042
水晶宮のダンジョンに潜り始めて数時間。
俺たちはダンジョンから湧いた魔物との戦闘に追われていた。
自然発生的なダンジョンではなく、魔王軍が作ったダンジョンは、その土地の魔力を吸い、ダンジョン自体が魔物を生み出すのだ。
水晶宮にはサクセスのおもちゃが置いてある。つまり、水晶宮は魔王軍が作ったダンジョンなのだ。
定期的に冒険者が魔物を討伐しなければ、アルムの都に被害が及んでしまう。勿論、それが完全にできれば苦労はしないのだが、どうしてもダンジョンから魔物が溢れ、アルム地方に拡がってしまう。
そういう魔物を、ブロンズランクからゴールドランクの冒険者が討伐しているんだ。
勿論、この水晶宮のダンジョン以外にも潜れるダンジョンはある。それこそブロンズランクでも潜れるようなダンジョンもな。昨日の夜に見た新聞に載ってたゴブリンの群れも、低ランクのダンジョンから溢れたものだろう。
「クー! いけるか!?」
「だいじょーぶっ! ぬん!」
「キャロ、魔法を控えつつ援護!」
「おっけーい!」
「ティミー、左を頼む!」
「ファイアランス!」
クーが前衛で魔物の進行を押さえ、キャロがあぶれた魔物を対処。そしてティミーが脇から進もうとする魔物を狙い、俺が反対側を担う。ランクBの魔物くらいならば、このパーティは安定して狩れるだろう。しかし、それで満足していては先は望めない。それだけ、俺たちの目標は高く険しい。
「それで? 潜って大分経つけど、まだなの? もう討伐依頼は消化しちゃったわよ?」
「『この先の突き当たりに一ヶ所ある』って言ってるな」
「ほんとにぃ~? アンタが言うとどうも嘘くさく感じるわね」
「『それには同意見だ』って言って――っておい!」
「あはははは! やっぱりディルアはディルアって事よねーっ!」
いつぞやの仕返しとばかりにキャロが俺を指差して笑う。まったく、最近はサクセスも人間味を帯びてきた気がする。こんな魔王いたら嫌だけどな。いや、まぁ面白いとは思うが……。
「大変だディルアー!」
「っ! どうしたクー!?」
「ほら! ティミーの指! ささくれ!」
「お、おう……」
目を細めてティミーの指に向けてじっと見つめるクー。すると、ティミーは恥ずかしそうに手を隠す。
「か、帰ったらお手入れするからいいのよ、クー! ディ、ディルアは見ないでー!」
はて、そんなに恥ずかしいものなのだろうか。結構できちゃうものだよな。ささくれ。
「もう、いいからいいからっ」
ティミーは、手をぴっぴと払って、俺の視線を追い返す。まぁ、恥ずかしいものならそんなに見つめちゃ失礼か。そんな事を考えながら視線を戻すと、キャロが呆れた様子で俺を見ていた。おかしい。今、溜め息も吐いたぞ?
「だめだこりゃ」
ついにそんな声まで聞こえたので、俺はキャロを問いただそうとした。しかし、サクセスがそれをさせなかった。マントは急にブレーキをかけ、俺の進行をガクンと止めたのだ。
『おい、痛ぇよ! 止まる時は言えっていつも言ってるだろうっ!』
『ここだ』
サクセスが言っていたであろう突き当たりは、確かに正面。あとは右に行く道しかない。しかし、サクセスは壁側。そう、左側にマントを向けて言ったのだ。
「ここなの?」
キャロが膝に手を突いて覗き込む。じとっと見つめるも、キャロは首を傾げるばかりだ。
「水晶がちょっと濁ってるくらいで、別に何か入ってる気配なんてないわよ?」
「そうだね。硬くて掘れそうもないかなー?」
「お~」
三者三様に違った感想を述べる。
俺は、このスリングショットを手に入れた時のことを思い出す。
しかし、今回はあの時みたいにマントを羽織らせるような碑は存在しない。
『どうするんだよ?』
『壁に触れるだけでいい。成長したディルアの魔力を媒介にすれば、問題なく開けるだろう』
『なるほど』
俺はサクセスの言葉に倣い、壁に手を置く。
すると、サクセスはあの時と同じように言ったのだ。封印を解くであろう呪文を。
『さぁ、主の帰還だぞ……マーゴケラッヒ!』
一瞬、風のような魔力が靡いた後、濁った水晶は乾いた音を発した。
「うお、割れるぞっ」
やがて水晶は縦に大きな亀裂を生み、そして巨大な岩が割れるようにその身を崩した。
割れた水晶の先にあったもの、それは。
「弓……だな」
俺は黒く禍々しく、そして仰々しくも見える弓を手に取った。
『……これ、本当におもちゃなのか?』
そう言ってしまうのは、仕方ないのだろう。
それだけ細工も凝っていたし、先に言った通り禍々しかったのだ。
『我が狩りに使っていた弓だ。闇龍ディザスタードラゴンの骨と、ディルアが持っているスリングショットのゴム素材と同じ、ハデスパイダーが吐く糸を凝縮加工した弦を使っている。どちらもランクSSの魔物から取り出した素材だ。まぁ、我にとっては玩具も同義だがな』
魔王を守るための魔物の素材を使ってるだけに、サクセスの鬼畜さが露見するところだな。もしかしたら天寿を全うした魔物の素材なのかもしれない。ハデスパイダーに関しては糸を吐いてもらうだけだしな。
うん、きっとそうだ。そう思う事にしよう。
『当然、魔弾も使える。ティミーが使えば矢の経費が浮くであろう?』
『おぉ! それは凄い!』
「ほい、ティミー」
俺はそう言ってティミーに弓を渡そうとした。
しかし、ティミーはドン引きしたような顔をして、
「えー…………」
とだけ零した。
『っ!?』
これにはサクセスも驚いたようで、
『な、何だ!? 何がいけないのだディルア!? 我の! 魔王の弓だぞ!? ティミーのあの声は、まるで使いたくないようではないかっ?』
と、珍しくティミーに憤慨しているご様子。
「いや、まぁ……ティミー?」
「うー?」
「サクセスの厚意だからさ。使ってやってくれよ……な?」
「う、うん……」
困った顔を浮かべながら、ティミーは魔王の弓を受け取った。
それを持つ手は、どこか腫れものに触れるようである。
『ディルア! 一体ティミーは何が不満だと言うのかっ!』
『いや、いつもキャロに鈍感とか言われてる俺でもわかるぞ、普通』
『貴様たち人間の感性でいう普通が、我にわかると思っているのかっ!』
大分ご立腹な元魔王サクセス様。俺は掻く必要のない頭を掻きながら、できるだけわかりやすく教えてやった。
『どう考えてもデザインだろ』
直後、脳内でサクセスの喚き声が少しだけ聞こえたが、俺はマントを脱ぐ事でそれを回避した。
「塗装とかどうだ?」という俺の提案にティミーは感動し、感涙した。あんな漆黒の弓をこんな可愛い子が扱うなんて、そりゃ浮きまくるだろう。そんな俺の提案をキャロと一緒に喜んだティミーは、何色にしようかとずっと話していた。
『……くっ、我が弓を着色するだと? 解せぬ。これだから人間の感性はおかしいのだ』
『魔王の感性も大概だと思うぞ?』
『我が三日三晩寝ずに考えた色とデザインだぞ……! くっ!』
「人間界に侵攻しろよ」と思ってしまうあたり、俺はサクセスの魔王という存在に、染まってしまっているのかもしれない。
結局その日はそのアーティファクト一つだけで、アルムの都に戻った。
帰路、魔王の弓で試し打ちをするティミーがその性能に驚いていた。外部から魔素を集めて魔弾にするだけで、ミスリルの矢と大差ない威力なのだ。喜んでしまうのも無理はない。勿論、魔力を込めて撃ったりもしていた。ティミーはおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいでいた。しかし、塗装はするそうだ。どうやら確定事項らしい。
冒険者ギルドに魔物討伐報告をしたところで、キャロのランクがプラチナになった。身の丈以上の跳躍を見せて喜んだキャロを囲い、少し豪勢な夕食を食べた。
「はっはっはっは! 次は私の武器よっ!」
葡萄ジュースがたっぷり入ったジョッキを片手に、キャロが叫ぶ。
サクセスの話だと、次はどうやらクーの装備らしい。
残念だったな。キャロ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌々日。
掃除討伐を受けた俺たちは、サクセスの第二のおもちゃを取りに、また水晶宮にやってきたのだ。何故一日空いたのか。それはティミーが行った魔王の弓の塗装と、その乾燥に当てる時間が必要だったからだ。弓は、結局ティミーの髪の色と同じで空色に染められた。
サクセスは非常に嘆き、悲しんでいた。しかし、俺が『お前、今、色なんて関係ないだろう』と、視覚情報のないサクセスに向かって言ったら、『ふっ、そういえばそうであったな』とかぬかしてきた。少しむかついたので、風呂に入り、マントを沈めてしまったが、神はきっと許してくれるだろう。
「お~。おっき~……」
『おい、また黒いぞ』
『魔王の所有物だぞ? 黒くしないでどうしろと言うのだっ』
どうやらティミーの塗装に関して相当おかんむりのようだ。
クーは自分が持つ大剣以上のド派手な黒剣を持ち、鏡のように映る剣の側面を覗き込む。
二つ目のアーティファクトを見つけたはいいが、やはりこのデザインはどうにかならないのだろうか。
まぁクーは魔族なだけあってデザインに文句はなさそうだが、今のキャロの顔からして、次は怖いような気がする。
『それで、これは一体どういったアーティファクトなんだ? ただ切れ味が鋭いってだけじゃないんだろう?』
『その通りだが?』
魔王のおもちゃに対しての誤解が消えてきたと思ってたんだが、やっぱりそう簡単にはいかないものだな。
『……え?』
『ほぉ、魔界一の刀匠が、神の鉱石と呼ばれるオリハルコンを叩き仕上げた逸品に対して、お主はそれ以上を求めると言うのか?』
『神の鉱石を使う魔王がいたとは驚きだよ』
『神が作ったものは我の物よ』
『正に魔王の考え方だな』
しかし、オリハルコンか。まさか伝説上の鉱石まで出てくるとは、さすが魔王のパーティだな。
『案ずるな。刃先を魔素が自然と覆うようにできている。刃こぼれは愚か、傷一つつかぬわ』
本当にそうだろうか。だったらオリハルコンで防具を作った方がいいと思うんだが、それを言ったら怒られそうだ。やめておくか。
「つ、次こそは私のよねっ?」
先程、顔を暗くしていたキャロだったが、何とか自分の不服を追い払ったようだ。不安を覚える一方で、少なからず期待もあるのだろう。サクセスの話じゃ、ここから近い場所に最後のアーティファクトがあるようで、今日中に回収できるとの事だ。
「それじゃクー。そのミスリルの大剣、預かるよ」
「うん、ありがとっ」
鼻息を荒くしながらクーが言った。どうやら早く新しい剣を振るってみたいようだ。
「ボックス」
中級闇魔法を得て覚えたボックス。闇の渦が俺の前に現れると、俺はその中にミスリルの大剣をしまう。
長距離移動をする際、この魔法は非常に有用である。自分でしか開けないが、簡易的な倉庫を持ち歩けるというのは有難い。
それにこれは、俺のオリジナル魔法だ。そもそも、魔王であるサクセスは、敏腕かつ辣腕ではあったものの、基本的に遠出はしない。まぁ、趣味でこうしたおもちゃを封印していたみたいだけどな。
『そういえば、何でこんなに色んな場所におもちゃをしまってたんだ?』
『人間界に侵攻した際、有能な配下が困った時に手を差し伸べてやるのも主の仕事であろう?』
『……ん? ちょっと何言ってるかよくわからんのだが?』
『配下が人間共に追い込まれ、ピンチとなった時、この場所を教えてやる事で、強くなれるではないかっ?』
『いや、それだったら最初から与えてやれよ』
『何を言う。最初から与えては、武具の性能に胡坐をかき、本来の力を出せぬではないか』
なるほど。つまり、精一杯頑張っても無理だったら助けてやるのが魔王の仕事って言いたいんだな、サクセスは。普通の仕事だったらいいけど、生死が付きまとう仕事でそれをやられると、いざって時はこないまま死んでしまいそうで嫌なものだな。と言っても、魔王軍には伝わらないだろうけどな。
「ディルア、これすごい! すごいぞ!」
語彙が足りなくても、クーは感情豊かだから言いたい事はわかる。魔物を柔らかくなったバターのようにスパスパ斬れるんだもんな。そりゃクルクル回っちゃったりもするもんだ。
クーがこれを持つ事で、俺たちの財布事情は大分救われる。前衛だけあって、クーのミスリルの大剣と、全身甲冑の維持費が一番高かったのだ。全身甲冑自体の替えこそないが、武器が刃こぼれせず、これだけの切れ味を見せるならば、それだけ全身甲冑の損傷も少なく済む。
勿論、それはティミーの持つ魔王の弓も一緒だ。だからキャロもデザインこそ不安視しているものの、あれだけそわそわしているのだろう。
『ここか?』
『そうだ』
『それで? ここには何があるんだよ?』
『言ってしまってはつまらぬであろう?』
確かにその通りなのだが、先程からキャロがマントを掴んで「ねぇ私のはー?」とせっついてくるんだ。聞きたくもなるだろう。しっかし、キャロもこういう時は現金だよな。目をキラキラさせて、おかしを欲しがる子供のようだ。これが毎日続けば、俺とサクセスの苦労も少なくて済むんだけど……まぁ、それは無理だな。
『キャロ様のお眼鏡にかなうといいけどな』
『いいからさっさと壁に手を当てるのだ』
『わかったよ。ほれ』
『主の帰還だ……マーゴケラッヒ!』
昨日の魔王の弓の時のように、そして先程の魔王の大剣の時のように、壁から乾いた音が聞こえ、そして割れる。プラチナランクやマスターランクの冒険者が何度も訪れているダンジョンで、これまで発見されていなかったのは、やっぱりこの封印が凄かったおかげもあるんだろうな。
「え、これは……?」
「何々? ちょっと見せなさいよ?」
キャロが頭をグリグリとさせ、俺の脇から覗き込んできた。
「靴……だな」
「えー! 何!? 私だけ武器じゃないのー!?」
他人から与えられる物で、よくそれだけ不満を吐露できるな、この娘は。
だが、キャロがそう零してしまうのもわかる。いや、俺は絶対に言わないけど。
あぁ、でもスリングショットの封印を解いた時は不満しかなかったな。まぁ、あれは仕方ない。サクセスの事をまだ魔王だと認識してなかったからな。うん、そういう事にしておこう。
キャロが持った黒いブーツ状の靴は、どこかの町の靴販売店でも普通に売っていそうなものだった。サイズもキャロには合っていないだろう。
「えー……私これー?」
仮称魔王の靴を抱きかかえるキャロは、困った顔をしながら靴の中の臭いを嗅いでいる。確かに魔王の足が臭うかどうかは気になるが、サクセスを前にやる度胸はさすがだと思う。
『サクセスさん。ご説明を』
『履けばわかる……が、ここで履いてもあまり体感できぬであろう。まずは一度外に出るといい』
その説明をまんまキャロにするも、やはり疑念が残っているようだ。まったく、図太い性格だな、相変らず。
ダンジョンの外に出たキャロは、サクセスの説明を受けた俺の言う通り、一度履いているブーツを脱いだ。
露わになる大腿部がいい感じに太陽光を反射させ、おじさんとしてはとても満足である。
「ちょっと、その目やめてよね」
「ディ~ルア~?」
キャロからのゴミを見るような視線と、ぷんすかと怒りながらじとっとした視線を送るティミー。幸い、俺はパーティリーダーだ。どちらの視線も寛大に受け取ろうと思う。
「お~?」
勿論、フルフェイスの兜から覗かせるクーのあどけない視線も。
「うぇ~、これでいいの?」
舌を出しながら靴を履くキャロ。確かに、人の靴を履くのは少々抵抗があるのだろう。アイツは言わないが、なんだかんだで育ちは良さそうだしな。まぁ、平民の俺でも嫌だけどな。
「いいか、『足に魔力を集めるイメージで走ってみろ』って話だ」
訝しみながらも、キャロは頷く。
直後、俺たちは思いもよらない光景を目にした。




