032
冒険者ランクがメタルになった事で、ソロで動く際の特典があった。
これまでソロで動いた場合、一人で受けられる依頼は二件までだった。しかし、それがメタルランクになった事で、三件まで受ける事が可能になったのだ。
これは非常にありがたい事だ。
まぁ、今の状況としては物凄く有難くないんだけどな。
『それ、ディルア。木の陰に二匹だ。空への警戒も怠るでないぞっ』
『わかって……るよ!』
放たれた魔弾が木を貫き背後にいた二匹のゴブリンアーチャ―を倒した。
よし、ここで必中スキルを発動!
一瞬視界が開き、上方から迫るデッドコンドルを捉える事が出来た。死の鳥と呼ばれるランクCの魔物は、砲台を引く直前まで俺を襲おうとしていた。
しかし自身の死期を感じ取ったのか、急激な旋回をしようとした。だが、時既に遅し。
俺の魔弾は、確実のデッドコンドルの額を撃ち抜いたのだ。
「ふぅ。うーん。やっぱり必中スキルは有能だなー」
『遠隔攻撃には攻撃力の高い武器が少ない。我がスリングショットがあればこそだ』
ふむ、確かにティミーの弓とかでは、高ランクの魔物の装甲は中々貫けないだろう。
ティミー自身のレベルが上がればまた違うんだろうが、低ランクでも倒せるとなると、やはりこのパチン――――違った。スリングショットは優秀な武器なんだな。
『これで三件の依頼は片付いた。早々にジョシューに向かうぞ!』
『待て』
『何だよ。人が折角言う事をきいてるっていうのにっ』
『先程言ったであろう。褒美をやると?』
あぁ、そういえばラウドの町に入る前に言ってたな、そんな事。
『何だ? また近くにアーティファクトでもあるのか?』
『そうではない。ディルア、お主、ランクが向上した事で得たモノがまだあったであろう?』
得たモノ? はて、まだそんなの残ってただろうか? ……あっ!
『そうか魔法だ! 闇魔法と回復魔法! どっちも下級だけど、そういや覚えたんだったっ』
『まったく、呆れたものだな。それで何故我の宿主が務まるのか……』
『お前が勝手に憑りついたんだよ。つーか! こんなスパルタじゃなければもっと早くに気付いてたって!』
『ふむ、確かにそうかもしれぬな』
珍しく同意したな?
いやいや、こういう時の優しい感じのサクセスはあまり信用しちゃいけないんだ。
俺はこれまでの経験からそれを知っている。うん、騙されるな、俺。
『何だこのポーズは?』
いつの間にか変な構えをとっていた俺は、サクセスの指摘から顔が熱くなるのを感じた。
ぬぅ……恥ずかしい。そうだ、話題を戻さなくては。
『ほ、褒美ってまた何か新しい魔法を教えてくれるのか?』
『くくくく、闇魔法だぞ、ディルア? 我の存在こそ闇を象徴しているであろう?』
ぞわりとするようなサクセスの声に、一瞬鳥肌が立つ。
『助かったぞ、ディルア。闇魔法の適正を持つ冒険者は数少ない。やはりお主を選んで間違いはなかった』
『サクセスの極意が起因だとか言ってなかったか?』
『だからといって覚えられるとは限らぬ。正しい魔法適正とはそういうものだ』
なるほど、そういう事か。
『では、我が得意な下級魔法を教えてやろう』
初代魔王であるサクセスの闇魔法……か。
一体どんな魔法を教えてくれるんだろう?
『イメージするのは深き闇の大きな玉。だが相手にそれを見せるな』
『む、難しいな……。深い闇、か』
手元に吸い込まれそうな程の漆黒の玉は…………出る。
『それを見事隠して見せよ』
どうするんだ。もしかして周りに溶け込ませればいいのか?
『中々よい発想だ。だがそれではまだ甘い。魔法の存在自体を欺くのだ。それ以上に速度が必要だ。闇玉を放ち、動かしてみせよ』
「よ、よし……はぁ! くっ、ぬぅ…………! これで……どうだ?」
『見事。その魔法操作は維持。更にもう一つ闇玉を手に作り出すのだ』
「お、おい! これ本当に下級魔法なのかっ? 魔法の制御に擬態、それに連続発動! どう考えてもウィンドファイバーより難しいぞ?」
『だから……何だというのだ、ディルア?』
くそっ、つくづくドSな魔王もいたもんだな!
『片手でやれぃ!』
「くそ! くそっ! やってやろうじゃねぇか!」
集中し過ぎて顔が熱い。きっと俺の顔は真っ赤なんだろうな。
「くぅうううううううっ! どりゃ!」
『っ! 今だ、潜るのだっ!』
サクセスがそう叫ぶと、俺はマントに引っ張られるように、右手で発動した闇玉の中に吸い込まれていった。
「嘘っ?」
……何故か、俺のその発言が離れた所から聞こえた。
というか――――――、
「何で……? 俺がいた場所が……隠してた闇玉の場所と……入れ替わってる?」
『ふん、初めてにしては上出来だ』
「こ、こいつは一体?」
『我が得意とする闇魔法、《ダークダイブ》という。放った闇魔法と自分の位置を入れ替える事が可能だ』
『瞬間移動みたいなものか?』
『下準備が必要なのだ。流石にそう言い切れぬ。しかし、この動きを身体に馴染ませ、瞬時に使えるようになれば、長期となった戦闘では有効だ。繊細な魔法操作技術で姿を隠した闇玉の中から現れるのだ。敵にとっては厄介な魔法となるに違いない』
厄介どころじゃない。死角や背後、あらゆる場所からの奇襲が可能なんだ。
「とんでもない魔法だな。それにあまり魔力を使ってない」
『下級魔法だからな。シルバーランクになる頃には熟練されたダークダイブが可能となるだろう。それでも、多少の訓練は必要だがな…………む?』
「よっ! ほっ! …………いや、もう少し早く出来るな。イメージが大事なんだ。どこに隠すかよりも、目で予め目標をつけるんだ。それで操作難度を低く出来る。よっ、と! うーん、もう少しか? 出した手を出さなければ? 出した時相手に行動を読まれるから…………自然体? 歩きながら、走りながら、発動自体も相手の死角から。これで…………よっと! おぉ! 少し早くなったな!」
『ククククク、それでこそお主を選んだ甲斐があるというものだ…………』
『あん? 何か言ったか?』
『ふん、我が忠実な僕だと言ったのだ』
『いやぁ、お前の指導には間違いがないな、本当に。正直助かってるよ!』
『…………お主のそういうところが苦手だ』
『何でだよ?』
『うるさい! さぁ、次は回復魔法の訓練だ! さっさと剣で足でも突き刺せ!』
『嘘だろっ?』
そんな俺の叫び。しかしサクセスは、マントの皺で恐ろしい顔を作り睨んでくるだけだった。
足では服も斬れてしまうという事で、その後俺は何度か腕を切り、サクセスの言われるまま回復魔法を発動し、《ヒール》を覚える事が出来た。
『あれ? 何かコツとかアドバイスはないのか?』
『知らぬのか? 魔王はな、回復魔法だけは使えぬのだ』
『え? じゃあ何で教えられたんだよ?』
『魔法の理屈はわかっている。単純に指導するだけならばそれで事足りる。ただ高度な指導となれば、魔法を使う感覚が必要となる。我は回復魔法が使えぬ。故に、これ以上の指導は出来ぬ』
へぇ。そういうものなのか。魔王は回復魔法を使えないのか。
確かに魔王が回復したらたとえ勇者でも絶望するだろうな。
『で、魔王は傷を負ったらどうするんだ?』
『自身の魔力を傷口に集中させ、修復を図るのだ。多くの魔力を消費するが、自然治癒よりよっぽど早く回復出来る。無論、回復魔法の速度には遠く及ばないがな』
なるほどな。魔法に出来ない分、魔力の量で補っているのか。…………あれ?
『って事はサクセスは傷を負った事があるのか』
『前に言ったであろう? ヴィクセンにより篭絡した勇者の手によって瀕死の傷を負ったとな。勇者だけであれば対抗出来るものを、ヴィクセンの力添えがあったが故、我の力も一歩及ばなかったという事だ』
そう言ったサクセスの言葉は、どこか……いや、やはり……悔しそうだった。




