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「わっ、わわっ? 何これ? おもしろーい!」
キャロは走る前に魔力を足に集中させたのだろう。ぶかぶかだった靴は、キャロの足のサイズとピッタリ合うように縮小していった。なんと、デザインも今まで履いてたブーツと同じになったのだ。
『それだけ今のブーツが気に入ってたのだろう。シンプルが一番だというのに……ふんっ』
そうは言うが魔王様よ。あの魔王の弓のデザインは本当にシンプルなのか? そう思い、俺はティミーの持つ魔王の弓を見る。
そんな意図が伝わる訳もなく、俺の視線に気付いたティミーはにこやかに手を小さく振った。可愛い。
『さぁ、久しぶりに見せてもらおう。我が靴の性能をっ』
キャロが駆け始める。そしてしばらくすると、キャロの魔力に反応してか、靴の側面が発光したのだ。
「うおっ!?」
「嘘っ!」
「か、かっこいいぃ!」
ティミーが口を塞ぎ、クーがそう言ったのも無理はないだろう。靴を履いた当人であるキャロなんて、言葉すら失っているのだから。
「なるほどな。正に魔王の靴だ」
俺は、キャロを見上げながら呟いた。
『ハルピュイア《ケライノー》をの力を奪い、それを封じた靴だ。膨大な魔力を持つ我には必要なかったが、魔力の弱い人間には合うだろう』
「……す、凄い」
ようやく口を開いたキャロだったが、その口数は少ない。キャロは、パーティ一の高身長であるクーの頭程の高さで浮いたまま止まっているのだ。
空飛ぶ靴か。こんな靴を持ってるパーティは、世界中探しても俺たちだけだろう。その感動をいち早く味わっているのが、あのお調子者のキャロとは、面白い事もあったもんだ。
空中で足を動かし、何度か足踏みするキャロ。その調整に戸惑っているのは顔を見ればわかる。しかし、しばらくすると、キャロはいつもの調子に戻って、鼻高々に言った。
「ふーん、なるほどね。魔力を込めてる時は宙に引っかかるようになって、その上下で反発力が変わるのね。完全に抜けば……っと」
そう言いながら、キャロはストンと地面に着地した。
『ふん、雷魔法を操るだけに、魔力操作は上手いものだな』
ふーん、そういうものなのか。確かに雷魔法は魔力操作が繊細なイメージはある。
「素敵じゃない。気に入ったわっ!」
ようやく魔王の靴を受け入れたキャロの笑顔は、なんとも現金なものだった。
「『便利なだけに魔力の残量には気を付けろ』ってさ」
「うんうん。わかってるって!」
サムズアップして犬歯を見せるキャロ。それに群がるように、ティミーとクーが近付く。
「ねぇねぇキャロ、私にもやらせて!」
「クーも! クーも!」
「なはははは、慌てない慌てない。もうちょっと練習したら貸してあげるから」
手の平をぴっぴと払いながら、二人をあしらうキャロ。空を飛ぶ……というか歩ける靴だもんな。そりゃみんなこんな反応になるか。俺だってキャロの下に行って、「早く早く!」とせがみたいものだ……が、それをやると、コイツが可哀想だからやめておく。
『わ、我の靴なのにまるでキャロの手柄のように言われるのは納得がいかん! おいディルア! 何とか言ってやれ! もっと我に感謝しろとキャロに言ってやるのだ!』
それは後で言うとして、まず言うべきはこちらなのだろう。それは、このスリングショットとマントに一番長くお世話になっている俺がよくわかっている。
『ありがとうな』
『……わ、我に言うのではない! キャ、キャロに言うのだ! 感謝しろと! そうではない! そうではないぞ、ディルア! おい、聞いているのかっ!?』
その後、キャロ、ティミー、クーの三人から聞いた事もないような黄色く甘い声でお礼を言われたサクセスは『ふふふふ』と喜んでいたが、余りお礼を言われる事に慣れていないのか、度重なる感謝の言葉に許容範囲を越えて、俺に『そ、そろそろ止めさせるのだっ!』と、困っていた。なんて扱い辛く、扱い易い魔王なのだろうか。




