035
「金貨百五十枚……か」
『悪くない買い物だったではないか。そのミスリルソードならばアルム地方の魔物とも渡り合えるだろう。それに、キャロと同じ手甲も付いてその金額ならば、実質ミスリルソードの価格は金貨百三十六枚だ。これからアルムに行くのでなければ、本当にあの店を贔屓にしてもよかったかもしれぬな』
サクセスが人を褒めるのはケンやティミーに続き三人目かもしれない。しかも武具店。人として懐の広い店主だったな、確かに。
その後、俺はストロボの町へ向けての魔物討伐依頼を三件受け、朝にはストロボの町に着く事が出来た。
やはりミスリルソードの切れ味は格別だった。ランクD程の魔物が、軽く振っただけでバターのように切れた時は感動ものだった。手甲の重さにも慣れ、装備だけ見れば俺は一人前の冒険者とも言えた。
まぁ、経験はまだまだなんだけどな。
さて、明日にはティミー、キャロ、クーと合流だ。たった一週間だったけど、これだけ会わないと寂しくもなるなぁ。
しかし、ストロボの町か……。流石ストロボの首都だけあって栄えてはいるが、早朝だからか余り人通りが多くないな。何でも数多くの貴族が住んでいるって話だ。国民としては、仕事はあるが住みにくいのかもしれないな。まぁ、俺たち冒険者は関係ないっちゃ関係ないか。
『どうやら大転移装置は町の中央区にあるみたいだな。こんな朝から開いてるのかな?』
『冒険者が使うのならば開いているとは思う。が、もし開いてなければ、先に冒険者ギルドで討伐をしていればいい話だ』
相変わらずスパルタだな。昨日から寝てないってのに、宿に泊まるって選択肢はないらしい。
町の中央区まで行き、見つけた大転移場。何とそこには冒険者ギルドが併設されていた。この前来た時は全然気付かなかったぞ?
いや、まぁあの時は疲れてたし、仕方ないか。
『ふむ? もしかして冒険者ギルドが運営に関わっているのかもしれぬな。だとしたら冒険者が転移に際して優遇される理由もわかる』
『そうだな。国が関わってるとなると、もっとあくどい事に使われそうだしな』
冒険者ギルドに入ると、受付には常勤のギルド員が当たり前のように座っていた。
国は違ってもこういう所は流石に変わらないよな、やっぱり。この前は少し依頼を受けただけだが、諸所国の違いがあるのも目立つな。椅子の造りから、階段の造り、ちょっとした文化の違いを楽しめるな。
「いかがされました?」
「大転移装置を……」
「あぁ、大転移装置をご利用の方ですね。それでしたらこちらにご記入を――――」
「――――あぁ、使いたい訳じゃないんです」
「はぁ?」
まぁ、このパターンは中々ないだろうからな。そんな顔は想定済みだ。
「その……見学って出来ないですか?」
「あぁ……そういう事でしたか。それでしたらご案内させて頂きますね」
どうやらご納得頂けたみたいだ。
俺は小柄な女性ギルド員に連れられるまま、隣の大転移場へと移動した。
巨大な扉から入ると、そこは重々しい空気を感じる青白い空間だった。星空の下というよりかは地底の奥底……そんな印象を強く受けた。
「私は戻りますので、存分に見学なさってください」
「い、いいんですか? 真ん中に乗ったりしたら作動しちゃったりしないんです?」
「問題ございません。こちらの操作により作動するものなので」
「あぁ、そうなんですか。ありがとうございます」
ギルド員はちょこんとお辞儀をした後、小走りに受付の方へ戻って行った。
ふむ、ああいうパーティメンバーも欲しいかもしれないな。こう、マスコット的な……。
『これ、鼻の下を伸ばしている場合ではない。さっさと中央まで向かうのだ』
『ったく、わーったよ。魔王様っ』
『わかればよいのだ』
装置は八本の石柱で囲まれた儀式場のようなもの。巨大な魔法陣のような彫刻が地面に掘られ、そこから青白い光がぽつぽつと溢れ出ている。神秘的……というのが正しいかもしれないが、やはり重々しい空気は感じる。他の冒険者もそうなのだろうか?
『やはり……』
サクセスがそんな空気に似つかわしい事を呟いた。
『やっぱりヴィクセンが何か仕掛けているのか?』
『ヴィクセンという確証はないが…………冒険者の情報を読み取れるような仕掛けが施されているな』
『それが一体何の役に立つってんだ?』
『簡単に言ってしまえば、世界侵攻の際の戦力分配……というところか。アルム地方へ渡った冒険者の数、こちらへ来た冒険者の数がわかればある程度の部隊編成は簡単だ。小賢しいが、中々悪くない手よ……』
『そ、それじゃあ早くこれをギルドに伝えないと!』
と、俺が駆け始めた時、サクセスは俺の動きに全く合わせてくれなかった。
「――ぐぇ? ぐぉおおおおおおっ! かっは……おい、何してくれてんだ!? 首がもげるところだったぞ!?」
固定された紐に首からぶつかっていったような衝撃だ。まじで死ぬかと思ったぞ。
『まぁ待て。今、冒険者ギルドに報告したとして、この細工を読み取れる者はこの国にはおらん。かなり巧妙な細工だからな。証明出来ない以上、ディルアの言葉は全て妄言として片付けられてしまうだろう。そして、仮に解除したところで…………我々の存在がヴィクセンに知られる可能性が高くなる。こんなところでパーティを失う危険を冒してもよいのか?』
『ぐ…………流石に言い返せないっ』
『実際、危惧していた通りだったのだ。今は大人しくマウントジンに向かうのが正解だろう。我とて、この段階で存在を明るみにしたくはないからな』
サクセスの言葉はその通りなのだが、こうも毎回言う通りにしていると、自主性がなくなっているような気もしなくはない。まぁ、だからといってそれ以外の行動があるかと言われれば「ない」の一言に尽きる。
アルム地方に行ったら、サクセスに言われるだけじゃなく、俺が出来る事も探してみるか。
現状は強くなって安定したパーティを作らなくちゃいけないから、満足ではあるからな。
俺はサクセスとの話を終えると、小柄なギルド員に礼を言いつつその場で受けられる仕事を探してもらった。最初、ギルド員は俺がメタルランクという事に驚いていた。アルム地方に行く冒険者は高くてもブロンズランクというのが普通だそうだ。アルム地方から戻ってくる冒険者も珍しいそうで、メタルランクは滅多に見かけないそうだ。「見学したい」と俺が言った時点で、俺がアルム地方から飛んで来た人間じゃないというのは明白だったしな。
ふむ、流石首都という事で、前回見た時と同様で、高ランクの魔物討伐が豊富にあった。
『クククク……』
そして俺がそう思った時、どこかの魔王様の舌なめずりするような音と共に、不穏な笑い声が聞こえたのは言うまでもない。
「ぐふ…………まさか寝ずに十五件の魔物討伐をするとは思わなかったぜ……」
冒険者ギルド内の宿。その一室のベッドに倒れ込んだ俺は、せめてもの皮肉という意味合いも込めてそう呟いた。
『ふん、それをそこまで深くない時間までにこなした事は褒めてやろう』
『ったく、あのギルド員、最後の方には泣いて俺の事心配してくれたんだぞ? 流石に不憫でならなかったわ』
『ここを拠点にしていれば見慣れていたものを。その涙の全ての罪はキャロにあると言っても過言ではないな』
凄まじい責任転嫁もあったもんだ。とりあえず俺も便乗しておくか。おのれキャロめ!
ふむ、早目に切り上げたのは明日の事もあるからだろう。
「そんな事なかった……」
翌朝早朝に叩き起こされた俺は、更に六件の魔物討伐依頼をこなし、ジンの町方面の依頼を三件受けつつジンの町へ向かう事になったのだ。
「駄目だ……昨日からどれだけの魔物討伐をしたか記憶にない」
『奇遇だな、我もだ』
『お前は数える気がなかっただけだろう!』
とりあえずストロボの町だけで二十四件の依頼を消化したのはギリギリで覚えているくらいだ。
「あ、ディールアーッ!」
ジンの町の冒険者ギルドで大きな手を振って出迎えたのは、「おのれキャロ!」の代名詞、キャロさんだった。相変わらず元気一杯だな。
クーは全身甲冑だからこそ表情はわからないが、ティミーも元気そうだ。
何とか上手くやってくれたようだな。
「お帰りディルア!」
「むぉっ? クー、少し流暢になったんじゃないか?」
「うん! 沢山頑張った!」
素晴らしい進歩だ。
目新しい事も多かっただろうに、言葉の勉強を選ぶとは、クーはしっかりしてるなー。
「お帰りディルア」
ティミーも嬉しそうな笑みをこちらに向けてくれている。あぁ、お帰り俺の癒やし……。
「ふっふーん! 見なさいディルア! 私の冒険者カードを!」
さて、どれだけキャロはどれだけ頑張ったのかな?
「おぉっ?」
キャロ:十五歳
ランク:ブロンズ
スキル:疾風/剛力
常時スキル:タフネス
魔法:下級雷魔法
筋力:30 体力:28 速力:28 器力:20 魔力:21 運力:5
「凄いなキャロ! たった一週間で2ランクも上がったのか!」
「んま、元々レギュラーランクは近いと思ってたからね~!」
そう言って胸を張っているキャロ。それを見ていた俺の背後で、ティミーが言った。
「ホントは夜中に抜け出して何度かソロで出掛けちゃったのよ。よっぽどディルアに追い付きたかったんだろうね」
「そうか。悪いな、迷惑掛けた」
キャロはにこりと笑って「ううん」と答えてくれた。多分ティミーが注意したんだろうが、きっとそれでもソロで動いてたなコイツは。
しかし、常時スキルのタフネスか。これも人並み以上に動いたから付いたんだろう。それにしても雷魔法とはまた珍しい。どの町でも雷魔法の使い手なんてあまり聞かないからな。まぁ、あんまり褒めると、またキャロが暴走するからこれ以上は言わないでおこう。
ところでキャロさん? 運低すぎないっすか?
「クー! 次クー!」
クーが自分のも見てくれと言わんばかりに、両手で冒険者カードを差し出し見せてきた。
「どれどれ?」
クー:四百三十二歳
ランク:レギュラー
スキル:威嚇/剛力/剛体
常時スキル:タフネス/獣の嗅覚
魔法:下級土魔法
筋力:40 体力:49 速力:47 器力:10 魔力:19 運力:22
うん、流石人狼だな。身体的能力はほぼキャロ以上の実力だ。しかもランクもキャロより低いからな。やはり魔族は伸びしろが大きい。まぁ、他の魔族は冒険者なんかにならないから、これはクーだけの特権かもしれないな。
「どう……かな?」
「うん! よく頑張ったな、クー! 凄いぞ」
「うんっ!」
俺は兜越しにクーを撫でてやる。凄く……硬い。
本当なら直接撫でてやりたいが――――、
「えへへへ」
まぁ、クーも喜んでるしいか。夜に部屋に行って、改めて褒めてあげよう。
「……最後は、私かな?」
ティミーは控えめに冒険者カードを手渡してきた。本来であれば冒険者同士でこういった情報交換はあまり行われない。だが、キャロのキャラクターがその壁を無くしているような気がする。
確かに、キャロの存在もパーティに無くてはならないようになってるのかもしれないな。
さて、俺の癒やしことティミーの実力やいかに……?
ティミー:二十二歳
ランク:ブロンズ
スキル:狙い撃ち/速度上昇/筋力向上
常時スキル:慈愛
魔法:中級火魔法/中級回復魔法
筋力:19 体力:22 速力:28 器力:39 魔力:32 運力:27
やっぱりティミーは魔法使いタイプなのかもしれないな。器力が非常に高いのは、弓や複雑な人間関係に触れていたりしたからかもしれない。中級の火魔法と回復魔法もパーティには非常に有難い。
それにしても……常時スキルの慈愛とは?
『おい、サクセス』
『ディルアの言いたい事はわかる。だが、我にもわからぬな。初めて見るスキルだ』
確かに、魔王とは縁が遠いような単語だし、仕方ないな。
「ティミー、これって何かわかる?」
「ん~、流石にわからないのよ。アルムにある大図書館ならわかるかもしれないから、そこで調べようと思ってるわ」
「そうか。いや、それにしても凄い頑張ったな!」
「でしょー? 撫でてくれてもいいんだよー?」
うっ! これはずるい! 何てずるいんだティミーさん。クーを撫でた手前、撫でざるをえないじゃないかっ! くっ……可愛すぎる……!
「う、コホンっ。よしよし……」
「む~ぅ。やったー。撫でてもらっちゃった」
ティミーはクーにピースサインを見せて喜びを表した。クーも同じ仕草をするところがまた可愛い。
そんな中、不服そうな顔を浮かべるキャロは腕を組んだまま俺をじとっと見つめている。
何だろう? キャロも撫でて欲しいのだろうか? いやいや、キャロに限ってそんな事ある訳ないか。
「ふ、ふん! それで! ディルアはどうなのよっ。さっさと見せなさい!」
あぁそういう事か。そういえば冒険者カードは最後に更新しろってディルアに言われてたから、しばらく更新していなかったな。
俺はギルド員に更新を依頼した。
なにやらギルド員が驚いているようだが? はて?
そのギルド員が冒険者カード返却してくれた時、俺はその意味を知った。
「ほら、皆に見えるように見せなさいよっ!」
ディルア:二十六歳
ランク:シルバー
スキル:天風/必中/超剛力/超剛体
常時スキル:大天使の加護/無心臓/千里脚(裏)/炎耐性S
魔法:中級風魔法/中級闇魔法/下級回復魔法
筋力:45 体力:55 速力:79 器力:62 魔力:60 運力:43
なるほど、こいつぁビックリだぜ。




