麓から立ち上る煙に気付く。遅れてティミー、キャロも気付く。
「走るぞ!」
「あいよ!」
「ヘルメース!」
皆の速度を上げ、麓に向かって走る。やがて煙が黒煙だとわかり、俺の予感が悪い方へと向かう。
「おいおいおいおい! 最悪じゃないかっ!」
既に火は少なく、ただただ黒煙が見える。後手も後手。かなり到着が遅れたようだった。
「ギギ……ギーッ!」
「前方! ゴブリン七体! 戦闘準備!」
「「応!」」
麓の家屋の周りをうろつくゴブリンが七体。その奥に幾匹かのホブゴブリンが見える。
「この統率力……王がいるね!」
「あぁ、各自各個撃破。広がり過ぎず、魔力も控えろ! どれだけいるかわからないぞっ!」
「わかったわ! ふっ!」
ティミーが魔素のみの魔弾を撃つ。俺も魔力を込めるマルチショットは使えない。外部の魔素だけでやりくりした方が正解だな。
「キャロ! 正面よりも後方に回ろうとするゴブリンに警戒!」
「わかってるわよ!」
「クー! 弓は勿論、魔法にも注意しろ! メイジもいるはずだ!」
「うん!」
「リエル、大物から狙え!」
「任せな!」
七匹のゴブリンを倒した直後、ホブゴブリンが俺たちの存在に気付き、法螺貝を吹く。しばらくすると、周囲から魔力の波が押し寄せている事がわかった。この一年で、俺の魔力感知力は向上した。それでもサクセスには遠く及ばないけどな。それだけならば、俺よりティミーの方が上だし。
「ディルア、この数……大変だよ!」
鬼気迫る様子のティミー。それは俺も同じだった。
ランクEの魔物、ゴブリン。ひと回り身体の大きいランクDのホブゴブリン。卓越した戦闘技術を備えたランクCのゴブリンファイター。魔法を操るランクCのゴブリンメイジ。統率力に長けたランクBのゴブリンジェネラル。凶暴なランクBのゴブリンロード。そしてそれらを束ねる災厄――ランクAのゴブリンキング。この群れを相手するくらいなら、ランクSの魔物を相手した方がマシなレベルだ。
おそらく、冒険者ランクでいうところのダイヤモンドランク相当の相手。今回、冒険者ギルドはこの調査依頼をメタルランクのパーティクエストとして貼り出した。こういう事が稀に起こるのも無理はない。あくまで調査だ。別にこいつらを倒さなくてもいいのだ。しかし、冒険者の中には倒してしまおうという無謀な挑戦をする者もいる。冒険と無謀は違う。それだけは理解しなくてはいけない。
今回俺たちが動いた理由。それは、現在アルムの都に俺たち以上のパーティが存在しないからだ。
「右メイジ二! 左は俺がやる! キャロ! ティミーが正面でいっぱいいっぱいだ! 任せた!」
「はぁあああっ!」
キャロは指示通り、魔王の靴の力でゴブリンメイジを狙いに行く。
「あらよっと! クー! これ、よろしくっ!」
「てやぁっ!」
リエルが足蹴にしたホブゴブリンを、真っ二つに斬るクー。
「数が多すぎるっ! 使うぞ!」
『悪くないタイミングだ』
「うるせぇ! ウィンドファイバーラッシュ!」
「エレキレイン!」
「アースクラック!」
「ヘルファイア!」
俺、キャロ、クー、そしてティミーが放つ四色の魔法。全てサクセスの指導付きだ。
俺のウィンドファイバーラッシュでゴブリンの総数を削り、キャロのエレキレインで大物たちの足を止める。クーのアースクラックで障害物を増やし、その限定された空間に通ったゴブリンたちに向かい、ティミーがヘルファイアを放つ。
「面白い魔法ばかりだね! それじゃあ、アタシもとっておきだ! ジャミングビート!」
瞬間、ゴブリンたちに向かって無数の水弾が飛ぶ。まるで真横に向かって振る豪雨のようだ。
しかし、威力はそこまでない。ゴブリンは吹き飛ぶものの、ホブゴブリンは堪えている。いや、待て。これって――かなり有効的な魔法なんじゃ――、
『なるほど、足止めを前提とした妨害魔法か。予め多対一を想定したもの。長く一人で戦い抜いただけはある。しかもこの魔法。上級水魔法なのにこの威力。つまり魔法の長期発動に重きを置いたのか』
「これならゴブリンの動きに制限がかかる! 全員、気合い入れろ!」
「「応っ!」」
皆の掛け声が皆の耳を揺らす。
その直後、遠くに見える家屋の屋根で、俺たちを見下ろすゴブリンを見つける。
『出たな、ゴブリンの王め……』
「ギギギー! ギギ!」
俺たちを睨んだ途端、ゴブリンキングは俺たちを指差し叫んだ。すると、ゴブリンキングが立っている家屋の陰から、一際大きな身体をしたゴブリン二匹が現れる。
「嘘っ!? ロードとジェネラルにしても大き過ぎるでしょ!?」
キャロの言った通り、それは、今リエルが弾き飛ばしたゴブリンロードとは、明らかに違う身体だった。
「おいおい、魔王軍にあんなのいるのかっ!?」
『知らんな。ヴィクセンが作ったのであろう。ロードとジェネラルの亜種か。忌々しい』
亜種のロードとジェネラルは、後方で怯え始めたゴブリンを踏み潰しながら俺たちに近付く。
やがて間近に迫る圧力は、初めてエンシェントドラゴンのハーディンを前にした時の感覚と似ていた。
「リエル! 気を付けろ!」
亜種ロードの戦斧が振り下ろされる。リエルは腰を落としてこれを受ける。衝撃によって大地が砕け、一瞬だけリエルは苦しそうな声を出した。
「くっ!」
「いけるか!?」
「一匹だけなら!」
という事は、一匹だけでランクS相当だろう。なら、クーには荷が重い。
「クー! 後退しろ! そのジェネラルは俺がやる!」
「う、うん!」
「ティミー! そっち頼んだ!」
「わかった! 気を付けてね!」
周囲のゴブリンも、被害を恐れて亜種ロードとリエルに近付いていない。どうやら、その恐ろしさを知っているようだ。リエルでなく、同族の亜種ロードの実力をな。
そして、亜種ジェネラルも俺を敵と見定めたのか、俺の正面に立つ。眼前に現れるとやはりデカい。ハーディンに近い体躯ではなかろうか。
『ディルア、アレが必要になるやもしれぬ』
「あぁ、言われなくてもわかってらぁ! ふっ!」
俺は駆けながら神風、神眼、超剛力、超剛体を発動した。これにより、身体能力はマスターランカーのリエルとほぼ同等か、それ以上になるだろう。勿論、リエルが身体能力向上スキルを使えば、更に強くなるけどな。
亜種ジェネラルの得物は分厚く反りのある巨大な曲刀。斬る事に特化した剣だが、あの曲刀と亜種ジェネラルの大きさから、斬るというより一気に切断できそうだ。そして金属を何枚も重ねたような分厚い盾も持っている。
『ふむ、では一つ課題だ、ディルア』
「あぁ!? 何だよ!」
『攻撃を受ける事は許さぬ。ひとたび身体にあの剣を受ければ、お主の身体は真っ二つに裂かれるだろう』
「くそっ! この土壇場で言うかよ、てめぇ!」
『アドバイスが欲しかったのであろう? くくくく……!』
昨日のデスマーチの時は何も言ってこなかったのに、亜種ジェネラルが曲刀を振り回してる最中には言うんだもんだ。つくづく魔王だよ、この野郎っ!
「ふっ! このっ! っと、おりゃあっ!」
俺は亜種ジェネラルの周囲を跳び回り、時にはその身体を踏み台とした。スリングショットの魔弾を何度か放つも、盾で防がれる。当たったとしても、その巨躯のせいか、ダメージが通っている感じがしない。魔力を込めようにも、巧みな剣と盾捌きにより、そんな時間をくれない。離れようにも、身体に似合わずとても素早く、ピタリと俺に身体を近付けてくる。サクセスの防御力ありきで考え、懐に飛び込んだのが失敗だったが、これを見越してのサクセスの課題だ。きっと狙いがあるのだろう。そう思ってしまうあたり、俺は魔王によって洗脳されているのかもしれない。
「いや、これは信頼か……」
『何を寝ぼけた事を言っている。それ、逃げ場がなくなるぞ』
魔王様のありがたいお言葉通り、俺は亜種ジェネラルの圧力で徐々に逃げ場を失い、家屋の壁まで追い詰められてしまった。亜種ジェネラルは非常に頭が良い。壁を壊さず、俺に攻撃を繰り返す。その方が、俺を捉えられる確率が高いと踏んだからだ。
『さぁ、時間もない。どうする、ディルア?』
サクセスは、身体能力向上スキルの時間切れの事を言っている。これが切れれば、俺は一瞬で曲刀に捕まるだろ。まったく、言いたい事だけ言いやがって。ヴィクセンに負けず劣らず性格が悪いな。
「こう! する! しか! ないだろう! はぁああああああっ!」
『やはり使うか。カオスダイブ』
上級闇魔法である《カオスダイブ》。ダークダイブとは違い、複数個所に闇玉を飛ばし、そこに転移する荒業。これと合わせディープルウィンドを使えば……時間が稼げる!




