036
「「………………」」
流石のキャロも言葉を失っている。
あ、頭抱えた。口開いた。耳でも塞いでおくか。
「何でなのよぉおおおおおおおっ!? 差が縮まってないじゃないっ!!」
冒険者ギルド中に響いたキャロの大声。いや、最早奇声と言っていいかもしれない。
「んきぃいいいいいいいいいいいっっ!!」
物凄く悔しそうだ。あんなに歯茎を見せる女の子は初めて見たかもしれない。目とか血走ってる。
何でキャロは美少女なんだろう?
「凄い……凄いよディルア……!」
まだ驚きを呑み込めていないティミーだったが、それもそのはずだ。
俺だってまだ呑み込めていないからだ。
『ふむ、何とか間に合ったな』
『間に合うとは思ってなかったぞ……』
『我はやると決めたからにはやる男だ。だがディルア、シルバーランクになったからといって、それに満足するでないぞ?』
『そ、そりゃあ勿論わかってるけど、流石に順当とは思えないからな……ははは』
クーは字が読めないから状況を理解していないようだが、キャロはずっと頭を抱えてるな。ティミーがあやすように慰めているが、このレベルでキャロが爆発するのは珍しいから流石に手綱を握れていないな。
が、あれは中々回復しそうにないな。俺とティミーの回復魔法を使ったとしても回復しないだろう。
ならば、やる事はただ一つ。
「ま、まぁとりあえず今日の午後は休みって事で。明日は早朝からマウントジンに向かうから、しっかり休んどいてくれよっ。じゃっ!」
逃走だ。
俺は冒険者ギルド内に宿を取り、そして椅子に腰掛けた。
いつもならばベッドにダイブしているところだが、今日はそこまで動いていないからなのか、新しい常時スキルの無心臓のおかげか、身体はすこぶる快調だった。
『大体何だよこの無心臓ってのは字が違うだろ、字が。無尽蔵でいいじゃねぇか!』
『底無しの体力から格上げされたからな』
『冷静なご指摘ありがとうございますぅ! つーか、俺をマグマの海に落としたのにはこんな理由があったのかよ! これ! 炎耐性S!』
『おや? 言っていなかったか?』
『ありませんけどぉ?』
『くくくく、良い冒険だったではないか?』
こいつめ! だが、サクセスの防御力があるからこその冒険か。冒険出来るというのはそういうメリットを利用するという事も出来るってのがわかった。おそらくサクセスもその確認がしたかったのだろう。
『ったく、お前みたいなのを小賢しいっていうんじゃないのか?』
『賢しいと言い直してもらおうか?』
『そう思ったら言ってやるよ』
『そう遠くない内にそうなるであろう』
皮肉り合いはその後しばらく続き、夜七時に寝るという良い子もビックリな睡眠によって、俺は早朝目が覚めた。
早目の朝食をと、ギルドの酒場へ行くと、どうやら俺より早く起きていた仲間がいたようだ。
「あら、おはようディルア」
ティミーの笑顔は、俺を心から幸せにしてくれる。
「あら、おはようディルア……!」
背後から聞こえるキャロ声。その顔が渋面である事は間違いないだろう。
「おはようディルアー!」
渋面さんの後ろから聞こえるクーの声。なるほど、クーの声は俺に元気をくれる。
うーん、欠点はある気もするが、悪くないパーティ…………だよな?
「おはよう皆。それにしても皆早起きだなぁ」
「うふふふ、それだけディルアとの冒険を楽しみにしてたって事でしょうっ」
嬉しそうに言ったティミーの言葉に、俺は顔が熱くなるのを感じた。完全に顔が火照ってるな、コレ。
恥ずかしさを隠すように俺は皆に背を向け、先に食べるはずの朝食を後回しにして、ギルド員がいる受付でパーティ申請を行った。
顔の火照りが消え、ようやく心が落ち着いた頃合を見計らって、皆が待つテーブルへ行く。
「ほら、さっさと食べるわよっ!」
「……へ?」
皆既に食べ始めていると思ったが、料理はただ並べられているだけだった。それも四人分。
キャロの言葉をちゃんと呑み込めなかった俺。顔の火照りこそ消えたが、今度は目頭が熱くなった。
涙を堪えるような食事は、もしかしたら初めてかもしれない。
『ここがマウントジンだ』
なだらかだが、見上げる程の高い山。千五百メートル程はあるだろうか。
さて、少々危険が伴う山登りだ。そう思い、俺は皆の方へ振り返った。
「準備はいいか?」
「もっちろんよ!」
「新パーティの新たな旅路ねっ♪」
「大きい山だなー!」
キャロ、ティミー、クーのそれぞれの言葉は、俺の身体の中に高揚感をもたらしたような気がした。
「おし! 行くぞ!」
「「おぉーっ!」」
そんな気合いと共に入山した俺は、早々に新たなパーティの異常性に気付いた。
「ぬんっ!」
ゴーレムの一撃を身体で受け止めるクー。
「ホブゴブリンとゴブリンの違いって何なのかサッパリだわ!」
軽口を叩きながら、ランクCの魔物、ホブゴブリンを背後から斬り倒すキャロ。
「ファイヤーボール! ふっ!」
目くらましに火魔法を使い、矢で数匹のヘルバウンドの頭を穿つティミー。
『ほぉ、ディルアの出番などいらぬではないか?』
『ほ、ほんとだな。何でこんな状況に……?』
『キャロは元々剣の才がない訳ではない。あの性格が邪魔してディルアが直視出来なかったのはわかる。しかし、ディルアという強者。つまりキャロの対抗者がいるならば、その努力は剣に向けられる。クーは言わずものがなゴディアスの娘。我の右腕だった者の娘なのだ。人狼の天性の才も相まって順当な実力と言えよう。そして忘れたのかディルアよ? ティミーは我が初期からその才を買っていたという事を。そんな三人が集まったのだ。皆アルムに行く素質は十分にあったのだ。どうやらパーティを分けた事で素質がより開花したのかもしれないな』
サクセスの言葉をうんうんと納得しながら聞いてた俺の前に、ランクCのデスバウンドが走って向かって来た。ヘルバウンドの亜種と言われている中々厄介な魔物だ。どうやらクーが取りこぼしたようだ。
「危ないディルア!」
「ん?」
「ガルァッ?」
キャロの声のタイミングと同じくして、辺りにデスバウンドの悲鳴が響く。
「あぁ、大丈夫だ。安心してくれ」
剣を鞘に納めると、デスバウントの身体が半分に割れた。
「「…………」」
あれ? ティミーとキャロがまた言葉を失っているようにも見えるが、気のせいだろうか?
「動きが……」
「見えなかった……」
「あーそういう事か。何だかんだでサクセスのヤツに扱かれたからな。これくらいなら訳ないさ」
「ちょ、ちょっと! その武器っ?」
くっ、流石キャロは目がいいな。もうバレちゃったか。
「や、やっぱりミスリルソード! ア、アンタ一体どこで何やって来たのよっ?」
ミスリルソードの話だけかと思いきや、まさかパーティを一度離れた後の話をする事になるとは思わなかった。
「はぁああっ? ストロボ、ラウド、ジョシューまで行ったぁああああっ? ジョシュー火山にも行って、その後またラウド? 金貨百五十枚のミスリルソードぉ? 街道を避けてまたストロボぉおおお?」
キャロは、肺に溜まった酸素を全て使い切っても足りないくらいの声を出して驚いた。驚異の肺活量だな。
「金貨百五十枚って……アンタ一人でどれだけの依頼をしたっていうのよ……」
「いや、まだ結構残ってるって! そんなに無駄遣いしてないから! あんまり怒るなよ?」
「んっ!」
何だろうこの手は?
「パーティのお金なんでしょうっ。残金見るくらいの権利はあるわねぇ?」
恐喝されてるような気分だが、キャロの言ってる事も尤もだ。
「ほ、ほらっ……」
「………………二百枚はあるわね」
キャロは盗賊の類か何かだろうか? 一瞬覗き込んだだけで大体の金額がわかるとは……。
「アンタ…………この一週間でどんだけの依頼をこなしたのよ?」
どうやら驚きを通り越してまったようだな、キャロのヤツ。
「五十件くらいじゃないか? あ、いや、もう少しやったかも? 六十とかそこらへんだ……多分」
「嘘…………」
「嘘じゃねぇって! 多分……」
「な、何でアンタが不安になってるのよ! 嘘じゃないならもっと胸張りなさいよ! 馬鹿!」
何て理不尽な怒りだろう。
「で、でもそれだけ頑張ったって事だよね。うんうん。ディルア偉いっ」
驚きから回復したティミーは、昨日のお返しとばかりに俺の頭を撫でてくれた。
なるほど、キャロが小悪魔ならティミーは聖母だ。クーはあの無邪気さを見るに天使ってところだろうか? ふむふむ、面白いパーティである事には間違いないな。
そんな馬鹿な事を考えながら財布をしまうと、いつの間にか頂上付近まで来ていた。そして次の瞬間、サクセスの向きが前後逆になった。
『おい! いきなり向きを変えるんじゃねぇ! 首が擦り切れるかと思ったぞ!』
『ふむ、久しぶりの感覚だな。……この魔力は』
『あぁ? 何言ってるんだ?』
『戦闘準備をしておけ、ディルア。アルム地方へ行く手段が近くにいる……』
サクセスがまた何か怖い事を言い始めた。
しかし、サクセスが間違いを言った事はない。ここは用心して――――
「――――ガルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ??」
全員の耳に届いたのは、巨大な咆哮。
一瞬でクーが竦み、ティミーとキャロが腰を落とした。
直後、俺の視線を横切る巨大な身体。赤く、そして黒く、黄金の瞳の中にある殺意。
なるほど……これが手段、ね。
「「エンシェントドラゴンッッ??」」
虫でも見るかのような視線と共に現れた、ランクAの魔物。




