049
「いやー、それにしても昨日ティミーが頑張ってたとはな。なんにせよ、プラチナランクおめでとう」
「えへへ~、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「お~よしよしよしよし」
「あはははは、くすぐったいよディルアっ」
犬をあやすようにティミーの頭をぐりぐりと撫でまわす俺。
そんなやりとりをじとっとした目で見ているのは、何を隠そうキャロさんだった。
「おかしいっ。私がプラチナランクになった時はソレなかったわよっ!」
ずいとティミーの頭を指差すキャロ。
「……やればいいのか?」
俺はティミーの頭から放した手をわきわきさせながらキャロに聞いた。
「そ、そういうのは上がった時にやってもらうものなのよっ!」
そんな風に反論してきたキャロだったが、俺は行き場の失った手の着地点を、キャロの頭と決めていた。
「おーよしよしよしよし、キャロも頑張ったな~。ははははは!」
「わぁっ!? ちょ、こら、も、もういいってばって、わぁ!?」
金色に輝く髪の毛をボサボサにしてしまった時、キャロから何か言われるかもと思ったが、不思議と文句はなかった。
そんな一部始終を見ていたクーが、人差し指を咥えて俺の手を見ている。
ふむ、何かしら理由がないといけない、か。
「よーしクー。今日は早起きできて偉いなぁ~! よーしよしよしよし!」
「ん、うぅ、ふふふふ……」
皆反応が違ってとても面白い。しかし、ここにきて思い出すのだ。既にプラチナランクの掃除依頼を受け、アルムの都から北上している俺たち。その中にいる新加入のマスターランカーの存在を。
「あっはっはっは! 坊やのパーティはいつもこんな感じなのかいっ? 仲がいいのは結構な事じゃないか」
「あ、あはははは……」
火照る頬に、自分の魔法でやんわり風を当てる俺。
因みに、何故今回ダイヤモンドランクのパーティ依頼を受けずに、プラチナランクの依頼になってしまったかと言うと……依頼そのものが存在しなかったからだ。
リエルがこれまで受けていたダイヤモンドランクのパーティ依頼は、あくまでソロパーティ用。しかも、リエルのソロ主義に合わせて、ギルドが特別に作っていた依頼だ。
しかし、まともなダイヤモンドランクパーティ……ともなると話が変わってくるのだ。だから、今回はプラチナランクのパーティ依頼に甘んじた訳だ。まぁ、サクセスの話では、今のこのパーティであれば、マスターランクの依頼だろうが、こなせるだろうという事だ。
確かにそうだよな。リエルはそもそもマスターランカーで、他の四人はアーティファクト持ちで、尚且つ俺には魔王サクセスが付いている。これでも勇者に対抗できないと言われると、勇者ラルスは相当化物なんだと思う。
まぁ、今日は新しいパーティの試運転のようなものだ。
「え、アタシが前衛でいいのかい?」
「あぁ、クーと一緒に二枚の壁になってくれ。クーはリエルの動きを見て、真似できそうなところは真似してどんどん盗んでいけ」
「うん!」
「キャロはそのまま遊撃な。靴の力で上手く敵をかきまわしてやれ。ただし、魔力の消費量には注意だぞ」
「まっかせなさーい!」
「んで俺が中衛だ。攻守をバランスよく担当する。ティミーは後衛。ここはまぁ安定だな」
「だねっ。さぁ、今日も頑張っちゃうぞー!」
空に小さな拳を掲げ、意気込むティミー。キャロとクーもそれに続き、リエルも乗っかる。
『実にいいパーティだ』
『確かにそうだけど。具体的にはどこよ?』
『一番はやはりその向上心だな。皆、腐る事もなくひたすら上を見ている。昨日のティミーの件、我も少なからず意外だったのだ。性格の統一こそ至上とも思っていたが、個々の性格が互いの成長を助けている。我はそう感じた』
へぇ、サクセスですら、少し驚いたんだな。
『それで、今日はともかく、明日からどうするんだよ?』
俺は昨晩の大魔王の覚醒が怖く、予めこのパーティをどういじめ抜くのか聞いておこうと思った。
しかし、サクセスは意外な反応を示した。鼻で笑ったように「ふん」と言った後、俺に続けて言ったのだ。
『何を寝ぼけた事を言っている。明日から? 今日からに決まっているだろう!』
これまで、サクセスの無茶をこなしたのは俺だけだった。しかし、今回はパーティ全員を鍛えるというのだから驚きだ。しかし、これは予想外だ。サクセスは今、このでき上がったばかりのパーティを壊しにかかっているのだ。
と、思っていたが、今回のサクセスは一味も二味も違った。
「よし、リエル。中々悪くない動きだ」
「あはははは、魔王に褒められちゃったよ」
「だが、まだ重心が高い。お主ならばもっと這うような動きができるはずだ」
這う前衛ってのもおかしな話だ。
「へぇ、それならいっちょやってみようかねっ」
ばちんとウィンクしたリエル。
おかしい。サクセスがまともなアドバイスをしている。これまでのような身体に鞭を打つ恐ろしい魔王様は、一体どこに消えたのだろうか。
「クー」
「は、はい魔王様!」
「内に眠る力をもっと開放しろ。さすれば亡きゴディアスにも並ぶ力となるだろう。ディルアの言った事を意識しろ。リエルはアルム一洗練された人間だ。それを見、模倣し、昇華させろ。潜在的な力は、人狼であるお主の方が上だ」
「はいっ!」
誰だ、コイツ? 俺の知ってる魔王サクセスと違う人だ。いや、魔族か。
「キャロ」
「な、何よ?」
「まだその靴の真価を発揮できていないぞ。歩く駆けるは誰でもできる。そうではない。舞うのだ。前衛の二人の動きに合わせ、心を躍らせ、剣を躍らせるのだ」
「わ、わかったわよ。やればいいんでしょやれば!」
『心』という単語を強調する魔王がこの世にいたとは驚きだな。
「ティミー」
「はい!」
「まだ勘だけで動いている。確かに経験則からくる勘は、戦闘において重要なものだ。しかし、もっとできるはずだ。俯瞰で己の姿を見るように、敵の位置を把握しろ。それだけでお主の魔弾はどこにでも届く」
「俯瞰……か。わかりました!」
額に手を当て、敬礼したティミー。何だこの魔王軍調教の手引きみたいなのは。
「さすが魔王だね。アタシたちの事をよく見てるよ」
皆、サクセスの言葉を信頼しているようで、すんなりと言う事をきく。
「で、俺は?」
「自分で考えろ」
おかしい。
サクセスは女性に尻尾を振るような性格じゃなかったはずだが、何故俺は、こうも扱いが違うのだろう。
掃除依頼をこなした俺たちは、アルムの都に戻り、また依頼を受ける。
「ティミー! 己が腕を信じろ! 何ならディルアの頭を貫いても構わん!」
「は、はい!」
はいじゃねえよ。そう言いながらティミーは俺の耳を掠めそうな魔弾を放つ。ギリギリもいいとこじゃないか、これ。
「クー! お主が気を抜いた分だけリエルの負担となる! 集中力を途切らすな! 研ぎ澄ませ!」
「くっ……はい!」
このパーティの特性上、前衛にいるゴールドランクのクーが一番辛い役割だろう。なんといっても、パーティランクプラチナの依頼だ。まだクーには厳しいものもあるだろう。
しかし、潜在能力の高さと、リエルの助力で何とかできてしまっている。押し寄せる魔物のランクが高ければ高い程、その誤魔化しは通用しなくなってくる。集中力が切れるのも当然だ。
「キャロ! 剣だけに頼るな! 四肢の数だけ殺しがある! 魔物の喉元を噛み切る勢いが生への活路と知れ! 靴の特性を忘れるな! しかし、宙だけが支点だと思うな! 大地は勿論、魔物の身体さえもお主の踏み台よ!」
「~~~っ! ほ、本当に無茶ばっかり言ってくるんだからっ!」
とか言いつつも、キャロは宙から落ちる力を利用して魔物の骨を折ったりしている。器用になったな。
「リエル! 実力に過信せず常に気を張れ!」
「あいよぉ!」
「個人技だけに頼るな! お主の背にはディルアとティミーがいる! 抱えきれない魔物の選別くらいやってのけろ! それはお主の実力を一段階上げる!」
「あっはっはっは! そりゃいいねぇ!」
なるほど、そういう事か。
最初はただのアドバイスだと思っていたが、サクセスは徐々に鞭を使い始めたんだ。
……恐怖だな。正に魔王的。サクセスの言う事は「できる事」だと強制的に認識させているんだ。
簡単な事から身体に馴染ませ、徐々にそのアドバイスを難しいものにしている。しかし、どうしても躓いてしまう。その時がこの鞭の怖いところだ。これまでできていたアドバイスができないなんて、身体が認めない。だからいつも以上に奮起し、できるまで頑張ってしまう。
あぁ恐ろしい。リエルなんて、それを楽しんですらいるからな。
「で、俺は?」
「キャロ! 顔が変だぞ!」
解せない。
魔王が構ってくれないぞ。




