宰相と???
「それで、彼を帝国に向かわせた本当の理由は何だい?」
「おや? 久しぶりに旧友に会ったというのに、もう他の男の話ですか?」
ルーテリア王国王城、その宰相の部屋に、来訪者があったのはついさっきの事だった。
訪ねてきたのは王国魔導士であるティナであった。
「ふん、相変わらず胡散臭い笑みを張り付けてるわね。そんなだからいつまで経っても結婚出来ないのよ」
「それは誤解というものですよ。私はこう見えても結構モテましてね。その気になれば結婚なんていつでもできるのですよ。貴方と違ってね」
「ほう、言うじゃないか」
宰相の机に乗って話をするティナと壁に寄りかかって話すアリシタ。
二人が知己である事を知る者は、ルーテリア王国ではほとんどいない。
「それで、ハヤト君を何故帝国に送ったのかでしたか?」
「えぇ、そうよ。本来なら騎士数名でも十分な所を、どうしてわざわざ彼に行かせたのかしら、と聞いているのよ」
「ふむ。まぁ本来は君に話せるものでもないのだけれど、私と君との仲だ。それに君なら、信用は出来るからね」
と、アリシタはもったいぶった様に話を区切る。
「良いからさっさと言いなさいよ」
「分かりましたよ。現在、帝国で起きている皇位を巡る内戦――はまぁ今のところ内には関係ありません。一応は友好関係を結んでいますが、そこまで肩入れするつもりはないですからね。雑多な貴族なら手を貸すかもしれませんが。それよりも問題は、この国にあります」
「というと?」
「あまり外に出ない君は知らないかもしれませんが、この国に何かが紛れ込んでいます。それもここ数年の事じゃない。もっと前から、何か得体の知れない者がこの国の中枢に入り込んでいます」
得体の知れないという点で他者に勝るアリシタがそう断言した事に、ティナは少なからず驚く。
ティナの知るアリシタという男は、昔から胡散臭い男だった。
だがその才は確かな事も知っている。
「その口ぶりだと、それが誰なのかまだ分かっていないようね」
「恥ずかしながらそうです。どれだけ手を尽くしても、その網の目を抜ける様にその部分だけの情報を得る事が出来ないんです」
「へぇ、あんたにそう言わすとは。相当なやり手のようね」
中枢にいる事が分かっていても、それが誰かは分からないとはおかしな話だった。
ただ、ルーテリア王国は大国であり、中枢といってもそれなりに数がいる。
特に貴族が多い傾向もあるが、アリシタのように貴族でない者が役職を与えられている事もある。
その中に、身分を偽って紛れ込んでいる者がいても不可解と言えるほどではない。
戦争が終わり、平和な世の中となっても権力争いは絶える事はないのだ。
「しかし問題なのは、その誰かが王子や王女に介入しているってことです。現に、第一王子が魔導書の存在に気づいています」
「なにっ?!」
話を聞いても、自分には関係ないと思い込んでいるティナが驚きに声を上げる。
「私の手の者が調べた情報ですので、信用性は高いとみていいでしょう。ただその彼もいつの間にか連絡が取れなくなってしまいましたが、もしあの魔導書が第一王子――いえ、誰かの手に渡ってしまっては一大事です。幸い、まだ魔導書がどこかあるかを知らないようですが、万が一がないようにと私の方で手を打っています」
「そうだね。またあれが誰かの手に渡ったんじゃ、今の私たちじゃどうにもならないからね。それで、それがハヤト殿と何の関係があるんだい?」
「せっかちですね。今の問題は、それだけじゃないんですよ。ハヤト君の存在は、今やこの国にとって重要な位置にまで上がってきています。ヴォルド君を一撃で戦闘不能にする高い能力に、君が認める魔法の才、というのが今の彼の評価ですが、まだ彼はその手の内を隠しているでしょう。先の白王、彼の錬金術師との戦いでハヤト君が目撃されたという報告と、そんな事実がなかったという矛盾。我々はまだ彼の事を何も把握出来ていません。王はいずれ敵になった場合を考えているようですが、私としては何とかこの国にいて欲しいと思っています」
「その為に彼をこの国から遠ざけたっていうのかい?」
「いいえ、そうではなく、エラノア君に彼を見極めてもらおうと思っているのですよ。私が思っている通りなら、そろそろ色々な連中が動き出す頃合いでしょうからね。もし私の思った通りにならないとすれば、彼はそれまでという事。そうでなくても、この機に動き出そうとする者も少なくないですからね。一石二鳥という事さ」
「ふうん。まぁ、彼を貶めようとしている訳ではないのなら、私がとやかく言う事はないわ。今の私はあくまで、王国魔導士。政治でも策略でも勝手にするといいわ」
ティナがアリシタに接触した理由は、ハヤトをどうして帝国に送ったか、という事だった。
事の次第によっては実力行使も辞さない覚悟はあったが、アリシタの真意は分からずともハヤトを害するつもりはない事を知り、彼女自身が関わらない事をアリシタに告げる。
「えぇ、元々私の考えに君の事は入れてませんからね。また前の様に邪魔をされても困りますし」
「一体いつの話よ。それにいつも私の邪魔をしていたのは貴方の方でしょう」
何ならかの因縁があるのか、仲の良さそうには見えない二人。
ただそれでも、互いの事は信用出来ていた。
ティナはそれで用事が済んだのか、アリシタに視線を一度送ってから、部屋を出て行った。
一人残ったアリシタは壁から離れ、机に戻っていく。
「さて、では私の方でも仕事を進めるとしましょうか。そろそろ彼らも、あの村に着いた頃合いでしょう。もし彼がアレを手にする事があれば、やはり彼は――」
事務的に書類の手続きをしながら、アリシタは一人言葉をもらす。
魔王が討たれ、平和が訪れて百年。
時の流れの中で世界を脅かす不穏因子は、着実に動き始めていた。
だがまだそれを知る者は、誰もいない……。