017
『それにしてもこの常時スキルは素晴らしいな。これも冒険した者の特権という神ならではの計らいか。味な真似をする』
『神様も魔王も等しく恩恵をくれる。ありがたい事じゃないか』
『む、我を褒めるのは当然だが、神と同列視されるのは納得がいかぬぞ。おい、ディルア、聞いているのかっ』
サクセスが何か喚いていたが、あんまり必要性を感じなかったのか、俺は別の事を考えていた。
「風、魔法…………か」
「はぁ? アンタ、ちょっとその冒険者カード見せなさいっ!」
と言って強引に俺から冒険者カードを奪ったのは当然キャロ。
「何でぇ? 何で私たちと一緒に旅してきたディルアがもうレギュラーランクになってるのよっ!」
「ふっ、一言で言えば、まぁ……才能かな?」
「それはないと思うわ!」
断言されてしまった。確かに同じランクのビギナーの時に、キャロには一本とられてしまったからなぁ。
……ん? そういえばコイツ、出会った頃、俺を斬りつけてきたんだよな?
むぅ、今にして考えてみれば、キャロのヤツ、出会う相手を間違っていたら一瞬で殺されてたかもしれないな。
その点、俺は何て優しいんだろう。うんうん。
「何なのよ、そのニヤけ顔は……」
「レギュラーランクになったんだ。そりゃニヤけるだろう」
じとっと見てくるキャロの目……が、中々大きくてパッチリして、大人しくしていればやはり美少女なんだなーと改めて実感するな。
「むぅうううううっ!」
未だ納得していない様子のキャロの声に釣られたのか、後ろから我がパーティの女神が現れた。
「どうしたの二人共……あら?」
ティミーはキャロが持つ俺の冒険者カードに気付いたようだ。
「うわぁ、凄い……ディルア、レギュラーランクまで上がったのっ?」
「ふっ、一言で言えば、まぁ……才能かな?」
「うん、うん。私はディルアはやれば出来る人だってずーっとわかってたよっ」
まるで自分の事のように喜んでくれるティミー。……それに比べて、
「嘘よ。これはまやかしよっ。私なんか昨日ノービスランクに上がったばかりだっていうのに、何でこうも離されなくちゃならないのよっ。前はビギナー同士だったのにぃ……ぬぐぐぐぐっ」
不満たらたらなキャロ。
キャロの今の感情は悔しさからくるもの……もしくは嫉妬。その線もなくはないが、ただただ認めたくはないのだろう。
まぁ俺もサクセスのおかげでここまで早くレギュラーランクになれたんだ。普通の速度で歩んでいるキャロが悔しがるのもわかるというものだ。
いや、待てよ? ある意味キャロもサクセスの恩恵を受けていると言っても過言じゃないな。ティミーもそうだが。もしかしたら俺たちのパーティは、サクセスがいる分、成長が早いのかもしれない。
「さっ、今日はどうするのっ? もう出発しちゃうの?」
はぁ、おそらく今日一日は不機嫌だろうな。だけど、サクセスのあの話を聞いた後じゃここで足踏みしている訳にもいかないからな。補充分の食料だけ買ったら国境を目指すか。
瞬間的な冷却魔法でも内蔵しているのか、キャロは国境までの街道に出た瞬間機嫌を直した。
「たまには私も前衛をやりたい」とゴネたキャロがふんふんと鼻歌を歌っている後ろで、俺とティミーは並んで歩いていた。その理由は、やはり新しく会得した風魔法について聞くためだった。
「そっかぁ、下級風魔法まで覚えたんだね。本当にどんどん逞しくなるね、ディルアは」
胸の前で手を合わせて喜ぶティミー。うーむ、可愛い。
「ディルアぁ?」
「あぁ、えっと……それで風魔法って言ってもどういう風に使えばいいかわからなくてな。ティミーは魔法の先輩だから聞いておこうと思ってな」
『おいディルア。身近に大先輩がいる事を忘れてはいやしないか?』
……大変だ、忘れてた。
そうだな。サクセスにも後で聞こう。
「魔法っていうのは主に魔素から何かを作り出せる技術なのよ」
「作り出す……って事は特定の魔法があるって訳じゃないのか?」
「誰にでもイメージしやすいものであれば同じ魔法になるって事はあるけど、基本的には皆オリジナルの魔法よ。同じ魔法でも使用者が名前を付けるから固有名も変わるんだよ」
えへへと笑いを交ぜたティミーは、その笑みに自分で気付いたのか、少しだけ頬を赤らめてキャロの下まで小走りで向かって行った。
何か嬉しかったのだろうか? 自分が胸を張って教えられたからだろうか。何にせよ女の子の感情はよくわからないな。
『ねー大先輩』
『………………ふん』
面白い程にショックを受けているようだな。確かに昨日のうちにサクセスに聞いておけばよかった。
『魔王が何スネてるんだよ』
『スネてなどおらん。ただ、このような扱いを受ける事があろうとは思わなかっただけだ』
これがどうスネてないのだろう?
『ティミーに聞き忘れちゃったんだけど、下級魔法だとイメージしても完成しない魔法があるって事でいいんだよな?』
『……ふん、無論そうだが、下級は下級の、中級は中級の、上級は上級の良さがある。発想一つで下級魔法が上級魔法を打ち砕く事もなくはない。全ては戦術が大事なのだ。ふむ……どれ、一つ魔法を伝授してやろう』
おぉ! 魔王直伝の魔法とかそれはそれで嬉しいものだな。
『世に出回っている魔法は派手で大きければ良いと思われているのが癪でな。いい機会だ。これを機にお主が使う魔法で世間を驚かせてみせろ』
『下級魔法を伝授してくれるのに、それだけで世間が驚くかね?』
俺がそう言うと、サクセスは小さな溜め息を吐いた。
『はぁ、先程の話、ちゃんと聞いていたのか?』
おっと、いけないいけない。そうだよな。どの等級の魔法でも利点はあるんだったな。
『ふむ? 会得したのは風魔法だったな。丁度良い。あの藪の中にランクF相当の魔物がいる。魔法の発動は最初程イメージが大事なものだ。目を閉じ、深く息を吐け……』
俺は前を歩く二人に止まるように声を掛ける。
「何々? 試し打ち?」
早速ティミーはその意図に気付いたようで、じっと俺の手元を見つめている。ちと恥ずかしいな。
キャロは腕を組みながら、見極めるように見つめてくる。
「す~……はぁー」
『手に魔力を込め、集まった魔素を……削れ』
『はぁっ? 折角集めたのに削るのか?』
『無駄をとことん無くし、研磨するのだ。鋭く、しかし薄く。それだけで消費魔力は限りなく少なく済む。集中の代金は体力で払ってやれ』
くっ……確かに、こりゃ魔力以上に集中力が必要だ。手に集まる魔力がほとんど感じない。
削ぎ落とし、磨き、鋭利に、軽く、速く……。
『まだ足りぬ。もっと薄く、もっと細くだ。しかし今ある魔力量を維持せよ。零れる魔力を押し込め圧縮しろ。等級の上下など必要魔力量の多寡で決まるものと思え。研ぎ澄まし洗練せよ』
「く……くくっ!」
『ふっ、上出来だ。今だ放て。そして叫べ、その名はウィンドファイバー』
「ウィンドファイバーっ!」
一瞬。ほんの一瞬だけ聞こえた耳を突くような風切り音。
手から放たれた風魔法は、俺のコントロール通り藪の中に向かったのかすら目では捉えられなかった。
しかし、身体は知っていた。確かにあの藪に向かっていったはずだ。
「何? 不発? 格好付けたと思ったらこれよこれ。あー恥ずかしい~」
「……いえ」
珍しくティミーの掠れた声を聞いた気がした。
隣で藪を指差すティミーの腕が震えている。
俺は再びその指の先、藪を見つめた。瞬間、藪ごと綺麗に真っ二つとなった。
藪の中にいたランクFの魔物はデッドスネイクという猛毒を持つ蛇型の魔物だった。
首胴体を巻き込んで切断し、ウィンドファイバーの爪跡は地中にまで残った。
「これ、本当に下級風魔法? こんな威力、私初めて見たわ……」
驚きを隠せないティミーと…………、
「むきぃいいいいいっ! 何で? 何でなのよぉおおおっ!」
ぶり返すキャロの嫉妬。