024
「おぉ……!」
「おー?」
「中々似合うな!」
「お尻、窮屈……」
「仕方ないだろう。人間の町ではその尻尾は目立ち過ぎる。犬耳は頭巾で隠せるけど、尻尾のごわごわは我慢してくれ」
「わ、わかった」
人間への完全な擬態が出来ないクーが町に入るための苦肉の策はサクセスが提示してくれた……これ。
全身甲冑。
フルプレートメイル、フルプレート等様々な呼び方もあるが、ここら辺では全身甲冑と呼ばれている文字通り全身を甲冑で覆う装備だ。
『ふっ、父の勇壮さには敵わぬが、馬子にも衣裳といったところか』
『似合ってるよ。普通にな。それよりも驚いたのが、全身甲冑を着ても全然重そうにしていないところだよ』
『人狼の身体能力は人間のソレとは訳が違う。自然とともに生きてきたクーにとって、鉄の重さなど気にもならないだろう』
『キャロとティミーがくれたお金のおかげでギリギリ、アイン合金の全身甲冑が買えたしな』
実際には少し足りなかったのだ。
キャロがくれた金貨と合わせても俺の手持ちは十六枚しかなかった。しかし、アイン合金の全身甲冑は金貨二十一枚という高値。女性用という事で少し安かったが、それでもアイン鉄の全身甲冑の二倍の値段だったのだ。
値札を見ながらうんうんと唸っていたら、武具店の店主が値引きを申し出てくれたのだ。
これも贔屓にしたからだろう。勿論、、店主の方も「今後もよろしくなっ!」と、俺たちを常連客にしたいという狙いがあったに違いない。
余談だが、全身甲冑の装備一式をサクセスでくるんで運ぼうとした時のサクセスの慌てようは、非常に愉快だった。
まぁそんなこんなでパーティの財布はすっからかんではあるが、クーがラウドの町に入る事が出来た。
ラウドの町の隅々を奇異の視線で見て歩くクー。
さぁ、ここからが本番だ。
冒険者ギルドで待つキャロとティミーにクーを紹介しなくてはならない。
いやぁ、我ながら行き当たりばったりな人生だなぁ。
冒険者ギルドに入ると、酒場でティミーとキャロが軽食をとっていた。
「おー、人が一杯だな、ディルア!」
好奇心旺盛なのはわかるが俺の名前を大声で叫ばないで欲しいものだ、クーさんや。
むぅ、周囲の視線が一気にこちらに向いてしまった。
夜ならば喧噪が目立って声が紛れるかもしれないが、まだ夕方だしな。
「んー! ふぃふあ!」
食べ物は呑み込んでから喋りましょう、キャロちゃん。
「こっちこっちー!」
キャロが四人掛けの席のテーブルをパシパシと叩き呼んでいる。
ふむ、これはティミーの仕事かな? キャロにそれ程の気遣いが出来るとは思えない。
「ディルア、あれが仲間か?」
「そうそう。どうだ? 仲良く出来そうか?」
「が、頑張る……!」
俺の後ろを歩くクーに、ティミーもキャロも気付いている。そして周りも珍しそうに見ているのだ。
そりゃそうだよな。全身甲冑を着る女性なんて珍しいに決まっている。
冒険者たちが集うアルムの都なら話は別かもしれないけどな。
当然、そんな視線にクーも気付いている。何故見られているのかわからないだろうが、頭巾を押さえて不安そうだ。耳が見えてると思っているのか。
「大丈夫、見えてないよ」
「う、うん……」
「その人が知り合いの方?」
席につく前にそう聞いてきたのはティミーだった。
俺はそれに頷くかのように、ビクビクと横に並んだクーに目をやった。
「あぁ、クーっていうんだ。ちょっと言葉遣いが拙いかもしれないが、優しい子だよ」
俺より物凄い年上なのに「子」というのは少し違和感を覚えたが、それも仕方ないか。
「ふーん、私はキャロ。よろしくね」
手を差し出すキャロだが、クーにはそれが伝わらなかったようだ。
「握手ってやつだ。手を握り返してやればいい」
「あ、うん! よろしく!」
おぉ、ちゃんと手甲を外したか。偉いなクーは! ………………仕方ない、よな?
「ティミーよ、よろしくね」
「うんっ」
ティミーの雰囲気は本当にパーティにとってありがたい。
自然にクーの顔も綻んでいる。これはなんとかなるかもしれないな。
そんな事を考えていたら、俺の首をぐわしと腕で引き寄せる美少女が一人。
なんだキャロ? 低い身長のくせして無理する事ないのに……。
「ちょっとちょっとっ」
小声だ。まるでクーに聞かせたくないような喋り方だな。
「何だよ?」
「あんなんで大丈夫なのっ? 前衛よ前衛! コミュニケーションとれるのっ?」
「コミュニケーションも含めてキャロ以上の前衛になる事は間違いないぞ?」
「どういう意味よっ!」
「ほら、伝わらない」
俺は指差してそう言うと、キャロは「きぃいいいいいっ!」という変な声を出していた。
当然俺は気にしないでテーブルに戻った。既にティミーとクーは座ってメニューを見ていた。
「これは?」
「牛のテールスープよ」
「これは?」
「仔羊のグリルね」
「お~~~」
「ちょっとちょっと、メニューに涎が垂れちゃってるわよ」
早くもお姉さんポジション発揮だな。
そうか、クーは字が読めないのか。それを早くも理解したとはティミーは本当に凄いな。
それにしてもクーのヤツ。野菜のメニューもあるってのにことごとく肉類のメニューを指差すのは魔法か何かだろうか? むぅ、本能的に判断しているのかもしれない。
あ、忘れてた……。
「ティミー、ティミー」
今度は俺が小声でティミーに呟く。
「ん? なあに?」
「じ、実はな。今手持ちのお金がなくてですね。貸しておいてもらう事は出来ないだろうか?」
「うふふ、何? そんな事別に気にしないよ。渡したお金だって、クーちゃんのために使ったんでしょう?」
「わかるものなのか?」
「どう見ても新品だもの。多分キャロちゃんも気付いてるわよ」
え、本当に? キャロも? 嘘だぁ。……マジで?
俺の表情の変化にくすりと笑うティミーが、こっそりとキャロを指差した。
じとっとクーの甲冑を見ながら、きゅっきゅと指を擦っている。
「ん~~~…………んん? ん~~~っ……」
なるほど、気付いているな。
自分が稼いだお金が全身甲冑……というよりクーに使われたのが納得いってないようだが、流石に事を荒立てるという事はしないようだ。今度お菓子でも買ってやるか。
とりあえず顔見せは上手くいったようだ。
ギルドの食事にクーが感動していたが、そんなに美味いかな、これ?
まぁこれまでがこれまでだったから仕方ないか。
しかし、流石人狼。パーティ一の大食漢だな。
今後は食費も考えないといけない。
「それで? この子のランクは?」
「あぁ、そうだ。登録しておかなくちゃな」
「って、えぇ? ビギナーなの?」
つい先日までビギナーだったお前が何を言っているんだ。
「問題ない。俺を助けてくれる程の実力だ」
「へー、それはそれは…………なら! 今すぐにその実力を見せてもらいたいわね!」
意気揚々と立ち上がるキャロ。指を差された当のクーはキョトンとしている。
だがしかし、悪くないアイディアかもしれないな。
「それじゃあ、いっちょ夜の魔物討伐に行ってみるかっ!」




