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【壱弐参】がけっぷち冒険者の魔王体験  作者: 壱弐参【N-Star】
第1部
29/76

029

「づ~~が~~~れ~~~だぁああああ~~~っ!」

 美少女から聞こえるおっさんの如く悲痛な声。キャロめ、年を鯖読んでるじゃないだろうな?

 ベッドに身体ごと倒れ込み、足をバタつかせている。まるで子供だな。

 確かに今日は疲れた。俺もいつも以上に疲労を感じた気がする。というかラウドの町を出てからここ二、三日、どこか疲れているような気がする。歳なのか? いや、それは考えたくないな。

 ここ、ジンの町に着き、ギルド外の宿をとったのには理由がある。

 旅の疲れを出来るだけとるのであれば、冒険者ギルドの安宿よりしっかりとした宿の方がベッドも部屋のサービスも優秀だからだ。

 まぁ、そんな理由で町に一つしかない宿をとったはいいが…………、まさか――――

「それじゃあ私たちはお風呂行ってくるね~」

 当然クーは入れないから近くの湖で水浴びをしてくるそうだ。

「おーう…………はぁ、まさか四人部屋しかとれないとはなぁ…………」

女子(おなご)に囲まれるのだ。ディルアの年齢から言えば悪い話ではあるまい?』

『流石に気まずいだろう?』

『なんと情けない事か。夜這いの一つでもきめてみせぬか……!』

『魔族の文化と人間の文化を一緒にしないでくれよな』

『人間にもそのような文化があるというのも聞いたが?』

 ちっ、流石に耳だけはいいようだな。

『あくまで一夜限りの関係のみだよ。それも相手との事前交渉があって初めて成立するのー。パーティリーダーがそんな事したら、それこそパーティは短命になるぞ?』

『ふん、相変わらずややこしい生き物よな……』

 マントに宿っている魔王よりややこしい生き物なんていないだろ、絶対。

 そんな事を考えていると、部屋にクーが戻ってきた。

「…………クー? 何でそんなにビショビショなんだ?」

「鎧、洗った!」

 えへんと胸を張るクー。とても嬉しそうだ。

 全身甲冑(フルアーマー)姿でそんなポーズをとられても俺は何も返せないぞ? ……ん?

「ってことは中もびしょ濡れじゃないか? ほれ、さっさと脱げ! 風邪引いちまうぞっ」

「ここ、脱いでいい?」

「部屋の中ならいいよ。あ、その代わりその仕切りの向こう側で着替えるんだぞ。服はティミーに買ってもらったのがあるだろう?」

「うんっ」

 どこか喜びに染まったような声。やっぱりクーには負担をかけているよな。

 どこかクーが落ち着けるような場所も探さないとな。勿論、父親の墓参りが終わった後で。

「でぃるあー!」

「おわっ?」

 突然背中から感じる重み。そして背中に当たる柔らかい感触。これはまさか、いや、だって、え?

「綺麗に、洗った! 臭くない? 臭くない?」

 首裏にほんのり濡れた頭をぐりぐりと押し付けてくるクー。あぁ、そういう事か。

 てっきりクーなりのサービスかと……って、そんな事ないか。

「あ、あぁっ、臭くないよ、っておい。クー、そんなに頭を押し付けるなって」

「うぅ~、やっぱり臭い?」

 ようやく振り向いた時、クーは自身の尻尾を抱きかかえてすんすんと鼻を鳴らしていた。

 何か、白い布で身体を包みながら。

「臭くない臭くない。ところでクー、それなんだ?」

「んー? ベッド、あった」

「あぁ、ベッドのシーツか。手拭いは俺のを使っていいからちゃんと着替えておいで」

 目のやり場に非常に困るのだ。

 俺は懐から手拭いを出すと、クーにそれを投げ渡した。

「ぶぶぶぶぶぅうううう!」

 ごりごりと顔を拭いてるな。まさに獣のような感性だ。

 尻尾でシーツを押さえてるところを見ると、恥じらいはあるようだ。無防備に変わりはないんだけどな。

「何? ディルア?」

「早く、仕切りの向こうに行きなさい」

「はーい」

 少し語気を強めると、クーは素直に従ってくれた。

 俺は念のため、ドアの方を向きながら着替え終わるのを待っていた。

 部屋に誰かが戻ってくれば俺も風呂に行けるが、それがクーだと心配だからな。

 ここは女子たちが上がって来るのを待つしかない。

「できた!」

 クーのその声を聞いて振り返った直後、クーは物凄い跳躍で仕切りを跳び越え、天井を蹴って俺の首に掴まっ――――た?

「うぉおおおっ?」

 ぐるりとクーが俺の首を支点に回ると、ふわりと着地し、にこりと笑って見せた。

「く、首が折れるかと思ったぞ……」

 同時に背中に嫌な汗もかいた。

「ディルア、痛かった?」

「あ、いや…………あれ? 痛くないな?」

『本能的に人間を殺す事に長けた種族だ。丁寧に扱う術も心得ているのであろう』

『いや、フォローしたいのかしたくないのかわからねぇよ』

「でぃるあ、みてー!」

 いつの間にか俺のベッドの上で跳び跳ねていたクー。

 ふむ、ラウドの町を出る前にティミーが買っておいたクーの寝間着。中々可愛いじゃないか。

 白いワンピースタイプのシンプルな作りだが、胸元に黒犬のアップリケが入っている。デザインはティミーが何着か候補を見せてくれたが、クーはこのアップリケを見て決めたそうだ。

 まぁ、クーも変異すれば黒狼になるし、親近感が湧いたのかもしれないな。

「うん、中々似合ってると思うぞ」

「そうじゃなーい。こーれ! びよよーん! びよよーん!」

 ……あぁ、ベッドのスプリングの事か。よく跳ねるのが珍しいのか。

 クーにとっては何もかも新鮮だ。こうなるのも無理はない、か。

「おぉ、そうだな。凄いぞ、クー」

「びよよーん! びよよーん!」

 その後、俺たちは宿の店主にうるさいと怒られ、しゅんとしながら落ち込んだ。

 

 落ち着いた頃、ティミーとキャロが戻って来た。

「おまたせー。あ、クーちゃん戻って来たんだ」

「中々いいお湯だったわよ!」

「お、おぉ…………」

 なるほど、火照った顔が色っぽい。

 今思えば、このパーティの美人度は非常に高いと言えるだろう。うんうん、キャロも黙っていれば可愛いんだから一日二言三言くらいしか話さなければいいのに。

「何ジロジロ見てるのよ?」

「あと二言が限界だ。それ以上は喋るな」

「どういう意味よ?」

「あと一言」

「くぅううううううううっ?」

「よし、寝ていいぞ」

「ちょっとティミー! アナタからも何か言ってやってよ!」

「クーちゃん。髪()いてあげるからここ座ってー」

「うん!」

「あぁ、ねぇティミー! 私も私もー!」

「はいはい、キャロ。順番ね、順番っ。うふふふ」

 やはりこの中でも一番お姉さんなのはティミーか。

 お転婆次女のキャロに、無邪気な三女……ってところかな。

 俺はちょっとした自分の妄想にくすりと笑いながら部屋を後にした。


「……ふぅ」

 山が近くにあるせいか、ここは温泉地でもある。

 じんわりと熱いお湯が俺の身体を温め癒やしてくれる。

「気持ちいい~~」

『腑抜けた声を出すでない。我と共に行動する以上、品格を意識してもらわねばな』

『頭の上でなんか言ってるおっさんの声がする~~』

『おのれ、その声をここでも使うでないっ』

 まったく、これくらい許してくれたって……む? こいつももしかして疲れてるかもしれないな。

 よし。

『む? おいディルア? もう出るのか? む? 出ないのか? 何故我を持ち上げる。徐々に下がっておるな? おいディルア! 一体何をガボボボボボ――――』

 …………え、面白い。

『ぶはぁ?』

『何でいきなり溺れたんだ?』

『その問いは何故いきなり我を湯に沈めたかを聞いてからだ』

『いや、サクセスも疲れてるかと思って』

『我を労わるその気持ちには感謝しガボボボボボボ――――』

 ……凄く、楽しい。

『ぶっはぁ! おい! 我で遊ぶでない!』

『何で防御出来なかったんだ? もしかしてお湯は弱点なのか?』

『ただの不意打ちではないか! 意識すればこのくらい訳ないに決まっている』

『つまり意識しないとそれだけ脆いって事か?』

『ディルアから離れている時はそうだ。四六時中気を張っているなど、魔王でも無理だ。しかし、ディルアが我を羽織る事によって、それが緩和され、迎撃の自動化が出来る訳だ。ふん、凄いであろう?』

『どうやって自動化してるんだよ?』

『無論、ディルアの魔力を使ってガボボボボボボボボ――――』

 なるほど、俺の魔力で自動防御を可能にしているのか。確かに、これで不意打ちは避けられる。

『……けほっ。貴様、楽しんでおるな?』

『そんなんで、俺の魔力が尽きたらどうするつもりなんだよ?』

『……まったく。安心しろ。使っている魔力は微々たるものだ。ディルアの魔力がない場合は我が魔力を使う。問題なかろう』

『自分の魔力があるのに、わざわざ俺の魔力を使うって事は……もしかして…………』

『左様。マントになっている際、我の魔力は有限なのだ。それを頭に入れておけ』

 それをもっと早くに言って欲しかったものだ。あぁ、そういえば最初の頃は、サクセスが離れるつもりがなかったんだった。まぁ、それならしょうがないか。

『あれ? この前ティミーとキャロの前で話した時は自分の魔力を使ったって事か?』

『ディルアから離れていたからな。だが安心しろ。ラウドの町を出てから今日までで、ディルアから魔力を吸って回復しガボボボボボボボ――――』

『なるほど、今日まで疲れてたのはお前のせいか!』

『かっはっ!』

『気持ちいいだろう? 魔王様よ?』

『おのれディルア! 覚えておガボボボボボボボボボボボ――――』

 その後、俺は、風呂場にやってきた宿の店主から手拭いを湯に浸けるなと怒られてしまった。

『わ、我は手拭いなどではない! 我は初代魔ボボボボボボボボボボ――――』

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