018
サクセスが教えてくれた風魔法は非常に有用性の高いものだった。
前衛に回った俺でも、相手に触れる事が出来ればほぼ致命傷のダメージを与える事が出来たからだ。
勿論そういった機会が多い訳じゃないが、中距離でも近距離でも使える魔法……戦術の幅が出来た事は大きい。必要な魔力も少なく、他の二人の魔力も温存が出来る。
更にレギュラーランクになった俺の実力は、パーティでも抜きんでる存在になった……と思う。
「そっちは任せたぞ、キャロ!」
「楽勝よっ!」
「ティミーはキャロの援護! こっちは問題ない!」
「任せてっ」
正面に見据えるはランクDの魔物アーマードマンティス。硬度の高いメタリックパープルの体表を持った蟷螂だ。
「シッ!」
振り下ろされる鋭い鎌のような腕。視線から攻撃箇所を特定し、懐に潜り込む。
すかさず反対側の腕が俺を狙うが、引き抜いた剣でその攻撃を防ぐ。耳に届く金属の衝突音。その音に顔を歪めつつもアーマードマンティスの胴体に手を置く事が出来た。
ここだっ!
「ウィンドファイバーっ!」
縦一閃。垂直に半分に斬り裂かれたアーマードマンティス。
「ラビットファイア!」
人間大のアーマードマンティスより少し小さなランクEの魔物、アサルトマンティス。
俺がアーマードマンティスを倒した頃、深緑色の体表の背に、ティミーの奇襲魔法が襲う。腕の鎌を剣で凌いでいたキャロを見事に補助し、キャロは魔法が当たった反動で起きたアサルトマンティスの怯みを逃さなかった。
横一閃。アサルトマンティスの左腕、首、右腕をすっぱりと斬り落とす事に成功。
「……ふぅ、片付いたわね」
「おう、お疲れさーん」
「うんうん、バッチリだったね♪」
この世界で一番遭遇率の高い魔物はランクE~Dの魔物だ。それを苦にしなくなるパーティに成長したのは大きい。それでも大多数のパーティの内の一つではあるが、俺たちは順調に強くなっていった。
――――しかし、
「あ、ディルア。それ……」
ティミーが小さく指を差したのは俺の鉄の剣だった。
「うわぁっ? ヒビが……入ってる…………」
鉄の剣にはアーマードマンティスからの攻撃を受けた場所から刀身の中央付近まで、細かだが深そうなヒビが入っていた。
「うっわ、これ思ったより酷いわね……」
キャロの声は「ご愁傷さま」という感じで、素人目に見てもこの剣の寿命を迎えていた事がわかった。
「うぅ……結構気に入ってたんだけどなぁ」
とほほと肩を落とす俺に、キャロとティミーが苦笑する。愛用する武具との別れも冒険者の常だ。早い段階で傷を負っておけたのはよしと思うように……したいなぁ。
「次がストロボに向かう途中でのジョシュー最後の町だから、結構大きいわよ。ストロボから来るお客を狙って賑わっているらしいし、そこで新調しよ? ね?」
ティミーが優しい言葉を掛けてくれるのはいつもの事だが、こういう時は本当にありがたいと思う。
「あ、それなら私もー! 剣は大丈夫だけど手甲がボロボロなのよねっ」
便乗するキャロだが、確かに手に付ける銀色の手甲を見るとかなり痛んでいるのがわかった。
「……だな。ティミーは何かあるか? こういうのは遠慮なく言った方がいいぞ?」
「うーん、矢の補充と弓の手入れくらいかなー?」
「よし、決まりだっ」
『ほぉ、中々良いパーティになってきたではないか?』
サクセスが褒めるように呟く。
確かに。結成当初に比べると大分まとまってきた感じはある。ゆくゆくはジョシューの東にあると言われるアルムの都で強豪のパーティと肩を並べる事が出来るかもしれない。
まぁ、目指すべきはもっとその先にあるんだけどな……。
翌朝、ジョシュー西の町、ラウドに着いた。ストロボに行くのであればここが最後の町となる。
確かにティミーが言ってた通り、かなり賑わっている様子が窺える。町の大きさこそジョシューの方が大きいが、活気としてはラウドの町の方が上かもしれない。
ジョシューとストロボは長く同盟関係を築いているから、ストロボからの入国者はラウドに一旦腰を落ち着けるせいもあるだろうからな。
『ほぉ、人間共の活力が満ちているな』
『やっぱりわかるもんなのか』
『それだけ戦争からは心が離れているという事だ。魔王軍と争っていた時代の人間たちは……いや、今それを言っても仕方のない事だ。それより、ここからの事はわかっているな?』
『あぁ、とりあえず一週間はこの町にいる予定だし、一人で動ける時間も見つかるはずだ』
サクセスの言葉の意味。それはアーティファクトの回収と、前衛の当ての話だ。まぁその前の話はあまり聞きたいものじゃないからな。それ以上に急ぐ事があるし今は聞かなくていいだろう。
「ふぅ、ようやく落ち着けたわねー」
「いや、ここは俺の部屋なんですけど? 今キャロが寝そべってるのは俺が使う予定のベッドであって、キャロが落ち着くべきベッドじゃないぞ?」
「いーじゃない。減るもんじゃなしー」
ふかふか感が減ると思うのは俺だけだろうか?
この町での予定を決めるために、ティミーとキャロの部屋は取ったが俺の部屋に来てもらったんだが、失敗だったかもしれないな。
「それで、ディルア。このラウドの町に知り合いがいるの?」
「あぁ、いや。ここから少し離れた場所に住んでるんだ」
ティミーにはああ言ったが、当然知り合いじゃない。サクセスの当ての話なのだから。
そうでも言わないとストロボ付近までパーティを引き連れて来られないからな。
アーティファクトの話もそう簡単に切り出す事が出来ない。そもそもどこからそんな情報を得ているのかと突っ込まれてしまうからな。だからこうして、「頼りになる前衛候補がいる」と言って二人を連れて来たんだ。
そもそも、俺たちみたいなパーティが目指すのはアルムの都だし、ここからは正反対だ。何かしら口実は必要だろう。
「ふーん、それじゃあここで待ち合わせ? それとも迎えに行くの?」
キャロは俺が使うであろう枕を抱きながら聞いてきた。
「そうだな。今日中に武器の新調をして、明日明後日で俺が迎えに行ってくるよ」
「え、ディルア。一人で大丈夫なの?」
「いきなりパーティ全員で行っても迷惑だろうし、まずは話だけでも聞いてもらわなくちゃな。寧ろ一人の方がありがたいよ」
「そう……」
納得し切らない様子のティミーだったが……まぁそれも仕方ないか。いつかティミーには話しておくべき事なのかもしれないな。アルムに着いたら話してみようか?
何にしても、今はやるべき事をやってからだろうな。
「――と、こんなところかな? それじゃあ少し休んで昼過ぎ、十四時に一階に集合って事でよろしく」
「ほわーい」
「はーい」
欠伸をしながら出て行ったキャロと、欠伸を我慢して出て行ったティミーを扉の外まで見送る。
静かに扉を閉め、飛び込む予定のベッドを見る。
「何故ベッドのシーツをここまでくしゃくしゃに出来るんだ…………」
そんな深い溜め息と共に出た言葉。
だがしかし……むぅ、キャロのヤツ。長く旅をしたとはいえ、悪くない匂いを残して行ったな。
くしゃくしゃのベッドから女の子の匂いを足し、これまでの疲労を更に足すと、気持ちよく眠れない訳がなかった。
昼少し過ぎた頃に目を覚ました。
予定の時刻までは三十分程時間がある。それまではこっちの打ち合わせをしておくか。
『それで? このラウドの町からどこへ行けばいいんだ?』
『ここから真っ直ぐ南に向かうと川があるはずだ。そこまで着いたら川沿いに西に向かうがよい』
『一体どんなやつなんだよ? その当てってのは。いい加減に教えてくれてもいいだろう?』
『それなのだが……我も知らぬのだ』
ついにサクセスが壊れてしまったようだ。