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平和な世界の最強勇者  作者: 白楽
第二章
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天才騎士


 颯斗とキシリの戦いが始まる同時刻、エラノアもまた、敵と遭遇していた。

 最初に気づいたのは、エラノアではなく勘の鋭い歩竜であった。

 

『グルル……』


 低い唸り声を上げる歩竜に、エラノアの警戒度は一気に最高潮まで高まる。

 その刹那、闇の最中に見えた一瞬の光に、エラノアは剣を振り抜き様に切り伏せる。

 確かな手ごたえは、獲物の存在を示していた。


「ふむ」

『キュル?』


 手ごたえはあった。

 だが不自然な違和感に、エラノアの警戒度は収まっていない。

 斬ったという確信はあっても、殺したという感覚がないのだ。

 

「あァーッ、クソぉ! またか! また実力者か! つくづくオレの運も尽きたな。……だが小娘。その恰好、王国騎士の姿だな!」

「如何にもそうだが、貴殿は……人ではないな。確かに胴を断った感触があったが、その様子では、魔人か」


 王国騎士として多様な知識を有するエラノアは、颯斗が知り得ない存在も知り得ている。

 致死傷を免れる種族は、魔人に限っては珍しい事ではない。

 そして改めて、エラノアは剣に魔力を溜めて周囲を照らしてみる。

 赤黒い瞳に、鋭利に尖った牙。

 その容姿から得られる情報から、敵の正体を見抜くのは容易い事だった。


「輝剣……、いや今は魔法剣と呼ぶのであったな。ならば小娘、貴様はエラノア・ハースだな」

「ほう、私を知っているのか?」

「むろん、ならば尚更に、貴様を見逃す訳にはいかんな。今頃、あの化け物小僧はキシリ様が殺している事だろう」

「化け物小僧?」


 首を傾げるエラノアに構わず、男は剣を抜く。

 男が吸血鬼である事は、既に見抜いていた。

 ならばその対処法を、エラノアは知っている。


「死ぬまで殺し続ける、だったか? ふふ。分かり易くていいな」

「ほざけっ! 小娘がァっ!」


 互いに膨大な魔力を高ぶらせ、周囲に強烈な殺気が魔力に混じってぶつかり合う。

 それと同じく、二人の姿は、霞の様に消えた――。





 * * *


 エラノア・ハースの剣は、極限まで圧縮させた魔力を剣に集中させる剛の剣ではあるが、その実、彼女はとある剣術に通じている。

 それは代々に大柄なハース家には珍しい、小柄なエラノアだからこそ習得出来たと言えるであろう、力ではなく、一瞬の素早さを求める、柔の剣。 

 元より、エラノアの剣は速度を重視した疾さを求める剣である。


 決して広いとは言えぬ洞窟の中、白王戦で見せたエラノアの一点集中の力の剣は、不利にしかならない。

 即座に思考を切り替え、エラノアは過去をなぞる様に剣を振るう。

 強力な吸血鬼の膂力と言えど、当然当たらなければ脅威にならない。

 

 エラノアは剣と剣が切迫する一瞬の間に、数回の剣を振るう。

 男が一度剣を振る間に、エラノアの剣は五回は男の命を正確に刈り取っていく。

 だが流石に吸血鬼。

 十や二十の致命傷では埒が明かない。


「くっ、クソォォ!」

「ふむ。貴殿はどうやら、剣は素人のようだな。まぁ、死なぬ木偶人形というのも悪くはないが、少々飽きたぞ」

「ちっ! どいつもこいつも舐めやがってクソガキがァ!」


 男の形相が文字通りの鬼に変わっても、エラノアの方は汗一つ掻いていない。

 それほどまでに、二人の間には実力差があった。

 怒りと恥辱で染まる男の形相に従って、溢れ出す魔力はより膨大に、より荒々しくなっていく。

 それに対し、エラノアの魔力は静まっていた。

 その身体から視認出来る程の魔力は微塵もなく、だが魔力を抑えた訳ではない。

 

 エラノアが学んだ剣術。

 彼女が幼い頃、力を求めた頃に出会った剣術は、疾さこそに重きを置く剣技だった。

 ゆえに荒れ狂うような魔力も、他者を蹂躙する力も必要とせず。

 最適かつ最良の一撃を最速で。


「残念だが、私は剣の才能がなくてな。一つしか技は知らないのだよ」

「アァ?! ッナニ言ッテヤガルゥ!」

「終わりという事だよ。朧蓮華・一ノ型」


 ――――花椿。


 刹那の間に、極限まで圧縮した魔力による一瞬の身体強化から繰り出される幾千の刃に男が刻まれる。

 それはさながら紅い椿が咲くかのように、男の身体は散った。


 


 * * *


「ふむ、これを使うのも久しぶりだな。五年ぶりか?」


 剣を鞘に収めるエラノアの近くに、男の姿はなかった。

 代わりに、地面に散らばる無数の細切れになった肉片が転がっている。

 朧流朧蓮華・一ノ型・花椿。

 身体強化の魔法の、より上位に位置する魔法を使用した、一瞬の妙技。

 彼女にそれを教えたのは、異国の出であるという一人の女だった。


「おや? そういえば、あの人はどこかハヤト殿に似ているな」


 久しぶりに思い出した顔に、颯斗の姿がかぶって見えた。

 とても厳しく、そして美しい人だったとエラノアは記憶している。

 彼女のおかげで、エラノアは細身の体に、兄であるヴォルドに匹敵するほどの力を手に入れる事が出来た。

 彼女はもう随分と前に旅立ってしまい、すっかりと忘れてしまっていた。


「では、先に進むとしようか」


 ルーテリア王国第三騎士団団長。

 エラノア・ハース。

 若干十六歳にして数多の兵士、騎士から羨望の目を向けられる天才騎士は、洞窟の奥へと歩みを進めた。

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