034
「はぁはぁはぁはぁ…………な、何してくれてんだ、馬鹿魔王!」
火口の中に落ち、サクセスのマントに守られながら辿り着いた火口岸。いや、岸というのには異常な場所だ。海といっても周りはマグマの海。まさかマグマの中を泳ぐ事になるなんて、思いもしなかった。
『馬鹿とは心外だな。魔王にも間違いはあるのだ』
「どこが間違いだよ? 完全に故意だったじゃねぇか!」
『魔王の尊大な悪戯心よ。そんなに怒るでない。さぁ、これよりジョシューに戻り、報告だ。その後、ラウド方面の依頼を受けつつストロボの町に向かうぞ』
コイツ……俺で完全に遊んでるのか? そうなるとジョシューで受ける依頼が六件じゃないか?
いいのか、そんなに少なくて……。
「む~…………」
『クククク、良い兆候ではあるな』
「あん? 何か言ったか?」
『何でもない。ただの独り言だ』
サクセスって友達少なかったんじゃないだろうか? まぁ、魔王だったんだし、仕方ないのかもしれない。
俺はその後ジョシューの町で報告を済ませ、ラウド方面の魔物討伐依頼を三件受けた。ランクCの依頼が二件、ランクBの依頼が一件。
やはりメタルランクの身体と常時スキル、そして新しく覚えたダークダイブとディープルウィンドのおかげで依頼自体が楽になってきた。消化速度も向上してきたし、こりゃまたキャロが怒るんじゃないか?
まぁ怒ってもめげないのがキャロのいいところでもある。
「よっと!」
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
『ふむ、ランクBのリザードナイトもディルアの相手にはならぬか』
『ふふん! どうだー? これならランクAの魔物だって倒せるんじゃないかっ?』
『馬鹿を言うではない。ランクAの魔物が何故そう呼ばれるのか考えろ。ランクBの魔物を倒せる冒険者が倒せないからこそ、ランクAなのだ。先程のような無駄な動きをしているようでは到底戦う事など出来ぬわ』
ぬぅ……確かに筋は通ってる。いかんいかん。少し調子に乗り過ぎたかな。
『せめてランクBの魔物を瞬殺出来るようにならなくては、ランクAの魔物に挑む事は許さんぞ』
『それがシルバーランクだってのか?』
『それはディルア次第だ』
ちっ、曖昧な返答で誤魔化された気分だ。
『これより課題を設ける』
『……嫌な予感がするのは気のせいか?』
『何、簡単だ。ティミーたちと合流するまでの間、スリングショットの使用を禁ずる』
『おぉ……意外と普通の課題だった』
『アーティファクトに頼ってばかりの戦闘ではいざという時に力が出ぬものだ』
『いざって時ってのは?』
『我はディルアから離れはしないが、ディルアがそのスリングショットを敵の攻撃によって落とさぬとは限らぬであろう? 体術はあって悪いものではない』
ふむ、確かに理屈に適ってるな。
そうかそうか。スリングショットを手放してしまった事も想定しなくちゃいけないよな。
ホント、サクセスは色々な事を考えている。ちょっと前まで新人だった俺だが、こういう所は見習わなくちゃいけないな。
『ラウドまでの道は……半日程か。風魔法とスキルを上手く使い、六時間程に縮めてみせよ』
さらっと違う課題が出たのを、俺は忘れる事はないだろう。
「ぜぇぜぇぜぇ……くそ! 何で街道を走らせてくれないんだよ?」
『街道の魔物は街道を歩く者たちが倒すのだ。だからこそ、一番安全なのだ。そんな安全な道を通ってもディルアが育つ訳がないだろう。ここらの魔物は中々に質がよい。荒れた道を走り、過酷な環境でも順応出来る対応力を身に付けるのだ!』
「にしても! 一片に注文し過ぎだと思うんだけど?」
『メタルランクの身体を利用せずに何が悪い。そのランクまで上がればちょっとやそっとでは身体は壊れん。それに――』
「あぁ? 何だよっ?」
『帰ってからではキャロが邪魔でそんな事は出来ん!』
……くそっ! くそっ! くそぉおおおおおおおおっ!
「同感だよ馬鹿魔王ぉおおおおおおおっ!!」
『ふははははは! 今だけはその馬鹿呼ばわりも許してやる。我が同士よ』
今頃キャロは盛大にくしゃみでもしてるんじゃないだろうか?
サクセスに上手く乗せられ、いつの間にか課題は三つにも四つにもなっていた……ラウドの町に着いた時に、俺はようやくそれに気付いたのだった。
「くそぉ、まさかあんな数の魔物に囲まれるなんて思ってなかったぞ!」
『当然だ。あの場所に多数の魔力の揺らめきを感じたからこそ、黙って進路を誘導したのだからな』
くそ、やっぱりコイツの仕業か。道理で身体が左に傾くなーとは思ってたんだ。
『ゴーレムやロックスライム等、硬度の高い魔物が多かったのは事実だ。武器の具合は問題ないか? 武器の手入れも冒険者の務めだぞ』
サクセスって魔王として復活したら冒険者でもやればいいんじゃないか? そしたら世界は平和だし、新たな魔王が生まれる事もないだろう。
うん、今度進言してみるか。
『…………何かよからぬ事でも考えているのではないだろうな?』
『はっはは~、そんな事ある訳ないじゃないか、サクセス君』
『何と怪しい口調よ。が、しかし心の開閉もそれだけ上手くなったという事か……』
『そうそう。それより武器な。ちょっとやばい事になってるんだ。これ見てくれないか?』
俺がアイン合金の剣の鞘をぽんぽんと叩くと、マントが少しだけ動いてその鞘を包んだ。
コイツも目立たないように動くの上手いよなぁ。誰も独りでにマントが動いてるとは思わないかもしれないけれど、至極自然に動いている。まるで、歩いている間にマントが鞘に絡まったように。
『ふむ……』
おそらくマントと魔力で鞘の中にある剣を確認しているのだろう。流石に町中で剣は抜けないしな。
『酷い刃こぼれだな。人の手によって作られたにしては良い武器だったが、寿命かもしれぬな?』
『うぇ? 皆とラウドの町を出る前に買った剣だぞ? まだ半月も経ってないじゃないか』
『自覚がないようだから言っておいてやるが、それだけの冒険をこの短期間で行った事を忘れるな。何、ここは丁度あの武器屋があるラウドの町だ。武具店に言ってあの店主に話せば良い武器を紹介してくれるかもしれぬぞ?』
確かに良心的な店だし、前回サービスもしてくれた。幸いお金は…………うぇ?
『どうしたディルア?』
「俺の財布兼革袋に…………見た事もないような大金が入ってる……」
『…………自覚がないのがディルアの強みかもしれぬな』
「いらっしゃい。おぉ、兄ちゃんじゃないか。相変わらずよく来るな」
モヒカン頭の両サイドにある無数の傷。相変わらずゴツイ店主だな、この人。前に聞いたが、この人はかつて冒険者だったそうだ。しかも担当したのは前衛。クーの全身甲冑を買おうとした時、随分喜んでいたのは記憶に新しい。何でも、この店主も全身甲冑を愛用していたそうだ。モヒカンについては、両側が傷付き過ぎて、頭頂部しか髪の毛が生えなくなったそうだ。
俺は剣を抜き、そのモヒカン店主に見せる。
「………………おめぇ」
じっと俺を見据える店主の目は何だか不思議なモノを見るような目だった。
「一応伺いますが、手入れは可能でしょうか?」
「…………まぁ無理だろうな。どんな戦い方をしたらこの短期間であの光り輝いてた剣がこうなるのか…………兄ちゃん、今のランクは?」
「先日メタルランクになりました」
「メタル? そうか、そうか。ならこの剣にはちょいと荷が重かったかもしれねぇな。どうする? 新しい武器が欲しいなら見繕ってやるが?」
親身になってくれる店主だな。やはり好感が持てる。
「是非お願いします」
「予算は?」
「えーっと…………金貨百五十くらい……かな?」
目を丸くする店主。アイン合金の剣が十本買える金額だ、確かに驚いて然るべきか。
しかし、これでも俺の懐にはまだ余裕がある。今思えば、あの時以上に高ランクの仕事をしていたのだ、貯まっても不思議はなかったか。
「はっはっはっは! それなら話が早ぇ。よし、ちょっとコッチに来な!」
俺は店主に言われるようにその後ろを付いて行った。向かった先は、当然武器のコーナー……と思いきや、店の奥にある扉の中だった。
置かれているのは施錠されたいくつかのショーケース。そうか、それだけ高価な武具を置いているという事か。
「ほれ、これはどうだ?」
店主がショーケースを開けて取り出してくれた武器。それは、冒険者なら誰もが一度は憧れる輝きが宿っていた。
「これは……」
『ほぉ……ミスリルか』
「そう、ミスリルだっ。白銀の煌めきと鋼以上の硬度! それに……軽い!!」
俺の驚きに、店主はにやりと笑って俺を見た。
「おうよ、この店最高の武器よ。重さもアイン合金とほぼ変わらず、切れ味も硬度もそれ以上。靭性も低かねぇから、武器にするには最高に良い素材って訳だ」
「凄い……夢みたいだ…………」
「ま、ミスリルソードは冒険者の一人前の証みたいなもんだからな。メタルランクで持ってる冒険者はあまりいねぇが、シルバー、ゴールドランクの冒険者なら、皆好んでミスリルソードを選んでるぜ?」
どどどどどどうしよう……。こんなの身の丈に合わない武器、本当に買っていいのだろうか?
『購入決定だ』
サクセスが即決だった。




