038
キャロ、ティミー、クーの三人による遊撃攪乱攻撃が再び始まり、俺は負傷したエンシェントドラゴンの正面で魔力を集中させていた。
『ふっ、これ程の魔力があるならば、この前のように倒れる事はないだろう』
深淵の血塊は魔力全てを打ち出す極意。それに対し、今回のサクセスの言葉からは魔力を全て使わないと聞き取れる。って事はやっぱり違う極意って事か!
『決して読み違えるなよ、ディルア? 闇に呑まれたく無ければな……!』
恐ろしい事をさらって言ってくれるよな、まったく。
『いくぞ!』
「おうっ!」
『中有に蔓延る死者の慟哭』
「中有に蔓延る死者の慟哭」
『その恐怖、その後悔、その怒り、我が前に顕現せよ……』
「その恐怖、その後悔、その怒り、我が前に顕現せよ……」
『負の力と魔が合わさりし時、解き放たれるは地獄の嘆き!』
「負の力と魔が合わさりし時、解き放たれるは地獄の嘆き!」
『「負魔の鉄槌っ!!」』
瞬間、俺が持つスリングショットの前に現れた横長の円柱。
闇色に染まり、まるで巨大な魔物の蹄のような魔弾がエンシェントドラゴンに向かっていく。
速度も十分!
「いけぇえええええええええええええええええええええええええええええっっ!!」
「…………ガッ……!?」
エンシェントドラゴンの瞳が、強烈な衝撃により、ぐりんと上を向く。
「た、倒れるぞっ! 皆、離れろ!」
ぐらりと何度か揺れた後、マウントジンの山頂に巨大な身体が大きく音を立てて倒れる。
地響きが鳴りやみ、エンシェントドラゴンがピクリともしなくなった時、ようやく俺たちの緊張が解けた。
「倒した……? 倒したの? ランクAの魔物をっ!?」
「本当に倒せちゃった……」
「お~~~~~……」
三者三様に驚き、そして、
「ぃやったぁああああああああ! やったよティミー! クー!」
キャロはそう叫びながら二人に飛びついて行った。
「あははは、痛いよキャロっ。ふふふふ」
「お~? おぉ~? お~!」
勢いでクーの首回りをぐりんぐりんと回るキャロ。人間相手にそれやったら首を痛めるだろうな。
クーの強靭な肉体だから出来るんだろうに……。まぁ、クーも楽しそうだからいいか。
「ディルアー! 勝った! 勝ったよぉーっ!」
そう言いながら、今度は俺の方へ飛びつこうとしてくるキャロ。を、当然かわす俺。
「ぐへぇっ?」
凄い、顔から岩に突っ込んでいったぞ? 面白い趣味だな?
「いちちちちち……! ちょっと! 何で避けるのよっ?」
「武器をしまったら抱きつかれてやる」
「だっ、抱きつく訳ないでしょうっ! ただ喜びを分かち合おうって思っただけよ!」
つまり抱きつこうとしてたんだよな?
まぁキャロも頑張ってたし、少しくらいは褒めてやるか。
「おーしよしよし。頑張ったなキャロー」
先日出来なかったからな。頭を撫でて褒めてやろう。
「うぅ……ちょ、ちょっとやめなさいよ!」
頭をぶんぶんと振り払うキャロだが、俺はその動きに合わせて撫でる事をやめなかった。
「ず、ずるいわよ!」
「ふっ、こずるいと言って欲しいものだな!」
顔を真っ赤にして怒るキャロを、俺は精一杯からかった。直後、背中からゴツイ何かに抱きつかれた。
それがクーだとわかったのは、正面に回ってきたクーが兜を外していたからだ。まぁ、抱きつかれた重さからクーだとはわかっていたが……全身甲冑って本当に重いんだな。
そして隣でそっと手を取ってくれたティミー。それはそれは物凄く嬉しそうな笑みである。
「やったね! やったねディルア!」
「………………あぁ!」
胸に過る熱い何かが、心が震わせた。キャロの喜びと、クーの喜びと、ティミーの喜びが、俺を支えてくれているのだと、改めて実感した。このパーティで…………本当によかった。
「グルルル…………」
「っ? ま、まだ生きてるわよっ?」
そう叫んだキャロ。
「当たり前だ、死んだら困るのは俺たちなんだからな」
「ちょ、それってどういう事よっ?」
「これなーんだ?」
俺はエンシェントドラゴンの翼を指差してキャロに聞いた。
「つ、翼に決まってるじゃないっ」
「翼があると何が出来るんだよ?」
「と、飛べるにきまってるじゃない!」
馬鹿にされてると思ってるのか、キャロの顔はぷんぷんである。まぁそれがまた可愛いのが反則だ。
「飛ぶとジョシューを経由しないでアルム地方に行けると思わないかね、キャロ君?」
「なっ? 正気!?」
それについては俺も同感だ。流石にティミーもクーも驚いてらっしゃる。
さぁ、どうするのかねサクセス君?
『ディルア、こやつの顔まで連れて行くのだ』
サクセスに言われるがまま、俺は倒れるエンシェントドラゴンの鼻先まで歩いて行った。
『我が身体の一部を、この者に……』
何だろう? 一瞬サクセスの言葉が何かを懐かしんでいるよな……?
俺はマントの端をエンシェントドラゴンの鼻の頭に当てた。
『目覚めよ……目覚めるのだ…………ハーディン』
なるほどな。やっぱり知り合いだったのか。
『ぐぅ…………この声は…………っ?』
エンシェントドラゴンの目が開き、黄金の瞳を覗かせる。身体の傷から動けないようだ。
しかし、流石にこれだけの至近距離で見ると恐ろしいものがあるな。
『久しぶりだな、ハ―ディン。約五百年ぶり……というところか?』
『こ、この声は……! 我が主! 魔王サクセス様っ!?』
『左様。こうでもせねば話せなかった故、少々動きを封じさせてもらった。許せ』
あれ? この前みたいに魔力を使って話せば…………あぁ、そうか。
肉声で話すとサクセスが魔王だって皆にバレちゃうからか。なるほどな。
『こ、この者たちは人間ですぞ!? まさか囚われているのではっ!?』
一瞬でハ―ディンの視線が鋭くなる。そんな目で見るなよ……違うんだから。
『よい、今は我の話を聞け』
『は、はぁ…………』
それからサクセスは過去を振り返りながらハ―ディンに話をした。ヴィクセンの裏切り、勇者の動向、そして俺との出会い。
掻い摘んで説明しつつも、ハ―ディンは事の重大さを理解していたようだ。
『かしこまりました、我が主。つまり、この者たちをアルム地方まで連れて行けばよいという事ですね?』
『左様。ほれディルア、回復だ』
『へいへい』
『貴様、主に向かって何という口のききかただっ!』
『よい、我とディルアは対等な関係である』
『なっ? ま、まさか既にそれ程高位にいらっしゃる方だとは存じ上げず申し訳ありませんでしたっ!』
おかしい、俺との出会いもサクセスは話したはずなんだが?
ん? 「既に――」って事は、出会いの後に出世したと思われたって事か。納得納得。
「ティミー、話はついた。回復魔法だ」
「あ、え、うんっ!」
こうして、俺とティミーの回復魔法で、エンシェントドラゴンのハ―ディンは翼の傷を治した。
『我の地位はディルア以外には伏せている。それを忘れるでないぞ』
『かしこまりました』
『どうやらハ―ディンは、ヴィクセンの息にかかっていない数少ない魔王の仲間って事らしいが……あってるか?』
『仲間などと……我が身はそんな地位にありませぬ、ディルア様』
……え? じゃあ一体何なのだろう?
『ハ―ディンは我のペットだ』
『うぇ? ……はははは、流石魔王、スケールが違うや』
ランクAのエンシェントドラゴンがペットか。流石にもうサクセスが元魔王だと信じない訳じゃないが、こういった驚きはしばらく尽きないのかもしれないな。
「ニンゲン…………乗る」
「おぉ、少しは話せるのか!」
「す……凄い!」
キャロは羨望とも見える眼差しでハ―ディンを見上げた。
「本当に……ディルアとの冒険は楽しいわねっ」
あの約束、俺は守れているのだろうか? ティミーのこの幸せそうな笑顔がいつまでも続けば……俺も満足だ。
「高い! 高ーい!」
ゴディアスの墓までは遠いかもしれないが、クーも大事なパーティメンバーだ。必ず、皆守ってみせる!
『さぁ行くぞディルア……! 目指すはアルム地方だ!』
「……っ! おうっ!」
ハ―ディンの背から生える翼が大きく羽ばたくと、マウントジンの山頂に立つ木々を揺らす。
「グルァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
大気を震わす巨大な咆哮は、一流の冒険者が集うアルム地方へと向けられていた。
「行っけぇええええええええええええっ!!」
元魔王サクセスの、目的成就のため。
そして、俺たちパーティの大冒険のために……。




