016
『そして勇者を篭絡したヴィクセンは、右腕である勇将ゴディアスを殺し、勇者を使い我に瀕死の傷を与えたのだ』
『だけど、だけど何故サクセスを殺さなかったんだ? 言っちゃ悪いが、別に封じ込める必要は無かっただろう?』
『知れた事。魔王が滅べば勇者も死ぬ。魔王が滅べば、時代はまた新たな魔王を生み出す。そしてそれは絶対にヴィクセンではないからだ』
『絶対にって、一体どういう事だ?』
『勇者が人から生まれるように、魔王もまた魔族から生まれる。現界している者にとって魔王になるチャンスは一切ない』
つまり、魔王になるためには魔王に成り代わるしかない。そういう事か。
魔王であるサクセスが死んだら、ヴィクセンは魔王になる事が出来ない。ならばサクセスをこういったマントに封じ込めて魔王が死んでない世界を偽装するしかない。
それに、ヴィクセンは勇者を手中に収めている。折角手に入れた最強の手駒があれば、魔王になっても魔王の力を手に入れる必要はないって事か。それに、勇者を殺さずにいれば新たな勇者が生まれる事はない。
『そう、ヴィクセンは勇者も魔王も封じ込めたと言ってよいだろう』
そうか、そういう事だったのか。
だが、待てよ? それが五百年前だとしたら、何故こうも侵略されてないんだ?
『ディルア、お主の疑問はよくわかる。が、我の精強な魔王軍が、全てヴィクセンに味方していた訳ではないのだぞ?』
『あー…………魔王軍が二つに割れていたって事か』
『自分で言うのも何だが、我の支持率は非常に高かったのだ』
ぬぅ、ちょっと威張って聞こえるところがちょっと癪だが、サクセスはサクセスで大変な状況みたいだから突っ込まないでおいてやろう。
『だけど、皮肉なもんだよな。人類を滅ぼすための軍が仲間割れしてるなんてな』
『だが、それも綻び始めている』
『え? どういう事だ?』
『先程遭遇したムシュフシュが良い証拠だ。魔物は魔族の手下のようなものだ。この先厄介な魔物が増えてくると見て間違いないだろう』
既にどちらかに形勢が傾いているという事か。いや、優勢なのは確実にヴィクセンの方だろうけど。
『魔族の手下ならどこかのマントさんが何とか出来るんじゃないのかよ……』
『我は魔王だぞ? 魔王は魔族を統べるのだ。そしてそれは魔物には当てはまらぬ。まぁ例外はいるがな』
『魔族と魔王は違うって事か。しかし…………』
『どうした?』
『俺は今、とんでもない事を聞いてしまったのでは?』
聞いているのはマントのサクセスだけなのに、首を傾げてしまった俺だが、世界有数の冒険者すら知らない事実を聞いて、俺はこの先どうすればいいのだろう。
『聞かない方が良かったかもしれぬが、聞いて良かったかもしれぬぞ?』
『そうだよなぁ……はぁ。ん? あれ? それじゃあサクセスがここにいるってヴィクセンにバレてるんじゃないのか?』
『魔王の魔力を甘く見るでない。奴が我を保管していた宝物庫にはダミーを置いてきている。脱出までに膨大な時間を掛けてしまったがな。しかし、ヴィクセンとて、ダミーを注視せねば見破る事は出来ぬ。だがまぁ、先程言った通り、綻びが見え始めているのは確かだ。あまり時間がないというのは正しいかもしれぬな』
『やっぱりこのマント、呪われてた……』
手で顔を覆い、愚痴を零す。
『ふふふふふ、の割りには愚痴程度で済んでいるところは好感が持てるぞ?』
『うっせぇ、それしか言えないと思え、馬鹿たれ!』
『かつて魔王を馬鹿呼ばわりした者は一人もいなかったが、なるほど、こういう時に聞く「馬鹿」は心地が悪いものではないな。ふふふふふふ』
おのれ、最近人間味が溢れてきたというか、サクセスの地が見えるような気がしてならない。
まぁそれだけサクセスと共に過ごしているとも言えるか。
『さて、そこで本題だ。ディルア?』
『これ以上にどこに本題が――――いや、あるか』
『それでいいぞ我が宿主よ。……して、協力はしてもらえるのだろうか?』
『はぁ~………………………………………………………………』
心の溜め息と同時に出る現実の溜め息。深く長い沈黙だが、サクセスは俺の答えをゆっくり待ってくれているようだった。
この先何が起きるかわからないが、このままこの事実が放置されたままなら、魔物しか現れない平和に近い状態が凄惨な状態になっていく。サクセスがいなければ、俺は勿論、キャロやティミーだって命が危険にさらされてしまう。
サクセスと組んで今までやってきて、腹を括る事は何度かあったが、これは今まで以上に厄介な括りになるな。
『……やるよ』
『……感謝するぞ、ディルア』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、早めに寝た事もあってか魔力は十分に回復する事が出来た。
階下で朝食をしているキャロとティミーに挨拶をすると、俺は昨日の体調のせいで報告する事が出来なかったダックアビールの討伐依頼報告を済ませた。
「ありがとうございます。ダックアビール、金貨二枚となります。ご希望でしたら二十枚の銀貨でお渡しできますがいかがでしょうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとう」
町に長居するならば崩しておいた方がいいけど、ストロボ方面に向かう俺たちだったら荷物は出来るだけ少ない方がいい。依頼の報酬は満場一致で俺が預かる事に決まったんだが、この先ティミーたちと別れなくちゃいけない場合も考えて、なるべく残しておきたいものだ。
それでも昨夜あの後サクセスと話し、「現状やる事は一緒」だという事で決まった。
ならばサクセスによる前衛の当ても、その近辺にあるというもう一つのアーティファクトも揃えるのが最優先だという事だ。
『ディルア、冒険者カードの更新も行っておけ』
『え? でも更新は昨日やったじゃないか?』
『何を言っている。その後、一人で倒した大物がいた事を忘れてしまったのか?』
あぁ、そう言えば俺はランクBのムシュフシュを倒したのか。サクセスはムシュフシュを倒してステータスが反映されないはずがないと言ってるのか。
『これも皮肉ではあるがな。冒険者の力はそもそも神の力。魔王が間接的なりとも神の力を借りるとはな……』
『神様は借りられたとわかるもんなのか?』
『さぁ、それはどうだか我にもわからぬ。奴が動くならば囚われの勇者に何らかの形で影響が出て然るべきだが、現状そういった動きはないと思った方がよいだろう』
まぁ確かにその通りだよな。それに、勇者に何かあったとしても今の俺たちにはそれを知る術がないからな。…………って、うぉっ?
『……ほぉ、著しい、とまではいかぬが中々の成長ぶりだな、ディルア?』
ディルア:二十六歳
ランク:レギュラー
スキル:疾風/スナイプ 常時スキル:加護
魔法:下級風魔法
筋力:11 体力:14 速力:24 器力:22 魔力:17 運力:11
冒険者カードを更新した瞬間、身体の奥底で何かが変わるのを感じた。
俺の戦闘法故か、筋力や体力が中々上がらないのはわかる。だからこそ速力と器力の向上が目を引くな。魔力の伸びも悪くないし、何よりレギュラーランクまで上がったのは大きい。これで冒険や旅が大分楽になるだろうな。
『しかしこのスキル、一体何なんだ? 疾風は速度上昇の上位スキル、スナイプは狙い撃ちの上位スキルだという事がわかるが、常時スキルの……加護?』
『悪くないユニークスキルだ。おそらく一人で身の丈に合わない魔物を倒したおかげで付いたのだろう。どれ、覗いてやろう』
『覗くって、そんな事まで出来るのか?』
『ほぉ、お主自身を含むパーティメンバーの能力底上げスキルだな。しかもありがたい事に常時スキルだ』
常時スキルって事は、使用しなくていいスキルって事か。
夢だった魔法も覚えたし、こりゃ幸先がいいな。