028
「と、いう訳で! ストロボ方面に行く事にしましたっ!」
「ちょっと! 一体全体どうしてそんな話になったのよ?」
「落ち着けキャロ。俺は一言もストロボに行くとは言ってないぞ?」
「……へ? あぁ、確かに……そうね?」
キャロは俺の言葉の意味に納得したのか、腕を組んで席に腰を下ろした。
「この町、出る?」
「うん、そうだぞクー。それでサクセスが教えてくれた場所に行ってみる事にする」
「それってどこなの?」
ティミーが興味深そうに聞いてきた。今日も良い匂いを振りまいていらっしゃいますね。
「向かうのはストロボの北。マウントジン。名前くらいは聞いた事あるだろう?」
「えぇ、確か昔は金が沢山とれる金山だったのよね? 今はもう鉱脈がないってのが常識らしくて魔物の巣窟になってるっていう……」
「その通り。その元金山であるマウントジンに行って、とある人に…………?」
「うん、自分で言ってて自分で引っかかったんだよね? それはわかったわ」
くそ、キャロのフォローが突き刺さる。
「魔物の巣窟に人…………ははは、人じゃない事は確かだね……」
ティミーは頬を指で掻きながらそう言った。
くそ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
サクセスの言葉を鵜呑みにするのは禁物な気がする。
『おい、どういう事なんだよ!』
『伝えた時は乗り気だったではないか? まったく、我はてっきり気付いているのかと思っていたぞ。まさか皆に話したその瞬間に気付くとは……』
呆れ交じりのサクセスの声に、腹を立てそうになる。だが、ここは我慢だ。
今のところサクセスが言った事で間違いはなかった。ここで怒れば、それはただの脳筋、つまりキャロのようになってしまう。キャロになるのは嫌だ。
「まぁ、そのとある人? に会って、アルムの都があるアルム地方まで行こうと思う。行けるはずだ……多分」
「ん~、魔族が言う事だから信じる事は出来ないけど、サクセスが私たちを今まで助けてくれた事は確か……よね。いいわよ、私は乗ったわっ」
自己解決したのか、このパーティで一番付き合いの長いキャロは賛同の意思を示した。
「うん、私もいいわよ。だってその方が楽しいじゃないっ。そもそもアルムの都に急ぐ訳じゃないんだから、それが失敗だったとしても、それは経験っていう成長に繋がるわ」
ティミーは嬉しそうにそう言ってくれた。そうか、ケンの事があった時、色んな世界を見せるって約束したもんな。確かに、普通のパーティじゃ体験出来ないような面白い世界は覗き込んでいる気がする。
魔王による魔王の体験のような……そんな感じだな。
「クーはどうだ?」
「アルムに、父の墓、ある?」
「正確にはもっと先らしいが、アルムを拠点にする事で、行きやすいって事にはなるそうだぞ」
「行くっ」
即答だった。ゴディアスの墓はアルムより東に位置する極東の魔界、当然そこにある。魔族の墓なのだから。
アルム地方は最前線である故に、最も情報や冒険者が集う所。俺たちのような冒険者なら必ず最後に辿り着く場所だ。サクセスのへそくりもほとんどそこら辺にあるそうだし、丁度いいだろう。
「じゃあ、全員が納得したって事で、明後日、出発したいと思う」
「元々数日ここにいるって話だったけど、行き先が決まったのならラウドの町を出るのは納得出来るけど……一日空ける理由は?」
こういう時は頭の回転が速いよな、キャロって……。
「今日と明日を使って、クーの武器を調達したいのが一つ」
「他にも理由が?」
「出来れば長期移動に備えて、ラウドの町にいる間に、最低でもクーの冒険者ランクをノービスにしたい……かな。まぁ、これはサクセスの意見だが、俺もそれには賛成だ」
「なるほどねっ」
どうやら理解してくれたようだな。
「皆、ごめん……」
クーがもじもじしながら控えめに謝った。そんなに気にする事じゃないんだけどな。
ここは俺がフォローするより、出来ればティミーとかに言ってもらった方が――――、
「なーに言ってるのよ、パーティでしょ。そんなの当然当然っ」
『これはまた意外』
『まさかキャロ……とはな』
「ちょっとディルアっ、何よその目は?」
「元からこんな目だよ」
「むぅ、口が減らないわね、まったく!」
むすっとして口を結んだキャロを見てティミーがくすりと笑う。ふむ、パーティの雰囲気も昨日の一件で随分と深まったようだ。サクセスの登場が、魔族への関心を軟化させたのかもしれない。
勿論、うちのパーティのみでの話だけどな。多分、魔族の侵攻が小康状態なのも理由の一つだろうな。
その日、俺たちはパーティでの戦闘法の理解を深めるべく、クーを起点とした魔物討伐依頼をこなしていった。前日のヘルバウンドやリザードマンの一件もあり、クーのランクは瞬く間にノービスへ。翌日の最終調整ではティミーのランクがレギュラーになった。
いつものようにキャロが拗ねるかと思ったら、自分の事のように喜んでいた。
やはり難易度の高いパーティクエストを受けると、ランクの向上も早い。
勿論、それだけ危険度も高い訳だが、俺たちにはサクセスという強い味方がいるという後ろ盾がある。
だからこその成長速度。しかし同時に経験不足が浮き彫りとなってしまっているとも言えた。
それは、サクセスも危惧していた事だ。
『一時的にパーティを分ける?』
『左様、マウントジンを登る前に、やっておいた方がいいだろう』
『登る前って事は……』
出発の前日。俺は自分の部屋でテーブルの上に地図を広げた。
『あった。ジンの町。金がとれなくなったから、今は交易と伐採でなんとかもっているって町だな。ここで別行動を?』
『本来であれば依頼自体が潤沢にあるストロボの町の方がいいが、キャロがあれでは仕方あるまい。マウントジンに生息する魔物との戦闘も可能だろうし、丁度よかろう』
うーむ、確かにサクセスの言う通りだ。人狼であるクー。マントとはいえ、元魔王であるサクセスがいるパーティ。その特異性故、いざって時の行動は二人に偏ってしまったりするだろう。
臨機応変に動けるようになる……という意味ではその選択肢はアリだな。
『それで、どう分けるんだよ?』
『決まっているだろう……当然――――』
『…………マジ?』
『大マジだ』
俺はサクセスの言葉に戦慄し、そして……頭を抱えた。
俺達はクーの武器を買い、ラウドの町を出発した。
俺は比較的安全な街道を歩いている時、パーティメンバーにその話を伝えてみた。
「っていう話があったんだが、どう思う?」
「私もそれは賛成よ」
「魔物の巣窟に入るんだもの、それは当然よね」
ティミーもキャロも真面目に考えているようで、提案自体はすんなりと通った。
「それで、どんな構成にするの?」
ティミーが後ろ手を組みながら覗き込んできた。
「ええと……その……」
「何よ?」
キャロは後ろ歩きしながら俺にじとっとした視線を送りつけてくる。
むぅ、出来ればその目で俺を見ないで欲しいものだ。
「ティミー、キャロ、クーの三人と…………俺?」
完全に俺すらも理解していない言い方だった。だってしょうがないじゃないか。理解したくないんだから…………。
「…………」
当然ティミーは言葉を失っている。
「ふーん、前衛はクーで、私が自由に動けるのね。後衛にはティミーもいるし、何だ中々…………あれ?」
パーティ構成を考えているキャロは、顎に指をつけて空を見ながらぶつぶつと呟いている。
「ちょっと! それってディルアがソロって事じゃないっ!」
ようやく気付いたな。でも相変わらずキャロだな。
「相変わらずキャロだな、お前」
口から零れてしまった事をどうか許して欲しい。
「どういう意味よ? キャロって言葉はいつから蔑称みたいになったのよ?」
キャロに胸倉を掴まれながらぶんぶんと身体を揺すられる俺。これからキャロにカツアゲでもされるのだろうか?
「はははは、難しい言葉を知ってるじゃないか」
「むきぃいいいいいいっ!」
「仕方ないだろう。現状の最大火力は俺。大抵の戦闘はクーが魔物を受け止めてくれた時点で決まる。そうなれば、クーはともかくキャロとティミ―の実戦経験がえらく少なくなっちまうんだからっ」
って、サクセスが言ってたんだ。
「うぅ、それは確かに…………そうだけど……」
「かといって、クーと俺のパーティにしたらキャロ、ティミーのパーティが心配だしな。スタンダードな戦闘が出来るパーティを組んだ方が絶対に後々の役に立つんだ」
そう俺が言い終えると、キャロは俺の胸倉から手を離した。いや、外れてしまったと言った方が正しいかもしれない。
「パーティに危険が迫った時、自由に動けるディルアが最大の戦力となる方が、結果としてパーティ寿命が延びるって事でしょう? 私も納得はいかないけど…………パーティリーダーであるディルアの気持ちもわかるつもりだよ」
ティミーは、明確に非賛同を提示した。だが、そうは言っても呑み込む事も出来ると言ってくれた。
キャロの不服そうな顔はそのままだが、あれ以上は何も言わないって事は、似たように思っているのかもしれない。
クーは気まずそうな空気を読んでいるのか何も言わないでいてくれているが、思うところがない訳じゃなさそうだ。
パーティが動き出して早々に問題が山積みである。
『堪えよ。こういった場の空気に慣れなくては、英断は出来ぬ。非の声なくして生きた指導者はいないと知れ、ディルア……』
『わかってる。わかってるさ……』
やっぱり、パーティリーダーって大変だなぁ……。




