010
ケンの死体、そしてもう一人の男の死体を持ち帰る事は出来ないため、俺とキャロは無言で二人を埋める穴を掘っていた。
魔物が掘り起こしてしまうため、出来るだけ深く穴を掘った。
二人分の埋葬用の穴が出来る頃には、辺りは一面太陽光に照らされていた。
俺は名残惜しみながらケンの遺体を抱え上げた。
その時――――、
『気付かぬか?』
サクセスの声に足を止めた。
『……気付く? 一体何を?』
『こやつら、一体誰に殺されたと思っている?』
『こんな時に俺をからかって楽しいのかっ。そんなのハウンドブ――――』
『――――首元の傷を見よ』
食い気味に指摘したサクセス。これ以上こんなケンの姿を見たくなかった俺だったが、不思議とサクセスの声には俺を動かすだけの力があった。
『おい、こんな事させて何が楽しいんだっ』
『ほぉ? ハウンドブルは刃物を使うのか? それは新情報だな。魔王である我も知らない事であったわ』
……………………何だって?
『よく見るがよい。この斬り口。迷いのない刃で出来た傷よ。ハウンドブルの牙や爪のものではない』
『ほ、本当だ!』
「ね、ねぇ……可哀想だとは思うけど、早く埋めてあげよ? ね?」
そんなキャロの言葉が耳に入らない程、俺は驚愕していた。ケンの遺体を優しく地面に寝かせ、もう一人の大男の傷も見てみる。
「な、何やってんのよぉ……アンタ、おかしくなっちゃったのっ?」
「キャロ!」
「は、はいっ」
「ちょっと黙っててくれ」
「…………ぁ、うん」
――やはり。この大男も所々ハウンドブルの攻撃の跡は見られるが、止めの一撃は刃物によるものだ。
『ようやく気付いたようだな。ならばもう一つ気付くであろう? ここにあった死体は二人分。ティミーを入れると三人。しかしケンにはもう一人のメンバーがいた……はずだと記憶しているが?』
俺たちの会話を遮った…………あの痩せた男がいない。
『元パーティメンバーが死に気が動転してしまい、人間であるディルアが落ち込んだ事はわからないでもない。しかしよく見よ。このケンという男、それにこの男。財布はあるか? 武器は? 金になりそうな物は全て……ないのではないか?』
………………ない。
『野盗の手口か……!』
『それでよい。そうやって目を養っていくのだ。これからな』
「クソッ!!」
「ひっ?」
思い切り地面を殴ってもサクセスのマントのせいで痛くない。くそ、こんな時は自傷くらいさせろってんだ。
『む? おっと、我とした事がやってしまったかもしれぬ……』
『今度は何だっ?』
『奴が向かった先はどこだと思う? 自らの塒か? いや違う。取り逃がした獲物を……仕留めに行ったのではないか?』
「まさかっ! くそ! キャロ! ここの埋葬は任せたぞ!」
「へっ? え? ちょっ! 待――――な、何でぇええええええええええええっ?」
ティミーが、危ない!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『よし見えたな。冒険者ギルドだ。まったく、今日は走り回ってばかりだな、ディルア?』
ったく、他人事だと思いやがってっ。
「おい! ティミーは無事かっ?」
「あ、え? 二階の空き部屋で休んでもらってますけど?」
「何号室だ!」
「二〇八号室です。つい今しがた同じパーティだったと仰る方が――」
くそっ! 間に合え!
全速力で階段を上り、正面に見えた二〇一号室の扉を蹴りながら、壁を走った。
『ほぉ、壁走りとは……速度上昇のスキルを覚えたばかりでここまで使いこなすか』
うるせぇ! 今はそんな褒め言葉なんて貰っても……嬉しくないんだよ! 見えた、二〇七号室! その反対側の扉が開いてる部屋が、二〇八号室だっ!
部屋の入口の前に立った時、ベッドに横たわるティミーと、今正に剣を振り下ろそうとしているあの男をこの目に捉えた。
くそ、間に合え!
『狙い撃ち!』
『スキルの心詠唱か。まだ教えてもいないのに……ふふふふ、火事場の馬鹿力というやつか?』
懐から取り出していた魔王のスリングショット。急ブレーキをかけたことでブレる視界が、スキルによって一瞬だけ止まる。ここだ、今しかない!
「いけぇええええええええええっ!」
「っぐぉっ?」
痩せた男のそんな声だけを部屋の中から拾い、スリングショットの凄まじい威力故か、痩せた男は部屋の窓を割り、そこから勢いよく吹き飛び外へ落ちていった。
「んぅ……っ……はっ!」
俺の声で目を覚ましたのか、ティミーはすぐに身を起こし音の発信源である俺の方と、そして窓の方を見た。
「はぁ……はぁはぁ、はぁ……ティミー……よかった……」
息も絶え絶えな俺を見るティミー。
俺は無事だったティミーを見て、一瞬顔が綻びそうになったが、脳裏に刻み込まれたようなケンの死が、それを停止させた。
そしてティミーは俺のその表情を見て、何かを悟ったように俯いて、両の掌で顔を覆った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
階下に落ち、重傷を負った痩せた男は、軍の人間に捕まり、厳しく調べられるとの事だった。
冒険者への裏切りは重罪。ギルドの受付員の話では、調査の後、絞首刑になるそうだ。
土塗れのキャロが町に戻り、墓の完成を俺に伝えた。置き去りにした理由も話せばすぐにわかってくれた。
俺とティミーはギルド受付員が貸してくれた別室で静かに座っていた。
「あの男、集落で知り合って……ズチーニって名前だったんだけど、ちょっと強引な人だったんだ」
ティミーが静かに話し始める。
「もう一人のタンクは優しくていい人だったんだけど、ケンはズチーニだけは様子見って事でパーティに入れたの。でも……でも…………!」
肩を震わせて泣くティミーだったが、泣きながら、吐き出すように全てを教えてくれた。まるで、俺に話す事で後悔と悲しみを少しでも減らせるかのように。
ズチーニはケンのパーティに入る気はさらさらなかったようだ。昨晩のあの討伐が、ケン曰くパーティ加入の最終審査だったのだから。
深夜に行ったのは前日の疲れを訴えたズチーニのわがまま。おそらく深夜の方が仕事をしやすいと判断したのだろう。
……くそっ!
ケンとは短い付き合いだったが、良いリーダーだと思ったし、棘はあっても嫌いだと思った事はなかった。
まさかこんなに早く別れが来るとは思わなかった。
あの時、ズチーニのやつを殺したい気持ちで溢れていた俺だったが、ティミーの無事を確認したら、その安堵の方が強くなってしまった。
ケンの今際の言葉。それを今のティミーに伝えるのは酷だと思った。
いつか落ち着いたら話してやろう。
数日の後、俺とティミーはケンとタンクが埋まる地へ赴いた。
二人の墓に祈るようにして屈むティミー。俺はそんな後ろ姿をずっと見ていた。
何度か落ちた雫がやがて止まり、ティミーが立ち上がる。太陽はすっかり傾いてしまっていた。
「ねぇディルア?」
振り返ったティミーが精一杯の作り笑顔を見せた。
「どこか……どこか遠くへ行きたいなぁ」
願いのようなティミーのおねだり。
「それでね、またここに戻ってくるの。それで、ケンとタンクにいっぱいお話を聞かせてあげるのっ」
精一杯の笑顔から再び零れる雫。それを振り払うようにティミーは指で涙を拭った。
「協力……してくれる?」
――――た、の、む。
ティミーの言葉に、ケンの言葉が重なる。
俺はティミーを真似るように、サクセスのマントで顔をゴシゴシと拭った。
『……我にそういう用途はないのだが?』
「うるせぇ」
サクセスと、そしてティミーに掛けた言葉。
きょとんと小首を傾げるティミーに、俺は背を向けた。
この前、ケンが俺に言うセリフを恥ずかしがったように。
「最初からそのつもりだっ!」
三度流れるティミーの涙。しかしそれは、悲しみとは少し色の違う……そんな涙だった。