027
不安しかない中、俺はクーの部屋の扉を開けた。
「な、何で…………っ」
予想通り過ぎて笑ってしまう程だ。これが……他人事ならな。
まぁここにティミーもいたのは予想外だったけど。
「何でこんなところに――」
キャロの語気が強くなりそうな瞬間、俺は部屋に入り強めに扉を閉め、場を制した。
すぐにキャロとティミ―が俺を見た。
犬耳を手で隠そうとしているクーは…………凄く申し訳なさそうな顔をしている。何この子、超可愛い。
いやいや、クーは俺の数十倍生きてるんだった。この印象は失礼かもしれない。
「ディルア……」
訴えかけるように、そして『お前は知っていたのか? 勿論知ってたわよねぇ?』という視線を向けるキャロ。ふむ、こんな事を考えている場合じゃないのは勿論なのだが、何故か思考は冷静である。
「……ディルア」
そっと近寄って来るティミーの視線は少し違ったものだった。
『どうやら、話すしかないようだな』
『だよなぁ……』
以降、キャロが騒ぎ立てる事はなかったが、ギルド員が悲鳴の理由を聞きに来た時は焦った。
扉越しに適当に誤魔化して引きとってもらったが、この二人は引きとってもらえる状況じゃなさそうだ。
ベッドに腰を下ろす二人と、全身甲冑を脱いでちょこんと床に座るクー。
俺はその間で腕を組んだまま、しばらく沈黙を貫いていた。
話さないという訳ではない。どう説明すればいいか、頭の中で考えているんだ。
そんな沈黙を放置しないのは、当然我がパーティのお馬鹿系美少女のキャロさんだった。
「何で……何でこんなところに人狼がいるのよ……」
まるで先程言い切れなかった言葉をなぞるようにキャロが言った。
まさか初日にバレるとは誰も思わないだろう、普通。
しかしバレてしまったものは仕方ない。サクセスの言う通り、話すしかないようだな。
「はぁ…………黙ってて悪かった」
「それもあるけど、何でディルアが魔族と知り合いなのか、それを説明して欲しいわね」
キャロの珍しい整然とした言葉。相当怒ってるな、これ。まぁ、当然の疑問だよな……。
『サクセス……魔王の事は?』
『ティミーはともかく、キャロには時期尚早だな』
『だよな……』
魔族の事ですらこれ程怒っているのに、いきなり魔王の話は出来ないか。
タイミングが悪かったってのもあるけど、サクセスの事はこの場では話せない。
「実は以前魔族に助けられた事がある」
どこぞのサクセスさんに。
「最初は俺も疑っていたが、その魔族……俺には悪いヤツに見えなかったんだ。それで、助けてもらった恩を返したいと伝えたところ、クーが一人でこの近くに住んでるって話を聞いたんだ」
「恩を返したいのであれば、クーちゃんを助けてあげてくれって言われたって事?」
ティミーの言葉に俺は沈黙で答えた。
「……何でその魔族が助けなかったのよ?」
怒ると冷静になるな、キャロのヤツ。それも当然の疑問。さて、その答えを用意してなかったが……どうしよう?
『ふん、こうすればよかろう……!』
瞬間、サクセスが、マントが、俺の肩から外れ、宙に浮かび上がった。
「わっ? わっ?」
キャロはマントの動きに驚き、ティミーは自らの口を塞いで静かに驚いた。
なるほど、魔王の件のみ伏せて、サクセスの存在を伝えるつもりか。
「サクセスという」
喋った……。サクセスはマントに顔の形を浮き上がらせ、流暢に喋ったのである。
「おい、そんな事出来たのかよっ?」
「魔力の波動とマントの動きで誤魔化しているに過ぎない。余り長く喋れぬ故、詳しい話は省かせてもらおう。まず、ディルアが言っていた魔族とは私の事だ」
流石。「我」とか言わないんだな。
「マントが……しゃべったぁ……!」
ぽかんと口を開けるキャロは、それ以上言葉を発しなかった。
「故あって私はマントに封じられた身。ディルアなしでは満足に動く事も出来ない」
「そうか、その姿ではクーちゃんを助ける事は出来ない……」
ティミーがサクセスの意図を拾うように呟いた。
「そういう事だ。私とディルアの出会いについては……キャロ、君も詳しいだろう?」
「あの時のダンジョン……」
キャロも段々と状況を呑み込んできたようだ。
「でも助けられたってのはどういう事?」
「こうみえても私は強力なアーティファクトと同等、いや、それ以上の能力を自負している。ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしないだろう」
「そういう事……か。今までディルアが全く傷を負わなかったのも……」
「うむ、ティミーの推察通り、私の、このマントのおかげと言える」
「なるほどね、それで助けられた……か。これでディルアの冒険者ランクの成長がやたら早い理由も納得出来たわ」
「人間に嫌われる身とはわかりつつも、信の置けるディルア以外には頼る事も出来なかった。今までこの存在を隠してきた理由も理解してくれる事を願う」
……まったく、上手く考えたものだな。
サクセスは、ほとんど嘘を言わずに筋を通してみせた。
再び訪れた沈黙。サクセスは俺の肩に戻り、疲れた様子で溜め息を吐いていた。
さて、ここからはまた俺の仕事だな。
「そして、クーも俺を助けてくれた。心が清く優しいという事は、今日一日一緒に戦った二人ならわかるだろう?」
これには流石のキャロも困った顔を浮かべた。
クーの困惑と申し訳なさそうな表情を見れば、そうなって然るべきだ。
そして、理解の早いティミーは既にクーの下へ近付き、一緒になって腰を落としていた。
ティミーがクーの犬耳を撫でながらこちらを見る。
「でも、ディルア。そうなると、これから先大変だよ?」
ティミーの言葉の意味は、少なからず俺も危惧していた事だった。
「わかってる。出来れば二人に協力して欲しいのが本音だ。だけど、もしそれが叶わないなら…………」
パーティを――――。
「ちょっと」
漏れそうな俺の言葉を止めたのはキャロ、その人だった。
「せっかく出来上がったパーティなのよ? その先の言葉、少しでも声にしたら引っ叩くわよ?」
少し……ほんの少しだけだが、キャロの真摯な言葉に驚いた。
「うふふ、そうね。言ったらキャロちゃんより先に私が引っ叩いてたわっ」
ティミーのビンタか。シントの町の冒険者たちなら喜んで受けたかもしれないな。
「協力するのがパーティなのよ、アンタそれ本当にわかってる?」
「わかって…………いや、一番わかってなかったのかもしれないな」
「ふん、殊勝な事じゃないっ。いいわ、面白そうじゃないっ。人狼がいる冒険者パーティなんて、世界を探しても私たちだけよ、絶対。ならこの状況をとことん楽しんでやろうじゃないっ」
ドンと胸を張ったキャロを、流石に笑わずにはいられなかった。
調子のいいヤツ。…………違うな。良いヤツだ。
「ふわぁ~~、頭使ったら眠くなっちゃったっ。クーの事といい、サクセスの事といい、明日になったらもうちょっと詳しく話してもらうからねっ」
「明日からもよろしくね、クーちゃん」
「う、うん……」
キャロとティミーがそう言い残して部屋を去った後、クーの部屋には沈黙が流れた。
そしてそれを破ったのは、意外にもずっと俯いていたクーの方だった。
「ディルア、ごめん」
「……へ? 何でクーが謝るんだよ? 遠かれ少なかれバレるとは思ってたよ。まぁ初日だとは流石に思わなかったけどな、ははは」
「ディルアに……嘘、吐かせた……」
あぁ、なるほど。クーはそれを理解していたか。
そう、サクセスの話はあくまでキャロとティミーを誤魔化すために用意したものだ。
クーと初めて会った時、そもそもクーを助けるなんて話はなかったからな。最初からクーの事を前衛の当てだとわかっていた俺にとっては、先程のサクセスの話は少しだけ筋が通らなくなる。
クーはその部分を嘘と受け取ったのだろう。魔族である負い目なのか、クーの優しさなのかはわからないが、二人の前ではそれを指摘しなかった。
「ごめん、ね?」
…………そうじゃない。こんな顔をしてくれるんだ。
…………優しさに決まってるじゃないか。




