012
あの後キラービーを難なく倒した俺たちは、その日余った時間でもう一つの討伐依頼をこなした。
遊撃というポジションがいまいちわかっていないのか、ただの性格なのかはわからないが、キャロの自由奔放ぶりには困ったものだったが、ビギナーとして腕が悪い訳ではない。その点に関してはティミーも同意見だった。
だが、パーティを組んでいささか問題も出てきた。
『おい、俺が前衛やるとスリングショットの狙いが定まらねぇよ!』
『だからあれ程言ったであろう。お主は速度で敵を翻弄するタイプだ。本来であればディルアこそ遊撃タイプの冒険者だというのに……やれやれ』
『しかしティミーの武器は弓とダガーだし、前衛という名の遊撃をしているキャロにはまだまだなところもあるだろう? ……はぁ、パーティリーダーってこんなに大変なのか。素直にケンを尊敬するわ……』
あいつ、本当に頑張ってたんだな。
『ふっ、そういった素直なところ、我は嫌いではないぞ』
『俺はマントに恋する思考回路は持ってないぞ』
『まぁそれはそれ、これはこれだ。ならばもう一人パーティに入れてはどうだ?』
『それが出来たら苦労はないぞ?』
『一人当てがある』
マントの当てとはいかに? いきなり「どうも、ローブです」とか言ってくる知り合いなのだろうか。
『お主の心の奥底が聞こえるようではあるが……次に回収しようと思っているアーティファクトが、そやつの棲家と近いのだ。どうだろう? 旅の指針は我に任せはせぬか?』
…………今、棲家って言わなかったか? 僻地に住んでいる人間なら……まぁわかるが、コイツって確か初代魔王とか言ってたような?
初代魔王なんていったらそれこそおとぎ話になるような存在だ。まだコイツの存在自体を信じた訳じゃないが、人間以外……という事も想定しておきたいものだが…………さて? そうなると冒険者ギルドに連れて来る事も難しいんじゃないか?
いやいや、だが今のパーティ状態だとそうも言っていられない現実がある。
「ずぞぞぞぞ……ぷぅ。そういえばさ、ディルア?」
冒険者ギルド内の食堂スペースで肘を突いてそんな事を考えていると、キャロがスープを残念にすすった後に話しかけてきた。
「どうした?」
「さっきのアシッドモスの討伐の時、噛まれてなかった? 大丈夫なの?」
アシッドモスは鋭い牙を持った人間大の蛾の魔物だが、キャロのやつよく見てたな。
「えぇっ? そうなのディルアっ? 見せて。簡単な回復魔法ならまだ掛けられるから」
キャロの言葉にティミーが対面の席から慌てて身を乗り出す。身を倒した時にちらりと見えた……谷間? うぉっ? 椅子が…………倒れる!
「「ディルアっ」」
思わぬ出来事……いや、思わぬラッキーに椅子と一緒に後ろに倒れてしまった俺だが。
……まぁ痛くないよな。
『我の無駄遣いだな』
『しょうがねぇだろう。驚いちまったんだからっ』
『……? 何にだ?』
『あ、いえ。なんでも……ない、です』
二人が手を差し伸べてくれて、それに甘えた俺は引き上げてもらう。
「大丈夫? たんこぶ出来ちゃうんじゃない?」
ティミーが柔らかい手で頭を撫でてくれる。
「まったくもう、間抜けなんだから。仮にもパーティリーダーなんだからしっかりしなさいよね」
仮にもって何だ。いや、まだまだ半人前なのは認めるけどな。
「ほら、見せて?」
屈んで欲しいと聞こえたその声に、俺は首を横に振った。
「あー、大丈夫大丈夫。さっきの質問の答えにもなるけど、俺ってほら、結構丈夫だし今のも痛くなかったし。……ほらな?」
アシッドモスに噛まれた腕を見せるが、傷がないのを確認すると、キャロとティミーは納得した様子だった。
『ほぉ? 我の特性を話すかと思っていたが、どういう腹積もりだ?』
『ティミーには話していいと……いや、キャロにも言っていいと思うが、キャロがうっかり他の誰かに話してしまうのをおそれたんだよ』
『ふむ、概ね同じ見解ではあったか。素晴らしいぞ、ディルア』
『それに……』
『ん?』
サクセスの疑問の後すぐにキャロから答えが提示された。
「このパスタ美味しぃ~!」
『あんな風に自然に大声が出る人間は要注意だ』
『ふふふふ、確かにその通りだ。我が軍にもいたな。内緒話が出来ない豪将が』
やっぱりどの世界にもいるもんなんだな。
『それで、さっき言ってた当てってのは一体どこにいるんだ?』
『おぉ、そうであった。ジョシュ―の西、ストロボとの国境近くまで行くとよいぞ』
『国境付近か。全員がノービスのパーティなら問題ないって話を聞いた事があるが、キャロがまだ危ないんじゃないか?』
『お主が前衛をやっていれば怖いものなどないだろうに。危険がある道程ではないし、問題ないと進言しておくぞ。時期はお主に任せる』
サクセスはそう言ったが、果たして俺のその判断を他の二人が聞いて――――
「楽しそうじゃない。いいわよ別に」
「うん、ディルアとなら大丈夫な気がする」
――くれた。
翌日。旅支度を終えた俺たちは、ジョシューの西門を出た。
ここ最近前衛をしていたため出番がなかったが、遠出をするならばという事で腰に巻き付けたものを指差してキャロが呆れた声を出す。
「……ディルア、何それ?」
「パチンコだ」
『失敬な。スリングショットと呼べ』
サクセスの声には意地でも反応しなかった俺だが、ティミーはパチンコを指差して言った。
「あー、やっぱり夢じゃなかったんだ。私を助けてくれた時、それ持ってたよね? って事はそれでズチーニを倒したって事?」
まぁこれくらいなら言っても構わないだろう。
「あ、あぁ爺ちゃんの形見みたいなもんなんだ。実家の蔵に眠ってて、中々使えるぞ?」
『蔵……。碑に封印されてたのだぞ……』
『そこまで説明出来ないだろうが』
『おのれディルアの爺ちゃんめ……』
時々サクセスの色々な沸点がわからなくなる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うそ……」
「わぁ、すごーい!」
『十二時の方向、打て』
『あいよっ!』
『次は三時の方向、今っ』
「よっ!」
『十一時の方向だ、やれ』
人里が遠くなったせいか、魔物と遭遇する事も増えて来たため、サクセスの魔力感知をふんだんに使い、魔物が現れる前にほぼ仕留められている。初めて見るその光景に、キャロは唖然とし、ティミーは物凄く喜んでいるように見える。
「凄いね。お爺ちゃんの形見。それって使ってるのは魔素だけなんだねー。凄い凄い」
「おう、皆の役に立ててよかったよかった」
ティミーは特性が早く出たのか回復魔法と簡単な火の魔法を使う事が出来る。だからなのか、パチンコが発射される時の魔力を感知出来るようだ。
スキルを使えるようになった俺も、先程からほんのりと温かいナニカが集約されている感覚がわかるようになった。
「むぅううう……」
そういった意味からか、スキルが使えないキャロは、その感覚がまだ掴めないというのもあるし、自分の出番がくる前に潰れる事を少し不服そうにもしている。
「むぅううううっ!」
……ったく、仕方ないな。
たまにはパーティリーダーをしないといけないからな。
「っ! オット、コロンジマッタゼー。キャロ、アイツヲタノムー」
大袈裟に転び、迫る魔物をキャロに任せる。
「ふん! ようやく私の番ね! 覚悟なさい!」
嬉々として走って行くキャロに、くすりと笑うティミー。
流石はティミーだな。意図に気付いてくれたようだ。俺がケンのパーティにいた時も、もしかしたら見えないサポートがあったのかもしれないな。
『おい、ディルア。キャロが今顔から転んだような魔力の揺れを感じたのだが?』
……何故そこで転ぶ。