王国騎士と東の森①
東の森。
王都から行軍を進めて二日という距離にあるルーテリア王国と、隣接するリムニテア帝国との境に存在する深い森は、古くからどちらの領土なのかを争っている。
だが普段より、魔物が生息し、めぼしい資源も特に無いためにさほど重要視はされず、たまの議会に話の種として上がるばかりである。
そんな森の入口に、総勢70名に及ぶ騎士達が野営の準備を行っていた。
付近に村などはなく、一部の騎士が森の入口辺りで狩りを行っている。
「先行隊は森の中腹辺りで消息を絶ったという。まずは、偵察に数人の騎士を派遣して森の様子を探るとしよう」
他のテントが設置されている中、先に設置された一際大きなテントの中に、野太い男の声が良く通る。
男の名はヴォルド・ハース。
代々騎士を輩出している名門貴族の出であり、黒獣・ヴォルドの二つ名は他国にまで知れ渡っている。
「しかし、兄上。白王を相手に私達だけで充分だろうか?」
ヴォルドの言葉に、反論するように見目麗しい女性が言葉を発する。
彼女の名はエラノア・ハース。
黒獣・ヴォルドの実の妹にして、若くして騎士団長の座に就いた天才騎士だ。
「いやー、やっぱり勇者くんの手を借りた方が良かったんじゃなかったんじゃないの?」
テントの中にいる、最後の1人である男が軽い感じでエラノアの肩に手を置いて言葉を発する。
エラノアは端正な顔立ちを心底嫌そうに歪めながら、男の手を振り払う。
この男は第二騎士団副団長、カイル・ノット。
年齢不詳、性別不詳、種族不詳。
通称、正体不明。
得体が知れないというのに、誰も隣に立って肩を並べている事にすら気に留めない。
彼が今回の白王に参加したのは、ヴォルドにとっても意外な事だった。
「ひどいなー、エラノアちゃん。もっとボクと仲良くしようよー」
「それは勘弁願おう。それに、ハヤト殿に助力を求める件だが、それは出来ない。そうなのだろう、兄上」
「うむ。この件は、ルーテリア王国が片付けるべき案件だ。二十年前の我らの不始末を、勇者殿に押し付けるわけにはいかぬ」
「ふ~ん。それって、勇者くんにぶっ飛ばされた私情が入ってない? ヴォルドくん」
「ガハハ! 確かに儂は勇者殿にものの見事にぶっ飛ばされ、瀕死にまで追いやられたが感謝こそすれど恨むなど有り得ぬよ。それに勇者殿、儂の事を気遣って手加減までしてくれたのだ、彼が本気ならば、儂はこの場におらぬだろうからな」
「へー、勇者くんって、そんなに強いんだ?」
「底が知れぬ、というより儂では底が見えぬという方が正しかろう。だが彼は、強さの果てを見つけたと自惚れておった儂の目を覚まさせてくれたのだ。いずれ、再び戦う機会があれば次こそは」
と、話が脱線した所でエラノアがわざとらしく咳払いをし、話を戻す。
「今はハヤト殿の事よりも、白王の事だ、兄上にカイル殿。かつて、二十年前の戦いにおいて姿を現した白王に対し組まれた討伐隊が壊滅の危機に陥ったのは、白王の実力もあるが魔獣としての特性にあると聞く」
エレノアは頭の中にある白王の情報を纏める。
「うむ、白王の咆哮は数多の獣をおび寄せ、操ると聞く。時にあの時は、白王の他に数体の魔獣がいた事が被害が拡大した原因だと儂は先代に聞いておる」
「先代と言いますと兄上。あのレックス・カリバーン様ですね」
途端に、エラノアの表情に変化があった。
レックス・カリバーン。
齢八十になりながら、未だに現役のかつては第一騎士団団長だった男だ。
彼の生きざまはもはや伝説として本となり語り継がれている。
特に、エラノアは若かりしレックスが8頭首の竜に攫われた姫を救うべく魔獣の巣に単身突っ込んでいった場面が好きだった。
レックスはエラノアにとっての憧れなのだ。
ヴォルドは、レックスに師事を仰ぎ、遂には第一騎士団団長の座に就いた。
「うむ。あの方も白王との戦いに途中から参加されておった。そして、儂は直に話を聞いたが、白王との戦いでは不可解な事がいくつかあったそうだ」
「へー、それって?」
「白王は、瞬間的に移動する術があるのだという。追い詰めたと思った時にこそ、気をつけろと言われたのだ。だが、二頭いたという情報も当時は飛び交っておったという。真相は白王と戦えば分かるだろう」
果たしてどれだけの実力があるのか、ヴォルド、そしてエラノアは表には出さずに昂揚する。
世界が平和になり、騎士は年々数を減らされるばかりで、鍛え上げたその実力を示す機会は滅多にない。
騎士達が野営をする東の森の入口。
事が起きたのは、見張り以外の皆が寝静まった夜のことだった。
11/12一部表現を変更しました。