031
「つーか! まだ一睡もしてないんだけども?」
『この貴重な時間に眠れるとでも思ったのか? 愚か者め!』
あえて空に向かって愚痴を零したのに拾うとは……本当に性格が捻じ曲がってるよな、コイツ。
『わかった! わかったよ! それで、今回はどうするんだよっ?』
『よい覚悟と諦め具合だ。そのバランスを大事にするといい』
『質問に答えろって!』
『ジョシューだ』
どこかで聞いた事のある土地名だ。
『…………え?』
『聞こえなかったのか? ジョシューへ向かえと言っている。依頼はここで受け、ラウドで報告しろ。そしてラウドで依頼を受け、ジョシューで報告しろ。報酬が少なくなるとはいえ、やっておいて損はない。無論、帰りはその逆をなぞるのだぞ』
『ちょちょちょちょ! どうしてジョシューに行く必要があるんだよ? 別にジンの町でも魔物討伐くらい――――』
『我が確認したところ、メタルランクの依頼はここにはなかった』
『じゃあストロボの町に行けばいいじゃないか! キャロは一緒にいないんだから俺だけで行けばいいだろうっ?』
強引なサクセスの話に納得出来なかった俺は、語気を強めて反論した。俺としては、ストロボの国からは出たくなかったのだ。
理由? そんなのは決まっている。パーティメンバーから出来るだけ離れたくないからだ。いざ皆に何かがあった時、迅速に行動出来るからだ。先日ストロボの町から更に南下した時、ランクBの魔物に何度か遭遇した。サクセスの魔力感知が成せる業ではあるが、こんなに近くにランクBの魔物がいるとは思わなかった。
ならば……ならば、キャロみたいなお転婆がいるあのパーティにもその「何か」は起きるかもしれない。だからこそ、俺は今回強く反対しているのだ。
『落ち着け、ディルア。まず、お主の危惧している事を取り除いてやろう』
『ど、どういう意味だよ?』
『この近隣に、もうランクBの魔物はいない。ランクCの魔物はいるが、数はそれ程多くない。クーがいるあのパーティならば危機にもならぬ』
『……も、もしかして、それを、その不安を無くすために俺にランクBの魔物を狩らせたのかっ?』
『当然であろう。先の先まで読めねば魔王とは言えぬからな』
ヴィクセンに足下掬われたくせに何言ってるんだか……。
しかしなるほど。まさかサクセスがそこまで考えているとは思わなかった。
『何のために優秀な常時スキルをとったと思ったのだ? 何のために強靱な体力をその身に備えさせたのだ? 無論、戦闘以外で使うからに決まっておろう?』
くそ、つくづく魔王だな、コイツ。
指揮統率の部分では勝ち目がないじゃないか。いや、あの極意を体感したからこそわかる。
魔王という称号は…………伊達じゃない。
「…………はぁ~~」
『ふん、観念したようだな』
『溜め息一つで何でそこまでわかるんだよ?』
『短い期間ながらも、我は常にお主と共にいたのだ。わからないはずがないだろう。そして、その確信を得るには、カマを掛ける事も肝要である。我の言葉によるお主の反応と、次の質問でそれが確信に変わったわ。くくくくくっ』
くそ、いいように振り回されてるな。しかし、さっき脳内で褒めてやった。
これ以上は褒めてやるもんか。悔しいからな。
『はいはい、わかりやすいやつで悪かったな。それで? ジョシューならもっと大きな仕事もある。そこで依頼を消化して、約束の日にここへ戻ってくればいいのか?』
『そういう事だ』
『それこそストロボの町の大転移装置でアルムに行くって手もあったんじゃないか?』
『いや、あれを使うのはまずいような気がする……』
『あん? 何だよそれ?』
『魔王の勘というやつだ。道中話してやろう。さぁ、まずは依頼だ!』
『へいへい。わかりましたよ~! ったく!』
俺はサクセスに尻でも叩かれるかのようにラウドの町へ向かった。
フラフラの身体もランクのせいなのかスキルのせいなのか、はたまた常時スキルのせいなのかはわからなかったが、かなり楽に動けるようになっていた。
「よし! これでラウドの町に向かえる! はぁ、はぁ……えっと…………あぁ、こっちか」
ただ、やはり思考はおぼつかない。これだけ無理をすると、どうしても頭の回転が悪くなる。
「はぁ、はぁ…………くっ……!」
『ふふふふ、良い調子だ。この苦行を乗り越えた時、ディルア、お主は並の冒険者では辿り着けない頂きへの一歩を進む事になるだろう』
『調子のいい事言ってないで、さっきの話、聞かせろよ』
俺はサクセスが言っていた魔王の勘というのが気になっていた。
『ふん、まぁいいだろう。話すと約束したのだしな』
ただ走るだけでも暇な事には変わりない。ラウドの町までの魔物討伐は既に終わっているし、良い暇潰しになってくれるといいのだが、はて?
『ストロボの町にあるとされる大転移装置。これはディルアのような末端の冒険者でも知っている情報なのだな?』
サクセスがいきなり嫌味を言ってきた。俺だってこれでも頑張っている方……いや待て?
サクセスと出会ってからあの大転移装置の話が出たのは初めてだ。つまり駆け出しの頃の俺でも、そのレベルの冒険者たちでも知り得る事が出来る情報なのか、と聞いているのか。
『あぁ、大々的に情報は出回ってる。たまに町に張り出される掲示板にそういった情報が載るんだ。普通の主婦だって知ってるさ』
『ならばその情報、魔王にも知られているとみるべきなのではないか?』
『え、だってサクセスは…………あぁ、そうか。今の魔王って意味な?』
『そういう事だ』
『ヴィクセンが知っているのであれば、何故壊さないんだ? 勿論動けないからってのもあるからかもしれないが、壊れたっていうような情報が回ってこない以上、現状は問題ないって事じゃないのか?』
『たわけ。壊すだけであれば刺客を一人ストロボへ流せば話は簡単であろう。問題はこれだけ情報が出回っているのに、何故大転移装置が無事なのかという点だ。あれは神の遺産。ひとたび壊れれば修復は不可能だ』
確かにその通りだ。
『神の遺産って……古代の賢者が作ったんじゃなかったのか?』
『神より神託を受けたかつての賢者が作った。それは間違いない。しかしこの世に賢者はもうおらぬ。平和ボケしたこの世の中では冒険者があの装置を使えるのだ。大した警備でもないというのは明白。壊せるのに壊さぬ。それが我の解せぬ理由だ……』
そうか、サクセスはそこまで考えてさっき俺を止めたのか。
『って事は、もしかして何か仕掛けられている?』
『ほぉ? その身体でよく知恵を働かせたものだ。後程褒美をやろう』
何か馬鹿にされてるのは気のせいじゃないはずだ。
サクセスのヤツ、まだあの風呂場での事を根に持ってるのか? まったく。
『我はそこまで根の深い存在ではない』
ちっ、読まれたか。
『それで? 見当はつくのかい? 初代魔王様?』
『ふむ……アルムへ向かう冒険者。待て、最前線へ向かう冒険者と正した方がよいか。なるほど、わかったぞ』
やっぱりすげぇな、コイツ。
『おそらく、大転移装置から冒険者たちに一種の呪いを掛けているのだろう』
サクセスは軽く言い流したが、かなりとんでもない事を言っている気がする。
『おい、何だよその呪いってのは?』
『流石にそれはわからんな。直接この目で見なければな。何、帰りにストロボの町へ寄ればいい話だ。ほれ、そろそろラウドの町だぞ』
サクセスが少しだけ前に俺の身体を引っ張ると、眼前にはラウドの町の陰影が見えた。まだ陽も出ていない時刻だが、冒険者ギルドは常に開いている。
俺はそのまま真っ直ぐラウドの町へ入り、ジョシュー方面でこなせられる魔物討伐を受けた。
そして陽が顔を覗かせると、その光を頼りに俺はまた駆け始めた。




