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翌朝、フラフラになったクーの全身甲冑に罅が入ったところで、ようやく俺たちは歩を止めた。ミスリルでできた防具に罅が入るんだ。まったく、おかしな話だ。へこむんじゃない、罅だ。こりゃ、明日防具店のオヤジに怒鳴られた後、買い直しだろうな。
勿論、クーだけじゃない。ティミーはアルムの都に着くなり気絶した。キャロも強がっていたが、身体は疲労によってガタガタと震えていた。最後の方は魔力も使えなくなり、地面で踏ん張ってたしな。
リエルも顔には出さなかったが、ここまでハードな冒険はこれまでなかったようで、「寝る」とだけ言った後、ティミーを担いで宿に向かった。やはり、今回の冒険は水晶宮に一晩籠るよりも厳しかったのだろう。初日から無理をさせてしまっただろうか。いや、けど終始楽しいって言ってたな、あの人。
「マ、マジかよっ?」
「シルバーランクまでのパーティクエストを全て浚えたって!?」
俺は蜂蜜酒を飲みながら、椅子の背もたれにどっぷりと身体を預けている。
背後で俺たちの事を噂する冒険者たちの話を自分の耳で聞いて、ようやく自分たちが何をやったのか理解した。
「浚う」とは冒険者の間で使われる略語だ。つまり、俺たちはシルバー、ゴールド、プラチナの三つのランクの残った依頼を全て消化したのだ。勿論、採取や採掘の依頼は残っている。しかし、討伐とつく依頼が貼り出されると、俺はすぐにそれをとり受付に持って行った。昼、夜と、大体決まった時間に依頼が追加される事もあるが、俺たちの消化力はそれを上回ったのだ。
『どうした。疲れているのではないのか?』
『いや、不思議と全然眠くないぞ。どこかの誰かさんが、全然俺にアドバイスしてくれなかったからな』
『ぬかせ。お主には我がこれまで与えてきた全てがある。これ以上言う事などないわ』
『あり? そんな理由だったのか?』
『無論、他にも理由はある。これまでティミーたちに与えた助言。それは全てお主にも言える事だ。まぁ、既に過去言ったものが多かったが、復習としてはいい機会だったろう』
『……まだありそうだな』
『我への魔力供給よ』
『へ? そんな事してたっけ?』
俺が素っ頓狂な声を出して聞くと、サクセスは溜め息を吐きながら語気を強めた。
『忘れたのか。我が肉声で喋る時、魔力の波動とマントの動きで誤魔化しているのだ。しかし、長時間それ行わなければならない時、お主の魔力を使っているのだ』
正確にはそんな事まともに言われた事はない。マントの範囲外を守る時は、俺の魔力を拝借するという内容だったはずだ。だからこそ、かつて火口に飛び込んだ時も助かったのだ。しかし、喋る時もそうなのか。つまり、今日の「サクセス様の肉声付き、飴と鞭大作戦」は、常に俺の魔力を使っていたのか。
『って、勝手に使ってたのか?』
『しかし、それでもお主の魔力は枯渇しなかった。何故かわかるか?』
上手く丸め込もうとしてるが、俺は話を逸らされた事を忘れはしないだろう。
と、サクセスがこう言うって事は――あぁ、なるほど。そういう事か。
『これまでも勝手に俺の魔力を使ってたんだな?』
『回るようになったではないか、その頭』
『これまでが回ってなかったみたいに言うなや!』
『まぁその通りだ。ディルアが気付かぬ内に我がその魔力を自由に使い、その底を拡げていたのだ』
『って事は、俺の魔力容量が知らない間に増えてたって事か』
『左様』
なるほど、確かにそれは効率的だ。俺が一人で抱えきれる事は多くない。そしてパーティの圧勝を防ぐため、つまり、パーティメンバーの成長のため、スリングショットでの攻撃を避け、剣で戦う事が多かった。そうなってはあまり魔力を使わないのだ。そういう時に、サクセスが俺の魔力を空打ちして消費していたのか。
『ホント、お前って暗躍とかそういうの似合ってるよな』
『これまでも闇に生きてきたのだ。闇で舞って何が悪い?』
『口の減らない魔王様だよ、まったく』
『この魔王サクセス。それだけはディルアに一歩劣ると思っている』
『ほら、無限に湧いてきそうだ』
俺は再び皮肉を被せる。するとサクセスはくすくすと笑いながら言ったのだ。
『ふふふふ。さぁ、明日も長い。眠れぬのはまだお主が緊張しているからだ。今は宿に戻って休め』
そんなサクセスの魔王らしからぬ言葉に、俺は一瞬目を丸くした。またからかってやろうとも考えたが、俺はすぐに顔を戻して「あぁ、そうだな」と零した。
未だ俺たちパーティの噂話をしていた冒険者たちは、そんな俺の肉声に首を傾げていた。
宿に戻った俺は驚いた。何に驚いたか。それは、部屋のベッドを占領する三人娘――キャロ、クー、ティミー。そして、地面にで豪快に鼾をかいているアルムの都にただ一人のマスターランカー――リエル。
まず、何故俺の部屋で寝ているのかという疑問が頭を過ったが、あれだけ疲れていたら仕方ない。なんたって、かろうじて意識が正常にあったのが、リエルだけなのだ。昨晩、色々話したこの部屋に来るのも頷けるし、部屋が違っていたのをここに着いてから気付いたとしても、その性格から「ここでいいか」となるのもわかる。
だが、これだけは……これだけは言わせてくれ。
「おい、寝る場所がないぞ?」




