026
暗闇からのそのそと歩いて来たのは人型の鰐……と呼ぶのが一番近いか。
夜間行動時はティミーが火魔法でライトアップをするので、夜の戦闘はその光源に引き寄せられた魔物に奇襲される事が前提である。
しかし、こいつら二体は奇襲をかけずゆっくりと登場した。
それだけ自分たちの力を理解しているという事。知能もそれだけ高い。右の奴は剣、左の奴は槍か。
おそらく亡くなった冒険者たちの物だ。刃物を使う相手は初めてだが……はてさて。
『強者故の余裕というところか……。ふん、ディルア。この生意気なトカゲどもに後悔すら与えぬ慈悲をくれてやれ』
『言われなくても――!』
「クー! 右の一体を頼む!」
「うん!」
「キャロ! 左の奴を引き付けられるか?」
「え、援護しなさいよね!」
「ティミー!」
「キャロの援護、了解!」
流石! わかっていらっしゃる!
瞬間、鈍い金属の衝突音が響く、クーの剣とリザードマンの剣がぶつかり合っている。
やはりランクC。かなり手強いな。
槍を持ったリザードマンは、ティミーの矢とキャロの動きで何とか防いでるという状態。
『くくくく、これぞ適材適所というやつだ……』
サクセスが魔王っぽいのに魔王っぽくない事を言っている。
『さぁディルア。今こそお主の魔力を見せる時だ。よいか? しっかりと狙い、魔弾に魔素以上の魔力を込めてやれ……!』
サクセスに言われるがまま、スリングショットの砲台を引く。
『そう、その調子だ。残り三秒。我の合図とともに奴の胴体を撃ち抜いて見せろ! ……今!』
「おらぁっ!」
『次弾装填!』
魔力の塊はいつの間にかクーの正面でせり合いをするリザードマンの上半身を吹き飛ばしていた。
リザードマンの絶命を視認したクーは、即座にキャロの横へ躍り出た。
ティミーが矢を撃ち、それを槍で払ったリザードマン。その懐にクーが飛び込む。
得物の長さという長所を封じられたリザードマンが、力で対抗すべく両手で槍を持とうとした。
その瞬間、死角に回り込んでいたキャロが、槍に移動していた右手を斬り付ける。
「ナイス、キャロ!」
「もっと褒めなさい!」
当然もう褒めない。
……ここだ!
『「今っ!」』
脳内で響くサクセスの声と俺の声が同調し、新たなる魔弾が放たれる。
クーが塞いだ左手、キャロが斬り付けた右手。完全にがら空きとなったリザードマンの右腹に死という名の風穴を撃ち込む事に成功する。
「よしっ!」
凄い。クーという前衛が増えただけで、これ程までに戦闘が楽になるのか。
「や……やったぁ!」
キャロのヤツ、上手く立ち回ったもんだな。
「ふぅ」
ティミーも素晴らしいバックアップだったな。
「おー」
強力な魔物を前に物怖じしないクーがこれ程頼もしいとはね。
「おっし! 皆お疲れ!」
「「うんっ!」」
どうやら誰も怪我はしていないようだ。
これからは、魔物を選びつつランクCの依頼をこなしていくといいかもしれないな。
「使える矢を回収。その後、周辺を警戒しつつ帰路に移る」
こうして、俺の、俺たちのパーティは動き始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラウドの町に帰還した俺たちは、今後の方針を話す事になった。
「アールームー! ずぅえったいアールームー!」
稼いだ報酬で再びギルドでテーブルを囲んだ俺たち。
バシバシとテーブルを叩くキャロに、クーが面白い反応を見せている。
「おー! おー? おー……」
手が動く度にクーの視線が誘導されているようだ。
兜を脱いだはいいが、この頭巾姿はいつか何かしら突っ込まれそうだな。いや、ティミーは不思議がってはいるだろう。口に出さないだけか。
「ちょっとディルア! 私の話聞いてるの?」
「あぁすまん、身体の方がうるさかったから聞いてなかったわ」
「どこがうるさいのよ!」
大きくテーブルを叩いて立ち上がるキャロ。
「ひんっ」
小さくビクついて腰を浮かすクー。
何こいつら、面白い。
「うふふふ。楽しいわね」
ティミーの笑顔が何より嬉しい。こんな笑顔を見るのは久しぶりかもしれない。
ケンの事があって以降、笑みを浮かべる事はあってもやはりどこか陰りがある事がままあったが、こうしたキャロとクーのやりとりがもしかしていい方向に向いてくれるかもしれない。
「何ニヤついてるのよ、ディルア!」
「あ、いや……ゴホン。それじゃあ本題に移ろうか」
「とっくの昔に本題だったんですけど?」
「キャロはアルムの都に行きたいんだな?」
「そうよ! ストロボに行くなんて断固として反対なんだから!」
「あれ? ストロボに行くなんて話、いつしたっけ?」
「ふぇ? あ、あ、あったわよ! 多分っ!」
キャロのヤツ、一体何を焦ってるんだ? もしかしてキャロの故郷がそっちの方にあるのだろうか?
だとしたら一体どうやってシントの町に来たんだ? いや、同じ冒険者なんだ。深入りは厳禁だよな。
「私としてもアルムの都に行くのは賛成だけど、ここからなら西のストロボに向かった方が結果としてアルムの都に早く着けるんだけど…………」
あれ? 東にあるアルムの都に行くのに、西にあるストロボに向かった方が早いってどういう事だ?
ストロボって何か特殊な移動手段が……っ!
「そうか、ストロボの大転移装置……! 古代の賢者が作ったとされるストロボとアルムの都を繋ぐ……アレか!」
「お、流石ディルア。よく出来ましたっ」
「あ、頭を撫でるのはやめてもらえないだろうか、ティミーさんや……」
「うふふふ、だーめ♪」
その目も駄目だ。完敗だ。
「なし! それはなーしー! ねー、ディルアー! 歩いて東に向かおうよー!」
『キャロめ。中々強情だな……』
『何か深い事情があるんだろうな。仕方ない……ジョシューまで戻って――――っ』
そう考えた時、目の端に映ったのはティミーの顔。
まずいな。ジョシューはティミーにとって悪い思い出しかない土地。
再びそこを通ってティミーの心の傷を抉るのは忍びない。
んー、だけどキャロの頼みをかわすのも流石に悪い……か。
そんな事を考えた俺は、席を立ちキャロをギルドの端の方へ連れて来た。
「ちょっとちょっと、何よっ。ストロボは嫌なんだからねっ」
「かといってティミーを連れたままジョシューは通りたくない。それはキャロにもわかるだろう?」
そう、キャロはあの事件を知っている仲間だ、ここまで言えば俺がどう思っているのかわかるはず。
「っ。……むぅ。それは……確かにそうだけど……」
言えばわかる子、それがキャロだ。……多分。
「う~~~~ん…………」
ふむ。ティミーの話を出しても渋る……か。
つまり、キャロにもそれと同等、もしくはそれ以上の何か理由がある……そういう事だ。
方針会議はそのまま流れ、数日はラウドの町にいるという事で話は落ち着いた。
部屋に戻った俺は、ベッドに腰を下ろしてからサクセスに相談をした。
『んー、どうしたもんかね?』
『……一つ、手段がない訳でもない』
『おぉ! 流石魔王様! 何かくれ!』
『何かをやるなどとは言っておらぬ! ええい! 我に頬を擦りつけるなっ!』
『ケチっ!』
『おのれ、キャロみたいな事を言いおって!』
『いや、それはちょっとやめてくれ。本当に傷つく……』
『わかればよいのだ』
ケチな魔王様というのも斬新だな。今後はその方向でいじってみるか。
『それで? その手段ってのは一体何なんだ?』
『うむ、それはな――――』
「――――いやぁあああああああああああああっ???」
俺の部屋にも届いた悲鳴。
これは間違いなくキャロの声である。
まったく、一体何の騒ぎだ?
俺はキャロとティミ―がいる部屋に向かい――――って、おかしい。
俺が別でとったクーの部屋の扉が少し開いている。
クーの正体が人狼だとバレてはいけないと思って別の部屋をとったはずなのに、先程のキャロの悲鳴はここから聞こえてきた気がしてならない。
どうしよう…………この半開きの扉、凄く開けたくない。




