045
翌日。
夜更かししたせいで昼過ぎまで寝てしまったが、何とか目を覚ました俺。
本日はパーティ行動がお休みな事もあり、女性陣は皆お出かけである。都合がいいのか悪いのか、予定が空いてるのは俺だけではなかった。
「やぁ坊や」
既に三回目のこの挨拶。昨晩、長く話し込んだ事もあり、もはや坊やと呼ばれる事には慣れた。
慣れはしたが、まさか臨時とはいえマスターランクのリエルとパーティを組むとは思わなかった。
当然、冒険者ギルド内はそれだけで騒然としたのだ。
「マスターランクのリエルとダイヤモンドランクのディルアがパーティを組んだ!?」
「マジかよ!? リエルってソロしかしないだろう!?」
「ただでさえ美女に囲まれててクソ羨ましいのに、更にリエルと!? 見境ねぇのかディルアは!」
「最低だな、ディルア!」
「見損なったぜ、ディルア! ティミーちゃんは俺がもらっちまうからな!」
「おい待てよ! ティミーちゃんは俺が前から狙ってたんだ! てめぇなんぞにやれるか!」
「お前はキャロでいいだろ!」
「絶対嫌だね!」
「クーちゃんの純情を弄んだのか貴様!」
「兜の中から時折覗かせるあのあどけない表情に、何人のファンがいると思ってるんだ、ディルア!」
と、散々な言われようである。
そんな冒険者たちもマスターランカーに喧嘩を売る気はないらしく、主に俺が標的となっている。
ダイヤモンドランクといえど、俺がシルバーランクの頃から知っている冒険者も多いし、仕方がない。……ないが、この言葉の袋叩きはないと思う。
ところで、キャロの人気の無さに哀れみすら感じるのは俺だけだろうか?
「人気なんだな、坊やは」
「いや、普段はこんな事はないんですけど、リエルさんがいるからこそだと思いますよ」
「あはははは。ま、パーティを組むんだ。リエルでいいよ。固いのは抜きでいいよ、坊や」
あ、坊やは変わらないんだ。
そこを突っ込むとややこしくなりそうだったので、俺はしぶしぶリエルに頷いた。
「やっぱり昨日の一件に関する依頼はないようだね」
「えぇ、何かクエスト受けていきます?」
俺がそう言うと、リエルは人差し指を俺の唇の前に立てて言ってきた。
「固いのは抜きだよ、坊や」
「あ? え、あぁ。わ、わかったよ、リエル」
むぅ、年上の女性には中々難しい言葉遣いだ。
『おいディルア。数百歳は年上の我と随分反応が違うようだが?』
『悪い。多分ヴィクセンには敬語になるかもしれん』
『我との差に対して抗議する!』
とかサクセスが騒いでるうちに、リエルは適当なダイヤモンドランクの掃除依頼を受けていた。勿論、目的の東南に近いものを選んでいる。
「さぁ、ちょっと遅いけど出発しようか!」
「よっし、行こう!」
アルムの都の東門から、東南に向かって走り始めた俺とリエル。
「ヘルメース!」
俺は、リエルと自分に速度上昇の風魔法を放つ。
「へぇ、坊やは風魔法が使えるのか」
「リエルは確か水魔法だったな。ソロやるならかなり重宝するだろう?」
「そうだね、緊急用を除いて、持ってくのが食料だけでいいのは助かるよ」
そんな他愛もない話をしながら南下していく俺たち。といっても、リエルは俺の速度に合わせてくれている。一人だったらもっと速いだろうしな。そんな事を考えていたらサクセスが気にしてくれたのか、
『案ずるな。マスターランクになればお主の方が速く動けるであろう』
最近俺の考えている事や不安な事までわかるのかと思うと、本当に悪魔的というか、魔王的というか。なんとも恐ろしい最重要パーティメンバーの一人だと思う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここだ」
「ここが……リンダ村跡」
「坊やはここに何かがあると見ているんだろう?」
「この短期間で東南方面での問題が二つ。あくまで用心のためですが、気になったので」
リンダ村は人間の手が引いて間もない事もあり、寂れた雰囲気こそないが、家屋は焼け、所々に抵抗したような跡が見られる。
「ゴブリンねぇ。ホブ、マスター、キング、メイジ、ロード、ジェネラルと色々いるけど、確かに群れを成せば大きな脅威だね……」
リンダ村を見渡しながら、リエルはぼそりと呟いた。当然、マスターランクのリエルがいれば、ゴブリンキングが現れようと所詮ランクAの魔物だ。そいつが群れを率いていようとも、俺と二人いれば良い獲物くらいの感覚だろう。だけど何か引っかかる。
『お主もそうか、ディルア』
『あぁ、お前もなのか、サクセス?』
『ふふふ、最近勘も冴えてきたではないか? 我の教育の賜物だな』
『はっ、脅威の間違いだろう』
『ぬかせ。しかしゴブリンが襲ったとしてもどこか気になる。何だ、この違和感は……』
それには俺も同じだった。この違和感。一体何だ?
「幸い、村人の大半はアルムの都に移住したらしいけど、復興は中々時間がかかりそうだねぇ」
リエルは頭を掻きながら困った顔を浮かべる。アルムの都近くの村……いや、待て。アルム地方の村だぞ? ……っ!
「そうか!」
「へ? どうしたんだい坊や?」
「ただのゴブリンならば冒険者じゃなくても、成人男性であれば対処できる」
「ん、まぁ一匹くらいなら、訳ないだろうね。けど、それがどうしたんだい?」
「問題はここがアルム地方って事だ。そして何より、アルム地方の冒険者は、村の警護依頼を受ける事がある。もし仮に受けていなくとも、アルムの都から応援が来ているはず」
「っ! という事は――」
『駐在所か!』
リエルと目が合い、そしてサクセスが言ったと同時に、俺たちは村の駐在所に向かって走った。
そう、アルムの都は冒険者たちの憧れの地。そのアルム地方に来た冒険者がそんなに弱い訳がない。このアルム地方ならではの特異性。しかし、それが当たり前過ぎて、誰も気付かなかった。
「ここか!」
俺たちは小屋のような駐在所に入り、倒れている冒険者の死体を調べた。
「メタルランカーみたいだ。背後からバッサリだね」
冒険者カードを見た後、リエルは背中の傷を見て怪訝そうな目をした。
「……見事な太刀筋だね。ロード、ジェネラルでもこう見事にいかないよ」
「じゃあキングが?」
俺の疑問にリエルは首を横に振った。
「いや、キングは剣を持たない。人間の真似をして手作りの王笏を持つはずだ」
確かに、この一年で狩った何体かのゴブリンキングは、王笏を持っていた。
「しかも……見てごらん?」
「……あっ、そうか。襲撃の起点がここからだ」
駐在所を出て見ると、そこを起点として村が襲われている事がわかった。
「真っ先に駐在所を狙い、あっさりとメタルランカーの背後をとり、そしてあの太刀筋。相当な知能を持ったゴブリン? アタシはそんなゴブリンなんて、聞いた事ないね」
「という事は、東南のダンジョン近くの冒険者を襲ったのと同じ魔物か、人間か――」
「『――魔族という事になるな』」
サクセスの言葉と被る。
やっぱりその可能性は捨てきれないよな。魔族にだって強力な戦士はいるだろうし。
「この十数年、目撃情報すらない魔族がやったって言うのかい、坊やは?」
「あくまで可能性の一つですよ。魔物にあの太刀筋は真似できない。真似できる程の人間がいたとしても、この時代、それを人間に向ける奴がいると考えるより、可能性は高いと思ったんです」
まぁ、十数年見かけない魔族の一人が、うちのパーティで前衛しているなんて言えないけどな。
リエルは顎先に手を添え、口を結んだ。俺がそれを見守っていると、ようやく口を開く。
「ダンジョンの方も見てみるとしようか」
俺は頷くとリンダ村跡を離れ、新しく見つかったとされるダンジョンへ足を向けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何だいこりゃ?」
リエルはダンジョンに着いて早々ぼやいた。
そりゃぼやきたくもなるよな。
俺は大地に刺さったようなダンジョンを見上げた。海沿いに立つソレは、巨大な岩のようで、しかし塔のような円錐状の縦長なダンジョンだった。
「前に来た時はこんなダンジョンなかったよ」
リエルがそう言うって事は、ここは人工的なダンジョン。
『やっぱり魔族が?』
サクセスに聞くが、返答はなかった。
『おい、聞いてるのか?』
『これは、リミットポータル……!』
聞き慣れない単語だった。しかし、サクセスがいつも以上に焦っていたのは、声を聞けば明白だった。
『お、おい、何だよ? リミットポータルってっ?』
『今すぐここから離れろ』
明らかに余裕のない声。だから俺は、中に入ろうとしているリエルの腕を掴んで止めた。俺の中で、それだけサクセスへの信頼があったと思うと、何とも嫌な気分になる。
「何だい、坊や? 入らないのかい?」
「……嫌な予感がする。一旦戻ろう」
リエルは目を丸くする。
確かに、周囲に魔物の気配はない。俺の説得力がない発言にそうなるのもわかる。
「あはは、何があるって言うんだいっ?」
腰に手を置き、リエルが笑い飛ばす。リエル程の実力者であれば、ダンジョンを見つければ入ってみたくなるのもわかる。それが冒険者ってものだ。しかも、国に一人しかいないマスターランク。その好奇心は、世界有数だと言えるだろう。それを、サクセスの言葉という説明できない根拠で止める事は容易ではない。
だからこそ、俺はリエルの腕を強く掴んだ。
「っ! 情熱的じゃないか、坊や……」
少しだけ顔を歪ませ、語気が強くなるリエル。だが、それを気にしている余裕はなかった。
「頼むよ、リーダー。それに、ルールを破っちゃいけないだろう?」
立場を利用した一言だった。臨時とはいえ、リエルはこのパーティのリーダー。パーティメンバーの進言を聞くのも仕事だ。そして、更に手に力を込めて言ったギルドの決まり。そう、ここは既に発見されたダンジョンだ。依頼を受けずに入るのは、ルール違反である。これにはさすがのリエルも渋い顔を浮かべる。
「……はぁ」
深い溜め息だった。子供が何かを諦めるような、そんな溜め息。
「いい男だとは思ったけど、その狡さは想定外だよ、坊や」
「……すまないとは思ってる」
「ま~ったく、こんな事なら強引にでもここの探索依頼を受けてくるんだったよ」
痒くもないであろう頭を掻きながら、リエルは不満を零す。
「まあ、引き止めた坊やの勘を信じるとするかね。でも、これからどうするんだい? ここを調べないと話は先に進まないんじゃないかい?」
「帰ったら話すよ。今はここを……」
俺は全てを言わなかったが、「俺の勘を信じる」と言った手前、リエルは鼻息をすんと吐いただけで踵を返した。その表情は、ちょっと不機嫌そうだった。
これまではリエルを快活な人だと思っていたけど、やっぱりこんな表情もするんだなと考えながら、俺もリエルの後ろに続いた。




