王国騎士と白王
王国騎士団と白王との戦いが迫る中、同時刻。
颯斗は空の上にいた。
といっても、颯斗が自らの力で飛んでいるわけでなく、正確には飛行する魔物の上に乗っている。
「東の森ってあれかな?」
その魔物は大きく、しかも颯斗が頭の上に座り込んでいるというのに暴れる気配はない。
というより、その過程はここまでに至るまでに済んでいる。
大型の獣型の魔物。
黒曜鴉と呼ばれる漆黒の鴉は、遥か空の上を通っている時に颯斗に襲われ、抵抗虚しく戦意を殺ぐ程度の暴力の前に屈した。
颯斗が前を見据え、黒曜鴉の頭をペチペチと叩くと、黒曜鴉は不満を訴えるように鳴く。
「あそこには行きたくないのかい? それは困ったな。僕はあそこに用があるのに」
どうやら、黒曜鴉は視界の端に見える森に怯えているようで、颯斗が急かしても空中で止まって先へ進まなくなってしまった。
仕方なく、颯斗は目を凝らして森を観察する。
測定不可能な程に高まった颯斗の視力は、離れた距離の森でさえもまるで目の前にあるかのように鮮明に視界に写し出す。
「えっと、あれはエラノアさんかな?」
森の中で行われている戦闘の中に、見知った顔を颯斗は見つけた。
どうやら、奇妙な怪物と戦っているようだが、手助けを必要としている様子ではない。
「ってことは、あの大きなのが白王かな?」
森の中に、一際大きな生き物がいる。
毛並みは白く、太い手足が異様に長い。
見た目は立派だ。
「じゃあ、あそこに行こうか?」
と、颯斗が言うと、拒否するように黒曜鴉は鳴く。
だが、黒曜鴉の頭に置いた手に力がこもると、黒曜鴉は渋々ながら森に向かって飛び始めた。
✳✳✳
「どうやら、私達が一番乗りのようだな」
森の中腹、そこは森の中でも巨大な樹木が一つ生えているだけの広い空間だ。
エラノアを含む9名の騎士達は、複数回の魔物の襲撃こそあれど、ほぼ無傷のままに白王の前に到達した。
「あれが白王っすか?」
1人の若い男性騎士が、おどけたように巨木に座り込んだ頭上の白王を剣で指す。
「分かっているとは思うが、油断はするな。ヤツは二十年前の戦いで当時の騎士達に甚大な被害を与えた怪物だ」
「そうっスか? 俺には、デカイだけの薄らバカに思えるっスけどね。ちっこい鼠をけしかけるしか能のねぇ、所詮は獣っスよ」
本気で思っているのか、茶化しているだけなのか。
エラノアには判断が付かなかったが、この男は確かな剣の実力者ではあった為に何も言わない。
白王はまだ動く様子はないが、エラノアたちに気づいてその視線は彼女達に向いている。
「では総員、戦闘開始!」
ーーーードン。
エラノアの号令と、白王が動いたのはほぼ同時だった。
巨木に巨大な足跡を残し、恐るべき速度で白王はエラノア達との距離を詰め、一瞬で騎士のひとりを掴みとり、握り潰す。
それは、先程の白王に対し剣を向けていた男だった。
「なっ!?」
白王の速度に驚愕する最中でも、当然白王は止まらない。
握り潰した最早肉塊と化した騎士を、まるで散弾のようにエラノア達に投げつける。
騎士の甲冑は軽く上質な鉱石を使われているが、その強度を無視したように身体に穴を穿たれ、更に二人の騎士が命を落とす。
「くっ! 断ち切れ!」
短く発せられた呪文と共に、魔法陣が発動し素早く水の刃が飛び出す。
だが、水の刃は白王に触れた瞬間に霧散した。
「そんなっ?!」
「攻撃の手を緩めるな!」
騎士達に怯えが見える中、エラノアが飛び出し白王に切りかかる。
白王は1歩後ろに下がり、横合いからその長い手を伸ばしエラノアを殴りつける。
「ぐっ!」
「団長?!」
エラノアは吹き飛ばされるが、その最中に空中で身をひねり、体勢を整えて着地する。
無傷とは言わないまでも、戦いを続けるのに何の支障もなかった。
「グォォォ!」
白王が雄叫びを上げる。
その凄まじい声量は衝撃を伴い、白王に攻撃を仕掛ける数人の騎士を吹き飛ばした。
「全員、身を屈めろ!」
だがそれは、確かな隙にもなった。
雄叫び直後の白王に、エラノアは剣を鞘に収めて魔力を高め、一気に引き抜く動作のまま、剣を振り抜く。
白い光を帯びた一閃はエラノアの剣から離れ、極大の刃となって白王に迫った。
「グオオ?!」
白王は咄嗟に腕を前にし、エラノアの光の刃を受け止める。
だが受け止めきれず、白王は地面を抉りながら後方に下がり、太い両腕を半ばまで斬られた。
「ちっ、腕の1本は行けたと思ったのだがな」
「エラノア殿! 後ろです!」
「何っ?!」
そう、確かにエラノアは白王の腕を半ばまで切断する程の一撃を食らわせた。
だが騎士の言葉に振り向いた瞬間、エラノアが目にしたの自身に向かって拳を振るう白王の姿だった。
「金剛!」
白王の拳が迫る中、エラノアの奥の手が発動する。
だが、エラノアの身体は白王に殴られ、凄まじい勢いで木々を薙ぎ倒しながら飛んでいった。
「団長?! この!」
「ヴォルド団長は何故まだ来ないのだ!」
吹き飛ばされたエラノアの姿は、他の団員達から見えないほどに遠く飛ばされた。
あれでは、生きていないだろう。
「くそっ! 何でだ?! 何で白王が2体もいる?!」
若い騎士の叫びは、2体の巨大な獣の咆哮に掻き消された。
11/12一部表現を変更しました。