048
翌朝、喧噪で溢れかえる冒険者ギルド。
冒険者たちが集う町、アルムの都、その冒険者ギルドの朝は早い。無論、どんな時でも対応できるように、二十四時間開いているが、朝というだけで冒険者は集う。何故なら、そこに依頼が飛び交うからだ。
新たに貼り出される依頼を吟味し、自分の、或いは自分たちの実力と照らし合わせる。それも、できるだけ短時間で。冒険者同士が依頼票を同時に触って取り合いになるなんて、割とよく見かけるのだ。
俺は「またか」と思いながら掲示板の前が空くのを待とうと、近くの椅子に腰掛けようとした。瞬間、冒険者たちの視線が一気に俺に集まった。
「おう、殺っちまおうぜ」
「馬鹿、奴はダイヤモンドランクだぜ? 殺るなら夜、背後からだろう」
「ぶっ殺してやる……!」
『ディルア』
『なんだよ』
『何故やつらはこちらに殺気を向けているのだ。ダダ漏れもいいところだぞ』
『もし本気で疑問に思ってるなら魔王の称号なんて返上しちまえ』
『やはり昨夜の事が?』
『そりゃそうだろ。冒険者ギルドには情報が集まるんだ。勿論、それは依頼だけじゃない。贔屓にしている店の値引き交渉結果から、近所の野良猫の模様まで、ありとあらゆる情報だ。俺が独自で集めた情報で、最近のトップ3を教えてやろうか?』
『第三位が、食堂でその日キャロが座った椅子はどれか、というあのくだらない情報の事か』
『何で知ってるんだよ!?』
『その独自の情報集めの際、我はディルアの傍にいないと思ったのか?』
……そういえば俺、コイツずっと纏ってるんだった。
そう、キャロは怖くて近付けない。だから、去った後にキャロを感じたいという数少ない変態が、この冒険者ギルドにはいるのだ。しかも、その中には気弱な冒険者が多いとも聞く。ええい、面倒な……。
『じゃ、じゃあ二位もわかるだろう』
『クーの食事量……だったか』
『わかってるじゃないか』
クーに奢りたいオヤジ冒険者共が情報共有しているという噂だ。ある時、なんでもかんでも奢っていたら、クーが「もういらない」と不機嫌になったのが原因だ。理由は満腹だから。さすが人狼だよな。食べきれない食料を出されても食わない。そしてちゃんと不満を露わにする。
だからオヤジ共が結託して、「今日は誰が奢るか」とかの情報も飛びかっているそうだ。まぁ、パーティはこのおかげでクーの食費が浮いて助かっている訳だが。
『そして堂々の第一位っ』
『ティミーの居場所だったな』
もはや完全にストーカーレベルであるが、ティミーはアルムの都で大人気である。ひとたび歩けば冒険者どころか町中の男の目が動く。興味が好意に変わり、好きな相手の情報を知りたいのはわからんでもない。しかし、「ティミーがいつ、どこで、何をしているか」なんて情報は、本当に必要なのだろうか。
『ふむ、わからんな』
『これだけ言ってわからんか。まったく、鈍感さは魔王級だな』
『何ぃ? 人間のくだらん感性など我にわかってたまるかっ』
『だーかーらー、俺たちは、実力という冒険者の物差し以外でも、注目を浴びてるんだよ。俺以外のパーティメンバーは皆、美人揃いだ。それをお前の提案で、衆人環視の中、全員男の自室に誘ったんだ。それもマスターランカーのリエルもっ。納得できないが、何となくこの殺気に納得できちまう俺もいるんだよ!』
『あれ以外に方法があったと思うのか?』
日を改められたら一番よかったが、何しろ時間がなかったしな。サクセスの提案に乗るしかなかった。しかし、それによって伴う俺への精神的苦痛は、計り知れないものがある。
俺は、連日出している溜め息をまた吐き、この視線に耐えている。
まぁ、その圧も、これ以上になると思うと、なんかどうでもよくなってくるな。
「あふぁ~……ぁ? やぁ坊や」
手で口を押さえながら大欠伸して冒険者ギルドにやってきたリエル。俺に気付き、いつもの挨拶をしてから隣に座る。それだけでまた騒ぎだ。なんたって、昨日俺の部屋に来たリエルが俺の隣に座るんだから。
「やっぱり朝は苦手だよ。まぁ、昨晩は夜遅くまで騒いじまったからねぇ」
「おい、そ、その話はやめよう。な?」
「ぁん? 何でだい? 皆で盛り上がったじゃないか?」
やばい。冒険者たちの殺意が決壊しそうだ。
「朝までずっとだと!?」
朝とは言ってねぇよ。
「ディルアの野郎化物か!?」
お前は何を想像してるんだ。
「お、俺のティミーちゃんをっ!」
後でティミーに顔見知りか聞いてみるからな、お前。
「「おっはよー」」
と、その時やって来た我がパーティの三人娘。直後、俺に当てられていた殺気が一気に霧散し、温かい視線が三人に向けられる。いや、ティミーとクー二人に向けてか。キャロは集まる視線に食ってかかるからな。
しかし、そんな中でも物騒というか危ない声は聞こえてくる。
「おい、マークはあるか? どうぞ」
「いや、ティミーちゃんとキャロの首筋にはそれが観測できない。どうぞ」
「ま、まさか更に下だというのか……っ! どうぞ」
「っ! クーちゃんの頬にマーク発見……!」
「「っ!?」」
そりゃ蚊に刺された跡だ。
「あぁ、そうだ。これ、渡しとくよ」
「そうだったね、はい」
「よろしくー」
「ディルア、はい」
四人の冒険者カード。俺はそれを受け取り、ようやく空いてきたギルドの受付に向かう。未だに皆は四人の方にくぎ付けだ。できれば気付かないで欲しいものだが――、
「なっ!? プラチナランクのディルアのパーティに、マスターランカーのリエルが加入だって!?」
やはり、見ているやつは見ているのだ。俺たちの新しいパーティ申請現場を。一気に騒然となる冒険者たち。眼前ではギルド受付員すら目を丸くしている。昨日俺と臨時パーティを組んだ時も騒がれたが、今回はそれ以上だ。何故なら、それが俺のパーティだからだ。上位ランカーであるはずのリエルが、下位ランカーの俺をリーダーと認めた。たったそれだけで大騒ぎだ。そもそも、リエルはずっとソロパーティで動いていた。他人と組む事も稀なのだ。そんな上位ランカーが俺のパーティに入った。それは即ち臨時パーティではないという証明。これは、最早移籍と言っても過言じゃないだろう。
「こ、これは……っ」
ん? どうやらギルド受付員が冒険者カードを見て慌てているようだった。奥に入って行ったが、一体どうしたのだろう。俺は渡した冒険者カードが置かれた机を見やる。
あれ、どうしたんだ? ティミーの冒険者カードだけ持って行ったようだ。
「一体ナニが起こったんだ!?」
「ディルアのナニがそんなに!?」
「ナニでマスターランカーが陥落したのか!?」
背中から止めどない罵声に近い何かが聞こえる。が、振り返っては煽るだけだ。ここはじっと我慢。そうしよう。というかそれしかない。
少しすると、最初に受付をしていた女のギルド受付員ではなく、髭を生やした中年の男が机の前に腰を下ろした。そして、俺の前に一枚ずつ冒険者カードを並べ、言ったのだ。
「クー様がゴールドランク、キャロ様とティミー様がプラチナランクになっておられますので、規定を超えました。これより、ディルア様のパーティはダイヤモンドランクとさせて頂きます」
「「っ!?」」
今日は野次馬が驚いてばかりの日だ。
そうか、昨日キャロとクーだけで食事していたのは、おそらくティミーがソロで討伐依頼をこなしていたから。確かに、魔王の弓があればティミーもソロで十分やっていけるだろう。それによってティミーがキャロに追い付き、プラチナランクになったのか。
「まじかよ……」
そう、これはつまり――、
「これまでダイヤモンドランクパーティはリエルのソロパーティのみ。けどまともなパーティでダイヤモンドになったのは、ここ数百年なかったんじゃねぇか?」
俺たちのパーティは、アルムの都で唯一のダイヤモンドランクパーティとなったのだ。




