046
「うわ、本当にゴリ――じゃなかった、リエルさんと一緒だわ……」
冒険者ギルドに帰ったら、そこでクーと一緒に飲み食いしていたキャロが失礼な事を口走りそうになっていた。
ありゃ絶対「ゴリラ女」って言いそうだったな。まぁ、リエルならあの時俺の手を振り払おうと思えばできただろうし、力が強いのは認めるが、ゴリラはないと思うぞ?
リエルは、パーティで受けた掃除依頼を報告した後、俺の背中を叩いて食堂への着席を促した。一応まだパーティは組んでいるから、キャロとクーとは違うテーブル前に腰を下ろす。
あまり守る者がいる訳でもないが、組んだら一緒に飯を食い、寝るまでがパーティだと言う冒険者もいる。今回の場合、俺が「帰ったら話す」とも言っている。食事を共にするのは当然だ。
ところで、ティミーはいないのだろうか? 飲み物も、見たところ二つしかないが、別行動なのだろうか? そう考えると、面白い組み合わせだな。
キャロとクーは、椅子を反対向きに座り直して俺の方を向く。つまり、背もたれが正面にくるように座っている。クーは全身甲冑だからいいが、キャロの場合は太腿が露出し、かなり際どい感じになっている。なんてけしからん脚だ、まったく。
リエルはカウンターで飲み物を注文しており、できあがりを待っているようだ。
さて、この時間で聞いておかなくちゃな。
『サクセス、さっき言ってたリミットポータルってのはなんなんだよ?』
『人間にもあったであろう。ストロボ国のストロボの町に……』
『って、ストロボの大転移装置の事か?』
『左様。古代、神託を受けた賢者が作ったストロボの大転移装置。我もそれを真似して作ろうとした事があり、部下に研究を命じたのだ』
『魔王が神の真似……ね』
『ふん、当然それは神の知恵。そう簡単に真似できるものでもない。長年試行錯誤したが、結局、完成を見る事はなかった』
『おい、それがあるって事は……もしかしてそれを命じた部下って……』
『神の知恵に対抗するのだぞ。智将ヴィクセンをおいて他におらぬだろう』
『やっぱり……』
『完全なる模倣はできずとも、似せる事はできる。研究段階にあった大転移装置は、限定的な転移に焦点を移した。それがあのリミットポータルだ』
『限定的ってのはどういう意味だよ?』
『ごく短い距離。つまり、ストロボとアルム程離れていては魔力調整が難しく不可能だが、近距離であれば可能だという事がわかった。しかし、我が裏切られる直前、それは数十メートル程度の転移が可能という段階だった。まさかここまで研究を進めていたとはな……』
『ん? つ、つまりどういう事……だ?』
『わからぬか? あのリミットポータルがあった場所は東南の地。あそこは、直線距離で結べば魔界に近い人間界の土地だ。現に海沿いにあったであろう』
…………サクセスの余裕のない言葉。俺は、背中に嫌な汗を感じた。
「待たせたね。この時間は混んじゃって嫌なんだよね」
リエルが蜂蜜酒が入ったジョッキを二つ持ってやってきた。普段、この時間にはいないリエルが冒険者ギルドの食堂にいる。当然、皆の視線はこのテーブルに集まる。そう、視線が集まった時に俺は気付いたのだ。
『しまった』
『こんなところで話せる話題ではないぞ』
どこかの魔王様の言う通りだ。衆人環視の中、サクセスの事を話せる訳がないじゃないか。
どうやらサクセス自身はリエルにそれを話すのに抵抗はないようだが、さすがにここでは場所が悪い。
「さぁ、さっきの件。アタシにもわかるように説明してもらおうじゃないか」
既にリエルは聞く気満々である。しかし、たった今ここで話せないと結論が出たのだ。
ここを上手く切り抜ける方法はないだろうか。そう考えている内に、俺は焦って乾杯すらせず、蜂蜜酒を一気に空けてしまったのだ。
「だ、大丈夫かい? 悪いねぇ。真面目な話だもんね。アルコールはやめておこうか」
どうやら俺の一気飲みを違った意味で捉えたリエルは、蜂蜜酒のジョッキをテーブルの隅に置いた。
『ど、どうしよう?』
『部屋に呼べばよかろう』
『無理だろ! 周りの冒険者という冒険者が見てるんだぞ!? キャロとクーだって!』
『何がそんなに不都合なのだ?』
『おーし、わかってないようだから根本的な事を説明してやる! 男が女を部屋に誘うんだぞ!? いくら俺にそんな気がないにしたって、冒険者は噂に尾ヒレ、そして尾ヒレ、更には尾ヒレを付けて情報拡散するんだぞ!?』
『なるほど、話はわかった』
『おぉ、さすが魔王様だぜ!』
『ならば尾ヒレなど気にならなくなる程、派手に抱いてやればよいではないか?』
くそっ、さすが魔王様だぜ!
眼前で小首を傾げるマスターランカーは、ずっと俺の言葉を待っているようだ。
いや、しかし、でも、ここで話す訳にはいかないし、冒険者ギルドから二人で出て行っても似たような噂が絶対に立つし……こりゃ腹括るしかないか。
「……はぁ」
「ん? どうしたんだい、坊や?」
俺は覚悟を決めて深い溜め息を吐いた後、なるべく誤解のないように真面目に言った。
「リエル、俺の部屋で話そう」
直後、目を丸くしたリエルの真横でジョッキが割れた音が響く。
どこかで見た、派手なデザインの弓が脇に見えた。空色だ。
これは数日前に塗装した弓だ。間違いない。いい感じに魔力が取り巻いている。
頭では追いつかない俺の思考も、身体はわかっているようで、俺は時計の秒針のようにカチカチと首を上に向けた。
間違いであって欲しいと願いながらも、空色の髪をした女は俺の視界にばっちりと映った。
「や……やぁ、ティミー……」
俺の声に微動だにしなかったティミー。まるで時が止まっているような感覚だった。
何故なら、酒も飲んでいないのに眼前で頬を赤らめるリエル、周囲の冒険者、ギルドの従業員、背後で顔を歪めるキャロ。皆、微動だにせず固まっていたのだ。
「お~……?」
唯一、キャロの隣でその変顔を面白がっているクーだけが動いていた。
できれば、本当に時が止まっていて欲しかったが、そんな事ある訳がないのだ。そんな事は俺の脳内で失笑している魔王にだってできないのだ。
やばい、ティミーの目がまるでゴミか生ゴミでも見るかのようだ。魔物と対峙したってあんな目は向けないぞ? これは相当やばい状況なのではないだろうか?
『……くくくく……』
『おい! 助けろよ!』
『ま、待て……くく……くくくくっ』
『お前ぇ、今度覚えてろよ……?』
『はははは、いやすまぬ』
人間に謝る魔王がいるとは思わなかったが、今の俺はそれを気にしている場合ではないのだ。
『では助け船を出してやろう』
『はぁ、頼むよ』
『全員呼べ』
……これは、とんでもない噂が立つに違いない。




