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【壱弐参】がけっぷち冒険者の魔王体験  作者: 壱弐参【N-Star】
第1部
10/76

010

 ケンの死体、そしてもう一人の男の死体を持ち帰る事は出来ないため、俺とキャロは無言で二人を埋める穴を掘っていた。

 魔物が掘り起こしてしまうため、出来るだけ深く穴を掘った。

 二人分の埋葬用の穴が出来る頃には、辺りは一面太陽光に照らされていた。

 俺は名残惜しみながらケンの遺体を抱え上げた。

 その時――――、

『気付かぬか?』

 サクセスの声に足を止めた。

『……気付く? 一体何を?』

『こやつら、一体誰に殺されたと思っている?』

『こんな時に俺をからかって楽しいのかっ。そんなのハウンドブ――――』

『――――首元の傷を見よ』

 食い気味に指摘したサクセス。これ以上こんなケンの姿を見たくなかった俺だったが、不思議とサクセスの声には俺を動かすだけの力があった。

『おい、こんな事させて何が楽しいんだっ』

『ほぉ? ハウンドブルは刃物(、、)を使うのか? それは新情報だな。魔王である我も知らない事であったわ』

 ……………………何だって?

『よく見るがよい。この斬り口。迷いのない刃で出来た傷よ。ハウンドブルの牙や爪のものではない』

『ほ、本当だ!』

「ね、ねぇ……可哀想だとは思うけど、早く埋めてあげよ? ね?」

 そんなキャロの言葉が耳に入らない程、俺は驚愕していた。ケンの遺体を優しく地面に寝かせ、もう一人の大男の傷も見てみる。

「な、何やってんのよぉ……アンタ、おかしくなっちゃったのっ?」

「キャロ!」

「は、はいっ」

「ちょっと黙っててくれ」

「…………ぁ、うん」

 ――やはり。この大男も所々ハウンドブルの攻撃の跡は見られるが、(とど)めの一撃は刃物によるものだ。

『ようやく気付いたようだな。ならばもう一つ気付くであろう? ここにあった死体は二人分。ティミーを入れると三人。しかしケンにはもう一人のメンバーがいた……はずだと記憶しているが?』

 俺たちの会話を遮った…………あの痩せた男がいない。

『元パーティメンバーが死に気が動転してしまい、人間であるディルアが落ち込んだ事はわからないでもない。しかしよく見よ。このケンという男、それにこの男。財布はあるか? 武器は? 金になりそうな物は全て……ないのではないか?』

 ………………ない。

『野盗の手口か……!』

『それでよい。そうやって目を養っていくのだ。これからな』

「クソッ!!」

「ひっ?」

 思い切り地面を殴ってもサクセスのマントのせい(、、)で痛くない。くそ、こんな時は自傷くらいさせろってんだ。

『む? おっと、我とした事がやってしまったかもしれぬ……』

『今度は何だっ?』

『奴が向かった先はどこだと思う? 自らの(ねぐら)か? いや違う。取り逃がした獲物(、、)を……仕留めに行ったのではないか?』

「まさかっ! くそ! キャロ! ここの埋葬は任せたぞ!」

「へっ? え? ちょっ! 待――――な、何でぇええええええええええええっ?」

 ティミーが、危ない!


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『よし見えたな。冒険者ギルドだ。まったく、今日は走り回ってばかりだな、ディルア?』

 ったく、他人事だと思いやがってっ。

「おい! ティミーは無事かっ?」

「あ、え? 二階の空き部屋で休んでもらってますけど?」

「何号室だ!」

「二〇八号室です。つい今しがた同じパーティだったと仰る方が――」

 くそっ! 間に合え!

 全速力で階段を上り、正面に見えた二〇一号室の扉を蹴りながら、壁を走った。

『ほぉ、壁走りとは……速度上昇のスキルを覚えたばかりでここまで使いこなすか』

 うるせぇ! 今はそんな褒め言葉なんて貰っても……嬉しくないんだよ! 見えた、二〇七号室! その反対側の扉が開いてる部屋が、二〇八号室だっ!

 部屋の入口の前に立った時、ベッドに横たわるティミーと、今正に剣を振り下ろそうとしているあの男をこの目に捉えた。

 くそ、間に合え!

『狙い撃ち!』

『スキルの心詠唱(しんえいしょう)か。まだ教えてもいないのに……ふふふふ、火事場の馬鹿力というやつか?』

 懐から取り出していた魔王のスリングショット。急ブレーキをかけたことでブレる視界が、スキルによって一瞬だけ止まる。ここだ、今しかない!

「いけぇええええええええええっ!」

「っぐぉっ?」

 痩せた男のそんな声だけを部屋の中から拾い、スリングショットの凄まじい威力故か、痩せた男は部屋の窓を割り、そこから勢いよく吹き飛び外へ落ちていった。

「んぅ……っ……はっ!」

 俺の声で目を覚ましたのか、ティミーはすぐに身を起こし音の発信源である俺の方と、そして窓の方を見た。

「はぁ……はぁはぁ、はぁ……ティミー……よかった……」

 息も絶え絶えな俺を見るティミー。

 俺は無事だったティミーを見て、一瞬顔が綻びそうになったが、脳裏に刻み込まれたようなケンの死が、それを停止させた。

 そしてティミーは俺のその表情を見て、何かを悟ったように俯いて、両の掌で顔を覆った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 階下に落ち、重傷を負った痩せた男は、軍の人間に捕まり、厳しく調べられるとの事だった。

 冒険者への裏切りは重罪。ギルドの受付員の話では、調査の後、絞首刑になるそうだ。

 土(まみ)れのキャロが町に戻り、墓の完成を俺に伝えた。置き去りにした理由も話せばすぐにわかってくれた。

 俺とティミーはギルド受付員が貸してくれた別室で静かに座っていた。

「あの男、集落で知り合って……ズチーニって名前だったんだけど、ちょっと強引な人だったんだ」

 ティミーが静かに話し始める。

「もう一人のタンクは優しくていい人だったんだけど、ケンはズチーニだけは様子見って事でパーティに入れたの。でも……でも…………!」

 肩を震わせて泣くティミーだったが、泣きながら、吐き出すように全てを教えてくれた。まるで、俺に話す事で後悔と悲しみを少しでも減らせるかのように。

 ズチーニはケンのパーティに入る気はさらさらなかったようだ。昨晩のあの討伐が、ケン曰くパーティ加入の最終審査だったのだから。

 深夜に行ったのは前日の疲れを訴えたズチーニのわがまま。おそらく深夜の方が仕事をしやすいと判断したのだろう。

 ……くそっ!

 ケンとは短い付き合いだったが、良いリーダーだと思ったし、棘はあっても嫌いだと思った事はなかった。

 まさかこんなに早く別れが来るとは思わなかった。

 あの時、ズチーニのやつを殺したい気持ちで溢れていた俺だったが、ティミーの無事を確認したら、その安堵の方が強くなってしまった。

 ケンの今際(いまわ)の言葉。それを今のティミーに伝えるのは酷だと思った。

 いつか落ち着いたら話してやろう。


 数日の後、俺とティミーはケンとタンクが埋まる地へ赴いた。

 二人の墓に祈るようにして屈むティミー。俺はそんな後ろ姿をずっと見ていた。

 何度か落ちた雫がやがて止まり、ティミーが立ち上がる。太陽はすっかり傾いてしまっていた。

「ねぇディルア?」

 振り返ったティミーが精一杯の作り笑顔を見せた。

「どこか……どこか遠くへ行きたいなぁ」

 願いのようなティミーのおねだり。

「それでね、またここに戻ってくるの。それで、ケンとタンクにいっぱいお話を聞かせてあげるのっ」

 精一杯の笑顔から再び零れる雫。それを振り払うようにティミーは指で涙を拭った。

「協力……してくれる?」


 ――――た、の、む。


 ティミーの言葉に、ケンの言葉が重なる。

 俺はティミーを真似るように、サクセスのマントで顔をゴシゴシと拭った。

『……我にそういう用途はないのだが?』

「うるせぇ」

 サクセスと、そしてティミーに掛けた言葉。

 きょとんと小首を傾げるティミーに、俺は背を向けた。

 この前、ケンが俺に言うセリフを恥ずかしがったように。

「最初からそのつもりだっ!」

 三度流れるティミーの涙。しかしそれは、悲しみとは少し色の違う……そんな涙だった。

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