044
全員が魔王装備を持つパーティとはなんとおかしい事か。しかし、これは今後の活動にとって必要となるものだろう。
俺たちはアルムの都に戻り、水晶宮の掃除依頼の完了報告を済ませようと冒険者ギルドへ向かった。
「……何だ?」
「どうしたのディルア? あれ、何か騒がしいね?」
「皆、立ってるぞ?」
「どうしたのかしら?」
冒険者ギルドの扉を開けるなり、俺はその違和感を目にした。ティミーが肩口から覗き込み、クーは兜の額部分に手を当てて遠方を眺め、キャロはクーの横から顔を出す。
受付近くまで行くと、噂好きのラットというブロンズランクの男が俺に駆け寄ってきたのだ。
「ディルアさん、大変っすよ!」
顔立ちはいいが出っ歯のせいで残念さが滲み出る男、ラットは情報を誰より早く仕入れる才能がある。
「どうしたんだよ、ラット?」
「シュミッドのパーティはご存知でしょうっ?」
「そりゃな」
勿論知っている。プラチナランカーのシュミッド。ゴールドランクパーティのリーダーで、いつぞや合同クエストを受けた時に一緒になったやつだ。プライドが高い男で、仕事を選んでたからプラチナランクからは動いていなかったが、これだけ騒いでいるところをみると、ダイヤモンドランクに上がったのだろうか?
「そのシュミッドのパーティが……ぜ、全滅したらしいっす」
「っ、何だって!?」
『ほぉ……』
これにはサクセス以外皆が驚いた。当然だ。やはりプラチナランクまで上り詰める冒険者。何が危険でどうすれば安全かの判断はできる。それができなくては、このアルムの都でゴールドランクパーティを率いる事はできないからだ。
そのパーティが全滅。つまり、それだけ想定外の事が起こったのだろう。
「そうか、だからこれだけざわついてたのか」
「これからギルド内で、シュミッドのパーティが受けたパーティクエストの精査が行われるそうです」
「という事は、そのパーティクエストランクはプラチナ以上になる可能性が高いな」
「えぇ、そうなるとディルアさんのパーティが対象になりますからね」
「あぁ、情報ありがとな」
「いえいえ、ここの皆はもう知ってる事なのでお気になさらずっ」
そう言ってラットは前歯を光らせながら颯爽と次の冒険者に情報を回しに行った。
『ディルア』
『ん? なんだよ』
『このアルムの都でプラチナランク以上のパーティはいくつあったか?』
『んー……俺たち以外だと三つ、だな。この前会ったマスターランクのリエルはソロパーティでダイヤモンド、他二つのパーティは、ダイヤモンドランクのリーダーだ。他にはいないはずだぞ?』
『そうか……』
何か思うところがあったのか、ただの確認なのか、サクセスはただ相槌を打つように言った。
「でもおっかないわねー」
ギルドのテーブル前の椅子に腰掛けたキャロが、肘を突きながら言った。
「本当だなー」
俺はキャロに同意し、腰を下ろす。
「ディルア、報告はいいの?」
「どう見たって激混みだろ。それより飯にしちゃおうぜ」
「まぁ、そうね」
「うん、そうだね。何食べる、クー?」
「みーとぱい!」
最近ミートパイにハマってるクーのこの嬉しそうな笑顔に苦笑したティミー。因みに、俺もキャロも、ティミーも、皆日替わりの夕食をとる事にしている。たまのミートパイも美味いけどな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食事をとった後、パーティの皆は宿に向かった。
俺は、ギルドの中で酒をちびちびと飲んでいた。あまり接点のなかった冒険者でも、やはり死んだと聞くと寝つきが悪い。食事の時は明るく振る舞ったが、それはティミーの事を想ってだ。かつてのパーティリーダーのケンの死から立ち直ったように見えて、その実、それがわかるのは本人だけだと思う。だから、周りの死についての話は結構デリケートな問題だと思っている。
口には出さないが、おそらくキャロもわかっているだろう。
そんな事を考えながら、夜が深くなっていく。
更に時間が経ち、ぼーっと酔いを楽しんでいると、正面にエールの入ったジョッキが二つ、ごつんと置かれた。先にあった細腕を辿るように見上げると、そこには先日衝撃的な挨拶をしてきた女冒険者が立っていたのだ。
「リ、リエルさんっ?」
「やぁ坊や」
「ど、どうしたんですか、こんな夜中にっ?」
見れば、周りはリエルを見てざわつき始めて――いない?
「アタシはよくこの時間に飲んでるのさ」
なるほど。この時間帯であればリエルは常連なのか。だから皆見慣れてるんだな。
「それで、珍しく坊やがこの時間にいるもんだから嬉しくなっちゃってねっ」
にかりと笑ったリエルは、エールを俺に向かって突き出した。
「いいんですか?」
「後輩には奢る。冒険者の鉄則さね。あっはっはっは!」
豪快に笑う人だ。俺はエールを受け取り、リエルが持つジョッキにかつんと当てる。
その後、いくつかのつまみを注文したリエルは、ほんのりと赤くなった顔をこちらに向けた。
「もしかして、お酒弱いんです?」
「そっ、だから最初の一杯だけさ。メインはこっちっ」
蒸かし芋を指差し、ニコニコとフォークをとったリエルは、ちょびちょびと食べ始めた。
「坊やはどうしてこんな時間に?」
この「坊や」っていうのはどうにかならないのだろうか。そこまで歳は離れていないはずだが?
いや、もしかして冒険者の経験の差から言われているのだろうか。そうだったらちょっとショックだな。
「今日の事件の事、聞きましたか?」
「あぁ、シュミッドとかいうプラチナランカー率いるパーティが全滅したって話かい?」
「えぇ」
「ラットのヤツから聞いたよ」
おかしい、何故俺は坊やで、ブロンズランクのラットが名前で呼ばれるのだろうか。
「どうやら、東南の方で見つかった新しいダンジョン探索の最中だったそうだね」
「そんなに難しいダンジョンだったんですかね?」
「そんな事はないはずだよ。なんたって全滅したパーティを見つけたのはメタルランクのパーティだったし」
「だったし、って事は、そのパーティに会ったんですか?」
「ラットに聞いた流れでね。そのメタルランクのパーティに聞いてみたんだよ」
運ばれてきたハンバーグを豪快に頬張るリエル。先程から次々とつまみという名のメイン料理が運ばれてくるが、もしかしてこれを全部食べる気か、この人? というか、クーみたく幸せそうな顔するな。
なるほど、声は低いものの顔立ちはいいからな。黙ってれば可愛い人だ。
まぁ、うちのパーティにも若干一名いるけどな。キャロって名前の残念な女が。
「それじゃあ詳しい話を聞けたって事ですか?」
「あぁそうさ。斬り口が見事だったらしい」
「斬り口……という事は、武器を扱う魔物って事か……」
「或いは、人間の仕業って事だね」
リエルはフォークを俺に向けて言った。
そうか、武器を扱う魔物だけが敵じゃない。人間の中にも恐ろしい悪人は存在する。だが疑問が残るな? そのダンジョンを根城にしている奴が相手だとしたら、メタルランクのパーティが見つけた時襲われなかったのは何故だ? たまたまその時いなかっただけ? 発見されなかっただけなのか? それ以上に、ゴールドランクパーティを圧倒できる存在とは……?
『……ゴブリン』
それまで沈黙を貫いていたサクセスが言った。
『いや、さすがにゴブリンにプラチナランカーは倒せないだろう』
『そうではない。ディルアが先日読んでいた新聞に、載っていただろう』
『え? あぁ、ゴブリンの群れによって村が滅ぼされたってやつか。何か関係あるのか?』
『断言はできない。しかし、ダンジョンの場所は東南。その滅ぼされた村の場所は……さて、どこにあったか』
『そうか、東南!』
『……おい』
俺はその発見に反応し、その場でガタンと立ち上がってしまったのだ。
当然、正面には、目を丸くさせ、鶏肉をぱくりと食べるマスターランカーのリエル。
「どうかしたのかい、坊や?」
「あ、いや、その、ですね。ハハハハ……」
「その目は――何か気付いた様子だね。何だったら付き合おうか?」
え、マスターランカーと一緒に原因究明ですか?




