041
「へぇ、凄いな。さすが水晶宮って呼ばれるだけはある。水晶の中にある光石がダンジョン内を照らしてる。サクセスの言った通り、光石松明は必要なかったな」
「けど、本当にこんなところにまだお宝が眠ってるの? いくらプラチナランク以上しか入れないダンジョンっていっても、発見されて大分経ってるって聞くけど?」
「魔王様の言葉、クーは信じるよ」
「あはは……クー? ちょっと物騒だからやめようね?」
焦るようにクーを止めるティミー。
そう、アルムの都に着いてからしばらくした後、俺はサクセスの素性をパーティメンバーに教えたのだ。
クーは魔族である人狼なので「おー、やっぱり」と納得するくらいだった。
しかし、キャロとティミーは人間である。状況を理解させるには相当な時間を要した。
最初にティミーに話したのは正解だった。ヴィクセンの奸計、勇者の動向を説明し、自分なりに咀嚼して呑み込んでくれたのだ。それでいてパーティに居続けてくれたのは、本当にありがたい。
だからキャロに説明する時は、ティミーに協力してもらったのだ。真面目な話ができる環境というは中々できないものだ。女子三人が同じ部屋にいる中、ティミーはそんな空気を作ってくれた。最初話した時、キャロは目を点にしていたが、徐々に状況を呑み込み、震えながら「面白いわっ」と言った。豪胆なのは知っていたが、さすがにアレは違うと言い切れるだろう。冷汗とか凄かったし。
という訳で、「打倒ヴィクセン! 勇者救出!」というのが、現在のパーティの最終目標である。ここまで受け入れてくれるパーティメンバーには感謝しかない。
さて、先程のキャロの疑問は至極尤もなのだが、サクセスも反応があると言ってたし、そのうち見つかるだろう。
そう思っていた矢先だった。
「む、誰か来る……!」
鼻をヒクつかせて言ったクー。
クーの嗅覚は、他のパーティにはない重要な索敵スキルだ。それに慣れてはいけないのだが、頼ってしまっている部分も否めない。だからこそ、こういったクーの言葉には信頼が生まれ、俺たちはすぐに臨戦態勢をとる事ができる。
しかし待て。今、クーは「誰か来る」と言った。つまりそれは「何か来る」という訳ではないのだ。魔物が近付く時、クーはいつも「何か来る」とか「何かいる」と言うのだ。ならば、今回はちょっと違うのだろう。
「人間……?」
「そうだと思う」
勿論、対象が人間でも油断はできない。ダンジョンに潜る人間が、全て善人という訳じゃないからだ。そしてここはプラチナランク以上が潜れるダンジョン、水晶宮。警戒しない方がおかしい。
しばらく待っていると、足音が聞こえてきた。俺でも知覚できるという事は、そろそろ向こうも俺たちに気付くはずだが、警戒して足音が止まる気配もない。
「嘘でしょ? こんなところに一人?」
そう、キャロが言うように、聞こえるのは一人だけの足音。
『強いな』
サクセスがそう零すのは珍しい。俺がダイヤモンドランクに上がって初めて聞いたかもしれない。こう言う時のサクセスは、俺の実力を目安に考えている。つまり、相手は一人だけなのに、俺たち以上の存在という事になる。
緊張が高まり、武器を持つ手に力が入る。
「止まって」
弓を構え、語気を強めたティミー。すると足音はピタリと止まる。
「へぇ、見た事ある顔だね」
『女の声?』
『気を抜くなよ、ディルア』
一瞬、脳裏に魔王ヴィクセンが過ったが、俺は奴と面識がない。それに低い声でわかり辛かったが、この女の声からは、好意こそ感じられなかったが敵意も感じられなかった。
「やぁ坊や」
瞬間、俺の目の前に大剣を担いだ女が現れた。
「っ! くぉっ!?」
俺は咄嗟に跳び退き、距離をとる。
「うーん、やっぱり反応できたのは坊やだけか」
顎を撫でながら女が言った。
そう、他の三人は女の出現に気付けなかった。俺の反応を見て気付いただけだ。
しかし納得だ。向こうが俺を知っていた事には驚いたが、まさかこんなところでお目に掛かれるとは光栄だ。
キャロ、クー、ティミーが囲んで牽制している女は、特徴的な赤髪のドレッドヘアを後頭部で束ねて揺らし、手甲と脛当て以外は軽く薄い、しかし丈夫なもの。ワインレッドを基調とした衣を纏い、ただただ俺を見つめるその視線は、強く鋭い。
アルムの都で、彼女を知らない人間など、はたしているのだろうか。そう思う程の存在感。だからこそ、キャロもティミーもすぐに敵意を消したんだ。
「「あ、アナタは……!?」」
「なんだいなんだい? この水晶宮がまた狭くなっちまうね」
褐色の額をこてんと押さえ、困った表情を浮かべる女。そうか、彼女はここの常連。広いといっても水晶宮に入る事ができる冒険者は少ない。しかし、数組でもパーティがいれば、それはちょっとした困り事になってしまう。
「初めまして……ですよね」
「そうかい? アタシはアンタの成長を楽しく見させてもらってるけどね」
「ははは、それは気付きませんでした。リエルさん」
アルムの都にいる唯一無二の冒険者。マスターランクのリエル。
凄かったな今の。冒険者同士の挨拶にしちゃ地味だったが、接近をほとんど知覚できなかった。勿論、能力向上スキルを発動していたら対応もできたかもしれないが、それは相手も同じ。まぁ、どこかの魔王様は反応してたけどな。
『アルムの都にいる唯一のマスターランク冒険者――確か、二つ名は――』
『豪力剣神リエルだよ』
『確かにその名に恥じぬ凄まじい動きだった。勇将ゴディアスに迫るものがあったな』
なるほど、リエルクラスの人間がゴディアスに近いのか。考えるだけなら簡単だけど、いざ目の前でその動きを見ちゃうと自信無くすよなぁ……。
「先に行くなら気を付けなよ。そろそろ魔物を生み出す時間だ」
「ご忠告ありがとうございます。リエルさんはお帰りになるんですか?」
俺がそう聞くと、リエルは目を丸くした。
「アタシ? 昨日の夜からずっとだからさ。お腹空いちゃって……はは」
恥ずかしそうにお腹を押さえる姿はとても可愛らしいのだが『たった一人で昨晩から水晶宮で動き回る女』という但し書きが付くと、可愛いという単語が霞んでしまうから不思議だ。
「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。今度一緒に飯でも食べようじゃないか」
「そうですね。是非ご一緒させて頂きます」
「あっはっはっは! それじゃあ、またねーっ!」
豪快に手を振りながら俺たちが来た道を歩いて行ったリエル。その存在感と性格に、周りの皆は終始圧倒されていたのだろう。しばらくこちらの世界に戻ってこなかったくらいだ。
「化物よ化物。何あの動きっ? 本気だったら私たち今頃皆あの世よ!」
キャロの言う通りだ。確かに、俺もサクセスがいなかったら絶対に会いたくない存在だ。
まぁ、性格があんなだからもう大丈夫だとは思うけどな。
「あの人……強い」
クーが自分の大剣の柄を強く握りながら言う。どうやら似たタイプなだけに、対抗心を燃やしているのだろう。リエルの場合、あの速度も異常なんだけどな。
「けど、このダンジョンを一人歩きって、本当に凄いね。私憧れちゃうなー」
かわってティミーは、リエルに対して単純な尊敬を述べた。各々強烈な存在を前に思う所があるようだな。俺も、今後あのレベルを目指さなくてはいけないと思うと、かなり憂鬱だ。
『そろそろか……』
とか言ってたどこかのサクセス君の言葉は、本当に魔王っぽくて怖かった。だから反応もしなかった。
後々、反応して欲しかったんだろうな、と考えると、たまにサクセスを可愛く感じてしまうのは、気のせいだろうか。うん、ないな。




