王国騎士と東の森②
鳥のさえずりも聞こえない夜。
最初に異変に気づいたのは、見張り役として周囲を警戒する騎士ではなく、魔法に長けた就寝中の騎士だった。
「おい......」
「ああ、今なにか、結界を抜けた」
野営地を覆うように、侵入者対策として張ってある結界を何かが抜けたのを感じ、浅い眠りに付いていた2人の若い騎士が目を覚ました。
数人の騎士が協力して張ってある結界は、防護面に期待は出来ないが、結界の外から内側に入ってくる生物に反応する。
だが、侵入ってきたのが小さな、恐らく小動物だと感じ取った若い騎士は警戒を解き、再び眠りにつこうとして、だが次の瞬間跳ね起きる。
「おかしい、いくら何でも数が多すぎる!」
「団長を起こして指示を仰ごう」
あまりに多数の反応が一度に侵入してきていた。
二人の騎士はテントを飛び出すが、すぐにその足は止まった。
そして彼らが目にしたのは、動く地面......ではない。
それは、無数の鼠だった。
夜の闇の中、月明かりに照らされて光る小さな赤い目が、びっしりと地面を埋め尽くしているのだ。
「ひぃっ!」
その光景に思わず息を飲んだ騎士の声に、無数の赤い瞳が向けられる。
思わず腰の剣に手が伸びるが、それを制したのは同じく息を飲むもう1人の騎士だった。
「い、今は動くな.......。合図をしたら、魔法を空に撃て」
「あ、ああ」
2人は息を殺し、ただ指先だけを動かして魔法陣を描く。
未だに無数の赤い瞳は彼らに向けられているが、警戒しているのか動きは止まったままだ。
数秒、あるいは数分にも思える間の中、唾を飲む音だけがいやに大きく聞こえる。
だがその均衡は、唐突に崩れた。
「ひぃぃ! あああぁぁぁぁあああ!」
見張りに回っている騎士が、地面を埋め尽くすように蠢く無数の鼠に気づき、大声を上げてしまったのだ。
だがその一瞬の後、騎士の姿は無数の鼠に覆われ、ものの数秒で跡形もなく消えてしまった。
しかし、お陰で鼠たちの注意が二人の騎士から、見張りの騎士に移った。
「い、いまだぁー!」
「光よ爆ぜろ! 雷光爆ぅ!」
騎士が描いた魔法陣は光を帯び、そこから光の塊が空に向かって放たれる。
光の塊はある程度の高さまで昇った所で破裂し、周囲に轟く雷鳴と暗い闇が晴れるような閃光が起きる。
初級魔法・雷光爆。
見た目の派手さに比べて、何の殺傷力もないが大きな音と閃光を起こす事が出来る魔法だ。
「な、何事だ?! ひぃっ、くそっ、何だこいつら! うわ、うわぁぁぁ!」
「ひぃ! いやだァァァ!」
先ほどの二人の騎士の魔法で、殆どの騎士が起き上がり、鼠に気づく。
だが、同時に、騎士達に向かって無数の鼠が襲いかかった。
途端に飛び交う魔法と剣の嵐。
最初にこの事態に気づいた二人の騎士の姿は、もうなかった。
「むぅ、数が多い!」
巨大な剣を振り回し、多くの鼠を一振りで殺しながらも、ヴォルドは次々と現れる鼠たちに苦悶の表情を見せる。
雷鳴と閃光で殆どの騎士が目を覚まして30分ほどが経過するが、未だに事態は収束していなかった。
それは単純に鼠の数が桁外れで、その上に騎士達の数が少なすぎたのが原因だ。
圧倒的な数の前に、ヴォルドは傷一つ無いまでも身動きが取れない状態にあった。
「団長! 団長ぉぉぉお.......お......」
自分を呼ぶ声に、ヴォルドは振り返るが、その声は無数の鼠に掻き消された。
野生の鼠では有り得ない光景に、ヴォルドは唇を噛み締める。
そして、自分達が策にハマった事にも気づいた。
「ぬぅううう! 舐めるなぁ!」
部下である騎士を殺された怒りに、ヴォルドの身体からは魔力が吹き荒れる。
それはまるで立ち昇る炎のようで、実際に近づく鼠たちを一瞬で消し炭に変えていく。
「ぬぁぁぁああああ!」
そして、怒涛の勢いで鼠を殺し回っていった。
✳ ✳ ✳
場所は変わり、第一騎士団、第二騎士団から少し離れた位置にテントを張る第三騎士団の姿があった。
女性が大半を占める彼女達を軽く見て、襲おうとする騎士もいるかもしれないとの配慮からだったが、それがアダとなって彼女達は孤立していた。
「くっ、キリがねぇな!」
「ふぇぇええ、気持ち悪いですぅ!」
大振りの銀色の剣を振り回し、中級魔法が飛び交う。
2人1組を常とする彼女達は、その連携で被害は小さかったが、それでも着実に追い詰められている。
彼女達が相手しているのは、第一騎士団、第二騎士団を襲っている鼠ではなかった。
暗い闇の中に光る赤い双眸。
魔法の光に照らされ、その姿が時折露わになる。
「うっ」
思わず、端正な顔が歪むような、生理的嫌悪感を覚える姿。
似ているものをいえば、狼が近いだろう。
だがその背中はばっくりと開き、そこから無数の眼球が先に付いた触手が伸び、まるで頭だけ爆発したように頭部がない。
こんな生物を、第三騎士団の面々は知らなかった。
魔物とも、魔獣とも、もちろん動物でもないだろう。
「本体はあの触手だ! 触手を狙え!」
「団長! 無事だったか!」
闇を切り裂くように、背中から伸びる触手を切り飛ばしながら、エラノアは戦場と化した野営地を走る。
エラノアのいう通り、女性騎士が触手を狙って大振りの剣を振るい、触手を切り落とすと糸が切れたように倒れこんだ。
「おおっ、本当だ!」
「ふぇぇ! 燃えちゃえ!」
女性騎士が感嘆し、その隣に立つ小柄な少女が杖をかざして、魔法陣を完成させる。
宙に描かれた魔法陣から炎が吹き出し、触手ごとまとめてその体を燃やし尽くす。
「うむ、倒し方が分かれば、難しい相手ではない!」
「ああ、だがあれは一体、何なんだ?」
「分からぬ。だが、自然の生物ではない。あれではまるで、合成生物だ」
合成生物。
魔法と、そして複雑な科学による錬金術という学問により、生命を冒涜する禁忌の技術によって生み出される魔物とも魔獣でもない生物。
錬金術は決して禁じられた技術ではないが、合成生物を生み出すことは、過去の出来事から固く禁じられている。
「まさか白王が錬金術を使うってことはないっすよね、団長」
「魔獣が魔法を使ったという例はあるが、錬金術は偶然に使えるものではない。だとすれば、誰かが白王に手を貸している? 」
頭に浮かんだ疑問に、エラノアは悩まされる。
魔獣と手を組もうと考える人間がいるとは、エラノアにも、女性騎士にも考えにくいのだ。
「まあ良い、今はこいつらを殲滅するのが先だ! 」
考えを振り払うように、エラノアは剣を振るう。
彼女の意思に従うように、エラノアの剣が光を帯び、剣を振るうたびに光は剣から離れ、遠く距離のある敵を両断する。
「ひゅう~、流石団長! やるね!」
「ふぇえ! 凄いです!」
第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団は、着実に追い詰められていた。
11/12一部表現を変更しました。