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【壱弐参】がけっぷち冒険者の魔王体験  作者: 壱弐参【N-Star】
第2部
47/76

047

「はぁ……」

 宿の自室の扉を閉じた俺は、深い溜め息を吐く。

「へぇ、ここが坊やの部屋かい。中々良い部屋を使ってるじゃないか?」

「もう、ディルアのせいでブーツ濡れちゃったじゃないっ」

「あ、この果物食べていい?」

「クーも食べるー!」

 リエルは部屋をキョロキョロと見渡し、ティミーは割ったジョッキの中身で汚したブーツを手拭いで拭き、キャロとクーは部屋の果物に手を付け始めた。

 結局、サクセスの言う通りにしたら、パーティメンバーからの誤解は解けたが、他の冒険者たちからは変態とかハーレム王とか納得いかない言葉で背中を叩かれた。

「英雄、色を好むってね。まさかお部屋にお呼ばれするとは思わなかったよ。あっはっはっはっは!」

 ギルドでは顔を赤らめいたリエルも、誤解が解けた後は引きずりつつも冗談を飛ばす。

それで(ほれへ)? ここにリエルを(ほほひひえふほ)呼んでどーするの(ひょんへほーふふお)?」

 バナナを頬張りながら聞いてくるキャロ。まったく、どっちがゴリラだよ。

「……クー、それ(、、)外していいぞ」

 俺はクーが被る頭巾(ずきん)を指差して言う。

 すると、ティミーとキャロ、そしてクーの顔がそれぞれ変わる。

 ティミーは、俺が言わんとしている事、そして俺からのリエルの信頼を確かめるように彼女を見る。

 そしてキャロはクーの前で、立ち塞がるようにしながら腰の剣に手を置いた。キャロはティミー程大人じゃないという事だろう。ていうかバナナ咥えたままだぞ、お前。

 そしてクーは、

「い、いいの?」

 困ったような顔を浮かべ、キョロキョロしながら頭巾を押さえた。

 そんな俺たちの行動に首を傾げるリエル。当然の反応だろう。

 俺は、保険のようにリエルの背中から、その肩に手を載せた。

「あぁ、いいぞ」

 一瞬、俺を見て更に怪訝な顔をしたリエルだったが、俺の視線を追って再びクーを見る。

「……うん」

 クーも覚悟ができたようで、頭巾に置いていた手から力を抜き、そのままするりと頭巾を引っ張った。

 露わになったクーの犬耳。

 瞬間、リエルの身体に緊張が走る。肩に手を載せているからわかる。身体は硬直し、しかし、すぐにほぐれ、膝の力が抜ける。

 漏れ出そうになった殺気、そして、リエルの利き手(右手)の行く先。それが腰にある剣の柄に向かおうとしている事は明白だった。

 だからこそティミーは、真摯な目をリエルに向け、その手を掴んだのだ。だからこそキャロは、予め剣の柄に触れ、クーの盾となる事を選んだのだ。だからこそ俺は、肩に載せた手に力を込めながらも、力では絶対に押さえる事のできない、マスターランカーであるリエルの動きを止めようと言ったのだ。

「リエルッ!」

 彼女の名を。

 その言葉で、ようやく緊張が解かれる。

 俺たちの意図、感情を汲み取ってくれたリエルは、殺気を霧散させたのだ。

「……っと、すまないね。ちょっと驚いただけさ。まさか人狼(ウェアウルフ)をこの目で見る事になるとは思わなかったものでね。あははは……」

 驚いただけ……勿論それだけではないのはわかる。

 リエルの肩は一瞬でそれだけ汗ばんでいた。つまり、それ程の緊張状態だったという事だ。

 正面ではキャロがへたりと座り込む。

「はぁ~、予め相談くらいあってもよかったんじゃない、ディルア?」

「悪いな。ついさっきサクセスに言われてな」

「サクセス?」

「ういしょっと……ほれ、出番だぞ」

 俺がそう言ってマントを脱ぐと、サクセス(マント)は宙に浮かびながら皺の顔を作った。

「これは驚いたね……」

「マスターランカーのリエルよ。我が名はサクセス。初代魔王だと言った方がわかりやすいかもしれないな」

 またも一瞬だけ、リエルの殺気が漏れるが、

「やめておけ、互いに益のない事だ」

 そんなサクセスの言葉だけでリエルの殺気は収まった。

 魔力を使った時のサクセスの迫力は訳が違う。マスターランカーですら黙らせてしまうのだから。

 観念したのか、リエルは後ろにあった椅子に腰掛け、両手を上げる。

「良い部屋だと思ったけど訂正するよ。とんでもない部屋だね、ここは……」

 肩を(すく)めて言ったリエルは、手を下ろして足を組んだ。動きにくくなる椅子に座り、足を組んだという事は、抵抗はしないという証。

「その豪気、称賛に値するぞ」

「それで、人狼(ウェアウルフ)に初代魔王。坊やは魔王軍の手先かなんかかい?」

 後ろにいた俺を、仰け反って仰ぐように見たリエルの目は、一切笑っていなかった。

 だからこそ俺は、その隣の椅子に腰掛けた。先程のキャロのように背もたれを前にして。

「それがな、話せば長くなるんだけど――――」

 それから俺は、俺たちは話した。

 俺とサクセスとの出逢いと、サクセスの過去。キャロ、ティミー、クーの意見を交えながら。

 リエルは頷き、顎先に手を当て、時には唸り、そして時には質問した。

「――――……な、る、ほ、ど、ね。初代魔王と共に、現魔王ヴィクセンを倒そうってのが坊やたちって訳だ。ダイヤモンドランカーの中で一番底力があると目を付けていたけど、まさかここまでとはね。想定外も想定外さっ。あっはっはっはっは!」

 ようやく組んだ足を崩したリエルは、そう言って豪快に笑った。

「それで、さっき止めたのかい。あれが魔王軍の転移装置だとサクセスが知ってたから」

「その通りだ」

 サクセスはそう言いながら俺の肩にマントを移動させた。

「そのリミット……ポータルっていうの? ディルアとリエルさんなら壊せないの?」

「無論壊せる」

 おぉ、サクセスのヤツ、俺に代わるかと思ったらまだ話すのか。まぁ俺の魔力が増えたから、長く喋れるんだろうな。

「だったら……って言えないから戻ってきたんだもんね。壊せない理由ってのは何?」

 キャロもそこは大人か。前だったら「壊せるなら壊せばいいじゃん」って言ってただろうな。

「ただの大きな魔法仕掛けだ。リミットポータルは、言ってしまえばキャロでも壊せる。だからこそ、そこにいる護衛は強力な者にしか任せられない」

「だからあの中に入る前にアタシを止めたんだね。という事は、リンダ村の冒険者を殺し、ゴブリンをけしかけたのも、リミットポータルの前でシュミッド率いるゴールドランクパーティが全滅したのも、その護衛の仕業って事か」

 リエルが言うと、ティミーは天井を見上げながら疑問を零した。

「でも、マスターランクとダイヤモンドランクの二人がいて、それでも引かなきゃいけない相手って誰? 知ってるの、サクセスさん?」

「リミットポータルをアルム地方に設置したという事は、旧魔王軍との決着がついたという事だ」

「旧魔王軍って事は、サクセス派の軍って事だよな? つまり、ようやく魔王軍が一つになった……」

 俺は記憶を呼び起こすように呟いた。すると、サクセスは珍しく覇気のない声を伴わせながら続けた。

「旧魔王軍には現魔王軍の最高戦力が当たっていたはずだ。おそらく、奴がリミットポータルの護衛だ」

「「「最高戦力?」」」

 ティミー、キャロ、クーが揃って聞く。

「マスターランクの上に存在する、レジェンドランクの男だ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。アルムの都でさえレジェンドランクの冒険者はいないのよ? 魔王軍に冒険者がいて、それがレジェンドランク? 言ってる意味がわからないわよっ」

 少し語気を強めたキャロの言葉。

「いや」

 しかし、俺には心当たりがあった。そうか、彼ならば――――。

 考え事にいつの間にか俯いてしまった顔を上げると、皆が俺の言葉の続きを待っていた。

「文字通り伝説の人だ」

 その言葉で、ティミーも、キャロも、クーも、今しがたサクセスの過去を聞いたリエルも気付く。

「勇者……」

「そう、彼が今……アルム地方にいるんだ」

「《ラルス》、それがおとぎ話で聞く勇者の名だったね」

 昔を懐かしむようにリエルが言った。これ程恐ろしい話をしているのに、どこか嬉しそうだな、この人。

 まぁ、誰もが知ってるようなおとぎ話だしな。勿論俺だって知ってる。当然、その話に魔王との戦闘のことは触れられていない。勇者が強くなり、仲間と共にここアルム地方に到着し、「旅はこれからだ」というところで物語は終わっているのだ。

 まぁ、その後はサクセスの話通り、ヴィクセンの奸計によって仲間は殺され、勇者ラルスは篭絡されてしまうんだけどな。

しかし、今思えば、操られてるとはいえ、数百年を生きられる勇者の身体ってのは凄いものだな。もしかしてヴィクセンに身体をいじられてしまっているのだろうか。そもそもそういった事ができるのだろうか。いや、相手は吸血鬼の女魔法士。そういった事は得意なイメージがある。ありえるな。

「勇者ラルスであれば、あの太刀筋は納得だね。正直アタシでもあんなに綺麗に斬れるかわからない」

「リエルの場合は切断しそうだな」って言いたいけど、ここは黙っておこう。

「ちょっとちょっと、それじゃあそのリミットポータルはどうするのよ? いざって時に、魔物が転送されてきちゃうんでしょっ?」

「そうだよね。既にリンダ村が襲われちゃってるって事は、準備も整ってるって事でしょう?」

 キャロとティミ―の疑問は(もっと)もだった。しかし、サクセスはこれを否定した。

「リンダ村を滅ぼすのであれば勇者一人で事足りる。しかし、あえてゴブリンを使ったのは何故か」

「う~……まもののしわざにしたかったってこと、ですか?」

 クーの言葉に、サクセスが反応する。

「左様。クーの言う通り、魔物の仕業にする事で勇者ラルスの存在を隠している。もっと言えば魔王軍の存在を隠しているのだ。つまりこれは――」

「――まだバレてはまずい? リミットポータル自体は見つかってるのに?」

「見つかっても構わぬのだ」

 俺は、ついにサクセスが壊れたのかと思った。

「言ってる事が滅茶苦茶じゃないか? それ一体どういう意味だよ、サクセス?」

「考えてもみろ。あのダンジョンを探索したのはゴールドランクパーティだ。それが失敗し全滅してしまった以上、冒険者ギルドが次に打つ手はなんだ?」

「そりゃあやっぱり、プラチナランクパーティ以上への探索依頼よね?」

 顎先に人差し指を当て、キャロが答える。

「では、もしその後プラチナランク、ダイヤモンドランクのパーティが全滅したとすれば?」

「そっかー! 誰も近づかなくなるわね!」

 ティミーが手をポンと打って理解する。

 そういう事か。時系列的に、勇者は最初にリンダ村を滅ぼした。これは、リミットポータルに村人を近寄らせないため。そして、ダンジョンだと思い、リミットポータルを探索に来た冒険者たちを全滅させれば、あそこら一帯は誰も近付けなくなる。先にリンダ村を襲ったのは、探索に来たパーティたちと勇者の戦闘を村人に見られないため。

「高ランク冒険者を潰しつつ時間を稼ぎ、人間界への侵入経路を確保する。ふん、いかにもヴィクセンの考えそうな事だ」

「という事は、ゴールドランクパーティの死体を発見したメタルランクのパーティが無事だったのは、そのパーティが全滅した事実を、アルムの都に知らせるためか。よく考えてるな」

「アルムの都の最大戦力であるリエルがあの時中に入っていれば、奴らの思い通りになっていたであろうな」

 皆が沈黙する。俺も口を結ぶ以外の反応ができなかった。あのリエルでさえそうだったのだから。

 だからこそ、最初に口を開いたのがクーだったのは自然だったのかもしれない。

「が、がんばって、ゆうしゃをたおそーう!」

 ぐっと両手を掲げたクー。これには、皆の目が点になった。

「くっ、はっはっはっはっは! まさかクーとはな! ディルア、お主がやらねば我はクーに付くぞ?」

 大笑いした後、サクセスは俺に乗り換え(、、、、)を宣言したのだ。

 別にサクセスが離れようが離れまいが俺に選択権はない。……選択権はないが、

「はんっ、クーが頑張るって言ってるのに俺が頑張らないのは、パーティリーダーとして問題だろう!」

「そうよ、私はやるわよ! なんたってパーティリーダーですからっ!」

「おいキャロ! いつお前がパーティリーダーになったんだよっ!?」

「ふふん、最初からよ!」

「もう、私がいないとすぐに喧嘩するんだから、二人は。こんなの放っておける訳ないじゃないっ」

 腰に手を添え、頬を膨らますティミー。

 元々魔王ヴィクセンをなんとかしようとしていたんだ。勇者ラルスが現れようと、その目標が変わる訳じゃない。寧ろ、ラルスと戦わないなど、最初からあり得ないのだ。いざ身近に感じ、少しだけ萎縮してしまっただけ。そう、俺たちは決意を新たにしたんだ。

「ぷっ、あっはっはっはっは! まさかこのアタシが一番気後れするとはねっ。いいじゃないか。初代魔王と行く勇者退治! 面白そうだからアタシも乗ったよ!」

「うぇ!? リエルもやるのっ!?」

 まさかまさかの意欲。情報を共有して、あわよくば一緒に戦ってくれる事を考えていた俺だったが、リエルの好奇心はそれを凌駕していたようだ。

「こんな面白い冒険者たちはいないさ。よろしく頼むよ、リーダー(、、、、)ッ!」

「ぐぉっ!?」

 リエルに背中をバシンと強打された俺は、一瞬息が止まりそうになる。そしてその重苦から解放されると反転してリエルに向く。

「パ、パーティにも入るのっ!?」

「何だい? アタシを満足させる自信がないのかい?」

 そういう事を聞いているのではないのだが、これだけキョトンとする無邪気そうなリエルに、何を言っても通じないような気がするのは……うん、振り返ってもティミーとキャロは仕方なさそうな顔してる。

「はぁ……それじゃあ冒険者ギルド行って申請するか」

 瞬間、ぱあっと明るい表情になったリエル。

「ティミーよ、よろしくね」

 最初にティミーが前に出て手を出す。

「キャロよ」

「クーだよー!」

 続き、キャロとクーが。

「あっはっはっはっは! 誰が呼んだか、豪力剣神のリエル。不束者(ふつつかもの)だけど、このパーティの末席に入らせてもらうよ! 宜しくね、皆!」

 リエルは他のパーティメンバーと固い握手をかわし、そして頭を撫でてまわした。

『くくくく……』

 いつの間にか黙りこくっていたどこかの初代魔王は、俺の脳内で小さな笑いを漏らしていた。

『何だよ、気持ち悪いな』

『ダイヤモンドランカー率いるプラチナランクパーティに、マスターランカーが加入するのだぞ? これ程おかしな事象もそうはあるまいっ。我が笑ってしまうのも自然と言えるのではないか、ディルア!?』

 言いたい事は確かにわかる。が、どこか馬鹿にされているようで納得したくない俺がいる。

『ふふ、ふふふふふ……』

 今度はちょっと色の違う笑い声だ。

 どこかで聞いた事がある……いや、まずいな。この笑い声は、俺の中にある嫌な記憶を呼び起こす。

『ふはははははは!! 面白くなってきたぞ、ディルア!! このパーティ、煮て食おうが焼いて食おうが我の自由!! そういう事だな!! ふははははははははっ!!』

 大変だ。大魔王様がお目覚めだ。

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